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選ばれし戦士を探せ(町内)

 聞いておくれよ松ちゃん。交渉の賑やかし程度の人員のつもりでくっついて行ったらさ、いつの間にか国を左右する勝負事の出走者になっていたんだ。

 前回も勝ったんだから大丈夫だろうって、そんなフワフワした基準で決めていい事じゃないでしょう? 相手だって命賭けてるんだよ、死に物狂いで迎え撃ってくるに違いないんだよ。


 しかも今回は白の面子だけじゃないんだ。黄ノ国や藍ノ国、ようするに対戦する赤の連中以外がみんなこっちに賭けているって状況でさ。これ負けたらガチで切腹モノなんじゃないの? おい恥ずかしか生きておれん、とか場の勢いで腹かっ捌いておっ()ぬなんて屏風覗きには無理なんですが。


 しかも他に二妖怪(二人)、祭り賭けに参戦する者をおまえが決めてこいとか。もうね、幽世に来て日の浅い偽妖怪のアテなんて無いに等しいです。これがちょっと出かけの駅前でやってる試飲会のイベントとかなら、冷やかし程度に知り合いと参加してもいいだろうけどさ。負けたら国の恥で一生後ろ指さされるような大勝負なんだわ。


 気軽に頼めるかっての。


 松は何も答えてくれない。少し気の早い幽世のすっぱいリンゴをムシャってご満悦だ。予め種を取ってあるので腸閉塞になるようなことはないだろう。

 酒保の蜘蛛さんの糸で8分の1にカットしてもらったリンゴのひとつを屏風覗きもムシャる。触感からすると津軽リンゴの系統だなコレ。リンゴは富士あたりが庶民にも食べられる額でおいしいけど、それでも地味に高いんだよなぁ。


 漫画の糸使いがみんなやれそうな定番の技できれいに切られた果実は3個。計24の欠片にして対応の塩いマイホースに愚痴をもうちょっと長く聞いてもらう作戦に打って出てみた。なおひとかけらが小さくなった分、次を要求するペースが速いのでトータルでは変わらない気がしている。夏でも食欲旺盛で飼い主としては嬉しいぞ松ちゃん。


 現代からすると非常にミニマムな規模ではあるが、幽世の国際会談は白側の思惑通りの結果で幕を閉じた。


 人間同士だといくら条約を締結しようと、破られる時はあっさり破られてしまう。酷い話になると多方面に二枚三枚の舌で聞こえのいいことを言って、いざその時には知らぬ顔で悪びれないような国もあるくらいだ。


 だが幽世の妖怪にとって『約束』は非常に重い意味を持つ。特に今回は各国の代表のほかに山の悪鬼こと、約束破りに対して強権を行使できる彌彦いやひこ様が立ち会った。これでもはやオレ様にルールはノーカン、なんて暴力理論は大国の赤であっても通用しない。


 この逃げ場のない状況に持っていき、見事『約束』を取り付けた白の交渉団は大金星と言えるだろう。


 だからこそ、その大手柄を敗北で台無しにしてしまったら最悪なのだ。記録のかかった最高の勝ち試合で凡ミスのエラーされて一転、頑張った先発を負け投手にしてしまった、みたいな。申し訳ないってレベルではない事になりかねない。


 お腹痛い。気分の悪さは風邪ではなくストレスから来ていたようで、会議後は復調したけど胃の方は戻ってきてからもキリキリする。キリキリ、キューって感じだ。特にキューっとくるのが痛い。


 五名ずつ小分けに狐の社から使える謎のショートカットで城下の手前まですぐ戻ってこれたものの、参加者申請のリミットは2日しかない。この間に参戦者を見繕って、説得して、その上で立花様(上司)に了承を得る必要がある。


 ちなみに前回一緒に通った記帳門の狗こと腐乱犬(フランケン)のお陰か、行きも帰りも『ヨクナイモノ』にはまったく会わなかった。そしてその成果なのかお供えも米一升と酒一升で済んでいる。最初の『ツケ』で払った大重量がすっかり軽くなったものだ。


 問題を起こしそうなヤツは利用料が高くなるシステムと聞いていたのに、今の屏風覗きは問題無いとでも仰るか? 問題だらけだわ。


 それにしても他の参加者はどうしよう。決まらなかったら(こっち)で決めると言っておられたけどさ、なら最初からそれでいいじゃんと思う。というかそれが正着だろう。なんで雑魚人間をワンクッション挟んだ? 意味が分からない。


 ああ、最後のリンゴが果汁に濡れた松の口に消えた。これで愚痴放題は終了か。口の周りをベチョベチョにしおって、糖分を含んだ水気はベタベタして不愉快になるから食い終わったら拭かないとな。

 はて、持ってるてぬぐいのどちらが何用だったっけ? さすがに馬のよだれを拭いたてぬぐいを普段使いするのはダメだろうし。マイホースのよだれだろうとさすがに臭いものは臭い。


 そういえば茜丸氏の使っていたてぬぐい、屏風覗きが渡したやつでそのままなんだよな。借りパクとは言わないが、男物のお古より新しいてぬぐいのほうがいいだろう。ちょうど話すこともあるわけだし、今から酒保さんところに寄って見繕ってみようか。


 屏風覗きが伝えずとも誰かが金毛様共々あの子に伝えているだろうが、今回の祭り賭けは彼女もまた無関係ではないのだから。





 金毛様と茜丸氏はここに来た直後に入っていた部屋から、城の別の一室に軟禁場所を移していた。一見して畳敷きの普通の和室であり、現代人が見ると古風(マイルドな表現)なアパートの一室にも見えるやや手狭な部屋だ。


 ここに部屋干しの洗濯物とカップ麺の空容器でもあったら、まんま昭和の独身寮にも見えてしまう程度にはしょっぱい環境である。畳などすっかり色褪せて茶色だ。


 監視の兵の話だと、ここは白猫城の築城中にそこそこ偉い作業員、大工の棟梁なんかががひとりで寝泊まりするための宿泊施設だったらしい。城の中になんでそんな設備が、という話はここでは意味がない。城の中で厠の扉を開けると外に設置された厠に繋がっている世界だ。別の場所にあるこの宿泊所を何かしらの『術』で繋げて監視に用いているのだろう。


 なぜ部屋のグレードが下げられたのかを問うと、どうも茜丸氏がやらかしたお仕置きらしい。彼女たちは軟禁とはいえ虜囚なので怪しい動きをすれば近くにいる監視の兵によってすぐ警告、従わない場合は力づくで拘束されてしまう。


 だというのに茜丸氏は暇を持て余してウロウロしては懲りないので、優しく諭していた監視の兵もついにキレてしまい上に掛け合って目に見える形で『オメーあんまナメてっとみかん箱で暮らすことになんぞ』と脅すことにしたんだそうな。


 キレても手を出さないだけ温情ともいえるが、一国の偉い妖怪()の可能性がある方に何て事をと思ってしまう。相方も黄ノ国の偉い方だし。こちらは今やその立場は風前の灯だけど。


 しかしこれは本当に大丈夫なのか。下手するとキレた鬼が待遇改善のハチマキ締めて、あのクソ重い金棒持って乗り込んでくるぞ。上って誰が許可出したんだ?


「守衛の、のっぺらぼう様です」


 城内守、という役職に就く妖怪(人物)で聞く限り役職的にはとばり殿と同格の人物らしい。所属するのは六番目に数えられる隊であり、友人が前に言っていた話では使われている数字の少ない守衛隊のほうが便宜上は上らしいが。


 その城内守ののっぺらぼう氏とやら、山の悪鬼とリアルファイトをして勝てるくらい強いのだろうか。怪談だと恐くもあるがひょうきんなイメージもある妖怪として定番なのだけど。


 何となく釈然としないが躾という意味ではナシではない。カビが生えて虫の湧く病気になりそうな部屋というわけではないし、ここはよそ様の()だぞと、お行儀良くすることの大事さを教える良い機会かもしれない。


 ひとまず二妖怪(二人)に会って待遇への不満を聞いてからにしよう。少なくとも屏風覗きの見た限り監視の兵は意地悪でやったようには見えないし、必要だと思ったからこの処遇を提案したのだろうから。


 少なくとも目の前の『育児に疲れた親御さん』みたいな、とてもしんどそうな顔をした兵を見てはいきなりキレるのは憚られる。





「ねえ、なんで来なかったの?」


 挨拶もそこそこに茜丸氏から若干メンヘラ臭い問い掛けをされた。何でと言われてもこちらとて生活があるとしか言えない。タイムスケジュールは人それぞれだ。社会人と大学生に分かれた友人が疎遠になったりするのも、ふたりの活動時間が合わなくなったというのが一番大きいだろう。


 だからこそ時間を見つけて会うという労力を払ってくれることに感謝して、その再会を喜ぶべきなのだ。批難するくらいならその程度の関係である。相手におぶさるような真似はお互いに嫌な思いをするだけなので、むしろ健全に付き合うなら疎遠にしたほうがいいだろう。たまに会う程度のほうが仲が良いって関係もあるものだ。


「屏風殿、茜丸に悪気は無いのです。もう少しこう、言葉を選ぶというか」


 回答がお気に召さなかったらしい赤い着物の少女は、会うなり掴んでいた屏風覗きの手を放して部屋の隅で襖に向かって座ってしまった。相当暇だったのだろう。


 心無い対応を耳打ちで窘めてきた金毛様には悪いが、子供相手にも狭量な屏風覗きでは10割全開の対応は取れないのだ。今この瞬間だけなら可能だが、それはマラソンでいきなり全力疾走するようなもの。後が続かない。


 子供に限らず人はみんな貰える優しさの量を図っているのだ。この人からはこのくらい、と。


 判断する材料に狂いが出ては茜丸氏も後々裏切られたような気分になるだろう。あれは存外傷つくのだ、自分が悪くても。今の君には多少塩対応くらいがちょうどいい。


 それにしてもスネるなんて、最初に逢った頃に比べると随分感情豊かになってきたな。自分の心の機微を表現できるだけの経験値を再び積み出したということだろうか。感慨深い。


 経験上スネちゃまが満足するまで宥めすかしていては時間がいくらあっても足りない。まずは金毛様に近況の報告をすることにする。


「祭り賭けですか。よく天狗たちが応じましたな」


 向こう()の内情はジリ貧なので最終的には応じると金毛様も考えていたらしいが、天狗に責任を追及できるかについては難しいと判断していたそうな。確かにうまい下手はともかく逃げ口上は豊富に聞いたし、彼女の分析は納得だ。


 連中のペースに巻き込まれずに済んだのは鬼の圧力とみるく様の弁舌がかみ合った成果だろう。屏風覗きはせいぜい試合を解説するメガネ君的ポジションである。


 金毛様がチラッと視線を向けた先で赤ちゃまがじりじり寄ってきているが、もう少し無視しよう。


 そして肝心の勝負なのだが、非常に酔狂な事にお国の意向で屏風覗きが参戦することになってしまった。これを聞いた三尾狐の糸目が少し見開かれる。せっかくチャンスを不意にしかねない白の暴挙に呆れているのだろう。


「して、勝負の内容は?」


 そこだ。その内容にとある妖怪(人物)が関係ある。場合によっては今後の運命が決まる。


 十問い(とおどい)。10の質問で相手が指定した物の正体を当てるというクイズが今回の勝負方法だ。それはいい、既に赤の黒曜から指定されている出題された『モノ』が問題なのだ。


 お題は赤の首塊、猩々緋(しょうじょうひ)の正体。


 彼女が赤しゃぐまであることは世間に広く知られているはず。それなのに連中は何故このお題を指定したのか。


 金毛様、これはどう捉えるべきでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 思い出してみると、のっぺらぼうって驚かせる以外悪さしてないよな。 鬼太○では人の魂を取り出して、衣をつけて天ぷらにして食ってたけど。 ……んん? 口がないのにどうやって食ってたんだっけ………
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