そうめんの漢字 索麺〇 蒼面✖ 素麺△(定着しているので間違いとも言えない)
想像以上に賑やかな中庭。何が賑やかって、とにかく着飾った妖怪が多いのだ。日差しを受けて装飾品が四方八方ギンギンギラギラである。どっちを向いても目が痛い。一部の本当のお偉方は上座の幕を被せた日陰で涼んでいるが、それ以外は立食式の参加者全員、日光直撃コースなので反射光が半端ないのだ。
しかし考えようによっては悪くない、これなら警戒色のイエローも、戦隊ヒーローメンバーの賑やかし程度の存在になれる。子供たちから無根拠に『カレーが好きそう』と思われるチームメイト枠だ。
カレーは最低3種類のスパイスを配合して作るものだが、日本で『カレー』と認識される物は最低6種類以上の必須となるスパイスを使うと聞いたことがある。ウコンとかクミンなどを下地に、クローブ、レッドチリ、ガラムマサラ、生姜やニンニクなどが用いられている。さらに胡椒、ショウズク、月桂樹の葉っぱなんかも有名だろう。意外なところではシナモンも使われる。甘いお菓子に使うイメージがあったので知ったときは驚いたものだ。
いけない、口がカレーになってしまう。今日はそうめん。大き目ブロック肉の、プルプルの脂身を蓄えたポークカレーは出ない。しつこいくらい脂っこくて香しいバターチキンカリーも出ない。クソほど辛いクセに、舌に捻じ込んでくるようなうま味でもう一口とスプーンが動かすスパイシーカリーも出ない。サクサク衣の太ましいとんかつに、田舎風のドロッドロのルーをかけたカツカレーなど夢のまた夢。
無い。すべて。どんな名店でもカレーは出ないのだ、幽世では。そもカレーのカの字も無いのだから。東の漬物屋に飴色の福神漬けだけは何故かあったので余計悔しい。
その福神漬けは世に赤色と飴色があるわけだが、その味も塩気が強い物と甘みがある物に分かれる。個人の嗜好もあろうが、屏風覗きは断然甘い系を押す。辛いルーには甘口の福神漬けがとても合うと思うのだ。もちろん異論は認める。カレーは言うなれば異種格闘技、カレー風味を加えたら何でもカレーになってしまう世界一の汚染度を誇る料理ジャンルだ。福神漬けの味付け程度でギャーギャー言う気は無い。
だが、心無い世の中への不満くらいは言わせてほしい。
残念ながらカレーショップに置かれている無料の福神漬けはもっぱら赤でしょっぱい系が多い。この偏りに勝手な邪推をすると、塩気の強いチョイスであまり量を取らせないようにしているのではないかなと思う。
無料といっても店からすればタダじゃないのだ。牛丼の紅ショウガしかり、一部のおバカさんが山盛りに乗せて自慢気にしているような、あんな貧乏ったらしい光景は内心おもしろくないだろう。
無料のサービスこそ節度を持って。でないといずれ有料になっちゃうんだよバカチンが。真っ当な店と良識のある客でうまく回っていたのに、サービスは限界まで利用するのが当然、悪いことしてないモンな連中にブチ壊されていく優しい世界。ああ、またいやな記憶がっ。
テンションが下がって、少しはカレー口から戻ってきた。今ある食べ物をありがたく頂く、それが一番のマナーだ。飲食系のカタログ解放を切に願う、特に現代日本編。
「旦那ぁ」
見果てぬオリエンタルな香りに思いを馳せていたところを現実に引き戻され、ビクゥッと体が飛び上がる。
通信ラグで突然エンカウントしたゾンビ、ではなくひなわ嬢だった。相応に着飾っているのに徹夜後の意味不明なハイがプッツリと切れた、どん底ローテンションみたいな顔をしている。この子の外見は『被り物』らしいのに器用なことだ。
話を聞くと詳細は保身のため『一切合財忘れた』らしいが、それでも愚痴を言いたいくらいには大変だったらしい。特に最後のあたりで『死の気配』を感じて生きた心地がしなかったという。
「口封じされるかと思いやしたよ。つうか、たぶん半々で口封じするつもりでしたよあの方ぁ」
あの方がどの方か、名前は口にしないもののなんとなく分かる。上座で涼やかにポニーテールを揺らすあの方だろう。屏風覗きも決して他人事ではない。
さすがにあの方も暑くなったのだろう、もしくはくだけた場ということを身で示すためか、お召し物を先ほどの正装から軽いものに変えられている。刀身のように白く輝く二の腕が剥き出しのかなりラフな格好である。
立花様の姿が見えるとひなわ嬢が目に見えて怯え出したので、手を取って人垣ならぬ妖怪垣を割って枝振りの立派な松の木が作る、ささやかな日陰に移る。普段はどこか太々しい彼女だが、紫陽花柄の着物で女の子らしく着飾っていることもあってか今日は見る影もない。
そうしている間に日差しにやられたのか、じわじわ顔が赤くなっていくのも気にかかる。いつもの上半身側面ガラ空き、太股剥き出しの恰好からすれば着物はかなり暑く感じるのだろう。何より『皮を被っている』彼女は常時着ぐるみバイト中と言っていいコンディションである。そりゃ暑いよ。
せっかく可愛く着飾っているのに、それに苦しめられるのだから女の子は大変だね。
ここは日陰に避難させておいて、屏風覗きが飲み物でも持ってこようか。幸いまだ流しそうめんの準備は出来ていないようだし、休む時間はあるだろう。具合が悪かろうが天地が引っくり返ろうが、音頭を取られたらその通りに右左しないといけないのが宮仕えの辛いところだ。
はい通りまーすと、片手で拝みつつひょこひょこと小物っぽく妖怪たちの間を通っていく。横目にチラチラ見る限りだと、今回の功績で集まっただけに付喪神っぽい妖怪が多いようだ。それ以外の妖怪はまともに動けなかったのだから順当なところだろう。
その中に見覚えのある特徴的な髪形、ちょんまげと五分刈りも見えた。着ている物は落ち着いた柄の別物だけど、あれはしょうけらを捕縛してくれた南の『遊び人?』と『女壷師?』じゃないか。
談笑している相手はろくろちゃん。なるほど、彼女経由で二妖怪も功績ありとお呼ばれしたようだ。
『女壷師?』は火の無い銀色のキセルを片手に落ち着いているのに対して、『遊び人?』のおっさんはちょっと緊張気味。こういう時は女性のほうが度胸が据わるのは妖怪でも一緒なのだろう。
あの場に居合わせた一人として軽く声を掛けようかと思ったが、他にもろくろちゃんに挨拶待ちしている行列らしき人集りがいるのを見て諦める。考えてみたらあの子も立花様クラスのお偉いさんだったわ。普段気易くてもこういう場面では公私を分けるべきだろう。
それにしても、この中庭だけ見ると人間だけしかいないように見えるな。ほとんどが中高生の外見なので、いかにも時代劇村に来ている修学旅行生って感じだ。
総じて付喪神は人に化けるとき完全な人型を取るらしい。獣の耳や尻尾のような、元になった妖怪の分かりやすい特徴が無いのが特徴だ。知り合いの付喪神を見ても、立花様もろくろちゃんも別に刀や傘の意匠など体のどこにも無い。
いや、胴丸さんはあるのか? あの子はいつも胴鎧を身に着けている。
「先ほど振りです、屏風様」
つけてなかった。普通に藍色の着物で着飾った町のお嬢さんである。こういう場でも白粉は塗らないのか、日焼けした肌そのままだ。解いた三つ編みをひと纏めにしているのは金色の簪。装飾の『ゴールドチェーン?』が簾のようにチリチリと揺れている。
待ち人がいるとはいえすぐ捌けるのも礼儀に反する。軽く談笑したのち飲み物を取りに向かいたい旨を口にすると、彼女も喉が渇いたらしく連れだって行くことにした。空気はそこまででもないのに日差しがとかく暑い時期である。付喪神だって喉くらい渇くだろう。
立派な染物の着物が似合うのは良いとして、鎧を外していて大丈夫なのかを聞いてみると地雷だったらしく少し不興を買ってしまった。
「付喪神にもよりますが、人化しているなら姿そのものを変えております。女子に見えても正体は鎧のままですよ」
前に聞いた人化の種類として幻覚で『人の姿に見せるモノ』もいるが、胴丸さんは無機物の鎧を有機物の人に『変身』させているタイプで、非常に難しい部類の人化術に入るようだ。
付喪神の多くは長い時間を経て人格を得ても、あくまで明確な意志が生まれるだけで人に化ける術をすぐ使えるわけではないのだそうな。
つまり、今の彼女の形は知識の収集と術の研鑽の賜物。れっきとした努力の成果なのだ。
これは申し訳ない、軽率な発言だった。素人には判らないといっても、努力の証を軽く見るような物言いは理由を問わず不快だったろう。
人種民族宗教性別個人と、誰だって目に見えない地雷が埋まっている。妖怪だって存在ごとに人間にはピンとこない地雷が幾つも埋まっているに違いない。
おそらく、これはそのひとつ。
人の女性で例えるなら、日頃から美容や体形、オシャレに気を遣っているのに『それが当たり前』みたいに異性に言われた、くらい腹が立つ発言だったと思われる。
男だって身だしなみを整えたり体を鍛えたりしたら、ちょっとは周りに評価してほしいものだ。女の子だって容姿を高めるために努力もすれば我慢もするのに、誰でもやってるから当たり前と、サラッと流されたらそりゃムッとくるだろう。
それがたとえ当たり前でも立派に労力は払っているし、間違いなく努力しているだから。
「ああいえ、怒ったわけではないんです。久々に着飾ったりしたもので、つい」
逆に謝られてますます申し訳なくなる。誰も見ていない頑張りだって、本当は誰かに褒めてほしいもの。それをスルーされるのはガッカリだろう。
加えて屏風覗きはどういうわけか『形だけ微妙に偉い立場を作られつつある?』ので、真面目な彼女からすると組織の体面上キレるわけにもいかず、内心『この野郎っ』とかなりストレスが溜まっているのではないだろうか。それをおくびにも出さないのがスゴイな。
もしかしたら幽世で人化する妖怪たちに女性型が多いのは、男のような『直接闘争』を避けて女性らしい遠回りな牽制に留める、『明確に争わない』社会を作ることが目的なのだろうか。
陰湿と言うと外聞が悪いが、コミュニティの損害という意味ではそっちのほうが遥かに損失が軽くなるのは間違いなく事実だし。実際、世の中いつだって女のほうが社会を回して維持しているものだ。
歴史的に見ても男は物事の叩き台こそ作るが、以後はほったらかしか、また別の男が壊しにかかる生き物なんだよね。
案外、男は本能的に争い合う女が恐いって理由もそこら辺にありそうだ。社会を維持する女が争う→社会が維持できない→恐い。と本能が訴えるのかもしれない。
滅多にないけど女のガチの罵り合いとか、うっかり聞いちゃうとホントにおっかないもの。
とりあえず、平和で円滑に生きるために誰かを褒めることから始めよう。
例えば珍しくオシャレをしたらしい、目の前にいる素敵なお嬢さんから。ヨイショッ。