交流
「そこに居るのが赤ノ国の頭目だ」
見たものに混乱する屏風覗きに構うことなく、女侍によって淡々と説明がされていく。
数日前の皮剥ぎの鬼女救援、実はこれは擬態であったと。立花様率いる白の精鋭たちは密かに赤ノ国深く忍び込み、事前に調べ尽くした警備の薄い瞬間を狙って赤の一番偉い妖怪を掻っ攫ってきたのだという。
攻め手に多くの駒を使えばそれだけ守りは薄くなる。活動する部隊が増えればそれだけ連絡と情報整理に気を取られる。赤に自分たちが仕掛けていると思わせて、その裏で白玉御前はすべてを利用して強烈なカウンターを決めていたのだ。
赤のトップ。階位五位三権女、赤しゃぐまの猩々緋。それが座敷牢に入っている少女の正体。
御前が御身を囮にしてまでもぎ取った大戦果である。
いや、馬鹿じゃねえの? 口には出さないけど馬鹿じゃねえの? ひとつ間違ったら自分が討ち取られてたじゃん。ろくろちゃん必死だったじゃん。幸運と偶然がひとつでも足らなかったら国滅亡じゃん。博打が過ぎるわ止めろや立花様。
何というか色々ヒドすぎる。うっかり口に出してツッコんでしまいそうだ。赤ノ国ってそんなに警備ガバガバなのか。じゃない、それよりこの少女の容姿はどういうことだ? 座敷牢の中央に鎮座する姿は茜丸氏にそっくりだ。
むしろ、九段神社で会ったのは『こっち』じゃないか? 意地悪そうな目つきには性格もちゃんと乗っている感じがする。先ほどまで一緒にいた子は目つきこそ同じではあるが、意地悪という以前に物知らずで、己の性格さえ『よくわかっていない』印象を受けていた。
思えば屏風覗きと初対面でもないのに、東の町で会ったときから見知らぬ相手を見るような態度だったのは不自然だった。下っ端なんて覚えていないか、身分が下の者など相手にしていないのかもと深く考えなかったよ。
とすると金毛様と一緒にいる方は影武者的な妖怪物だろうか。権力者なら何妖怪かそういった妖怪材がいてもおかしくはない。
「おまえが件の者どもと接触を持たれたと報告してきたときは驚いたぞ」
伝え聞いた背格好も同じ、金毛も絡んでいるとなると誤報とも考えがたい。よもやこれだけリスクを払ってまさか偽物を掴まされたのかと、立花様含めこの秘策を知る者たちはかなり慌てたそうな。
しかし、どう見定めても捕まえている側が本物の『猩々緋』。こうして厳重に封じていなければ留め置くこともできない強力な力の持ち主である。これで偽物の訳はないはずだと。
「急に駆り出されたから何かと思えば、『これ』をずっと見張っていろというのだからねぃ。退屈だったよ」
術的な封印、牢の物理的な拘束力、そして万が一脱出されたときの最後の安全装置として最凶の鬼札で固めているわけか。階位も御前からふたつ下とはいえ一桁ナンバーで同じ三権女。相当な実力の持ち主だろうから注意するに越したことはないだろう。
「いやぁ、『これ』は弱いよ? 人の童くらい弱い。おまえでも組み敷いて好きにできるねぃ」
質の悪い冗談は止めて頂きたい。そう口を尖らせても手長様は水気の無い老婆のように笑って座敷牢を指さした。この囲いの内側だけの話だけどねぃ、と。
赤しゃぐま。
伊予や讃岐の国に伝わる子供の姿をした妖怪で座敷童のような存在であるらしい。勝手に食べ物を食べたり人をくすぐるなど悪戯もするが、現れた家は栄えるとも言われる。もちろん離れれば家が没落するのも座敷童と同様だ。
赤しゃぐまも『家に憑く妖怪』であり、その力の本領は『家』に関する事象でこそ発揮される。このわざわざ円柱型に特別にあしらえた牢屋は、どれほど見すぼらしくとも『四方のある場所』を『家』に見立てられる赤しゃぐまの力を発揮させないための『特注の檻』であるそうな。
そして彼女の身を赤ノ国から持ち出し、力を封じたことが今回もっとも重要な事柄なのだという。
「赤しゃぐまの力は運不運、人知の及ばぬ天に通じる恐ろしい力だ」
赤ノ国がこの妖怪の力を失えば、これまで仕掛けてきた都合のいい運に頼ったような雑な計略も雑に相応しく失敗する。逆に放置して運が赤に味方し続ければ、白にとって理不尽なとんでもないサイの目が出続けてしまう。
このクソどうしようもない反則札を除去すること。それは御前が危険を冒さねばならないほどの急務だったのだ。
だいぶ納得した。運を上げる能力といったら反則の定番のひとつだ。面倒な理屈を用意しなくても『幸運』だからで全部片づけられる便利な能力だから創作界隈で大人気である。実際、現実でも運だけあればなんとかなるのは本当だしね。こんなふざけた能力を持ってる相手が敵にいちゃ人生たまらない。そりゃあチャンスがあれば何としても場から除去したい存在だろう。
「けれどねぃ、どうもおかしなことになったんだ」
話を立花様から引き継いだ手長様がそう言って、甘い位置にあった屏風覗きの文銭を別の文銭で弾き飛ばす。
話に飽きてきた足長様がやたら体に登ろうとして辛いので、文銭をおはじきに見立てて消しペン的な遊びをして回避していた。フィールドは畳一枚の大会場である。実は畳が傷むとか、金で遊ぶなとか立花様に怒られそうで内心ビクビクしております。
「屏風、おまえが連れてきた茜丸なる赤しゃぐまも偽物とは断じられん。『これ』を攫ってきた我の目にも、どちらも本物の『猩々緋』に思える。訳が分からん」
屏風覗きの三枚あった持ち文銭が全部弾かれた、というか立花様まで混ざってきた。貴方たちの妖怪パワーで弾くの反則じゃないですかね? こっちは爪が割れる勢いで弾いても半分の威力も出ないというのにッ。
文銭遊びはタワー建設に移行した。最低一枚から最大三枚までで積み上げ、手番を交代して崩したら負けである。こちとら普通の人間なのでパワー勝負じゃ勝てないのだ。他は三妖怪とも本気で文銭弾いたら柱に突き刺さるレベルの威力がある。お金を投げつけて盗人を捕らえる岡っ引きさえ目ではない。あんな円盤型の弾丸食らったら犯人は牢屋を通り越して入棺することになるだろう。
「分らんのは差異だ。影武者とも分身術とも思えん」
立花様は細い指で撫でるようにさっと三枚を取ると精密機械のような正確さで八段目に乗せる。わずかな凹凸さえ計算しているのか文銭の隙間がきれいに見えなくなる。幽世の造幣技術は大したものだが、さすがに少しは変形があるので一枚ごとに微妙な差があるというのに。マージャンの盲パイとか余裕で出来そうな器用さだ。
「茜丸とやらは見てないけど、力は『こっち』がほとんど持っているようじゃないか。さして気にすることもないんじゃないかねぃ」
二枚をカチリと積み上げて、いやらしいわずかな傾斜まで作ってくる手長様。畳敷きの土台ではぼちぼち限界の枚数だというのに攻めが過ぎる。
「いち」
堅実に一枚を乗せる足長様。これもう無理じゃね? 身動ぎの振動だけで倒れそうだもの。
全神経を集中して摘まんだ一枚を中央に降下させる。ちょっとでも傾いた置き方をすればあっという間に滑り落ち、その重心移動でタワーも釣られて倒壊してしまうだろう。
「ちょっと!! あんたらどれだけわ、我をほっとくわけ!?」
あっ、クソ、崩れた。
こちらを見ても終始無反応で座っていた『猩々緋』が、ここにきて初めて声を出した。やはり声も茜丸氏そっくりである。ただし、言葉に籠った感情は比べるまでもなくこっちの個体の方が強い。
先ほど音が届かぬ術を解いた、文銭を片付ける屏風覗きの耳元に立花様の怜悧な声がそっと呟かれる。つまり、ここからは言動に気をつけろということだろう。わざわざ掛けた術を解いた理由はなんだろうか。屏風覗きは何を期待されている?
彼女は部屋の中央からこちらに大きく進んで、格子の隙間に指がかかる距離に近づいて来ていた。
彼女の状況についてはゲームに興じるフリをしつつ、手長様と立花様より簡単な説明を受けていた。凄いことにどちらの尋問にもこの子は何の返答もしてこなかったらしい。この三大凶悪妖怪を前に無言でいられるとか、さすが国のトップだ。常妖怪とは胆力が違う。偽妖怪は一秒持たずにモブらしくベラベラ喋る自信があるよ。ちょっと尊敬してしまったわ。
そんな貝になっていた彼女がようやく口を開いた。立花様が子供のお遊戯に付き合ってまで完遂した天岩戸作戦、成功して何より。
正直に白状すると屏風覗きは足長様と遊んでただけである。手長様は相棒の付き合いだろうけど、立花様が乗ってきたのはさすがだ。申し合わせも何もしていない。しかし、こうすることで尋問がうまくいくと支配層のカンが働いたのではないだろうか。
作戦でも何でもない『偶然』の成果。けど途中からは状況を利用した立花様の作戦かもしれない。
一応推測すると『遊び』に興味を引かれたのではないかなと考える。
妖怪は己の存在定義に引っ張られる傾向があり、これが赤しゃぐまの沈黙を破らせた理由ではないだろうか。最初から子供の妖怪として認知されている赤しゃぐまは子供らしく『遊び』に引かれやすい、といった感じで。
近くで遊んでいるのに蚊帳の外。しかし興味はあってつい見てしまう。内気な子なら黙っているだけだろうが、強気な子なら何らかのアクションをするだろう。プライドの高い子の場合は逆にヘソを曲げて閉じ籠る可能性もあったけど。どうやら運よく『当たり』の態度を引けたようだ。
調子に乗って一緒に遊ぶか聞いたら睨まれてしまった。危ない、危惧した通りにしてどうする。まだまだ撒き餌の段階だ。
立花様をチラリと見ると、獲物に見えない位置から『やるだけやってみろ』というように顎を振られた。
「聞こえてるでしょ!? そこの下衆!!」
誰がゲスやねん。苛立ちの決壊した彼女を尻目に足長様にコイントスで裏表勝負を仕掛ける。
「おてっ」
正解。使った一枚を進呈。
「うひ」
新たに一枚を出し、今度は足長様にやってもらう。ちょっと手がグニョとして指で弾くことなく文銭が跳ねた。青い手が両手でパチっと文銭を掴んだところで銭を場に30枚出し、手長と足長様と『猩々緋』様の前に10枚づつ置く。
そして別の一枚を巾着にいれて場に置く。これは最後に振り出す用だ。
さてお立合い。手長様に『猩々緋』様に向けて頭の悪い感じに進行役を務めてみる。どちらに賭けますかと? 表と裏か『〇●』、どちらも表『〇〇』か裏『●●』の3択。初めに見せるのは足長様の手にある文銭だ。
一度に出せる枚数は2枚まで。前の勝負で勝った側が枚数決めして、同じ枚数を出せないなら自動的に負けになる。なお最初だけは1枚で。勝敗は種銭が尽きたら負け。最後まで残るか10戦して枚数の多いほうが勝ち。丁半博打みたいなものだ。サイコロも壺も無いから面倒である。
「バカじゃないの? やらないわよ」
意地悪そうな目以上に口を吊り上げて、小馬鹿にするように吐き捨てられた。しかし、その目は足長様の手と巾着から逸らされていない。
やはり妖怪は『人間』の空想・願望に引っ張られる傾向がある。それが強みでもあり弱みにもなる存在だ。傘の付喪神は身が痛もうと雨を楽しみにしたり、狐は油揚げが好物なんて確定的な理由もないのに稲荷寿司が好きで、犬は死んでいようと上下が決まらないと落ち着かない。
人によってそう認識されているから、とでも言うように。
なら『子供の妖怪』は、その者はどれだけ長生きしていても『子供らしい』娯楽に興味があるんじゃないか?
そうでなくとも畳だけの部屋でずっと黙っていたら暇なのは間違いない。そこで空虚な時間を慰めるお伽衆として、ちょっと娯楽の提供などしてみた。
今の状況なら彼女の特性らしい『絶対的に運が味方する』勝負よりおもしろくなるだろう。ついでに勝てば銭も進呈するし、それでお菓子くらいは買ってきますとも。
「屏風」
立花様が詰問の視線を向けてくる。足長様のお相手をしているのは本当だが、こっちの獲物相手に本当に遊んでいるわけではないのでお待ち頂きたい。
何をするにしても話ができないとうまくいかないと思ったのだ。子供思考の相手に尋問するより、こうした交流が会話の取っ掛かりになれば場が暖まるとでも申しましょうか。
例えばうっかり本人かどうか、『子供』らしく口を滑らせる可能性も高まるだろうと考えた次第。
実際の情報収集役は聡い手長様にお願いしたい。足長様はディーラー兼ちっちゃ可愛いバニーさんである。作務衣だけど。
「我の銭は?」
ん?