黒曜という天狗の事(コメント、公務員Tさん)
いつも誤字脱字の報告ありがとうございます。
台風もやって来て暑さ一転の肌寒い日ですね。寒いと言えばそろそろ中華まんのおいしい季節でもあります。子供の頃に手にしたサイズから随分小さくなったものだなぁ…
厚顔無恥、傲慢不遜、無礼千万。我が物顔で野放図にふるまう増上慢なその態度。まさに『天狗になる』を体現した者。
階位壱拾五位、裏陣馬山権現、大天狗筆頭、黒曜。
トップは猩々緋にも関わらず、赤ノ国において実質的な支配者の地位にいるのがこの天狗。より正確には黒曜を擁するこの天狗一派が長年に渡って国の運営をしてきたバカ連中らしい。
天狗の支配体制は完全なトップダウン制で富も強者に一点集中する独裁制。下っ端がどれだけやせ細ってもお構いなし。死んだら替えの妖怪員を一山いくらで調達してくる超絶弩ブラック団で、上は滅多に顔ぶれが変わらず下は見た次の日には死んで荼毘に付されていてもおかしくないくらいコロコロ変わる。
幽世の時代感覚でさえ非道と囁かれる非妖道さは有名で、その拍車をかけたのが件の黒曜だというのも有名な話らしい。
「この名がまた世に上がることになるとはな。天狗山は随分と人材不足のようだっ」
陰のある言葉を吐き捨てた友人は内心の燻りをぶつける様に、器の中央に陣取るあんこ目掛けて匙を突き込んだ。引き抜かれた匙の跡に生じた穴に黒蜜がトロリと入り込む。
不躾に古傷を抉られた友人の心を慰めるように、優しく甘い蜜で埋めていく。
国興院にほど近い場所に『修練場』にもなっているらしい広場がある。ここには拠点詰めで不自由する兵たちのために国からの口利きで派遣されている多様な露店が幾つも並んでおり、休憩や食事はもちろんちょっとした私物の購入などができるよう図られていて、白の福利厚生の手厚さが伺える。
城でおクソガキ様と遅い昼食を取った後、屏風覗きは場を辞してちょっとした気分転換を兼ねて東の守りを請け負う友人の顔など見に来た次第。
友人一押しという露店のひとつ、甘味処『洗屋』にてあんみつを食べながら赤ノ国の天狗を知るとばり殿に情報収集などさせてもらっている。これはあくまでお仕事であって煮詰まった頭を解すために遊びに来たわけではない。
そして開口一番に地雷を踏んでしまった模様。奢りの甘味はひと際甘いとばかりに嬉しそうに小豆のウンチクなど垂れておられたのに。一転ドス黒いオーラを纏ってしまった。
なお店名で察しが付く通り店主は『小豆洗い(富士額のオッサン)』さんである。店の裏で聞こえるしょりしょりという小豆の洗浄音は意外と風情があった。
「とにかく身内贔屓の権化だ。それ以上の言葉はない」
とばり殿曰く、昔はもう少し、本当にもう少しだけマシだったらしいが基本的な運営方針は今も昔も変わっていないと思われる、そうな。
まったく関係ない事だが、とばり殿の児童服はレア扱いのようで本日はコモンの山伏ルックである。ガチャが渋いのは万国共通なのでしょうがないな。
気を取り直して黒蜜のテカるあんこを細い匙で練り取り、パクパクと次々口に運ぶ様はいつもと変わらないように見える。しかし、この子が甘いものを食べているのにいつもの完全な仏頂面というのはおかしいことだ。それだけ聞いた内容が友人にとって嫌な事だったのだろう。
とばり殿は幽世に来て間もなく、己の意思に関係なく天狗山に入らされた。突っ込んだ話は聞かなかったが、何かしらをやらかしてゴミを捨てるように追い出されたらしい。その後は各地を転々として、白ノ国がまだ国と呼ばれる前のひどい土地だった頃に最後の地としてこの場所を選び、そして行き倒れている。
運よく白玉御前に助けられて今日まで生き永らえたとはいえ赤ノ国、ひいては天狗山の大天狗たちには腹に一物ある程度では済まないのだろう。
「あの山で下の者は疲れて死ぬか、飢えて死ぬか、心を患って死ぬしかない。私が殺されずに追い出されただけで済んだのは、当時の筆頭が別の大天狗で黒曜よりはマシな者だったからだろうよ」
もう名前も覚えていないが。そう言って小さな頬の中で三ついっぺんに頬張った寒天をプリプリと噛んでいる。何処を見るでもなく遠くに視線をやって目を合わせない様は、『踏み込んでくれるな』と暗に語っているようでこれ以上の質問は憚られた。
「それで、おまえは茜丸とやらと赤の頭目をどうしたいのだ? それが白の、御前の利益になるのか」
匙に乗せた白玉をこちらに見せるように皿から持ち上げる友人の目は、誰でもない誰かを天秤にかける屏風覗きへの不信が見え隠れしている。
国益を差し置いて人助けできる立場か、と。
別に助けたいなんて殊勝な話ではない。嫌な気配に流れる物事に抵抗したいだけだ。
どちらが本物であれ赤ノ国は寄り合い所帯。玉取りしたからといって即降伏ゲームオーバーにはならないだろう。別の神輿を立てて白と面子を賭けた全面戦争に突入するか、もしくは適当に和平なり提案して時間稼ぎを始めると思われる。
前者の場合は見せしめで白があの子たちの首を切る可能性がある。後者の場合は赤が引き渡しを求めてくるだろう。もちろん人質として生かす可能性や引き渡しを拒否する案も考えられるが。どのパターンでもあまり良い未来が続いているとは思えないのだ。
そして話をややこくしているのは彌彦様という、軍事的にも国際社会への影響力的にも強力な妖怪が問題にくっついている点だ。茜丸の扱いを間違えるとこの悪鬼が敵に回る。一方で猩々緋は鬼にとって『偽物』扱い。
社会的には猩々緋が本物。茜丸は偽物なのに。
「どのみち国が決める前では意味がないぞ。あれから赤の動きもないようだしな」
確かに。最初は金毛様と茜丸氏の不法入国の罪をどうにか減刑できないかを考えていたのに。遠征ついでに敵国の殿様捕まえてきて、それが茜丸氏にそっくりなんて話になったからおかしくなったのだ。
さらに言えば九段神社の折は赤の国人が来たというのに白の対応はしょっぱかった。出迎えも白玉御前ご自身はせずに立花様が前に出ていたし。華山の鬼たちは御前自ら歓待しているというのに。まあ赤の政治情勢のめんどくささもあって、屏風覗きの目にも一番偉いという感じもしなかったけど。
いや、厳密にはどうなんだあの場合? 白はフリーダム過ぎて白ノ国も大概めんどくさいなっ。
「ところで屏風よ、ちと聞きたいことある」
きれいに空になったあんみつの器を置いたとばり殿が、手で遮りを作りつつ屏風覗きの耳元に呟いた。お代わりは構わないけど、あまりパクパク甘いもの食べると太るんじゃないかな。
「違うっ! 雀の話だ」
雀というと思い当たるのは夜鳥ちゃんの事。彼女には少々心配をかけてしまったのでお詫びに甘味でもと思っていた。とばり殿の詰める国興院に赴いたのも情報収集の他、エンカウントできれば夜鳥ちゃんに会おうと思ったのが理由のひとつである。
ここに来るまでに何妖怪か禿っ子は見ているのだけど、残らず声をかける前に逃げられてしまうので伝言さえ頼めなかったよ。
「夜鳥と言ったか。おまえが名前をつけたそうだが、大丈夫なのか?」
友人の言いたいことがよく分からない。その様子で察してくれたのだろう、とばり殿は胡乱な目で深い溜息をついた。
「ん」
指し示されたのがふたりで座っていた縁台だったので、下駄を脱いで縁台に正座する。友人は立ち上がって腕を組み、仁王立ち状態で屏風覗きを睥睨した。ちっちゃい守衛さんの身長嵩増の一本下駄は今日も大活躍である。
名前を付けるという行為は『縁』を紐づけ『命』を分けるのに近い行為であり、安易にしていいことではない。明らかに夜鳥は力を増していたぞと怒られてしまった。
「私が見る限り寿命を大きく削ったような感じはしない。が、力を増したということは確実に『何か』を与えてしまっているぞ」
寿命以外だと視力や聴覚、手足の不自由など異常はないかと言われて怖くなってしまった。タイミングが悪いことに体が本調子ではないので判別が難しい。右手にいたってはまだ添え木状態で碌に動かせないのだ。
「迂闊なやつめ。我らが人でないことを忘れるな。恐れぬ者は長生き出来んぞ」
妖怪と出来た縁は簡単には切れない。返せと言って返ってくるものではないから、下手をすると雀を殺さねばならないと言い出した友人に待ったをかける。
これは安易に行動した屏風覗きの落ち度だ、四肢の麻痺は困るがさすがに殺害まで考慮されては取り戻すのも二の足を踏む。まずは何を渡してしまったのか調べるのが先だろう。
その後しばらく、とばり殿の手による触診で手足の麻痺や五感の有る無し、内臓の調子などを調べてもらった。
途中で外から見たら小学生ほどの子に体をベタベタ触らせているという、とんでもない事案発生場面になっている気がして慌てて止めた。だが、友人は大真面目であり臓器など場所によっては命に関わると触診が続行されてしまった。
店先だから迷惑だからと抵抗しても、この子は思い立つと突っ走るタイプのようで取り合ってくれない。その行動の原動力がこちらへの心配なので、ありがたくも迷惑なお医者さんである。
「んぶっ、ふっ」
急に真面目な雰囲気が霧散した。頭にわずかだが水滴がかかったような感覚。吹いた? 頭を掴んで弄り回していたとばり殿が顔を背けて震えている。顔が赤くなっているのは、間違いなく噴き出しそうなのを堪えたからだろう。
「おまえ、後ろに、は、禿が出来てるぞっ。文銭みたいに丸いやつ、ぶっ、すま、んぐっ」
知ってる。
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