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いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

快晴に浮かれて靴など新調してみました。使い始めは固いので足がちょっと痛いです

 幽世娯楽の頂点と言えば、誰もがまずここと頷く白を冠する国が南。


 他国に轟くほど豪華な賭場。極上の色で誑かす花柳。道を歩けば喧嘩は当然、欲が絡めば殺しまである血まみれ界隈。緩む理性を切り分ける囲い。吐き出された欲望を食べる土地。金と色と力がすべての世界。


 その名も音に聞こえた白ノ国が中周り。南方川辺、大遊郭通り。


「とか、他国では言われておりますけれど、さすがに吹かしが過ぎます」


 閑散とした通りを我が物顔でクルクル回りながら進む少女は、やはりクルクルと喉を鳴らして笑っている。苦笑と言ったほうがいいかもしれない。


 世間で人外魔境のように言われても、実際に住んでいる側からすると心外だったりする話だろう。一度世間にできたイメージというのはとても強固で、その後の実情を見た後でさえ中々修正できなかったりする。

 興味深いのは内心『そうあってほしい』『そうでなければいけない』という理屈を超えた感情が強く働くことがある事だ。まるでそうでなければ都合が悪いと言うように。


 この感覚、何の根拠もない予想をすると『憶え直すのが面倒』なんじゃないかな。単純に。日々アップデートする情報を勤勉に憶え直す人もいるだろうが、前に憶えた事を何度も書き換えたくないと無意識に面倒くさがる人が多いのだと思う。


 とある業界では特定の権威が引退しないと常識を覆す画期的な発表は世に出せない、なんて話があるらしいけど本当ならこのトンデモ説が無関係じゃない気がする。せっかくその道で偉くなったのにまた憶え直しではね、悪い意味でプライドを刺激するのかもしれない。知らんけど。


 妖怪気(ひとけ)が少ないと言ってもまったくいないわけではない。時折、店の奉公人と思しき妖怪()に出会うことがある。夜の町とはいえ昼に仕事がある方もいるのだろう。

 たまに昔の人はみんな朝早く起きて夜早く寝ていたみたいな物言いで、健康のために昔を見習えみたいに宣う輩がいるが、昔だって夜番や寝ずの番をしていた仕事は沢山ある。現在の屏風覗きに身近なところでは守衛の兵士が交代制で24時間重要施設を守っているし、見回りもやはり昼夜を問わず巡回している。


 炭作りも焼き物作りも、機械任せにできない時代に火の番は徹夜仕事だ。というか、あの辺は現代でさえ徹夜するらしいね。自称・有識者はとかく健康の代名詞のように扱いたがる農家だって自然を相手にするだけに就寝も勤務時間も滅茶苦茶である。霜、台風、水害、虫害、日照り、大雪。細かい物を加えたらもっとあるだろう。

 大自然は人様の都合なんて全く考慮してくれない。文明の利器があるだけ現代のほうが労力的によほどマシ、だいたいの職種は昔になるほど過酷と思って間違いない。


 お勤めご苦労様です、そう言って頭を下げてくる妖怪()に散歩のおじいさん相手の感覚で曖昧に頭を下げようとして、いつの間にか傍に来ていた夜鳥ちゃんにつねられた。


「みだりに下の者に頭を下げてはいけません」


 それは偉い人の話だ。現在の屏風覗きはまだまだ庶民クラスだろう。そんな風に反論すると禿(かむろ)っ子は歩みを再開しつつ滔々(とうとう)と言い聞かせてきた。


 城住みのお勤めというのは信用が厚い者しか認められない。この時点で庶民とは一線を画す地位である事。既に屏風覗きの噂は国で広まっている事。ナメられるのは御前の顔に泥を塗る行為である事。とにかく簡単に頭を下げるなと。


 そうは言ってもこちらは階位とやらさえない偽妖怪。身分の話などそれこそ発想の埒外だ。どうすればいいのやら。


「この話はおいおい。そうですね、隊長も交えていたしましょう」 


 納得がいっていないと分かったのだろう、小さな溜息をついた夜鳥ちゃんはとばり殿の事まで持ち出した。あの子に迷惑をかけるのは不本意なので困ったことになったな。


 その後は挨拶に頭は下げず、言葉と手を軽く挙げて答えることにした。


 溜息が大きくなった。どうすればいいのやらっ。





「こちらが界隈を仕切っている店、椿屋(つばきや)です」


 彼女は店の大分手前、小さな堀にかかった橋の向こうを指す。3階建ての豪華な家屋は全般に朱色で派手に塗りたくられており、『普通の店じゃありません』と自己主張しているかのようだ。しかし、途中に通った店のように引き札と呼ばれる現代で言う広告がベタベタ張られた雑多で下品な感じではない。


 なぜここに来たのかというと夜鳥ちゃんの勧めだ。手早く仕事をしたいなら町の元締めに音頭を取ってもらえば余計なトラブルがないだろうとの事。屏風覗きがいちいちキューブから降りろと大声張り上げて練り歩くより、先触れを出して最初から近づかないようにしておくのが効率がいいというわけだ。


 とはいえつまりは偉い妖怪()、急な訪問で会ってくれるだろうか。


「屏風様ならお会いしてくれると思います。向こうも本当に、挨拶をしたいと仰っておりましたから」


 イントネーションの強調で『社交辞令ではない』と主張されても、それが正式な訪問の場合ならばと但し書きがあるかもしれない。初対面の相手に変なところで不興を買って後々まで気不味いとか勘弁なのだが。

 ついつい惰性で彼女の後をついてきてしまったが出直したほうがいい気がする。急いだほうがいいと言っても数日の猶予はあるのだし、己の仕事に町の大御所まで巻き込むのも大げさすぎる。


 そう思っていたのに、夜鳥ちゃんの小さい手に腕を取られると体が自然と橋を渡ってしまった。


 どこかフワフワした感覚で辺りを見回すと耳に三味線の音が聞こえてきた。一曲披露しているのかと思ったら何度も音が途切れる、たぶん稽古か調律の最中なのだろう。


 最中(さいちゅう)と書いて『もなか』とも読むのはなぜなのか。最中はもう無い。袖の中にはいつもの面子。大切な止口札、新しい財布、寂しくなった金子袋、支払いに使って紐が出てきた文銭の束。命綱のスマホっぽいもの。腰には失くしかけた短刀。懐には優しい香りの匂い袋。


 ここで頭の裏にいる己が違和感と漠然とした危機感に気が付いた。


 夢の中で体を動かそうとしたようにうまく指が動かない。だからこそ動かさなければならない。

 止まりかけ、止まりかけ、それでも(もや)の掛かった頭で袖の中のスマホっぽいものを操作した。


<自動防衛 11:58:52 までな 停止YES/Nぅ ポイント返還りない>


<ヒュプノスを防御した>


 へえ。


 使った直後に分単位で時間が消費されている。前に予想した検証案3、攻撃されると効果時間が削られるは確定のようだ。


「屏風様?」


 態度に出したつもりはなかったのに、こちらの気配が変わったのを何かしらで察したらしい。動物的なカンか、女のカンか、妖怪の知覚能力か知らないが。


 手を放してゆっくりと後ずさる。検証2、一定以上の攻撃は防げない可能性を体で確かめる気はない。


 こいつ、何をしようとした? 『ヒュプノス』、つまり催眠。洗脳、あるいは思考操作。

ちょっと前にログを埋め尽くした『攻撃』だ。これは『攻撃』、他者の『意志を奪う』という一種の『殺人』に近い。


 屏風(これ)はたった今、(こいつ)に殺されたのだ。


 過去には隠れ宿のボッタクリ狐も仕掛けてきたっけな。こいつも裏切り者なのか? 白にはどれだけ赤の手勢が入り込んでいるんだ? 通信機と警戒装置を担う雀の経立が裏切っていたら、そりゃあ暗殺者たちだって城にも入り込めるよな。


「申し訳ありません!!」


 己に良くない方向に進んでいると正確に感じとったらしい。綺麗な着物(おべべ)を土につけて平伏する雀。さすがの瞬発力だ、生きるためならなんだって出来るのだろう。


 黙っていたら次はどんな態度を取るのだろうか。もはやこれまでと、本性を出してくれたら話が早い。


「その子を許してやっちゃくれやせんか。あちき(わたし)に言われた通りにしただけなんで」


 不意に見知らぬ声を聴いて雀から視線を移すと、門の横にある小さな戸口を潜って肩をはだけた妙齢の女がやってきた。見る人が見れば色っぽいと称するかもしれない。


 成人女性。それも20代後半から30代近い見た目は幽世では珍しい。初めて見たかもしれない。他で年が近いのは帰参の挨拶で見た織部様くらいか。ころも様の方か、きぬ様の方かは分からない。


 目に煩い派手な帯を『前』で結んでいるのは『春売(そっち)の商売もします』という目印で、芸のみの者と区別するための恰好だ。もっとも吉原やら深川やらがあった時代の話であって、幽世でどうなのかは知らない。


 こちらがまったく警戒を解く気がないと分かったのか、女は身なりを整えて『みずく』と名乗り、雀を庇うような位置に立つと同じく平伏しようとしたので必要ないことを告げる。

 みずくとやらが何処の誰かご存じないが、何の謝罪か明瞭な説明も無いまま気持ちの籠っていない土下座など不愉快な三文芝居でしかない。


「ほなら事情だけでも聞いちゃくれませんか。この子だってしたくてやったわけやないんで」


 それはやらせた側が言うことか? 生憎と屏風(これ)は器量が小さいんだ、いちいちお涙頂戴の与太話を聞くほどお人好しでもない。事情を口にしないで引っ張り込んだ時点で、説得力が無い話ですと認めたようなものだろうに。


「助けてやってほしい者がおるんです。たぶん、旦那にしか救えない子なんで」「わたくしからもお願いいたしますっ!!」


 その者は屏風様にも無関係ではないのです。最後に続いた言葉に見限る算段をつけていた思考が中断される。


 詐欺師は『話を聞かせた』時点で企みの半分が成功したと言っていいらしい。


 つまり、屏風(これ)に湧き上がったこの気持ちこそ『企みの肝』なのだろう。一度相手の関心を引けさえすれば後は獲物から食いつき続けてくれる。『もしも』に引き摺られてギリギリまで付き合ってしまう。


 知り合いの顔がいくつも思い浮かぶ。もはや詐欺師が騙すまでもなく、自分を自分で欺いてしまうこの気持ち。99パーセント嘘だと思っても、1パーセント本当だったらと思うと最後の可能性を捨て切れない。


 最低の気分だ。騙していたら本当に只じゃおかない。借物(チート)でも何でも、持てる物すべて使って報復してやる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 襲わせた黒幕が許してやってくれとかw 面白すぎて、ろくろさんやひなわさんがいたら、ひとしきり笑った後に真顔で殺しに行くだろうねw
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