Yes! イケメン! Goタッチ!!
野点で有名なのは天下人である豊臣公が開いた茶会だろう。それ以前にも野点は行われていたが、大々的で高名と言えばやはり『箱崎茶会』である。
では外での立食会が日本で初めて行われたのはいつ頃なのか。茶会が野点と呼ぶのに対して、食事のさいは『野掛け』とされているので、もしかしたらこっちも確認できないくらい起源が古い可能性はある。
学の無い屏風覗きが知らないだけかもしれないが。まあ記録の残っていない真実も、もしかしたらあるかもね。
中庭の一角に設けられたそれは『飲み物提供場?』、とでも言えばいいのだろうか。畏まった所謂『茶』はここでは鳴りを潜め、煎茶などの現代で飲まれるお茶が身分を問わず無料で参加者に配られている。
種類も豊富だが目を見張るのは『冷』の文字。なんと冷たいお茶まで大量に提供されている。
お茶を乞われた奉公人が、カチャカチャと音を立てて氷から引き抜いた竹筒はちょっと冷たいどころか、この暑さの中で目に見える冷気を漂わせているほどだ。というか完全に凍ってませんか?
夏場の炎天下イベントに持っていけそうな麦茶を1本と、すぐ飲める程度の2本を選んで場を後にする。
先程まで一緒だった胴丸さんは『飲み物提供場?』で会った、彼女の別の知り合い達にかなり強引な感じで引っ張られていった。
友達の知人って、全然平気な人とダメな人っているよね。あの子たちはダメな口だったのだろうか。
せっかく仲間内だけで固まるはずが、急に誰かが相談なく面識のない友人や恋人を連れてきたり、意図せずとも偶然遭遇したりすると、急に間合いが掴み難くなって変な空気になる現象は確かにある。それが嫌なのだろう。
人は生活をしている中で小さなコミュニティを複数作っている。ただそのグループ毎の立場は一律一緒ではないので、別のグループと邂逅すると立ち位置が定まらなくてギクシャクしたりするんだよね。
これはグループ側も例外じゃない。気にする人にとって異物というのはかなりストレスだったりする。
えー人が多いほうが楽しいよーとかピンとこない人は『猫を家飼いしていて、先輩猫が存命中に新しい猫を連れてきた経験のある方』に聞いてみると、この現象が起こすストレスが少しは分かると思う。先輩猫がものすっごくイライラするそうな。
小さなグループで纏まりたい、そういう人もいるんだよ陽キャさん。
それはともかく、この場は功績のあった者たちへの労いの場。彼女の必死の頑張りを屏風覗きは知っている。こちらは気にしないのでお祝いを仲間たちと楽しんでほしい。
戻る途中、どこか所在無げな見覚えのある背格好を見て声をかける。雨水に濡れた翡翠のような、澄んだ緑色の着物をビクッと震わせて振り向いたのは、やはり友人だった。
「脅かすなっ! 馬鹿屏風!」
普通に声をかけたつもりだったのに、女物の着物を見事に着こなす先方はそう取ってくれなかったようだ。着物に散りばめられた千鳥格子が似合ってますな、とばり殿。
どうやら禿っ子たちは何度怒られても懲りる気がないらしい。もちろん今回の仕上がりも上から下まで完璧な女装である。
題名を付けるなら『事情があって出来なかった七五三を、親や祖父母のためにやり直した年長の小学生』だ。
内心恥ずかしくて仕方ないけど、好きな人たちのために今日だけ我慢しているって感じが出ていて、実に実に微笑ましい。
そしてこういう場面に限って、たまたま友人に目撃されたりして絶句することになるのだ。諦めましょう、人生だいたいそんなもんである。まあアレだ、可愛くないよりいいじゃない。
「妙な褒め方をするな、馬鹿者」
腹にグーが飛んできた。背丈的に小突くならちょうどいい位置なのだと思われる。上履きより高いとはいえ、いつもの長い一本歯の下駄からぽっくり下駄に履き替えているのでやはりちっちゃいのだ。
「ちっちゃいと言うなっ」
尻にパーが飛んできた。こっちは張り手のようにバチッと良い音がして普通に痛い。さすがにからかい過ぎたか。
ゾンビを待たせているのでとばり殿に何か用があるのなら、ここで一旦別れることにしようと思ったが、別段無いとのことなので連れ立って松の日陰に向かう。麦茶を手渡すと少し嬉しそうにしていた。
そうめんが中々始まらないので口が寂しかったのだろう。屏風覗きはひなわ嬢にもう一本を渡して往復するか、カチコチのほうが溶けるまで待てばいい。
「おまえ、今の季節になんて色の着物を着てるんだ」
歩きながらの談笑中、屏風覗きの着物が結構なダメ出しを食らってしまった。芥子色は夏に着るものではないという。
夏場なら青系などを主軸に『涼』を感じさせる色を選ぶのが無難。着る本人だけじゃなく、見る側にも暑苦しさを感じさせない気遣いをするべきだと指南された。しょうがないじゃないですか、これしか無かったんだから。とは言い難い。
この子は本当にこちらをためを思って言ってくれていると、辛口の言葉でも雰囲気で伝わってくるから。優しい子なのだ、本当に。
ただ、女物の布地に見えるぞと言われたのは意趣返しと思われる。屏風覗きの知る限り、柄はともかく和服に男物と女物で生地自体の差異は無いはずだ。
なお、この子と違って屏風覗きが女物を着たら正真正銘のクリーチャー爆誕である。突然遭遇したら、冷静な手長様でも思わず身構えるんじゃなかろうか。
そういう意味でも地顔が良い子は得だよね。訓練して『女の雰囲気』を醸し出さなくても恰好をちょっと整えるだけで『女の子』に見えるのだから。
仮に屏風覗きが必死にオネェ力を鍛え上げても、適正Sのとばり殿には勝てないだろうな。鍛えないけど。
あの異世界ロボット物、なんで力にしたんだろう? パワーじゃだめだったのだろうか。
ともかく、かようにデフォルトの顔面偏差値は大事なのだ。女装に限らず見た目が良いほうが信用を得易いのもれっきとした事実。男は頼られるなら可愛いほうがいいし、女だってどうせ助けてくれるならブサよりイケなのだ。人生の優待券なのだ。
ジャンルを問わず片方がブサの物語は数あれど、どっちもブサの物語は現実くらいしかないのがその何よりの証拠だ。誰だって逃避したいのだ、どこまでも追ってくる生々しい現実から。
屏風覗きだって隠れ宿で助けてくれたのが顔が良いとばり殿じゃなければ、つい訝しんで抵抗したかもしれない。
恩人にブサもイケもないと怒る有識者もおられようが、生憎と屏風覗きは心眼とか会得していないので、初対面の相手は見た目10割で判断させてもらっている。
第一、顔はともかく身だしなみを整えないタイプは『相手の心証なんて考慮しません』と言っていると同じなので、つまり潜在的に自分本位の人と判断して間違いないと思うのだ。
それでも容姿が良いと相手のほうから仲良くする形をどうにか模索したりする。高確率で交渉の余地が生まれるのだから、とかく顔が良いはヤツのポテンシャルは恐ろしい。
だからと言って、とばり殿の事を信用するまでの経緯は無為じゃない。そこは間違えてはいない。
この子に感じる親愛は、この子の行動と妖怪柄によるものだと断言する。禿っ子たちだって顔が良いからだけで慕っているわけではないだろう。
上っ面の良さだけでは本当のイケメンは続かないのだ。日頃から世話焼きの優しいこの子だからこそ、こんな人でなしでも内面に目を向いて信用しているのだから。
「急に黙って変な目で見るな、って、撫でるなっ!」
何なんだ、と言いつつ頭に乗せた手を払われてしまった。つい手が出たとしか言えません。
いつも頑張ってる子を無性に褒めたくなったりするのは人として正常だと思います。それがお世話になっている相手ともなれば猶の事。日頃の褒め欲が暴発しても仕方ないのではないでしょうか。
そもそも着飾ってここにいるという事は、月の事件で功績があったということ。褒めるべきなのです。頑張ったら褒めるべき。
「役目を果たしただけだ。だから、ああもうっ、撫でるなっ!」
残念、距離を取られた。
足を動かし難い着物ですり足程度しか動けなくとも、とばり殿の爆発的な脚力があれば結構な距離を移動できるらしい。
足の親指から足首程度の『ねじり』でほぼ直立の姿勢のまま、一瞬で2メートル近く間合いが空いた。恐らく本気でやったらもっと距離が出るだろう。
格闘漫画などでしばしば登場する、縮地とか瞬歩とか言われる技の現実バージョンといったところか。
姿勢が動かないので上体だけを注視しているとスライド移動したように見えるのが特徴で、剣道のすり足からの飛び込みなんかもこの歩法の一種と言える。
要は踏み込みを悟らせないための、相手の反応を遅らせるための奇襲技といっていい。
突進距離の長さと速度が早いほど優秀なのは事実だが、技の要点はあくまで移動と攻撃の『機』を悟らせない欺瞞行為である点に注意したい。
地味と侮るなかれ、現実の戦闘技術に派手な物は無い。繊細で堅実な行為の繰り返しこそ強者へ至れる唯一の道なのだ。
なんて、言えるような知識も経験も屏風覗きにはもちろん無いが。
屏風覗きとこの子の体格差、そして頭を撫でられるほど近距離から下を見ていて、とばり殿の足元が見えていたから絡繰りが分かっただけだ。仮に戦いの中で向かい合っていたら、それこそ地面が縮んだような錯覚を受けただろうな。
しかし、活躍したのはめでたいが、とばり殿は月の影響を受けなかったのか? 付喪神なのか?
「御前から賜った宝具のご加護だ。前におま、っと」
照れ臭かったのか、顔を赤くしていたとばり殿がすっと表情を戻して口を閉じる。ああ、ろくろちゃんがチラッと言っていたとばり殿に下賜されたという宝具か。
どんな物か見たことは無いが紫の月の影響を無効化するとは凄い。腐乱犬氏とか、術の得意そうな妖怪でも掛かっていたのに。
惜しむらくは宝具というだけに、さすがに量産配備は無理っぽい事だ。それでも効果のある対策が見えただけ前進と考えるべきだろう。
ただし、あの隠れ宿での出来事は『無かった事』、口外無用はとばり殿も例外ではないようで。
お互い口を滑らせないよう、これ以上は踏み込まない方がいいだろう。
それでもそんな凄い宝具を下賜される、やはり見ている人はこの子の頑張りを見ているのだろうね。なんだか無性に嬉しい。という訳で撫でさせてくだされで候。
「だから妙な手つきで近づいてくるなっ!?」
ダメか。こちらの追い足ではどうしたって逃げるとばり殿には届かない。褒められても素直に喜ばない、実に面倒くさい子だ。こういう子こそグウの音が出ないほど褒めるべきだというのに。
しかし、この子は表情が出ると本当に生き生きとして可愛くなるな。いつもは雰囲気こそ露骨だけど、表情筋は動かさないから可愛いと言うよりお人形的美形になる。
うん、どっちにしてもイケメン。あくまでイケメン。きわどい場所はノータッチ、OK。
とはいえ、ここが非現実だと断言したくなるほど幽世は顔立ちの整った妖怪が多くてどうにも作為を感じてしまう。特にここに集まった付喪神は美形率が高い気がするし。
やはり御前は面食いの可能性が高いな。屏風覗きもせめて身だしなみは整えよう。
「女子をジロジロ見る者じゃないぞ、エロ屏風」
戻ってきた矢先に誰がエロ屏風かッ、妖怪観察をしていただけなのに。実際失礼だから何も反論できないけどっ。
しかし、それにしたって戦国武将めいた濃い顔立ちや、昔の美人みたいな能面的薄い顔立ちの妖怪とかおられないのだろうか。前に考えたように妖怪たちも古いまま取り残されず、顔立ちや言葉使いを含めて化け術を今風にアップデートをしているのか?
そのうち情報弱者の化石人間を追い抜く流行最先端の妖怪、なんて逆転現象が起きるかもしれない。