口達者で安全なところから健気な主人公に口撃してくる、本当に読者から嫌われるムーブ
階位は39位、東西南北と中央で二隊ずつに分けられた守衛四方隊の西に属する十二隊の一隊。漢字が並び過ぎて面倒なので、西にふたつある軍団の片っぽの隊長を務める妖怪でいいか。
隊番号六番の隊長さん、それが今回城内守をしている部隊の偉い妖怪、のっぺらぼう氏だ。
城内守は一年のたびに守衛隊内の持ち回りになるそうで結構役得の部署らしい。どの町にも近いので外勤めの下っ端たちも通いやすく、白ノ国自慢の総合販売店まで入っている城だけに何かと設備が充実しているので夏冬共に過ごしやすいからだ。
そしてお祝いなどのある日は他の隊に先んじて、おいしいものを温かいうちに食べられるという。この話の時点で誰からの情報かは言うまでもない。
城内守という聞き慣れない単語で首を捻っていたが、前に友人との談笑でチラッと聞いた事を思い出した。においや食べ物は生物の本能で記憶と紐付けられ思い出しやすいというヤツだろうか。
一言話すたびにボリボリザクザク、形の不揃い過ぎだったり割れていたりして叩き売られていた煎餅を大量買いして貪っていた食いしん坊の記憶が出てきたわ。
ちょっと余計な記憶が混じってしまったが、とにかくのっぺらぼう氏だ。ちなみに太めの男性である。黒い短髪に頭のねじり鉢巻きがトレードマークといったところ。下方向に滑りが良さそうなお顔なので、うっかりクギにでも引っかけたらセルフ首吊りになりそうと少し心配になる。
見た感じ正気度的には意外と平気。肌色のストッキングでも被ってると思えばいい。いや待て、それはそれで違う意味で怖いわ。
「仰る事は分かりますがな、これも守衛の務めでごさいますれば。どうぞ、屏風殿はお気になさらずよう」
どうぞ、のイントネーションが実に慇懃無礼な感じで敵対的なオーラを隠していない。前回の門前での騒動もあって既にだいぶ嫌われているようだ。
負の感情を見せる彼だが屏風覗き的にはあまり悪い印象は持てない。彼の態度はこちらが彼の捕縛の仕事を邪魔した結果なので当然であり、こっちが嫌う正当な理由が無いのだ。正直ちょっと心苦しいくらいである。金毛様の件で無茶を通したのだから多少の恨みは甘んじて受けるしかない。
しかし、今回もまた要求をガメつく通すのが屏風覗きの目的です。
感触から正面突破は無理と諦め、攻め方を変えて立花様が了承しているのかと問う。慇懃無礼な笑顔が一転、とても嫌そうな顔をした。
いや、のっぺらなので顔は無いのだけど。そんな雰囲気が顔面にオーラというか雰囲気で出ている気がするのだ。表情じゃなくてもちょっとした仕草や体の揺れで人の感情は意外と素人にも伝わってくる。群れで生きる動物としての共感的なヤツなのだろう。
それに伊達に仏頂面の友人とお喋りはしていない。あの子は分かり易い部類だが、それでもちょっとは『読み』の経験値が溜まっていると自負している。
どうやら彼か、彼のすぐ上くらいしか分かっていないと見た。
で、あるならばこんな物言いはどうだろう。あまり褒められたものじゃない軽蔑されそうな言い方なのだけど。
最高責任者は朝から大忙しなので中々捕まらないのもあるだろうが、それはさすがにちょーっと迂闊じゃないか? 独断が過ぎるのでは。
なんてチクリとした言葉でのっぺらぼう氏に迫ってみた。
対人関係は何処の誰と繋がっているか分からない。特に偉い方の持つ人脈はうっかりすると思わぬ御方を怒らせることがありますよと、言葉を続けて。
例えば山の悪鬼こと彌彦様は茜丸氏をひいちゃんと呼んで親しく思っている妖怪物だ。原因不明の問題があって茜丸氏のほうは鬼との記憶が曖昧だが、彌彦様はそれでも変わらぬ情を示している。
あのさる大妖怪を封じている座敷牢を腹を立てたというだけで拳一発、ボロボロにしてまった豪傑が擁護している方なのだ。
たとえ白ノ国の城内守を務める幹部といえど、怒らせて無事で済むとは思えない。
もう一方の金毛様は言わずと知れた黄ノ国においての重要人物。そりゃあ他国の者だろうと罪を犯したのだから捕らえるのは当然だろう。立派な事だ、相手によって法を曲げるほうが頂けない。
しかしだ。
観念して行儀よく自分から出頭し知己である白玉御前を頼ってきた相手を、あんなボロい部屋に押し込めるのは如何なものでしょうか。
白ノ国はそんなに狭量な方に治められているのでしょうか?
そういえばあの方は術に明るく弟子も多いと聞く。その中には白ノ国に縁のある弟子もいるほどだと聞きました。などと嘯きつつ、壁に並んだ出退勤を表す隊員の名札など眺めてみる。
もしかしたら、守衛のお知り合いにもいらっしゃるのでは? この事を本当に誰もが納得して傍観しているのでしょうか? 何より立花様はどう判断されるやら。
あの扱いで、貴方は、本当にかまわぬと言葉にできるのですね? のっぺらぼう様?
目があったら睨まれ、口があったら歯軋りが聞こえてきただろう気配の後、彼は茜丸にチョロチョロしないと言い聞かせるなら、という条件の元に部屋を戻すと約束してくれた。
本当に意地の悪い、虎の威を借る狐そのものの小悪党ムーブになってしまったのは屏風覗きの不徳の致すところだろう。こんなだから嫌われるのだ。
実際問題として、彼は虜囚を過度に痛めつける悪妖怪という訳ではなかった。監視に疲弊した部下の悲鳴を聞いて、上司としてつい独断で行動してしまっただけなのだろうと思う。直属の部下からすれば良い上司だ。
ちょっと脇が甘くても下の者を消耗品程度に考えているタイプよりはずっといい。ホントごめんなさい。
後の問題はフワフワ尻尾十字固めで拘束されたうらやま、もとい我儘なスネちゃまにどう言い聞かせるか。しかし、これは次の問題を片付けてから考えよう。
次はもう一方のスネ子。猩々緋様との面会だ。なぜだろう、もう開口一番に言われるセリフが想像出来てしまう。
「なんで来ないのよ!!」
耳がキーンとなるほど高い声で吠えられた。躾のなってないヨークシャー・テリアみたいに攻撃的で神経質な子だな。あまりイライラすると女の子だって狂おしいくらい盛大にハゲるぞ。
男のハゲはだいたい爆笑もしくは嘲笑の対象だが、女の子のハゲは見る人の心に衝撃を与えてしまうくらい居た堪れない気分になる。男の十円ハゲと女の十円ハゲでは世間一般の深刻度がまるで違うのだ。
もちろん性別問わず個人にとっては深刻極まる大問題だけどな。頭皮マッサージって逃避マッサージとも書けるわけですが、これは言語で稀にある不思議な言葉遊びの皮肉でしょうか?
禿の話なんて聞いてない、と格子の向こうでキャンキャン吠える猩々緋に向けて、最近できた屏風覗きのナイーブな一面を髪を捲って見せてみた。これが体を張るということだ、覚えとけ。
「ねえ、辛いことでもあったの? 少しなら聞いたげる」
予想に反して気を遣われた。どうしようこの居た堪れない空気。ハゲ→爆笑→うやむやのコンボを狙ったのに、体を張ったボケで会場が静まり返った若手芸人みたいな煉獄に投げ込まれてしまった。
道化は笑わせて初めて道化。笑われる者は単なる愚者であり、笑ってさえもらえない者は哀れな弱者だ。なんだろうこの敗北感。
思ったより心にきた屏風覗きを心配してくれたのか、クソガキ星人のはずの猩々緋様のほうから当たり障りのない話題が振れらるのが辛い。
「あんたも苦労してんのね」
近況報告を締めたハゲを彼女はまずそう言って優しい目で労ってくれた。その視線はあえて『違う方向』を向いている。そうか、これが哀みか。こういう気配りは何度味わっても辛いところに突き刺さるなぁ。泣きそう。
こちらが落ち着いたと感じたようで、猩々緋は改めて自分の正体を出題された事に困惑と怒りを感じていることを露わにした。かんしゃく玉とか思ってゴメン。
「私が赤しゃぐま!! 赤しゃぐまの猩々緋じゃなかったら何だっての!!」
白ノ国の名が白玉御前の白から来ているように、赤ノ国が国名に赤を冠しているのは『赤しゃぐま』の『赤』から来たもの。これは周知の事実であり覆しようのない幽世の歴史的事実だ。出題された側としては己の実績を否定されたようなバカにされた気分なのだろう。
実際クイズの難度があまりにも低すぎる。何十問と出題される形式ならサービス問題との見方もできるが、このクイズは一問一発勝負。さっさと当てて勝ってくれと言わんばかりの簡単問題である。
負ければ赤の、黒曜を始めとした天狗一派が処刑される命賭けの勝負でそんな事があり得るか? 傲慢が一周回って改心し、国の運営に失敗した責任を感じてほかの誰かの手で幕引きをしてもらおうと観念しているとか?
あの天狗が?
「絶っっっっっっっっ対、無いわ!」
タメにタメて天狗の殊勝さを否定する赤の『首魁?』。長年に渡って溜めに溜めた天狗への鬱憤はドロドロのデロッデロでまだまだ底が見えない。見えたとしても風呂場の黒カビのようなしつこさで壁にこびりついて離れないだろう。
仮にうまいこと赤のトップに返り咲いたら、今後は何名か愚痴聞き係でも雇用するといい。任命されたヤツから死ぬほど嫌がられるだろうけど。
お客様相談窓口という名の怪物エンカウント部門とかさ、相手が見えない分マジで好き勝手言われるからまともな人間ほど精神を病むぞ。せめて人数置いてローテーションにしてあげなさい。
冗談半分でそう言うと、何かこちらをまじまじと見られた。深刻なストレスによる犠牲者の増加について、目の前の哀れな犠牲者を見て思いを馳せているのかもしれない。
一通りの話を終えて間も空いたので、彼女に用意していた包みを格子の隙間から差し入れる。見えているだろうにボーっとしてとても反応が悪い。街のティッシュ配りのほうがまだ喰い付きがいい。
貰い物は表面だけでも愛想よく貰いなさいと叱ると、思ったよりイラッときたようで身分マウントを取ってきた。
「あんた私が本当に誰か分かってんの!? 国人よ、偉いのよ!! あんた如きが叱っていいと思ってるワケ!?」
知らん。いかんものはいかんと言うだけだ。も、ち、ろ、ん、すぐ行使できる武力権力をお持ちの方には言いませんがね。現役の偉い妖怪は誰だって怖い。
ひょっとこみたいなアホ顔に手を使ってベロベロバー、というジエスチャーを加えて宣うと彼女は顔を真っ赤にして怒り出した。
絶対、絶対いつか国に引き摺っていって磔にしてやる。という物騒な言葉を頂いた。酷い話だ、こんな真摯におちょくっているのに。
「それが悪いんでしょうがぁ!? なんなのこいつぅぅぅぅッ!!」
爪で傷ついた頭皮に雑菌が入ってニキビやフケの原因になるので、あまり頭を掻き毟るものじゃないぞ。汗をかいたなら早速贈ったてぬぐいを使って頂きたい。
先の暗いことばかりで内心沈んでいたようだが、ちょっとは気も紛れたろうか。磔は困るが未来に思いを馳せるなら気持ちが上向いてきた証拠だろう。
そういえば茜丸氏からてぬぐい回収し忘れてたな。これからのスケジュールを考えると今日はもう無理だろう。
次は今回の肝心要、参加者の勧誘がある。もちろん幽世にきて間もない偽妖怪の当てなんて、五本の指の手で数えるくらいしかない。