緋・その3
いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。こんな状態なのに別作品書いてしまいました。案の定そっちも初回から報告を頂きまして、大変申し訳なくちょっと嬉しい…
「しばらく猩々緋の相手をしておけ。うるさくてかなわん」
呼び出された一室で開口一番にお守りを命じられた。おクソガキ様は環境に慣れて虜囚の自覚が無くなったのか、退屈だ何とかしろとキャンキャン騒ぎ始めたらしい。捕えているということはまだ命は取られないと安易に判断して気が大きくなっているのかもしれない。
死なせない程度の事はされるかもしれないとか思い至らないのだろうか。赤しゃぐまという座敷童妖怪としての特性上、相当な豪運の持ち主なので危険に対する知覚能力が発達していない可能性はある。
生き物は火を本能的に怖がるというが、これに人間は含まれない。変に知恵が働くせいか危険を身をもって体験しないと分からないって人がいるのが人間という動物である。
例えば火傷や火事の怖さを理解していなかった学生たちの話をご存じだろうか。学校で火が燃え移ったビニールを消すでもなく逃げるでもなく、ただぼんやり見ていた子供たちの話だ。教員が理由を聞くと、彼らは『何が危ないのかわからなかった』という、ゾワッとくる話である。
『当たり前』を知らない人に遭遇したときの、あの言いようのない気持ち悪さって何なんだろうね。他国他民族他宗教、そこまで大げさじゃなくても隣人や知り合い家族の変な習慣とか、表面上は受け止めているフリをしても内心動揺してしまったりするよね。
屏風覗きが何を言いたいかと言うと、怖いもの知らずとは『怖いものを知らない』場合と、怖いものだと『知ってて平気』なタイプ。どちらも同じくらい傍目に恐いということだ。
あの猩々緋、「立花様」の殺気で死期を早めたいのか。偽妖怪は10秒も睨まれたら過呼吸になる自信があるぞ。
ともかくやれと言われたら否応ないのが公務員。昼食同様に夕食も彼女と取れということで結構な時間を共有することになりそうだ。何か話のタネにもなる暇つぶし道具などあればいいのだが。
「どこ行ってたのよっ!!」
呼び出された一室で開口一番に怒鳴られた。立花様がわざわざ外出中の屏風覗きを呼び戻したのは猩々緋が屏風を呼べと煩かったからだそうな。遊び相手なら猫でも眺めていればいいものを。
へそ天でびろーんと伸びるキャットボディとか観察すれば時間を忘れて幸せな気分になれるぞ?
いたくご立腹のレッドポメラニアンは声が高いので猶更うるさい。それはまあ置いておいて、呼びつけた要件を聞いてみたらいよいよ眉を吊り上げた。
「あんた以外まともに話が通じないのよ! どいつもこいつも!」
何分かに一回爆発する煩い音がするだけの爆竹みたいな愚痴トークを根気よく聞いた結果、『誰も相手にしてくれないから構え』とメンヘラみたいな事を言っている気がしてきた。
病院案件対応なんて素人じゃなくてもノーセンキューだ。互いにより良い未来に前進していく建設的な交流が出来る方とやっていきたい。
落ち着きのない小型犬のようにチラチラこちらを見る彼女の当面の要求は『暇つぶし』。ついでなので雑談がてら友人から仕入れた『黒曜』の情報を掘り下げてみる。どのみち共通の話題は少ないのだ、昼にあれほど愚痴った妖怪物なら置き貯めた引き出しも多かろう。この子との会話の8割くらい身内の愚痴聞かされるパターンになっているのは気のせいだろうか。ストレスでハゲないようせめて頭皮は清潔にしておきなさい。
会話と言えばお茶とお茶菓子。予め離れで秋雨氏に切ってもらい、いそいそと持ってきた洗屋のようかん(こしあん)は途中でういろうに化けた。トレード相手は誰あろう立花様である。
洗屋が国の贔屓と言っても重鎮クラスが口にするにはまだ貫目の足りない『中堅から昇格したばかり』くらいのお店らしく、偉い方ほど調達が意外に難しいらしい。
大財閥のお嬢様がお抱えの菓子職人を差し置いて、コンビニのしょっぱい駄菓子ボリボリ食うのも世間体が悪いみたいな感じだろう。これが情緒溢れるレトロな駄菓子屋が背景だったら、まだ風情が出て恰好もつくのだが。特に季節は夏がいい。
いかん、一心不乱に梅ジャムつけたソースせんべいを貪る立花様を想像して吹きそうになった。
座敷牢に設けられた食事提供用の小さな開閉口にお茶と菓子を乗せた盆を差し入れ、こちらも座り直してお菓子を頂く。飲み物はシンプルに緑茶。いわゆる『茶』を点てたわけではないのでフランクなものだ。
美しく正方形に切り揃えられた白い宝石を惜しみつつ、竹楊枝で切り崩し一口。ようかんとも餅とも違う『もちり』とした味わい。昔名古屋の有名店という触れ込みの土産品を食べたことがあるが、それとは風味が随分違う。やや米粉が多いか? 白ノ国は米どころだものな。
ういろうと一口に言っても店ごとに米粉や砂糖の分量には違いがある。商品ひとつ、一店舗食べた程度ではこの菓子の底は測れないだろう。室町の頃にはもうあったらしいが当時は黒糖を用いたシンプルなお菓子だったようだ。今ではラムネ味やらフルーツ味のういろうも売られていて軽くカオスである。ういろうの古い名前のひとつに外郎餅という呼び方もあるので現代のほうが名前に追いついてきた感じかもしれない。
まあういろうに限らずに煮詰まったものは違いを出すために意味不明な派生をしていくものだけどさ。全国区の商品でさえたまに誰が食うんだコレという狂気のフレーバーがあったりするからな。
やきそばなのにケーキ味とか。アイスなのにナポリタンとか。ゲテモノは怖いもの見たさで食べて後悔するまでがワンセットである。
「ねえ、私ってさ、これからどうなるわけ?」
黒曜の事を聞くため話しやすいよう場を温めていた折、猩々緋のほうが先に切り込んできた。
政治関係に限らず基本蚊帳の外のお伽衆に答えられる質問ではない。しかし、それでいいからと言うのでちょっと考えてみる。
まず現状として『身柄を持て余している』というのが白の実情ではないだろうか。赤に戻られたら困るが白に置き続けるのもしんどい。『彌彦様』の件といい、さっさと決着をつけないと次から次にいらぬ面倒事が舞い込んでくる気配がする。
彼女の幸運を呼ぶ力は強力とはいえ、それは功罪併せ持つ代物。何かの拍子に赤しゃぐまが死んだり逃げられたりしたら強烈な反動で不幸が襲ってくるのだ。今現在でも上り調子、押せ押せの白ノ国で敢えて使う意味はない。
場に出せないのではせっかくの強カードも手札を圧迫する重りでしかないだろう。意味としてちょっと違うが、三国志で有名な鶏肋みたいなものである。捨てるにはおしいが、という困った妖怪材なのだ。
しかしここで交渉の面倒くさいセオリー『言い出したほうが弱い立場になりがち』が立ちはだかる。勝ち確歴然の戦況ならともかく、赤のほうから何か言ってこないと白は交渉に移行できないのだ。向こうのアクションが遅いせいで優位に立っている白が焦らされている状況である。もちろんそれを表に出すわけにはいかないので国として沈黙するしかない。メンドクサイッ。
考えの答えとして、いきなり殺されるようなことはないだろう。というありきたりで面白みのない、答えになってない返答しかできなかった。
「ねえ、私そっくりのもう一人ってどんなヤツ?」
屏風覗きのつまらない回答に何も感想を漏らさず、猩々緋様はういろうに竹楊枝を刺したままぼんやりとそんな事を聞いてきた。
そりゃあ気になるだろう。自分を差し置いて友人の金毛様や彌彦様が『本物』と言っている相手だ。
自分とそっくり。それは万人にとってある意味、どんな化け物より一番恐ろしい存在だ。
己のすべてに取って代われる、自分の存在すべてを『殺せる』相手なのだから。
聞かれて改めて思う。茜丸とは何者なのか。
本人も知らない影武者説。本人も知らない血縁説。いずれもしっくりこない。赤の誰がいつ、この二妖怪を用意したのか。それが分かれば楽なのだが。
彼女への回答は、常識知らずの世間知らずで妖怪としての力もほとんどない子。そう言うと猩々緋様は軽く呆けた後、急に突き立てていた竹楊枝をギコギコと乱暴に動かしてういろうを二つに割った。
そして片方を味わうことなくパクリと飲み込んでしまう。
「私は役に立つわよ。この力は私の財産、家に運を与える者」
絶対、役立たずなんかじゃない。
残ったういろうをじっと見つめ、赤い着物の少女は腹の底から噴き出したような声を絞り出す。
己を譲るなど冗談ではないという断固たる我。格子越しにふと合った白目がちの目は無意識に後ずさりたくなるほどの眼力を持っている。
けれど、その覇気が強いことが偽妖怪には少し苦しかった。
認めてほしい、そう心の奥で叫ぶ何処かの誰かにそっくりな気がして。