三色団子
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
9月に入り夜は肌寒くなってきたわけですが、春秋の移り変わりの時期は寝具のチョイスで困ります。これ被ると暑いな、でもかけないと寒いかもと調節に苦慮しています。今は普通の風邪でもうっかり引けませんからね、せきなんてしたら周りの目が…
国興院とやらからの帰り道。久々に長時間ひとりで歩いていることが新鮮で、ついお店など冷やかしてみようかなと思い立つ。
このところなんやかんやで誰かと一緒にいることが多かったし、まだまだ見慣れていない妖怪たちの町並みに興味が惹かれたのもあった。
工業団地めいた北、外向け商業の盛んな西、賭博や色事の南、では東といえばどんな特色があるのだろう。
屏風の脇からからそっと覗いた程度で分かるのは『ごく普通の民家と店が立ち並ぶ』、突飛さの欠片もない落ち着いた雰囲気だ。
大きな石材や材木が積まれた集積所も無ければ、沢山の荷物を持った妖怪が引っ切りなしに行きかう喧噪も無い。
まして着崩して妙に色っぽいガチケモが煙草を吹かしていたり、剣呑な雰囲気で種銭の切れた客を取り囲んでいたりもしてしない。
まあ南に関しては想像だけど。城から逃げた敵を追ってろくろちゃんと入りはしたが、状況的にも時刻的にも町の特色を味わえるような場面ではなかったしね。まして、ああいうところの本領は夜だろうし。
手長様の話では東西南北四つの中で一番お行儀が良いらしい東の町。その理由はたぶん民家の割合が多い事、妖怪口のほとんどが白の住人だからだろう。
外と繋がりが深く他国の者も多く行きかう西や、欲望の吹き溜まりの南はその土地柄どうしてもトラブルが多発してしまうに違いない。
トラブルという意味では北も貧困層の多さや、力仕事にかかわる者が多いことからケンカの類が多いとみていい。
どの国、どの人種にも腕っぷしで無理を通したがるタイプはいるもんだ。正直、屏風覗きは北が一番おっかなく感じる。
西はあくまで商売の範疇での揉め事、南は賭けと色の揉め事と、関わらなきゃ済むトラブルが主だが、北はどうも厄のほうから寄ってきそうな雰囲気があるからだ。
とばり殿と北で危険物を探していたときも気配の濃淡はあったが、なんとも言えない嫌な感じがした。
けれど東ではそんな嫌な感じはまったくしない。ストレスフリーって素晴らしい。
夏の日差しを受けて一層白い漆喰の壁、年季の入ったくすんだ色合いを出す木造の家屋、ジリジリと焼けて暑そうな瓦敷きの屋根。
そんな平屋が続く光景はまさに時代劇の一幕だ。遠くで聞こえるセミの声がまたなんとも言えない。これもまたTHE・日本の夏。
というか普通に暑くてかなわないので、茶屋など休めるところはないかと探しつつ歩く。飯はいらないが飲み物とちょっとした甘味でもあれば嬉しい。飯はいらないがッ。
ろくろちゃんたちと通った大通りなら一通りの店があったと思う。しかし、国興院に繋がる道は土地の妖怪が使う私道といった感じで店などは無かった。
院の近場には詰めている兵のためらしい露店もあったのだが。残念ながら今いる辺りは大通りとも院とも半端に離れているせいか、店は影も形も無い。
これは変に探し回るより大通りに出たほうが利口かな。
土地勘の無い者が大通りを離れた場所に迷い込んで、偶然見つけたお店に入って『うまい!』とかなるのはよほど運が良い人か創作の世界だけだ。
大抵は店を見つけても潰れてないのが不思議なくらい難点だらけの、負の掃き溜めみたいな『物件』しかお目にかかれない。
まともに片付けられていない小汚い店内、客が来ようとやる気なくタバコ吹かしてる店主、自分の家のように居座る常連がこびり付いたカウンター、そもそも纏ってる空気そのものが澱んでいるかのような薄暗い佇まい。
そして万が一に賭けて出てくるのは、レトルトのほうがまだ美味しいと思える『不味い』とも表現が合わない『食べるのが空しい』食事。
そんなのは『店』とは言わない、『物件』だ。頭に事故って付くタイプのな。
ああ、嫌な記憶が。どんなに喉が渇いても日差しが堪えても、見た瞬間『ここはヤバそう』と感じた『物件』に入ってはいけない。その直感は間違いなく正しい。
「作りたて団子はいかーが? 冷たーいお茶もできまーすよぉ」
その直感からすると『ここは平気そう』という見た目の茶屋をやっと見つけた。天幕で日差しを遮った下に長椅子、たしか縁台とかいう腰掛けるための机がある。
一人用だと床机とかいうんだっけ? 腰掛けるのに机とはこれ如何に。
ともかく全体的に時代劇版のオープンカフェといった開放的な印象がある。石畳の掃除もしっかりされており、何妖怪かの町人たちが湯呑みを傾けながら、お互い絶妙な距離感で休んでいた。
そうそう、こういう慣れ合わない店が好き。良い店でも店員と常連で空気作って固まっているところって、どうしてもご新規には居辛いから。
気になる縁台の皿に乗っている甘味は定番の団子、饅頭、羊羹、漬け物? いやまあ暑いし、汗をかくから塩分が欲しくなっても無理はないか。現代だとしょっぱい系はもっぱらホットスナックの出番だろう。
奇を衒わず胡椒の効いたフランクフルトもいいが、カリカリの甘い衣にケチャップとマスタード塗りたくったアメリカンドックも魅力的だ。偏った味付けのチリペッパーやコンソメ味のポテトも不健康でいいですな。
コーヒーショップの軽食ならホッドックとかサンドイッチとかも、ありきたりなのに外で食べると妙に美味しく思えるんだコレが。
「いらっしゃいまーせえ」
ちょっと気の抜ける声で呼び込みしてくれたのは首がにょろんと長い女の妖怪。おお、惑うことなくろくろ首だ。変に感動してしまう。
さぞ首にかかる負荷が大きいだろうと思いきや、なんというか頭部自体がフワフワしている? 縁日で買った風船が、朝方微妙にガスが抜けて半端なところで浮かんでいる感じ。落ちそうで落ちない、沈みそうで沈んでいかないイメージだ。
なるほど、そういうカラクリか。仮に人の首を太さそのままでメートル単位で伸ばしたとすると、よほど鍛えるなりしていないと姿勢を維持するどころか、ちょっと振っただけでボキボキに折れかねない。
だが悩みの種である人体最大の重量物、頭部が浮かんでいれば負荷も激減するというわけだ。
そういえば抜け首という首が分離する妖怪と、首が伸びるろくろ首は伝えられている物語も近しく、ろくろ首の長い首は胴体と繋がる魂魄の糸を首に見間違えられたのではないか、なんて話もある。
この子の首は魂って感じじゃないので、それとはまた違うようだが。
繋がっているか離れているかだけの違いで、どちらも頭部だけで浮かぶ力がある妖怪なのかもしれない。妖怪という生命の謎を変なところで見てしまった。
「何にしまーす? 熱い番茶ならすぐでまーす」
番茶は規格外の茶葉を使ったお安いお茶の事で、要は煎茶の安いやつだ。茶の良し悪しに拘りはないし、クソ苦いとかじゃなければなんでもいい。
そういえば鬼女さんとこで飲んだのは人生で一番苦かったな。なんて品種だったんだろう、あの激苦茶。ひなわ嬢はよくあれを二杯も飲めたものだ。
あの後、彼女は大丈夫だったろうか。立花様から別命を受けていたようだけど。あの方の無茶振りに翻弄されるとはひなわ嬢も大変だ。
無茶振りされ仲間として彼女の無事を祈りたい。と思っても、なんのかんのうまくやり過ごせるタイプっぽいし余計なお世話かな。
「おまーちどう」
『すぐ』の言葉に違わず、20秒かからずに盆に乗った湯呑みと甘味がやってきた。
緋色の布を敷かれた縁台に黒塗りの盆、そして時代劇の茶屋といったらコレと頼んだ、桃、白、緑。三色団子の淡い色合いが美しい。一方で優雅な甘味の姿に反し、番茶を湛えた厚みのある湯呑みが個性的でおもしろい。
猛禽が掴んだ跡をそのままにして焼いたようなデコボコがあって、指を添えると自然と馴染む。拳銃のグリップなんかで見る、凝った作りの握りといえば分かり易いだろうか。
いや、この例えは無粋かな。せっかくの日本情緒が台無しだ。普通にお茶を楽しもう。
「ごゆっくーり」
歩いていた時も思ったけど、この辺りは月の影響は薄かったのだろうか。異常事態に対する動揺らしいものが見られない。
他の場所では火事が起きたり、運の悪い妖怪が失神したとき堀に落ちて溺れたりしていて、住人に不安が漂っていたのに。
のんびり平和そうでもそこは白の住人たち、誰もが修羅場のひとつやふたつ潜っているのかもしれない。
「もし、屏風殿ではございませんか?」
熱い番茶を軽く啜ったあたりで背中から聞き覚えのある声をかけられた。
つい座ったまま振り返ろうとして体が軋んだので、一度座り直してそちらに顔を向ける。昨日よりマシでも痛いものは痛い。
最初に目についたのはモコッとした三本の尻尾。先端の白色はおろし立ての筆のよう。格好はなぜか町娘のような質素な身なりをしているが、屏風覗きはこの方を知っている。
黄ノ国の稲荷大社で禰宜を務めているらしい階位20台ナンバーの強妖怪。金毛様が、その細い目を日差しでさらに細めてこちらを見つめていた。
その彼女と手を繋いでいるのは、『赤い着物の意地悪そうな眼付きの女の子』。こちらも顔だけは知っている。
九段峠のお祭りで現れた、赤ノ国の代表のひとりじゃねえか。
「我らもご一緒してよろしいですか? どうにも東の町は不心得でして。少々心細かったのです」
欠片も思っていないだろう事を言いつつ笑う彼女に警戒心が沸き上がる。しかし断る理由が無い。
茶も来たのに一口しか飲まずに去るのもおかしいし、一気飲みするには熱すぎる。
そもそも今の時点でどんな理由をつけたとしても『避けた』という悪印象しか残らないだろう。仮にこのタイミングを待って声をかけたというなら、この方かなり質が悪い。交渉の駆け引きとか屏風覗き程度では絶対勝てないタイプだ。
「いら、っしゃいまーせ」
客商売のカンなのか、ヤバい相手と感づいたらしいろくろ首娘の顔が笑顔で引きつっている。それでも応対するプロ根性に脱帽だ。
何気ない仕草でするりと屏風覗きの隣に腰かけた金毛様は、店員に『適当に冷たいものと甘いものをふたつ』と頼むと、同じく座った『赤い着物の意地悪そうな眼付きの女の子』を紹介してくれた。
「こちら『さる国』から来られたお方でして、『茜丸』様と申します」
赤ノ国の名を外で出さないあたり、今の白ノ国では厄介事になると金毛様も分かっている。
それでもなお連れ歩いているというのは、もう嫌な予感しかしない。というか声をかけてきたのが何より厄い。絶対トラブルだ。