水色のカスミソウ。花言葉は『誠実』
連日の誤字脱字のご報告、まことにありがとうございます。
巷に溢れる多様な栄養剤、皆様は利用したことはあるでしょうか。銘柄によってある栄養成分の細かな違いのせいか、単なる気分の問題なのか、体質的に合う合わないがある気がします。
とある有名ドリンクを飲んだところ、とんでもなく眠気が来て耐えられずに買ったスーパーの駐車場で2時間ほど失神レベルで爆睡してしまったことがあります。眠気成分なんて入ってないはずなんですよねえ?
「なるほどねぃ、ずいぶん愉快な事になっていたねぃ」「うひ」
ポッコポッコとゆっくり進む松の背で、手長様は愉快と言いつつ不愉快そうな声を出した。足長様は屏風覗きの談話に特に応答は無く、馬の背で物珍し気にご機嫌である。
どうにも秋雨氏の振動が収まらないので、松の散歩がてらお二妖怪を誘って城の周りを一周している。
内容は主に『紫の月』の考察だ。本当は金毛様の件もお知恵を貸して頂きたいところ。しかし、すでに屏風覗きは情報の扱いに困っていた。素人の隠し事なんて探る人が探れば簡単にバレるし、要所を暈してうまいこと相談する、なんてそれこそ無理だ。スパイ映画の暗号みたいなキザで七面倒くさいやり取りなんて逆立ちしても不可能である。
スパイの七つ道具的な胡散臭いハイテクアイテムは大好きなんだけどね。まあバックルとか靴底とか、たぶん現実の警備兵は念入りに調べるんじゃね? とは、どの作品の視聴中も思ったけどさ。
というわけで、そんなド素人の平文では城の周りでは誰に聞かれるか分からない。さらに言えば、強引とはいえ秘密を打ち明けた者を裏切るような気分で漏らし辛いという気持ちもある。
あの三尾狐もこの辺の心理誘導を含めて、哀れっぽく持ちかけてきたと分かっているのだけど。やはり狐は油断ならないわ。
結論、立花様が戻られたら報告。
他国を頼るあたり、連中は安全な白ノ国という砦の中に亡命政権でも打ち立てて、そのクセ『兵も金も』白に出させるつもりじゃないか? 少なくとも御前への直通ルートとして一番組し易そうな屏風覗きを狙い撃ちしているあたり、狡すっからい思惑があるのは明白だ。
そうはいくか、生憎とこっちは難問をひとりで何とかしようなんて克己心溢れる人間ではない。この際だ、一番厳しそうなルートを通ってもらおう。ショートカットを失敗したら相応のペナルティがあるものだ。
一応の義理立てとして、密告ではなく相談の体で持ち掛けてはみる。そこから実際に援助を引き出せるかどうかは彼女たち次第ってことで。
「手長も足長もあのときは動けなくてねぃ。久方ぶりに怖かったよ」
この二妖怪さえ月の影響は免れなかったのか。
鬼札の無効化、その事実は重い。そして式神への影響は麻痺か。操られたり狂われたりの、最悪の事態を事を考えれば『まだしも』と言えるだろう。
付喪神は平気。動物系の妖怪の経立は失神。道祖神は操られ、『魔』のにおいがする馬の脚は凶暴化。推測するにはまだまだサンプルが足りない。
そもそも『紫の月』の催眠効果の恐さは圧倒的な効果範囲だろう。町一つ覆い尽くすとか戦略兵器と言っていいレベルだ。気軽にポンポン使えるとは思えないが、『使えるかもしれない』というだけでも脅しになる実に嫌な攻撃だ。
「おまえは大活躍だったそうじゃないか。残念だねぃ、お陰で括られたままさ」
謙遜しつつ横で松の手綱を引く屏風覗きは、努めて彼女たちを見ずに前だけを注視する。
視界の隅に映る手長足長の顔が、まさに『笑みを張り付けた』顔でこちらを見ている気がしたのだ。
手柄を立てさせてくれる手長様も、食べ物を分け与えてくれる足長様も、それでも本当は何を考えているのか。屏風覗きには分からない。今の彼女たちは『おあずけ』をされているだけの、『首輪のついた怪物』かもしれないのだから。
もし、彼女たちの首輪が外れる機会に立ち会えたら聞いてみたいものだ。
目の前の偽妖怪を、どのくらい食べてみたいかと。
離れに戻ると秋雨氏から、黒頭巾の猫から城に呼び出しがあったと伝言を受けた。手長足長様も併せての呼び出しで『急いで来い』との事。猫ちゃんは伝言役であろうから別の方による呼び出しだろう。頭巾猫に伝言を頼めるほどの妖怪物、誰だろうか。
これまではもっぱら立花様からだった。城周りを歩いているときは軍隊の到着のような大きな変化は感じなかったけど、やはりお一人か少数で戻られたのか? まあ屏風覗きからすると渡りに船だ、面倒事を長時間抱えなくて済む。
厄介ごとを報告される立花様は大変だろうけどね。行って問題、戻って問題。休む暇どころか心の安寧も無い。ああ、かくも恐ろしき中間管理職。気楽なハイキング屏風でよかった。
それはともかく急いで城に上がる必要がある。そのまま向かおうしたところを秋雨氏が身なりを整えるよう忠告してくれたので、汗臭くなっていた着物だけでも取り換えることにする。
渡された着物は渋みのある芥子色。渋いと言っても黄色系なのでちょっと派手な気もする。しかし今着れるのはこれだけらしいので是非もない。
肌触りからして女物みたいに柔らかで、派手になりがちなはずの芥子色も染み込むような趣がある。高級感よりむしろ、見た瞬間真っ先に『良い色』と感じるというか、心が明るくなるような布地だ。いや、実際お値段も高いんだろうけどさ。
アレだ、誰しも一年に一、二度くらいある、無意味に陽気な気分のときにでも着たくなる、そんな無責任なカラーリングだ。服屋で高揚感に浮かれて買ったはいいが次の日あたりでもう恥ずかしくてタンスの肥やしになる系といいましょうか。
こういう服って、別人みたいなテンションで買っただけに、元から持ってる服と配色が合わないったらないんだよね。コーディネートは素人ほどトータルで考えよう。別で買うとまずチグハグになる。
いや、ファッションの話は今はどうでもいいのだ。散歩を強請るワンコのように、チョロチョロ動き回って急かす秋雨氏に手伝ってもらい着付けた後は、再び松に二妖怪を乗せて城に向かう。松タクシー、本日貸し切りです。
外の用事は一回で済ませろよ、とでも言いたげな松ちゃんの顔をまあまあと撫でつつ早歩きで向かってもらう。もっと早く来いと怒られそうだけど、とかく体に響いて辛いのだ。松に乗るのも添え木で動かせない手足と痛みに四苦八苦している。
鈍臭さを見兼ねたのか、腕を臓物に変えてデロンと伸ばした足長様の一本釣りで松の背に乗せて貰った。人ひとりをテコも無しに簡単に釣り上げるとか、この体格でちょっとした重機レベルの力を持っているから妖怪というのはすさまじい。
松を預けた後は足長様が手長様を肩車し、屏風覗きを先導するように城内を進んでいく。幼児らしい重心のせいか微妙によたよたするのが危なっかしい。
今回は頭巾猫の案内は無いようで、ちょっと残念。途中ですれ違った何妖怪かの妖怪が物言いたげな視線を向けてきたが特に話しかけてはこない。やはり城に上がるのに芥子色は派手だったか。
お伽衆というよりピエロの類だな。西洋で黄色は愚者の色というし。
お二妖怪に付いていった先は初めての部屋。手前の襖には白の城下を見下ろした風景画が色鮮やかに描かれており、よく見ると襖の取っ手にはガマズミの意匠がされている。
この紋が使われているということは相当に格式高い部屋ということであり、『急いで来い』との言葉と合わせて重い意味があることが確実となった。
「来たよ」「きよ」
覚悟を決める屏風覗きを待たず、襖の向こうに呑気な声がかけられる。聞き違いでなければ入室を許可した声は白金氏だ。
入室した部屋は20畳ほどの広さで、際立って目立つような調度品は無い。それだけに奥の間に飾られた一輪挿しの、水色の小さな花の束が妙に目を引いた。たしかカスミソウだったと思う。
「立花様が参りますゆえ、屏風殿はこのままお待ちを」
イケボキャットとの軽い挨拶の後、そう言われて屏風覗きだけ部屋で待つ。手長足長様はまた別で呼ばれているようだ。去り際に手を振ってくる足長様に胸元で手を振り返した後は、しばし白金氏とその場で待つ。例によって座っている場所を動かないよう申しつけられた。
やはり立花様が戻られていたか、屏風覗きが知らないだけであの方は忙しく動き回っておられるのだろう。
「屏風殿」
後ろで沈黙していた白金氏が妙に抑えた声量で呼びかけてきた。つい振り返ろうとして痛みに顔をしかめてしまう。日常の何気ない動きでも、怪我をすると如何に様々な箇所を大きく動かしているのかよく分かるな。過去に寝違えた首で車に乗ろうとして頭をぶつけたのを思い出した。首の痛みを庇ってしっかり頭を下げていなかったせいである。
まあこれは当然で、怪我は必ず何処か別の場所に影響があるものだ。どんなに小さくても体は骨なり肉なり繋がっているのだから。
白金氏はこちらに姿勢はそのままでと言った後、呼びかけてきたのにしばし沈黙した。そして、気配が変わる。
「これからのお話、必ず嘘偽り無しでお答えなさい」
貴方は危うい立場にいる。
その言葉に冗談の雰囲気は無い。