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全額勝負(オールイン)後の手動精算は面倒

誤字脱字のご指摘ありがとうございます。


ケモナーなレスラーが活躍する漫画の新刊が出ましたね。あの漫画のような『可愛い+マイルドな生臭さ』の匙加減が大好きです。

リアル過ぎても可愛くないし、けれど獣耳つけて語尾を足せばいいや的なキャラは、何か違うんですよね。性癖的に…もとい好み的に

 現物の座敷牢というのを初めて見た。こちらには茜丸氏がぼんやり座っていた。金毛様は地下のよろしくない雰囲気の牢に繋がれていたので心配したが、幸い憔悴しているくらいで目の光はしっかりしていた。つい衣服の乱れが無いか確認してしまったのは下衆だろうか。

 

 店と界隈の後始末は下剋上の仕掛け人である『みずく』が勝手にやるだろう。あの女は自身の手勢らしい十名ほどを連れて『計ったタイミングで』『終わった後に』乗り込んできた。


 直前に別行動を取ると言って、こちらに有無を言わせず退散したから何となく『責任回避(そうする)』だろうと察してはいた。コソコソ陰で動く輩は絶対に勝ち確定と分かるまで矢面に立ちたがらないものだ。


 案の定、しゃしゃり出てきた後はさも自分が(ボス)のような素振りで話を進めようとするので我慢ならず、意趣返しとして屏風覗きとの正しい関係性を周りにぶちまけてやった。


 少々大人げなかったかなとは思う。ざまあみろの気持ちのほうが遥かに強かったけどな。


 みずくとは初対面であり、今回は私用でやったことで屏風(これ)は協力した気も、今後後ろ盾をする気も無いと宣言してやった。


 人を勝手に鉄砲玉代わりに使いながら実利だけ持っていこうなんて冗談じゃない。利益が欲しいならどんなに駒が乏しかろうと手持ちでやってくれ。


 それで南の利権を牛耳る勢力の危うい力関係がグチャグチャになろうと知ったことじゃない。ごみ溜めの縄張り争いでも何でも、金と血を流して勝手にやるといい。他人を矢面に立たせた挙句、賭け金を場に出さないで利益だけ頂こうなんて虫がいい話だ。


 世渡りに長けた女のしたたかな処世術と感心もしないではないが、実際に駒として使われた不快感は相当なものだった。


 何事も女の可愛いおイタとして笑って許せる、度量無量大数クラスの猿顔のスケベ泥棒や、街のスケベ狩人にはなれそうもない。


 牡丹女郎は思ったより肝の細いタイプだったらしく屏風覗き程度の恫喝で陥落した。ああいった業界の連中はもっと覚悟の決まった性格破綻者ばかりと思っていた。優位な時は強いが逆境には弱い妖怪物(人物)だったのか、破滅手前のストレスで判断能力が低下するほど弱っていたのかもしれない。


 もはやどちらでもいい話だ。今後どんな勢力が台頭したとしても、南にあの女の席は無いだろう。


「ひ、フヒッ」


 二妖怪(ふたり)を店から連れていくに際して幾つか悩むことがある。ひとつは屏風覗きの中での雀の扱いだ。


 囲まれて怖かったのか、部屋から出て今までぶるぶると震えながら腕にしがみついているこの雀。国から見れば犯罪者の逮捕に貢献した功労者だ。だが、屏風覗きからすると術で操られたことが許し難い。


 椿屋へ行くことを取りやめようとしたことで焦ったそうだが、事情を正直に話すなりしてくれればまだ違ったというのに。しかし、今日を逃せば金毛様も茜丸氏もどうなるか分からなかったのも事実。


 牡丹女郎は時間切れとして逃げ出し、国の捜査を恐れた連中が残された二妖怪(ふたり)を前に短絡に走る可能性はあったとは思う。

 すべての罪を逃げたであろう首謀者と何妖怪(何人)かの要領の悪い生贄に押し付けて、さも善人のように二妖怪(ふたり)を助け出して無関係をアピールするほうが穏便で楽だったんじゃないか、とも思う。


 みずくは下剋上にさいして、危険でも前任の権力者を倒したという(はく)が欲しかったのかもしれない。確かにそのほうが後始末がスムーズにいくだろう。台無しにしてやったけど。

 ぜひ勝ち取った立場にふさわしい苦労をしてほしいものだ。


 では雀の扱いをどうするか。そもそも屏風(これ)は雀とどんな関係で、この子になにを期待して裏切られたのか。その原因は?


 問題の根底にある原因はお互いの信頼不足だろう。雀は事情を打ち明けることを諦め実力行使に出て、屏風覗きは不信感を爆発させて猜疑心の塊になった。どちらかが歩み寄っていればこの気まずい空気もマシだったろうに。


「見捨てないで、見捨てないで」


 何をどうしたらそんな話になるのか。先ほどからそう繰り返して腕を離さない。見捨てるも何も、元より『そこまで親しくはない』だろうに。


 初めて会ったのは帰参の時で、まともに話すようになったのはほんの数日前だ。世間体のある大人として、今後の付き合いに明確な一線を引くだけである。


 それを馬鹿正直に口に出しても無益なので、もう気にしていないと伝えてみたのだが首を振ってイヤイヤする仕草が止まらない。屏風覗きの下手クソな芝居では上っ面の言葉だと見抜かれたようだ。


「もうしませんっ、もうしませんから、見捨てないで」


 しがみつかれた腕にそろそろ爪が突き刺さりそうだと感じていると、前を黙って歩いていた金毛様がすまなそうな顔で雀を擁護してきた。


「不肖の弟子の忘れ形見、どうか許して上げてくださいませんか。こやつは分身ではありますが、今は亡きかの者は私の弟子なのです」


 分身というからには本体がいる、当然だ。そして世に知られている創作に登場する分身術のほとんどは本体が倒れれば残らず消える。しかし、目の前の三尾狐が会得した分身術はその辺りの理屈が異なるという。


 そして弟子である雀もまた師匠と同じ分身術を習得しており、今まさに腕に爪が食い込ませたこの分身がその成果。痛いっ。


 本体が死んでも存在する分身。それはもう術というか、クローンと言っていい代物じゃないのか。にわかには信じがたい現象だ。そういえば九段神社でのレースで金毛様そっくりの狐があちこちにいたのは覚えている。


 これは現世で海を隔てた大陸から伝わった、とてもとても古い術なのだという。


 妖怪の術に興味が尽きないのはひとまず置いて、つまり雀は師を助けるためにもみずくに協力していたということか。またややこしい事情が出てきた。


「みずくの姐さんから計画を持ち掛けられて、手を貸したのは本当です。でも、師匠を助けたかったのも本当です」


 涙で血走った目を見開いて必死に訴えてくる姿、この姿勢をどう解釈すべきか。


 別に国は雀を罪人とはしないはずだ、むしろ成果を見れば大手柄と褒められるだろう。


 それなのに狼狽している。その理由がどうもおかしい。


 この子が問題視しているのは屏風(これ)の心象が下落した事らしいのだ。ここがよく分からない。鬼気迫る顔をされても困惑してしまう。さして関係性のない相手の評価が下がる事の何がそんなに嫌なのか。どうしてこうも必死になる?


 もしかして、本当にもしかしてだが、共通の知人であるとばり殿からの評価が、屏風(これ)の批難なり悪口なりで落ちる可能性が怖いとか? 考え難いが他に思いつかないし、それならある程度分からなくはない。


 あの子に嫌われるのは屏風(これ)だって嫌だ。そうなったら幽世から出ていくしかない。会うたびに舌打ちとかされたら本当に死にたくなりそうだ。


 つまり裏社会とのいざこざを起こした首謀者のひとりだと、共犯なんだから告げ口しないでくれって事なのか? いわゆる惚れた腫れたのお話?


 他の分身もとばり殿がお気に入りらしいのは態度で分かる。なら、この雀も例外ではないだろう。全員同一人物なのだから。


 嘘のような話でも信じられなくても、事実だけを組み立てた現実だけが答え。


 なんというか、どっと疲れた。『夜鳥ちゃん』の行動は誰かを想っての勇み足。それで納得しようと思う。


 気持ちの決着が問題なのは『屏風覗き』だけで、外野からすれば何を小さな事で引っかかっているんだと呆れられてもしかたない些事でしかない。見た目で小さな子を苛めているようで嫌だったし。


 こういった手心を期待して子供の姿を取っているのだとしたら、今まさに屏風覗きは化かされたのだろう。許されたと知った彼女の笑顔は、砂漠で水を見つけたように輝いていた。

 だから、納得したなら腕から爪を抜いて欲しい。芥子色の着物に列をなした赤色の斑点が出来て困っています。




「ねえ、あれなに?」


 提灯。中にロウソクが入ってて火を風から守る照明器具。今はまだ明るいから点いてない。


「あれはなにしてるん?」


 釣り。糸の先に返しの付いた針と餌をつけて魚を釣り上げようとしてる。水堀の魚なんて食えるのかね。


「あれなにしてるん?」


 チンチロリン。賭博。椀の中でサイコロ降って、出た目で勝ち負けを決める。111とか123とか特定の役で掛け金が増えたり減ったりする。


「ねえ、あれなにしてるん?」


 たぶん屑鉄集め。腰につけた紐で磁石を引き摺って歩いて、落ちてる金属片やら砂鉄やら集めてる。鍛冶屋とかに売って小銭稼ぎするんでない? というかどんだけ質問してくるのか。金毛様と大事な話をしているというのに。


 茜丸氏はついさっきまで囚われていたことなどまったく気にしていないようで、好奇心旺盛に質問攻めにしてくる。


 やっとこちらの腕を放して震えの落ち着いてきた夜鳥ちゃんにお願いして、茜丸氏の相手をしてもらっているのだが、何か見つけるといちいち手を引いて屏風覗きに聞いてくるのでそのたびに金毛様との会話が中断されてしまう。どこかに行かないよう手を繋いでいるのが悪いのかもしれない。


 この子は理解していないようだが、金毛様含め二妖怪(ふたり)は不法入国者。普通なら然るべきところに突き出せば死罪相当の犯罪者である。


 現在は歩きながら金毛様に事情聴取中。タイムリミットは城までだ。それまでに尋問に答えて納得のいく事情を聞かせてくれないならこのまま城に突き出す。なので尋問タイムはこの子にとっても命のロウソクと同じ。


 この手に感じる体温が処刑台に消える結末を、できれば見たくないのだが。


 切れ切れの話を繋げて分かったのは、金毛様なりに誰かのために頑張っていたということ。すべては茜丸氏を救うための逃避行だった。


 まず、わざわざ白に不法入国してまで来た理由。


 黄ノ国は武力という意味では四国で最弱で、茜丸を匿うことは赤ノ国の侵略を呼び込む。危険過ぎて国の同胞たちは受け入れてくれない。藍は頼れるほどの太い伝手が無く、隠れるのも難しい。しかし白であれば金で動く者たちがいるし簡単には堕とされない。


 そして慈悲深い白玉御前であれば、窮状を打ち明ければ寛大な御沙汰を頂けると考えた。問題は声を届けようにも既に白と赤は緊張状態。さらに事態が悪化して戦争めいた様相になってしまい入国さえ出来なくなってしまった。


「少し前に赤連中がやらかしたと聞いております。それが原因なのでしょうね」


 疫病爆弾事件か。あれで赤からの入国はシャットアウト。知り合いから他の国の者でも普段より厳しくなったと雑談中に聞いている。


「ねえ、あれなにしとるん?」


 的屋(まとや)的屋(てきや)でも間違いじゃないけど、的矢(まとや)するところは的屋(まとや)読み。あれは弓で的を当てて景品をもらう賭博。最初にお金取られるから元取ろうとすると結構難しいらしい。意地の悪いところは弓の弦が弱く張ってあったり、的が落ちないよう固めてあったりと狡すっからいそうな。情報源はひなわ嬢。


 話を戻して。そこから南の悪党の手引きで入国したはいいが屏風覗きからの返答待ちの間に捕まってしまったと。


「痛恨の極みです。助けて頂いたことは恩に着ます」


 それはまだ早いしお門違いだ。屏風覗きは御前ではなく立花様に報告しているし、最初から金毛様を助けるために動いたのは夜鳥ちゃんだ。ここから二妖怪(ふたり)の運命がどうなるかは分からない。


 金毛様は黄ノ国高位の方であられる。よって安易に捕縛することは屏風覗き如きの判断に余る。

 だから御裁可を仰ぐために立花様の元まで直通で送り届ける。それがギリギリの妥協点だ。後は狐の口八丁でなんとかしてくれ。あの方に睨みつけられたらひ弱な偽妖怪(人間)では一言だって弁護できない。


「ねえ、あれなに?」


 杉玉。酒屋の看板みたいなもの。新酒の季節ならもっと色が青々しい。これが段々色が抜けて茶色になるのがお酒の熟成具合の目安にもなってる。今の季節なら夏酒あたり。


「あの、律儀に答えられるから質問されるのでは?」


 だって相手にされないって悲しいじゃない。小さい子ってさ、こういうとき大人の受け答えを一喜一憂して感じてるものなのだ。適当にあしらわれるのも経験だけど、この調子ではそれはもう誰かにされているだろう。


 赤ノ国のこの子は金毛様以上に危うい立場。なら一生に一人くらい、最後まで質問し倒される大人がいてもいいじゃないか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子供に甘いのは性分か。 それは人間味があって良いんだけど、一般人にまでお人好しが知られてるのはヤバいな。 女郎の手下をバラして、少しは挽回できたかどうか…。
[良い点] 茜丸ちゃんの手を握り、される質問に全部きちんと答えてる屏風様、その理由が優しいけれど少し悲しくて涙が滲みます。 もしかしたら茜丸ちゃんの一生が終わってしまうかも知れないと思っているからこそ…
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