三色談後
誤字脱字のご指摘、いつももありがとうございます。この言葉、書くの何回目だろう(白目)
春秋物の衣服って無精者には難しいですね。私用ならとにかく薄着、とにかく厚着でなんとでもなる夏冬と違い、袖の長さや布地の厚み、はては色まで気に掛ける必要があります。オシャレさんにはそれこそがが楽しいのでしょう。大変だなオシャレマン。
金毛様は返答を渋るこちらに半ば強引に連絡手段を握らせ、きな粉のついた手をペロペロ舐める茜丸氏を伴って帰っていった。
会った時の飄々とした姿より幾分草臥れた感じになっていたあたり、口にはしなくても相当気疲れする危険な行為なのだろう。この程度は頭の弱い屏風覗き程度にだって察せられる。変装している時点で『バレたらヤバい』と白状しているようなものだしな。
罷り間違ったら白、藍、下手をしたら自軍の黄ノ国までも欺く重大な敵対行為に見られる。彼女が自国でどのくらい偉いかは知らないが、表沙汰にしたら言い訳が聞かないのは間違いない。
そんなおっかない事に巻き込まないでくれ、少しは幽世に愛着が出来てきたのに。
国を追われて下界と異界を行ったり来たりするにはもう楽を知り過ぎてしまった。これでまた怪しいカタログと睨めっこして、おっかなびっくり宿泊施設を決めるなんて勘弁だ。
第一、行き来するポイントさえ消費が半端じゃない。さらに安全を考えて自動防御を使いまくったらあっという間に干上がってしまう。
黄ノ国の思惑に巻き込まれたことにも腹が立つが、何より折角の友人との交流の余韻が台無しになってしまったのが腹立たしい。タイミングの悪い事だ。
そして今更ながら、陣中見舞いに手土産のひとつも持っていけば良かったと思い至った。ああもう考え無し。
迷惑をかけた詫びを兼ね、店を後にするとき持ち帰りの甘味をいくつか買い付けた。結局頼んだ三色団子は茜丸氏がふたつとも食い尽くしたので食べられなかったし。
ちなみに二本目は串を持って食べていた。でも評価はまだ変えてやんない。どんな育ちしてるんだか。
「おありがとーうございっ、ました!!」
もう二度とくんな、と言わんばかりのヤケクソ気味の挨拶をしてきたろくろ首嬢には、お互い災難だったねと頭の中で慰めるよりない。常連はまたいつもの時間に来るさ。
東の外周を抜けて中周りに入る。ここから行きかう妖怪のバリエーションが一気に増え、『完全な人型』、『元の特徴を残す人型』、『顔だけがケモ』、『着物を着た二足歩行のガチケモ』、『真っ裸のガチケモ』、『顔だけ人』、『幽霊?』、『本当でよくわからないモノ』と多種多様になる。
前半はよく出来たコスプレ、金をかけた特撮で通る者だけなので見ていて恐くない。しかし後半になるにつれて日常にヒビが入りそうな、生々しい存在感に心がざわつくようになる。
特に『顔だけ人』、『本当でよくわからないモノ』は見ているだけで心臓が変な感じになるので、これ以上注視するのは避けたほうがいいだろう。
「屏風様っ」
不意に群衆に紛れていたらしい妖怪物に声を掛けられた。
日に焼けた肌に気弱そうな顔立ちがアンバランスな城の守衛さん。付喪神の胴丸さんではないですか。
他の部位は付けずに、いつもの胴鎧だけを身に着けた彼女は群衆を抜け、こちらにてってってと軽快に近づいてくる。
背には長く太めの三つ編みが神社の鈴紐のように揺れていて、田んぼだらけの田舎にいる素朴な女子中学生、というイメージを幻視してしまう。
野暮ったい無改造のセーラー服とか、麦わら帽子に白いワンピースとか、とてつもなく似合いそう。
彼女は初めに門で手助けしたことへの礼を述べ、次に暴れていた『馬の脚』を殺さなかったことにも礼を言ってくれた。
『馬の脚』に蹴られまくり手酷い傷を負った彼女だったが、幸いな事に『鎧の修繕』に支障はなく、明日には役目に復帰できるという。
まだまだ襲撃の混乱が残る状況下、リーダー格の早期復帰は兵たちに喜ばれるだろう。しかし、そう言って回復を喜ぶと当の胴丸さんは俯いてしまった。
「本当であればお叱りを受ける立場でありますので、皆には申し訳なく」
狂った『馬の脚』を切り捨てられず、他の隊員が危険に晒されても耐えるしかできなかった事。その判断が守衛として痛恨の失態だと己を恥じているらしい。
確かに言わんとすることは分かる、むしろそれでも私は間違っていなかったとか言い出したらドン引きだ。人情として助けたいと、守衛として役目を放棄するのは違う話。
たとえそれが善行であっても、自分の欲求優先でやるべき事を放り出したら職務放棄。給料貰う側のすることじゃない。そういう生き方をしたいなら推定無職になれって話だ。
もちろん別に屏風覗きが雇っているわけではないので結果オーライでかまわないけどね。
復帰の前に城の部下たちに用があるというので、護衛兼雑談相手として連れだって歩くことにする。お渡しする報酬は買っておいた金鍔。
他をお土産用に纏めて包んでもらった中、ひとつだけ食べ歩こうと別にしてもらっていたものだ。屏風覗きは後でお土産用から摘まめばいいし、胴丸さんに進呈しよう。
間違いなく『子供が食べたい和菓子』で名前が挙がるのが相当後ろの、いまいち現代っ子に不人気なこの和菓子、実は元祖になるお菓子は『銀鍔』が正しいらしい。
刀の鍔に見立てたから銀色名だったのが、作り方に焼く工程が加わって茶色く焦げ目ができ、それを金色に見立てて『金鍔』になったんだそうな。
銀より金のようが価値がある→なら金鍔にすんべって経緯である。
利益と縁起が絡んだ時の人の節操の無さよ。さすが年始に神社に参って葬式で念仏唱えて年末にケーキを食う民族である。
たぶん、初めからそういう闇鍋的土壌のある民族なんだろうね。日本人の根っこにある神道は『生きる道』であって、『教え』を押し付ける宗教ではないのだ。
道中に紫の月のヒントになるかと思い『馬の脚』について聞いてみたのだが、この妖怪について胴丸さんも実はほとんど知らないのだと言われた。
「城の周りを姿無く徘徊し、曲者を蹴り殺して回る。そういう妖怪なのです」
やっぱり意味不明だなオイ。なんでも城を作り出したあたりから現れるようになった妖怪で、これまで何も言葉を発さず反応も返してきたことがない。そのため意思の疎通はほぼ出来ないらしい。
『ほぼ』と付くのは味方の識別は出来ている事と、『今日はこの辺りを回ってくれ』と言い聞かせると言われたところを巡回してくれることから意思はある、たぶん。ということらしい。
どちらかというと妖怪より、警備ドローンとか動くトラップみたいな自動式の防衛装置のようだ。どんな由来のある妖怪なのやら。
「術に詳しい者の話では、気配は魔に近いそうです」
『魔』と来たか。『ヨクナイモノ』系を知らずに使い続けると後で酷い目に合うのが昔話の相場なのだが、それって大丈夫なのだろうか。
それについては前にも上役に相談したことがあり、問題ないと言われているという。それなら屏風覗きに口を出すことはない。上役というのが立花様なのか、それより下の方なのかで信用度は大きく変わるけど。
その立花様、あれからまだ城には戻られていないのだろうか。戦地とはいえこの大事に彼女ほどの重鎮に最優先で連絡が行っていないわけはない。聞いたその瞬間、陣地から単身でとんぼ返りしてきてもおかしくないのだが。
もしかして国境の緊張が増して動くに動けなくなっているのか? あの方に限っては戦いで後れを取らないだろう。しかし、他の者たちはそうもいかない。敵に対する抑止力として止むなく自身を留め置いているのかもしれないな。
城門で胴丸さんと別れて離れに向かう。襲撃から日も浅いだけに物見の兵や巡回中の兵士が随分ピリピリしていておっかない。
一度だけだがこちらに持っている槍を構えかけた兵もいた。失くし物を届けてもらえるほど名は広まっている一方、顔の認知度はまだまだ低空飛行らしい。
離れの前に客が来ていた。御前お括りの式神、火も毒も刃も効かない不定形妖怪の片割れ、足長様である。地面に棒切れで絵を描いていたようだ。大きい人に纏わりつくタコ? 個性的な絵だな。
「おりっ」
こちらを見つけると幼児の短い足をとてとて動かして駆け寄ってきた。その目はもちろん屏風覗きのぶら下げる包みに釘付けである。目敏い。
「お帰り。邪魔しているよ」
添え木に固定された片手に引っかける形で茶菓子の包みを、もう片方の腕に吊り輪のように掴まる足長様をブーラブーラさせつつ戻ってきたら、案の定もう一体の式神である手長様が玄関の縁に腰かけていた。
この子の擬態の作務衣から覗く赤銅色の両足はまったく動かないにも関わらず、幼児らしいプニプニ足のままを維持している。
昔、病院の訪問で偶然見てしまった下半身不随の方の足、長年車椅子に乗っている痩せ細った足とはまるで違うな。
完全に動かないと筋肉が衰え切って小さくなり、表現が悪いけどミイラのような骨と皮だけって感じに細くなってしまうのに。
その点、この方は不定形から元通りになれるんだし、最初から筋力の衰えなんて起こらないのだろう。
「お、お、お帰りなさいませっ」
例によって土間の隅で秋雨氏が微振動している。この子しょっちゅうプルプルしてる気がするな。耳や尻尾を見る限りチワワの経立ではないと思うんだけど。
外出中に蜘蛛の酒保さんから買い付けた日用品はおおよそ届いたらしいので、早速届いた湯呑みなど軽く洗って、皆でお茶にしましょうか。ちょうど金鍔もひとり一個あるし。
世の中の『過ぎたるは及ばざるが如とし』なんて言葉は、『足り無い』事の惨めさを噛み締めてから使うべきだ。何かのトラブルに備えてちょっと余るくらいがいいのだ、何事も。
そう思いつつ、足長様とじゃれながらお茶が入るのを待っていたら、外にブルルッと鼻息を響かせて松が戻ってきた。
そしてそのまま無遠慮に開いている玄関へとズイッと顔を首ごと突っ込んできたせいで、お湯を沸かしていた秋雨氏から軽く悲鳴が上がる。どうした松ちゃん。
マイホースの顔の両脇についた、黒飴みたいな瞳はちゃぶ台に乗せられた金鍔に向いている。
馬って砂糖も好物と知っているが、餡子は大丈夫だっけ? 頭の良い君が食いたいというなら是非もない。台にはひとり一個の茶菓子。つまり屏風覗きの分を譲ればいいだけである。
「東の名店、くねり屋の金鍔を馬に食わせるんですか」
立ち直った秋雨氏の話ではあの店、庶民の店としては茶菓子の良さが評判の隠れた名店らしい。
屏風覗きが創作のご都合主義レベルで運が良いわけはない。たぶん霊験あらたかな国興院に行ったおかげで、そこそこにご利益でも貰えたのだろう。ならばこそ食べさせる。松はもううちの子なのだ。どうせならおいしい物を食わせる義務がある。
「あい」「おや、足長は優しいねぃ。手長がご褒美をあげよう」
屏風覗きの前に小さな手で割った金鍔の片方を、なんの躊躇いもなく差し出してきた足長様に涙腺が緩みそうになる。そんな相方の善行に自分の菓子を割って与える手長様の優しさにも追い打ちをかけられた。
さらに秋雨氏まで、私の分はどうぞお気になさらず皆様でと、食べたそうなのに遠慮しだした。
とばり殿とのやり取りを思い出すような思いやりが今、偽妖怪、犬、馬、不定形生命体×2が混在するカオスな空間に溢れまくっている。他者への愛が種族を超えた瞬間だ。
なお、松っちゃんは空気なんて気にせず一口で食った。