前哨戦、外交勝利
気分が悪い。精神的な胸糞悪いと肉体的に体調が悪いの合わせ技だ。特に覚えはないのだがどこかで風邪でも貰ってきたらしい。先日で体に残っていた添え木もすべて取れて医者通いも終わりと思っていたのに。
まあこういう状況は悪いほうに続くものだ。弱り目に祟り目とはよく言ったものである。風邪でも肉球によるプニプニ触診はあると思いたい。
天狗の言い分を逆手にとったみるく様の鋭い追及は、赤のみならずこの場の全員が場の流れを白と感じさせる会心の一手となった。
そして現実はどこまでも甘くない。弱ったところに追い打ちが入るのは自然の摂理。ならば殴り合いでも話し合いでも、隙を見せた愚か者にキッチリ追撃までいれる猫パンチ(ダウンした相手に↓↓強)はむしろ礼儀というものだろう。
たぶん我らが白ノ国は壁際なら一回の手番で相手の体力を7割持っていく強キャラっぽい気がする。実際、今の白と赤はそのくらいのダイヤグラムになっていそうだ。もうかつての赤が禁止台の時代は遠い昔の話に違いない。
そして新キャラは優遇されて次回作あたりに調整が入るまでは無双状態になる。今は修正配信でリアルタイムに調整されるけどね。そして不人気キャラは消えてしまうのが通例だ。赤よさらば。
つい格闘ゲームのような発想になってしまったが、むしろこれは裁判を題材にしたエクストリーム弁護で有名なあのゲームのほうがしっくりくるか。
超絶イケボを駆使して浮足立つ天狗たちに、まさに惚れ惚れする追い込みをかけたみるく様は非常にカッコ良かった。口上もそうだが一挙手一投足がいちいちカッコイイのだ。
踊りや演技で『指先まで神経を張り巡らせろ』という定番のアドバイスは確かな効果があればこその物だと実感するな。弁舌もまた口以上にリアクションが物を言うことがある。
何かというと奥さんの話をし出す洋画の野暮ったい刑事だって、犯人をちくちく追い詰める仕草は意外にもカッコよく思えてくるもの。
机の原稿に目をやりつつあーとか、えーとか、どもりながらプレゼンする人より、こちらを見てハキハキ説明する人のほうが興味も湧くし信用できそうだと思うものね。会談は話の内容がすべてではないのだ。場の空気を支配する人の魅力が内容に大きく影響する。
書類だけでいいならわざわざ会って話し合うことなどない。それでも人がやたらと会議やら会談やらで集まりたがるのは信用うんぬんというより『盤外戦術で好条件をもぎ取るため』というのも含まれるのだろうね。
無茶な要求でもしつこくしつこく言い続けて相手を根負けをさせたり、空手形のはずの条件を個人の魅力で信用させたりと『会って話す』というのは数字では測れない思わぬ成果、あるいは失態に繋がる。
そして交渉は大成功と言っていい形で終わった。
タイミング良く彌彦様のアシストもあったお陰で黄ノ国も藍ノ国も同調し、ついに赤から勝負の決着をもって賠償をする約束まで引き出した。
立花様を始め他の面々も腹が立つのを我慢した甲斐があったというものだろう。いやもうね、途中でスマホッぽいものに手をかけてしまったよ。向こうも腰の刀に手をかけていたしおあいこだろう。
話の間もイライラしてなんでわざわざこんな回りくどい事をしてやらなきゃならん、と思ってしまったのは一度や二度ではない。しかし赤ノ国の情勢が武力で叩き潰すだけでは解決しないのだからしょうがないのだ
ざっくり言うと『赤ノ国を滅ぼす→無法地帯になる→近隣国に難民orヒャッハーがくる→大迷惑』という図式が出来てしまうので周りの国だって困るのだ。
言っちゃ悪いが赤ノ国は征服しても負債のほうがデカ過ぎてうま味がないし、極力他国としては手を付けたくないのが本音なのだろうと思う。
赤という国家を倒すのは簡単でも、土地として運営していくのは至難という誰もが押し付けたい『ババ』扱いなのだ。
だから本当はできるだけ赤の内部だけで、時間をかけてもシコシコ自浄してほしいのである。ただ汚れがあまりに頑固なので赤にいるダメダメな掃除人たちに代わり、ちょっかいをかけられた白が最大の癌である黒曜一派の責任追及に話を持って行ったのだ。
みるく様による洗浄のお膳立てはまさに『汚れを浮かせて落とす』ように天狗たちを場から浮かせて孤立させていた。トドメとばかりに汚れを擦り落とす彌彦様の剛腕は通販番組の合いの手のようなきれいな一幕だったと述懐する。
これで頑固な汚れも一発さ! Oh!! すごいわミルク、ヒドい汚れがあっという間よ!
酷い絵面を想像してしまった。バタ臭い顔の猫とマーブルな感じのマッチョなお姉さんが、無駄に弾けた笑顔で迫ってきそう。あのテンションを深夜に見ると逆にエネルギーを吸われる気分になるのは気のせいだろうか。
ともかく、向こうからすれば勝ってしまえば賠償がチャラになるのだし、このまま四面楚歌で戦争に突入するよりマシと思わせる。あるいはそうするしかないと、話の流れそのものをデッドロックに陥れたわけだな。散れ、散ってくれ深夜通販イメージ。ああ、クドい。
正直な感想を言ってしまうと恫喝外交と言われたら言い返せないような交渉だった。まあそこまでさせるようなちょっかいをかけてきたほうが悪い。責任はキッチリ取ってもらう。
それにしても恐るべきは山の悪鬼だ。立花様の藪にらみを受けても平然としていた黒曜が、彌彦様が前に出る気配にビビり散らして後ろに飛び退いたくらいである。
かくゆう屏風覗きもあの方の拳風を受けて毛根にダメージを受けたので、非常に不本意だが黒曜の気持ちも分らなくはない。直近のロウソクは消えないのに後ろのロウソクは火が消える一撃というか、とにかく威力か何かが奥に浸透する拳の持ち主なのだろう。
サァッ、とな。本当に自然に抜けるぞ黒曜。思わぬ所がゴッソリ逝くと思うから、ひとりになったら鏡と睨めっこするがいい。
痛い。痛い。痛い。ただでさえ具合が悪いところにさらに痛い思いをすることになった。立花様の拳骨超痛い!!
あれからなし崩しに『約束』を交わして怒涛の勢いで細かい勝負の内容まで取り決めた。みるく様が連れてきた白の方々は文官的な役職にいる妖怪物たちらしく、予め記入した書面など用意周到に持ち込んでいたのであっという間だった。
相手の心の虚をついて契約書にポンポンサインさせる手腕は、文官というより詐欺師レベルの手際である。怖い。
正直、うすら寒くなるほどの段取り上手だったよ。マルチ商法とかこうやって被害者を食い物にしてるんだろうなぁ。書類の波という嵐が終わった後の天狗たちの虚脱感を感じる顔は、ほんのわずかにだけど同情してしまうほどだった。
そして赤連中は来た時の踏ん反り返っていた態度から一転、お通夜のような雰囲気で自陣に戻り、味方だけになった天幕で屏風覗きは現在正座中である。
「交渉の場で殺気を出すな、馬鹿者」
貴方が言う!? という言葉を寸手のところで飲み込んだ瞬間にゴチンッと脳天に一発。それだけでポタッと鼻血が出たくらいの肉体の奥へ浸透する衝撃がきた。この方もか。強者は強さという共通の山の頂きに通じるものがあるのかもしれない。
女の子らしいあんなに細い手なのに、拳の骨に金属でも入ってるんじゃないのと疑いたくなるほどの剛拳である。
いや違うか、『金属でも』じゃなく『金属そのもの』なのか。この方は刀の付喪神なのだから。
イケメンの主役がカチャッと刃を返して峰打ちにしたとしても、よほどうまく加減ができる人じゃなければアレは現実では意味がない。職人が心血注いで鍛造した鋼の刀身は人間程度の骨なんて、ガチで殴れば一番硬い頭蓋骨だろうが煎餅みたいにバキバキに割ってしまうからだ。
そりゃ刃が無くても鋼で出来たそこそこの重量を持つ棒切れだもの。人間程度が相手ならブッ叩くだけで十分過ぎる凶器だろう。
そしてこの女侍様は見ての通り時代感覚が古いので躾で暴力を振るうことに躊躇いがない。一応加減はしてくれてるんだろうけどさ、それも昔基準なので鼻血が出た程度ではノーカンのまま折檻上等である。
とばり殿、きつねやでの貴方の気持ちが体で体感してやっと分かった。すんごい恐い方だよホント。
しかし今回のお叱りはごもっとも。ひとり席を尻で磨いていただけの役立たずが多くの国を巻き込んだ交渉をご破算にしかねなかった。誰よりも向こうを張って首塊の黒曜に切り込んだみるく様に申し訳ない。
てぬぐいで鼻を押さえつつみるく様を中央に収めて頭を下げる。この場の交渉で決められなかったら、出張ってくれた黄ノ国や藍ノ国も赤との関係悪化による不利益が生じたことだろう。
勝負はトドメと刺すと決めたら一気にやらねばならないのだ。下手に生き残られたら恨みを持たれて後々まで禍を持ってくる。個人の戦いはともかく、国の闘争でまた戦おうぜなんてマッョなやり取りは通じない。
三国志とか好きな部類なのでこう言ってはなんだが、武将は戦って満足かもしれないけどその武将の嗜好と意地に付き合わされる兵士はたまったもんじゃないだろうにと考えてしまう。
使う側より使われる側の事情が気になるあたり、屏風覗きは根っからの下っ端であります。
「お気になさらず。日頃に用意もさせずに引っ張ってきたわけですし、やむを得ないでしょう」
あれに腹が立つ気持ちも大いに分かりまする、みるく様は扇子で口元を隠しつつそう言って許してくれた。さすがはイケボキャット。心もイケボだ。いつか頭巾を取ったご尊顔を拝見したく思います。
「いいよう。おもしろいものも見れたしねえ」
ぶぅんぶぅんと突風が巻き起こりそうな質量を持つ筋肉質の腕を振って、気にするなとアピールしてくれるのは彌彦様。
大げさに思うかもしれないが近い位置にいた立花様のポニーがふわりと揺れて、下にいたみるく様の頭巾から出ている耳が痒そうにピピッと動く程度には風圧がきた。単なる筋肉の質量とパワーだけでなく、何か『気』的な力でも纏っているのだろうか?
他の面々も言葉は少ないが気にしていないと言ってくれた。もちろん裏の本音は言葉通りではないだろうが、交渉の立役者であるみるく様と華山の鬼に気にしないと言われては表立っての批難はできないのだろう。
盤面は整った。後は『祭り賭け』という残酷な現実で赤に敗北を突きつけるだけ。
ところでお集りの皆々様、なぜその勝負に屏風覗きの名前があるんでしょうか? why?