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乖離

今回も誤字脱字のご指摘感謝いたします。


購入したキ〇タクとF6どちらをやるかで悩みましたがF6をやっております。オープンワールド系はメインクエストそっちのけでマップを埋めていくタイプです。

 ここに来るのは三度目。警備の方たちも慣れたものでこちらを視認したあたりから連絡を入れてくれたようだ。何度かフラッと立ち寄ったお店に顔を覚えられたみたいで恥ずかしい。


 城下の東に位置する町からやや離れた、地元の妖怪()くらいしか知らないような閑散とした道を抜けると現れる、仏閣とも神社ともつかない意匠の白く清らかな建物。


 ここが白ノ国の始まりの場所。地より吹き出す穢れを払い清め、国を守るために建立された建物『国興院』。


 建物を取り囲むように縦横無尽に架けられた大小様々な橋は美しくも強力な術によって迷路の入口となっており、渡る順番を知らぬまま踏み込めば死ぬまで迷い続ける大迷宮と化す。


 浅知恵で橋の出入口以外から抜け出そうとすれば、その橋の下にある水池の中へといつの間にか全身で潜っており、遠い水面を仰いで足掻くことになる。外から見れば足首ほどまでの深さしかなかったはずなのにと。

 鏡のように澄んだ水面とは裏腹の、まるで底なし沼のような粘性の水に絡め取られれば、強靭な牛はおろか水練達者な河童や蛇でさえ逃げられずじわじわ溺れ死ぬしかない。


 だから迷ったら無理に出ようとせず、とにかく大声を出して助けを呼べ。というのがここを守るちっちゃい守衛さんに会いに来た時にしつこく聞かされた、心優しい友からの忠告だ。


「また来たのか暇人め。今日は何を奢ってくれるのだ?」


 カカッと、歯の長い一本下駄を軽快に鳴らして向こうから出迎えに来てくれたとばり殿にまず礼を言う。何せこの子は現在も仕事中、知り合いが訪ねてきたからといって毎度油を売っている訳にはいかないのだ。

 第一こうも度々では賄賂(奢り)で甘味や食事に誘う程度のご機嫌取りなど、もはや免罪符にもならない。何より範を示すべき部下たちの目もあるのだ、立場上そろそろ門前払い(レッドカード)だろう。


 傍から見たら暇に任せて現場に入り浸る厄介者(迷惑なOB)みたいな状態である。一回目はともかく二回目は屏風覗きなりに情報収集だと理由をつけていたとはいえ、内心うっとおしいと腹を立てられていないか実は心配でしょうがない。


 それでも今回は特に重要な話がある。お叱りはお叱りを受けた後に考えることにしよう。開き直り、もしくは手遅れとも言う。


 となればまずは賄賂(食事)だ。目下お仕事中の妖怪()を遠くの食事処に連れていくわけにも行かないので、今回も国興院近くに設けられた休憩所周りを冷やかすことにした。

 残念ながら店舗数こそ少ないが、実力的には良い店が揃っているのでハズレに当たることはまずないだろう。


 何よりこっちには天下御免の食いしん坊、ちっちゃ可愛い守衛さんのとばり殿がいるのだ。国から金を取ってマズい店などあった日にはその場で打ち壊しているに違いない。


「おまえ何か失礼な事を考えているだろう?」


 いえいえ、ホメてますとも。ええ確実に。だから久々に見た八角棒を鼻に突きつけないで、潰れます。






 きつねうどん。甘いつゆに浸したお揚げと透き通った琥珀色の汁。そしてシコシコの太麺。実にシンプル、だからこそ一切の妥協は許されない。添えられたネギの切り方、出汁の香りひとつ取っても客への『甘え』はすぐに見抜かれてしまうもの。誤魔化しの効かない厳しい道でよくぞここまで高めたものだ。


 要するにおいしい。国が金を払って出店を要請するだけはある。いずれの店もまだまだ中堅クラスというのが信じられないくらいだ。中ボスでこれでは奥周りの老舗にでも入った日には、巨大化したり口からビームでも出さないとおいしさを表現できないかもしれない。


「前に城勤めが役得という話をしたが、別に他の待遇が悪いわけではない。白ノ国は日頃から兵たちにこういう気配りをしてくださるから兵たちのほうも真摯に奉公するのだ」


 ズゾゾッと威勢の良い音を立ててどんぶりを傾ける友人はそう言って、鼻を抜けていく三杯目のカツオの香りを存分に堪能していた。なお、きつね、山菜、たぬきの順番である。横には同じく露店で買ったおはぎの乗せてあった皿が積まれている。たぬきの天カスとおはぎって、クドくないのだろうか。見てるだけで胸やけしそう。


 さすがに別の店の商品を店主の見える場所に置くのは如何なものかと思ったが、この休憩所周りの店からすれば自分のところでも買ってもらえれば席がどこでもかまわないと、どの店も気にしないのだそうな。

 甘い物の後はしょっぱい物、その逆もまた定番の食欲。双方がケンカせず儲かるように相互関係が築かれている感じだろうか。ちなみにお皿は笹皿のような消耗品以外は買った店に自分で返すのが礼儀だそうな。

 もちろん笹皿も捨てる場所は決まっている。この神聖な土地の近くでポイ捨てなんてしようものなら守衛、見回り、住人たちまでも石持って襲い掛かってくるから気をつけろ、なんて脅されている。石器時代かな?


 じゅくっと、つゆのそれともまた違う濃い味付けの油揚げを噛み締めて再びうどんを頂けば、淡い味わいの落差にまた油揚げがほしくなる。気分を変えたいなら薬味のネギの出番だ。

 きつねうどんは登場当初、うどんと油揚げを別の皿で提供していたらしいが気付けばいつのまにか一体化していたという不思議な経緯を持つ一杯だ。おそらくは洗い物なんかの効率化の結果なのだろうな。よもや狐の名を付けたことで化かされたわけでもあるまいし。


 なお、ここまでアゲておいてなんだが店主は狐さんではない模様。鬼ほどではないが大柄の女性で失礼ながら毛深い。屏風覗きの浅い知識で正体を察するとほぼゴリラに見える。憂いを帯びた流し目と手の大きさがチャームポイントのゴリラの経立さんだ。


 とばり殿にそっと正解を聞いてみると(ましら)との事だった。なるほど広義的にはゴリラもおサル、間違ってはいない。間違ってはいないがそれでいいのか幽世の妖怪分類。別に屏風覗きは困らないけどさ。


 どんぶりを傾けて箸でガードしつつ魚介出汁に香るつゆを楽しむ。箸に絡んでくる解けたネギ、君の出番はもう少し後だ。


「もう少し食え。うどん一杯では力が出んぞ」


 そう言ってたっぷりのあんこを纏ったおはぎをグイグイ進めてくる食欲の化身に苦笑しつつ、そろそろいいかな会談での出来事を話すことにする。


 話が続いていくと黒曜登場の辺りで前に城下の見回り詰所で見た『黒とばり』が友人の顔に現れた。まるで顔にだけ影が出来たように黒い感情が吹き上がっていく。端正な顔立ちなのでそれはそれでダークな主人公って感じでカッコイイ。


 しかし当人からすれば嫌な記憶ってだけだ、褒めても嬉しくはないだろうな。


「変わらぬようで何より。そうとも、この期に及んで改心などされたらこちらの気持ちの持って行き場がないわっ」


 よくもぬけぬけと人前に立てるものだ、という一言から始まった愚痴と悪口は思い詰めた表情のゴリラ氏が台を拭きにくる(食ったら出てけ)まで続いてしまった。営業妨害すまないゴリ嬢。




 このあたりで人気のない場所に行きたい、という屏風覗きの要求によってやってきたのはあろうことか国興院の中だった。正確には国興院の内部において厳重に封されている『要石の間』という一室のすぐ手前になる。守衛が警備しているのはその外周通路となっている場所であり、その先には隊長格が許した者しか入れない。


 先ほどから何かとばり殿の様子がおかしい気がするが、途中で遭遇した部下に何か言われたのだろうか。どこの馬の骨とも知れない人間を大事な場所に近づけるのは反対だとか、仕事中にほいほい飯を食べに行かないでくれとか、そんな感じの事を言われたのかもしれない。大変申し訳ない。


 まるでうどんの薬味の七味でも振り過ぎたように顔が赤いな。あれだけパクパク食べられるなら体調が悪いということはなさそうだが、人目が無いうちに要件を伝えておこう。今に至っても絶対に赤のスパイがいないとは断言できないのだから。


「それ、で。なんだ?」


 こちらが周囲を気にして中々切り出さなかったせいで、とばり殿のほうが水を向けてくれた。この子のこういう気遣いを見習いたい。仏頂面でも部下たちに慕われているのは、ちゃんと気遣いができる子だからだろうな。


 まずは順を追って話していく。交渉によって場に引き摺り出した赤に巣食う黒曜一派()に止めを刺すため、明後日に行われる赤と祭り賭けが行われる事。その参加者に何の因果かまた屏風覗きが選ばれた事。


 話をしていくうちに友人も深刻な話と分かったのだろう。赤かった顔が徐々に素面になり、なんとなく不機嫌な気配までし出した。この期に及んで賭けでもしないと責任を取らない黒曜たちに怒っているのかもしれない。


 交渉を主導したみるく様は頑張ったのだ。見苦しいのは赤の往生際の悪さであって、交渉に参加したひとりとして立派な成果を勝ち取ってくれたと思っている。


「ああ、うん。それで?」


 なんだろう、この『思ってたのと違う』みたいな諦めた空気。子供が重みのあるお歳暮をワクワクして開けたら良いハムでもカル〇ピスでもなく高そうなブランデーとかサラダ油の詰め合わせが入ってた、みたいな『コレ自分に関係ないな』って気配。


 ともかくも、その祭り賭けには参加者が後ふたり必要。その参加者を集める算段まで屏風覗きが立花様から仰せつかった次第。だからいの一番に声をかけた。


 参加者のひとりとして、とばり殿に屏風覗きと一緒に戦ってほしい。


 この一言の後、友人はわずかに口を開こうとして、はっと目を見開き沈黙した。まるで忘れていた巨額の負債を思い出したように。よく見ればその小さな体は震えてさえいる。


「屏風」


 首から(おもり)が下がったようにガクリと俯いた顔は表情が見えない。握りしめた拳も体以上に震えている。


 何かとんでもないことを言ってしまったかと、屏風覗きが理由を問うより早く掠れた声で返事が聞こえた。


「明日まで、考えさせてくれ」


 考えさせて、その言葉と裏腹に感じた空気は『拒否』だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 改まって呼び出しされたら、そりゃ勘違いもす……いやしないわw とばり殿、ちょっと落ち着こうかw
[良い点] うどんの描写がとても美味しそうで、久しぶりにきつねうどんが食べたくなりました。 御揚げさん、美味しそう(じゅるり) 食べたら巨大化したり口から光線を放ってお城を崩壊させたり、頭から火山を噴…
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