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スポーツの作戦タイムは試合の流れが悪いとき、調子を変える意味でも使われる。逆にチームが調子付いてるのにタイムする監督はかなり無能(偏見)

「この場で握り飯を食えるとは大したものだ。何なら茶も飲ませてやろうか?」


 まったく褒めていない顔で皮肉まで仰られる立花様。視界の隅で凶悪な『圧』を受けた金毛様の尻尾がパンパンに膨れて逆立っている。茜丸はそんな抜き身の刃物に囲まれたような気配に頓着せず、半分に割ったおにぎりの片方を両手で持って食べている。

 例によって食べ方を聞かれたので、片手でも両手でもいいが女の子は両手で持つほうが行儀よく映るんじゃないと言った結果のようだ。もう半分はさらに割って屏風覗きと金毛様の手にある。これは本当に最後の食事になるかもしれないわ。


 そりゃ立花様じゃなくても怒るだろう。上司にお目通りに来たヤツが揃って部屋でおにぎり食ってたらさ。


 まあなんだ、ティータイムと申しましょうか『この話に纏わりついた』嫌な空気をちょっとでも変える『イベント()』が欲しかったのだ。立板に水の如く話が進むのはマズいと思って。この白雪様お手製のおにぎりのご利益に期待してみた。


 立花様も『誰が作ったおにぎり』かは察しがついているだろうから。


 手のおにぎりを激高して叩き落すような真似はしないだろう、さっさと話を進めることもないだろう、食い終わるまで待ってくれるだろう。そんな虚をつく時間稼ぎのセコイ作戦だ。どこかの狐さんも有無を言わさず獄門台より少しは会話できる機会もあるだろう。


 手におにぎり持ったまま話すのも無礼というか変な感じなのでガツガツと食べ切る。濃い目の味付けがされたえのき茸には食感を出すためか山クラゲも入っていてコリコリした。


 身を改めて発言を求めると、平坦な声で聞くだけ聞こうという最後通牒のようなお言葉を頂けた。口の中の歯の隙間に挟まったえのき茸が気になってしょうがない。おっかない状況でしまらないのはいつもの事だし、むしろ落ち着けるってもんだ。


 まずは連れてきた経緯を簡潔に報告する。


 二妖怪(ふたり)が南に囚われていたので夜鳥ちゃん主導で共に助け出した事。救出後に尋問して南の手引きで不法入国していたと金毛様が認めた事。それまで赤ノ国の茜丸を連れて逃げ回っていた話。屏風覗きの伝手を期待して御前にお慈悲を頂きたかった理由。


 黄ノ国の金毛の目的は、赤ノ国の茜丸の保護依頼。運悪く情勢が急変し密入国せねばならぬほど切羽詰まっていたのであろうと。


 これが屏風覗きの主観でありますと伝えた。齟齬や異議はありましょうが、まずは是非に当人の話をお聞きくださいませと話を結ぶ。助けてとも許してとも言わない。ただ、黙って立花様の目を見返す。(こえ)ぇよぉ。


 例えようもなく空気が重い。固まりかけの水あめに棒を突っ込んで無理やり混ぜようとしているようだ。強引に突き刺した棒のほうが先にへし折れてしまいそう。しかし、これ以上の援護射撃は無理だ。どだい豆鉄砲一丁で防衛陣地(トーチカ)をこじ開けることはできない。

 それでもひたすらドアノッカーの如く猜疑心の扉を叩いて、向こうから『うるせぇ!!』と心の小窓だけでも開いてくれないと取っ掛かりも得られない。ここが突っ張りどころなのだ。


「よかろう」


 その一言を合図に部屋を埋め尽くしていた重圧が大きく薄らいだ。ブワリと広がっていた金毛様の尻尾もヘロリと弛緩する。気持ちは分かるが貴方はまだ気を抜いてはいけない。ここでやっとこさ生還レースのスタート地点なのだから。


「うちの阿呆では要領を得ん。そちらに申し開きを聞きましょうか、金毛殿」


 アホなりに頑張って説明したつもりだったけれど立花様には届かなかったようだ。舌っ足らずの幼児の説明を聞く気分にさせてしまったかと思うと恥ずかしくなる。それでも少しは時間稼ぎになっただろうか。覚悟は出来ましたかね、狐さん?


 いやいや、余計なお世話でした。そこはやはり黄ノ国が誇る高官職。金毛様の説明は屏風覗きの言葉より明瞭で、何より饒舌だった。話の頭にあーとか、えーとか混じらないので聞きやすい。トークの実力がある芸能人、もしくは大口の講演会を開きまくっている弁舌慣れしたエンターテイナー系のカリスマ講師の貫禄である。


 トークという誰でも出来る行為も高めれば立派な技能だ。画面の向こうで何気なくアホな事を喋っている体当たり系のお笑い芸人だって、息の長い人はだいたい活舌も良く聞き取りやすい。こと喋りに関しては驚くほど立派なんだよね芸人さんって。良くも悪くも闇が深いけど。


「ねえ、手がベタベタする」


 てぬぐい貸してあげるから拭きなさい。本当は水で洗ってからのほうがいいけれど、今はちょっと無理だ。ハンカチもとい、てぬぐいくらいは自前のを持つように。畳とかに擦り付けたらダメです。


 この子の見た目の年齢以上に一般常識が欠けている状態、本当に原因はなんだろう。金毛様には友人とは聞いてもこの辺の事情を聞いていなかったな。


「屏風」


 突然の立花様の呼びかけに驚き過ぎて、正座のまま飛び上がるというコメディみたいな事をしてしまった。寝ぼけて体がビクッとなったときの感じ。自分でもどうにもできなかった肉体反射なので、金毛様もそこまで驚かないで頂きたい。


 途中を茜丸氏の世話で聞いていなかったが、どうやら一通りの話は済んだようだ。これでこちらの弾は出し尽くした。どのようなお沙汰が下されるかは立花様に委ねられる。


 状況的に屏風覗きの身も決して安泰ではない。罪人に明らかに肩入れしているし、懐柔されたスパイの疑いをかけられる可能性もある。一連の騒動も信用を得るための芝居と疑われるかもしれない。


 現代の司法における『疑わしきは罰せず』なんて、人権と一緒に突如ニョッキリと出てきたごくごく最近の考えだ。たぶん幽世は黒を見逃すくらいなら灰色はさっさと殺してしまえ、くらいがデフォルトだろう。身を守るために必要なのは金とコネと力がすべて。間違いなく法律ではないに違いない。


 誰も言葉を紡ぐことなく無音の世界、数秒。


 立花様は唐突に席を立ち、ついてくるように命じられたので後に続く。部屋を出る前にチラリと見た金毛様の表情からは、弁解の成功も失敗もまだ判断できないと伝わってくる。


 そんな目で見られてもこっちだって弾切れです。後は黙って待ちましょう。


 茜丸氏はやっぱり何も考えていない感じ。しかし、その目は視界を切った屏風覗きが退室するまでずっとこちらを見ていた気がした。





 立花様は無言のまま、こちらを振り返ることなく城の奥へと進んでいく。来たことのないお城のさらに奥、どこか殺伐とし始めた廊下をついていく。殺伐と感じる理由は御前の豪華趣味が鳴りを潜め、視界に映る廊下や窓に装飾が徐々に無くなっていくからだろう。


 このまま屠殺場にでも連れていかれるのか、そんな嫌な想像が止められない。比較的楽なものなら斬首、磔、首吊り。苦しいものでは火炙り、釜茹で、鋸引き。どうあれそうなりそうならもう、幽世から永久にオサラバするしかないだろう。少なくとも人の寿命のうちに時効にはなるまい。


 最後にお別れくらい、この腰の短刀くらいは返したかった。この妖怪の住まう土地でやっていこうと思った切っ掛け、最初の友人に不義理をするのはとても申し訳ないけれど。さすがにこの身を死体にして埋めるには早すぎる。あるいは潰した家畜の如く、解体なりして残らず食べられてしまうのかもしれないが。


 頭くらいは残るだろうか。切った首を晒されるって、その身内はどんな気分なのだろう。幽世に屏風覗きの身内はいないけど。何妖怪(何人)かの知り合いは偽妖怪が晒し首になったら悲しんでくれるだろうか。


「ここだ。入れ」


 纏わりつく嫌な考えを払う。まだ決まったわけではないし、恐らく罰があるなら先に言うお方だ。屏風覗きが騙し討ちをしなければならないほど強いならともかく、出来の悪い部下だからといきなりバッサリはないだろう。


 入室した部屋は殺風景な畳敷きの一室。ただ少し気になる点として畳の敷き方に違和感を覚えた。細かいことだが凶事を行う際の敷き方になっている。

 昔の日本には葬式や切腹などの凶事にはそれ用の形に畳を敷き替えたという風習があり、分かりやすく例を挙げるとドミノのように一列同じ向きに並べるのは良くない敷き方になる。民家ではまだ一応という感じで祝事の敷き方がされているが、現代だと旅館なんかの大部屋ではこの形で敷かれていたりするので、ピンとない人にはまるで分らない程度の廃れた作法だ。


 だが、ここは幽世。古い日本の風習が数多いであろう世界。縁起やら迷信やらが妖怪(現実)として存在する社会だ。そこで敢えて縁起の悪い敷き方をする理由はなんだ?


 武士でもない屏風覗きに切腹の栄誉を頂けるのだろうか。とてもありがた迷惑です。


「そこでは見えんか。なら、もう三歩ほど進め」


 よく分からないが行けというなら行くしかない。一歩、二歩、三、歩? 最後の歩みが畳につく前に視界が大きく変わる。


 ガランとしていたはずの部屋に連なる毛細血管のような注連縄の束。その先、部屋の中央には注連縄に絡み付かれた格子。ついさっき南で似たような物を見たばかりの木製の牢獄。


 座敷牢の格子が部屋の中央に立ち塞がるように現れた。


「きたっ」


 突然足に感じた感触と体温に驚く。サラサラの金髪と青い作務衣に青い肌、足長様が屏風覗きの足にくっ付いていた。そっと触ってきたという感覚はなく、気付いたらもうくっ付いていた感じ。いつの間に現れたのか。


「やっと気付いたかい。おまえ『外』にかかっている術なら効くんだねぃ」


 足長様そっくりで銀髪の赤い作務衣と赤い肌、手長様がものの数センチ手前の畳に座っていた。あのまま進んでいたら蹴飛ばしてしまう位置じゃないか。

 危なかった、立花様もお妖怪()が悪い。たとえ殴られようが蹴られようがこの二妖怪(ふたり)は傷を受けないにしても、だからと言って蹴られる害意は気分の良いものじゃないだろうに。


「うひっ」


 何となく悲しくなって細い金髪の頭を撫でる。屏風覗きの湿布臭い足に顔をグリグリして足長様は笑っていた。こういう行動は本当に幼児そのもので、どこまでが子供でどこまでが捕食者の境界なのか分からなくなる。己の冷めた頭の後ろで、これも一種の擬態であると考えてしまうのがとてもやるせない。


 そしてこの状況、もしかしてアレか。切腹じゃなくこの二式神(ふたり)のおやつになれってことか?


「おや、何か妙な勘違いをしているようだねぃ? おまえが見るべきは手長の後ろさ」


 手長様は動くことのない口でそう語り、顔を後ろに向けて視線を促す。その先は注連縄だらけでほとんどの格子の隙間が塞がれ、まともに中が見えない座敷牢がある。


 辛うじて覗ける注連縄の白と格子の茶、そして畳の緑。その緑の中央に鎮座するは赤い着物の少女。


 酷く眼付きの悪い『茜丸』が座っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 分裂したのか……? 双子やタイムスリップ、生き霊とかもあるか。
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