いけない、リリ先生(エロ要素はありません)
いつも誤字脱字のご指摘まことにありがとうゴザイマス(白目)
ふたつ投稿したら誤字脱字も二倍になってしまいました…
夕食を終えて猩々緋様の元を辞する。やれネギは嫌いだ、やれサバの骨を取れだと、飯ひとつ食べるだけで大騒ぎだった。
好き嫌いすんな、ネギは味噌汁で飲み込め。横着すんな、骨は地道に取れバカタレという屏風覗きの礼節に乗っ取った意見具申に大変ご立腹で困ったものである。
食事の作法と我慢も教育の一環、ここで好き勝手させると将来の最後まで迷惑な生き物が出来上がってしまうから、今後とも厳しくいくぞ。
もちろん宗教とアレルギー、体調不良のときはノーカンにするので虐待ではありません。
基本ワガママなクソガキ様なのでうるさいし面倒だがしょうがない。たとえここで屏風覗きの言うことを聞かなかっとしても、『行儀が悪い事』『不快に思う人もいる事』『もったいない事』という感覚があることを実感してくれればいい。いつか自分の妖生を振り返った時、ふと行動を思い直すこともあるだろう。
「屏風殿。リリ様がお呼びです、こちらへ」
廊下で城案内役を待っていると、のっしのっしという擬音がピッタリな動きで表れた黒頭巾の猫(虎毛色のメイクィーン。すっっっごい大きい)に捕まった。大きい猫種とはネット画像などで知っていたが実物を見るのは初めてだ。抱っこしてみたい。
直立した体格は人の園児サイズはある。猫というかほぼ小さい虎だ。スコシタイガーという日本語の『少し』を入れたコードネームを持つ有名な軽戦闘機、もしかしたらこの猫種が相応しいんじゃなかろうか。ガチで襲われたら成人男性でも食い殺されそうだ。でも抱っこしてみたい。間違いなくあったか気持ちいい。
「あの、何か?」
見た目より機敏にススッと後ずさられた。私利私欲に塗れた邪な気配に感付かれてしまったらしい。残念だが諦めるしかないか、猫に身勝手なお触り強要はNGだ。向こうから来るのを一日千秋の思いで待つのが正しい猫好き道である。
質実剛健な廊下から落ち着いた装飾の飾られた廊下を通り、金銀朱の派手な色どりが目立つ豪華な廊下に入る。先ほどまでの虜囚を閉じ込めた区画を裏とするなら、ここからが白の表の世界だ。
住んでいる家や部屋は住人の心の内を表すなんてよく言われる。この城を白玉御前の心象風景の現れとするなら、豊かで華やかな表の顔と実用主義の裏の顔といったところか。国人として計算高い面だけじゃなく、成り上がりの自覚から見栄っ張りな面があるのかもしれないな。
うっかり口にしたらちっちゃい守衛さんや、意外と血の気の多い化け傘にタコ殴りにされそうだから黙っとこう。立花様? たぶんあの方の初手はグーじゃなく飛んでくるのは最初から刃物だ。
連れていかれたのは廊下からもう薬品臭い一室。入室前から漢方特有の籠った感じの臭気がする。色で例えるなら粉っぽいザラザラの茶色だ。どんなに大量の水で飲んでも喉に粉薬が絡むザラザラ具合である。最初から水に溶かせと言われても、それはそれで味が嫌なんだよな粉の薬って。
案内してくれたデカ猫ちゃんと礼を交わし入室の許可を取ってから入る。籠っていた臭いがますます強くなり、そこに火を使って空気があぶられた香りもしてきた。何か薬品の調合中だろうか。
天井から吊り下げられた幾つもの植物は10や20ではなく、何がどれだけ臭ってくるのかも分からない。臭いのすだれ状態だ。
触らないように腰をかがめて部屋に進むと視界に数名の黒頭巾の猫(毛色は違うが全員バーミーズ? シャム派生は確実)ちゃんがいる。
いずれも真剣にお仕事中のようで薬研をゴロゴロしている猫や、筆を執って薬草の精密な絵を巻物にサラサラと描き記す猫、置物のように微動だにせずじいっーと秤と睨めっこしている猫がいた。あ、尻尾がにょっと動いた。測り終わったらしい。
「ようこそ屏風殿。この者たちが挨拶も無しでごめんなさいね、気が張ってるといつもこうなのです」
奥の襖が音もなくスッと開き、黒ソックスキャットことお嬢様ボイスの白頭巾猫『リリ』様が現れた。さあこちらへと、しっとりと黒く美しい前足でちょいちょいと『手招き』されていらっしゃる。まさにリアル招き猫だ。カワイイ。
ところで入室許可は彼女がくれたのだが、あの時は何処にいたのだろう? 襖のすぐ前くらいから聞こえてきた気がしたのだが。
ほぼ正座に近い中腰でチョコチョコと進み部屋に入る。猫たちに便利なように低く整えられた仕事場と違って、リリ様に招かれた部屋は人間が暮らすサイズの12畳ほどの大きさだ。畳自体は茶室のような螺旋配置で板間の中央に敷かれている。その畳の中央は小さな畳が敷かれていて囲炉裏があったならしっくりくる形だ。恐らく寒くなったらここを取り払って囲炉裏にするのだろう。
軽く談笑したのち要件を伺うと、単に患者が城にいるので治療をするのにちょうどいいから呼んだらしい。こちらとしても何かとお忙しい猫ちゃん達にいちいち離れに往診に来てもらうのは申し訳なかったので渡りに船だ。
それに結局、遠回しな秋雨氏の治療は断られたしな。リリ様がそれとなく酒保さんところで仕入れた軟膏の張替えで大丈夫と教えてくれたのが救いだ。幸い痛み止めもちゃんと効く確かな物のようで夜もぐっすり眠れると言っていたし、リリ様の『診察ではなく眺めた感想』では無茶しなければ20日ほどで完治するらしい。
裏技も抜け道も悪い事ばかりではない。こういう妖怪情なら誰だって大歓迎だろう。
「明日には右手の添え木を外してよいでしょう。朝食は椀で食べられますよ。肩の方は今少し様子を見ましょうか」
プニプニの肉球で触診された結果、他も無理をしなければ大丈夫ですと言われて嬉しくなる。やっと不便から解放されそうだ。特に食事。贅沢を言ってしまうと現代人に三食おにぎりはちょっとしんどかったよ、重量もな。
近いうちにとばり殿を誘って、行き損ねたうどん屋でも行きたいものだ。
「そういえば猩々緋の相手はどうですか? 気難しい方のようなのに、屏風殿とは話し込んでおられると聞きました」
あれは気難しいというよりテンポ良く会話のキャッチボールをするのがド下手なだけだ。急かさず待ってやれば何とか投げ返してくるし煽って投げてやればキャッチはする。目線下からか上からだけの関係に慣れすぎて『心理的対等の会話』、要は友達との交流に飢えているタイプなんだろうと思う。
屏風覗きが下っ端らしくへりくだると最初は会話に乗って偉そうにするが、それが続くと徐々に不満げな顔になって理不尽なかんしゃくを起こしていた。それで叱るとスネるのだが気配はむしろ怒られてちょっと安心している感じで、何というか所謂かまってちゃんのめんどくさい子といった印象だった。
あの子のやってる事はたぶん試し行為。どこまで許されるか、どこまで真面目に受け止めてくれるかを測っている。そんな幼い感じがした。
だからこそ彼女は相手とぶつかろうとするのだろう。このくらいはいいですか、このくらいなら大丈夫ですかと聞くように。
相手の行為を受け止める。それは『いなす』とは違うもの。叩きつける思いが強ければ強いほどお互い痛みを伴ってしまう。そして我慢して受けることはお互いに良くない事。彼女のような子は人との関係を測っているのだから。
本当はダメだけど我慢しようなんて考えるのは優しさじゃない。甘やかしだ。向き合って付き合うなら常識の範疇で叱り、試しを止めてやるべきだろう。
優しいは決して愛じゃない。身内だろうと友人だろうと嫌われようと、これ以上はダメと厳しく線を引く覚悟が人間関係には必要だ。
屏風覗きとは袖すりあった程度の関係だけど、そんな無責任な関係だからこそ『愛は無限じゃないが、関係が良ければ愛想は増える』と生臭く身も蓋もないことをこの状況で学んでほしいと思っている。そのほうが誰彼構わずガチガチと当たり散らす人生よりずっと楽で楽しい生き方のはずだ。
余計なお世話だろうけど。
こんなこっ恥ずかしい話をリリ様にするわけにもいかず、曖昧に愚痴を聞いている程度だと誤魔化しておく。実際に愚痴も聞いているし。
主に幅を利かせる天狗連中への愚痴と不甲斐ない赤しゃぐま派閥の味方連中への愚痴だ。下が支えてくれなきゃ上だって矢面に立って突っ張ってはいられない。自分の足元を気にしながら戦うなんてどだい無茶な話なのだから。
しばらく、リリ様は心理カウンセラーのように屏風覗きの話をつらつら引き出しては何度も頷き、途中から持ち出した筆記用具を用いて何かしらメモを取っていた。愚痴を聞かされてこっちまでストレスが溜まっていると診断して吐き出させてくれたのかもしれない。
「それではまた明日。朝食前にお伺いしますのでよろしく」
帰りに寄りたい場所があるなら廊下の黒頭巾に申し付けなさい、と言われたので迷いに迷ったのち出待ちしていたデカキャットにお願いして酒保さんの店に行くことにした。話の遊び道具を仕入れるためである。