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答え、7.5杯 1キロと125グラム也

 御前主催の流しそうめんは大盛況の内に終わった。さらに各々土産として菓子折りを頂けたのでこれは嬉しいサプライズ。

 あのとき頑張ってくれた中には松もいた。さすがに呼ばれていない馬を連れて行くわけにもいかなかったので自重したが、彼or彼女の働きに何かしら報いてあげたいと思っていたのだ。


 思えば松ちゃんの性別確認してないな。でも付喪神だし話も分かるし、変にジロジロ見るのはかわいそうかも。それはおいおいとして金鍔(きんつば)好きの松にお菓子は丁度いいだろう。

 ただし、一日に何回もお菓子を与えるのは健康に悪そうなので一日一個にします。ゴメンな松っちゃん。君のためだ。与えるだけが愛ではないと分かってほしい。


 離れに戻るにあたり、寄りかかって一向に目を覚まさないひなわ嬢の扱いに悩む。


 今日のとばり殿はどうも気分の乱高下が激しいようで、中庭に捨てておけと半眼で睨んできたがそれはあんまりだ。帰参の宴会のときは目を覚まさせて朝ごはんに引っ張ってきたのに。まあ、あれに関してはありがた迷惑だったようだけど。


 ひとまず城に詰めている守衛さんに話を通して、仮眠室あたりに寝かせることにしよう。最初にチラッと思い浮かんだ離れはダメだ、秋雨氏がいる。


 姉妹の片方を殺したこの子を連れて行ったら、ちょっと何が起こるか分からない。


 たとえ正当な行為の結末だったとしても、愛した身内を殺した相手を見たら衝動的に手が出るかもしれない。秋雨氏の環境は気を配り過ぎるということはない。


 寄り掛かっているひなわ嬢の体を片腕ですくうように持ち上げる。城に上がるにさいして『商売道具』は外してきたのか、思ったより軽くて助かる。自分で連れていくと言った手前、手伝ってもらうのは格好悪かったので持ち上げることが出来て一安心だ。


 問題はこの片手お姫様抱っこ状態で城内まで辿り着けるかだが。城内、遠いなぁ。


「最寄りのシケこめる場所、ご案内しますよ? フヒッ」


 気付けば目の前には『ふくら雀』と『打ち出の小槌』。目出度く富を呼ぶ柄が踊る艶やかな朱色の着物を来た少女。


 黒いぽっくり下駄をカランと鳴らし、一羽の禿(かむろ)が妖しい艶を出しつつ、それが台無しのコメディめいた邪悪な笑みを浮かべていた。





「ひとりで南には行くなっ、夜はもっと駄目だ! いいな、必ず誰か連れていけよ!? そもそも体を痛めているのにチョロチョロ動くな。今日くらいは大人しく、ああもうっ、歩くから押すなっ」


 三妖怪(三人)に背中を押されて連行されていくとばり殿は、ギリギリまでこちらを心配して仕事に戻っていった。そんな優しい君に感謝。午後のお役目も頑張ってほしい。


 こうして、何かしらブツクサ言いつつも手伝ってくれていたちっちゃい守衛さんは、他の禿(かむろ)っ子の手で早々に連れていかれてしまっている。とかく部下のいる役職は大変だ。


 そして代わりに残ったのはフヒッ子、もとい他の子と毛色のちょっぴり違う夜鳥ちゃんである。


 中庭で草の香りを運ぶ風がサワリとそよいだと思ったら、予兆なく目の前に現れた雀の経立の分身体、禿(かむろ)っ子たち。


 まず一人、一人から二人、二人から四人と背後で分裂でもしているように次々と現れる様は、集団で同じ動きをする高名なパフォーマンスのよう。一挙手一投足のタイミングも完璧だった。


 しかし、真正面からであれば重なる形で一人に見せかけるトリックも通用するが、屏風覗きと彼女たちの体格差は歴然であり、背後に隠れていれば普通は頭越しに見えてしまう。

 だと言うのに、どんなに目を凝らしても最初の一人だけで後ろには誰もいなかったと記憶している。そこにどんなトリックがあったのか?


 答えは分身、すべて同一人物である。まさにこれ以上シンクロ出来る相手もいまい。


 だが、そう分かっても謎は残ったままだ。故イタチの使った分身もそうだが、彼女たちは見えたときは質量がある物体となり、消えると無くなるとでもいうのだろうか。


 幽世の術の前では人の信じる物理法則など、的外れの戯言(たわごと)でしかないのかも知れない。


「ここなら使っても平気ですよ。守衛だ見回りだと小煩いのは来ません」


 夜鳥ちゃんの案内で中庭から一番近くにある、見回りのひなわ嬢でも使えるという休憩所へ辿り着いた。


 年季の入った学校の宿直室みたいな雰囲気で、そもそも利用者が少なそうな場所。部屋は別に汚れてはいないし、押入れの布団もカビ臭いということも無かったので、一応手入れはされているようで安心した。


「中庭のこの近くで立花様がまれに鍛錬をされていることがありまして、近付き難いのです」


 残った気配だけでも弱い者は鳥肌が立ちます、そんなジョークとも本気とも取れない事を言って長い袖を捲って見せてくる。華奢な白い腕はスベスベで特に泡立ってはいなかった。


 まれにということだし、よほど運が悪くなければかち合ったりはしないだろう。他に候補も無いし、ここに寝かせることにする。ただ横にするに際し、せっかくの一張羅がしわになるのもかわいそうなので寝かせる前に夜鳥ちゃんにお願いして上の着物だけでも脱がせておこう。


 それを聞いた彼女は何を勘違いしたのか、鳥らしくクリッと首を動かしてニヤニヤしながら屏風覗きに囁いた。


「頂けるものを頂けば長命丸でも女悦丸でも、色町の物なら何でもご用意いたしますよぉ?」


 それが何かは察しが付くのでいりません。


 おお、寝技には自信がおありで。なんてからかってくる夜鳥ちゃんにデコピンなどしてみる。見た目はともかく実年齢はこちらより上でもおかしくない相手だ。遠慮はいるまい。

 国興院での会話では客は取ったことがないようだったが、どこまで本当か分かったものではない。


 こういう色話は案外女性のほうが乾燥した倫理観を持っているから怖いな、と(のたま)うようではまだまだ人生経験が足りないと評されてしまうだろうか。

 しかし、男のほうが女々しいというか一人の女性に対して幻想を抱いてしまい、餓鬼臭い感情が出てしまうものなのだ。


「フヒッ、節度を保つ火遊びなら、ぜひ手前どもが紹介する店にお越しください」


 さも痛そうに打たれた額を押さえる振りをしていた彼女は、指の隙間から目を見せて再びにへらりと笑う。


 甘い香りで愚か者を誘い、苦痛なく体をドロドロに溶かして食う食虫花。そんな優しい死の気配を浮かべて。


「いえあの、雀ですからね? 溶かすとか物騒な妖怪じゃないですよ?」


 からかいのお返しでございます。






「では後ほど。南の奥周り出口でお待ちしています」


 離れに土産を置くため一旦夜鳥ちゃんと分かれる。ついでに寄っていくかと聞いてみたがやんわり断られた。


 殿方と二人だけでは何をされるか分かりません、などと言い放つ頭ピンクの禿(かむろ)っ子には追加のデコピンを叩きつけておいた。


 冗談はともかく、恐らく秋雨氏の件を抜いても表だって屏風覗きとあまり懇意にするのは何らかの理由でよくないのだろう。組織的な理由か、慣習的な事か。あるいは女の子らしく、知り合いに色恋と結び付けてからかわれるのが嫌なのかもしれない。


 何か事情がある中で、それを押しても南に詳しい彼女が協力してくれることになったのはありがたいことだ。


 月の事件で設置したキューブは城の上空含め、東と南で結構な数がある。数日中に撤去するよう期限を切られたので出来ればサクサクと片付けたい。


 撤去自体はどんなに遠くても見ていなくても可能だ。だが北に設置したキューブで起こっている話のように、誰かが上に乗っていたりすると墜落事故が起きてしまう可能性がある。

 なんの権限も無い屏風覗きでは事前告知を出して人払いなど出来ないので、面倒でも視界に入れて安全確認しつつ消していくしかないのだ。


 しかし、ここで問題になるのが町の治安。東はともかく南は少々危険を感じる。何せ色と賭け事の町だ。生憎と屏風覗きはどちらもまったくの不心得である。とばり殿との談笑中にこれをうっかり漏らした結果、ああしてアドバイスしてくれたわけだ。


 なにせ銀色の球体をパチパチ弾いたこともないド素人。見る人が見ればカモがネギ背負ってきたように写るだろう。

 たしか国の言い分としてはアレは賭博じゃないらしい。縁も所縁もない謎の交換所があるだけだそうデスネ。


 実は前にひなわ嬢が南に詳しい的な事を言っていたので、タイミングが合えばあの子に頼ろうと思っていた。しかし、彼女は度重なる徹夜でとても起こせる状態じゃない。たぶん今日たっぷり寝ても数日は体調不良を引き摺るだろう。


 屏風覗きの忌まわしい経験上、睡眠不足と極度の疲労の合わせ技はその後もまる一日くらい集中力がボロボロになると予想する。質の良い仕事をするためにも、休む時は半端をせずにガッツリ休んでほしい。





「お帰りなさいー」


 ほにゃあと間延びした甘い声。真っ白のボリューミーな髪をモコモコさせて居間の座布団に座っていらしたのは白雪様。


 こちらににっこりと笑みを向けると、胸元の『板』を揺らしながらちゃぶ台に乗っていた湯呑みにお茶を注ぎ出す。そしてタイミングを図ったかの如く、こちらがちょうど土間から上がった辺りで急須の茶を注ぎ切り、屏風覗きが座布団に座ってピタリでお茶が差し出された。お見事。


 礼を言ってお茶に口をつける。温くてありがたい、中庭では結局飲み物を口にしていなかったのだ。乾いた喉にゴクゴク入る。

 過去にパッケージで見たお茶の解説文によると玉露は低温、60度あたりで淹れるのがよいらしい。なお、これは普通にぬるい煎茶である。


 時に、首から下げている『反省中』ボードは突っ込んだほうがよろしいか? それより小さい字で『ニツキ、オ構イ無用ノ事』と追記されている。『反省中』の文字の殴り書き感がスゴイ。とてつもない鬱憤(うっぷん)が籠っている気がする。


「お体、悪かったんですねー。腕が動かないとはー」


 大事ないと聞いていましたー、そんな申し訳なさそうな声を出されては恐縮する。別に白雪様が何か悪いわけではない。心なしか尻尾までしぼませているネコミミに、実際問題は無いことを告げておく。どうやら今回もツッコミは一切ノーセンキューらしい。


 おそらく屏風覗きのコンディションを知らせた人は昔の人の基準だったのだろうと思う。死んでなきゃ無事、という大雑把な判断だ。

 これが身分の高い方ならちょっと怪我した程度でも『玉体に傷が』とか大騒ぎだろうが、偽妖怪(人間)程度なら片方の手足でも飛んでなきゃ知らせるまでもない、と思ったんじゃないかな。余所者で身分が低いとはそんなものだ。


「片手でそうめんは食べ辛かったでしょうー」


 立食なのが致命傷だったとは思う。行儀は悪いがテーブルなどにつゆの器を乗せたままにできれば片手でも食えたのだが。それは個人の事情だ。第一そんな行儀の悪いことは、たとえくだけた場であっも身分差がある世界では許されないだろう。


 だからさして思うところはないし、むしろ友人の気遣いでほっこりした食事を楽しめた。

 まあ、次から次とこれがうまいあれは外せんと下から揚げ物を突き出してくるので、そうめんというより天ぷらパーティだったけどね。


「というわけでー」


 あ、妖怪()を待たせておりまして。すぐお(いとま)いたしたく。


「秋雨ちゃんー」


 ろうそくでも塗ったように軽快に開かれた戸からプルプルワンコこと、秋雨氏が現れる。傍らには膳のほぼ90パーセントを占有する丼飯、いや、ひらがなで『どんぶりめし』と書いたほうがしっくりくる、頭の悪い量の白米の山がホカホカで(そび)えていた。


「三合飯、残らずお持ちいたしましたっ」


 一般的な茶碗一杯は約0.4合、だいたい150グラムほど。


 ではここでクエスチョン。

 屏風覗きの腹に収まる予定の三合は、茶碗何杯分で何グラムでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 訓練の後でも近づけないって……。 立花さんはなんだ、コジマ粒子でもだしてんのか?
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