番傘、猫の功をかく語りき
手の中でひとりでに動く番傘、ろくろちゃんに案内されてやってきたのは町の東側、城にほど近い『地脈の要』という『要石』を祭っている建物だ。外から見た限りの作りや雰囲気はいかにも寺院、という感じの神聖な空気が漂っている。
建物を取り巻いている浅い水堀には無意味な形で橋が大小いくつも掛けられており、まるで橋を使ってあやとりでもしているよう。すべての橋の手擦りに付く疑宝珠の数は100や200では収まらないだろう。
「ここは国の水と土を清める大事な土地でな、元は穢れの湧き出る大本だった場所や」
かつては毒性のある水とそれに汚された土に悩まされたていたこの土地で、妖怪々が暮らしていくための田畑を作らんと、我らが白玉御前がその根源を突き止めて見事に穢れを封じた。
そして土地の力を取り戻した後は、ここに巨石を置いて穢れが二度と噴き出さぬよう完全に祓い清めましたとさ。それが白ノ国の始まり。というお話。めでたしめでたし。
ろくろちゃんの語りはとても熱かった。話には他にも登場妖怪はいるのだが、白玉御前が活躍するところが他とはまるで熱量が違って印象に残らないくらいだ。
やれあそこの橋は最初に御前が秘術で持ってきたものだとか、異界から要石を持ってきたときは御身自らの手で注連縄を巻いたんだとか、ボランティアでガイドやってるじいさんばあさんより語る語る。まれにプロより熱心に解説する人いるよね、ボランティアの人。親切なのか、寂しくて構ってほしいのかは知らんけど。
やはりこの子は御前大好きっ子なんだろう。ファンというより可愛がっている子供や孫を自慢する身内って感じなのが微笑ましい。
目の前に院の入口は見えているのになかなか辿り着けない。橋を渡る順番が迷路代わりになっているようで、一見無意味な行き止まりの橋を渡ったり、建物から離れていくような橋を渡ったりと面倒極まりない。それが目的なわけだからしょうがないのだが。ゲームでもこういう覚え系は嫌いだったな。特にひとつ間違うと最初からやり直しで回避できない強雑魚まで復活しているタイプは。
現実だと時間稼ぎ兼消耗させるトラップとして、これ以上ないくらい有効だろう。リアルだといくら強い敵を倒しても劇的に強くなったりはしない。ひたすら疲労するだけでレベルアップもパラメーターアップもしないのだ。得られるとしても度胸と自信くらいだろう。
しかしまあ、それこそが命のやり取りの世界だと馬鹿にならないわけで。倫理観を躊躇なく切り替えられる人って、グジグジ悩まないから判断が早くて生き残りやすいんだろうか。
妙な迫力があるのも、心の何処かが壊れている感じで本能的に『恐い』って感じるからかもしれない。
「考えてみたら、ここを任されとるちゅうことは生え抜きの精鋭と言ってええな。にいやんのお気に入りの子、前に御前から至宝を賜っとるだけはあるかもしれん」
そうでしょうとも。御前がきつねやの湯治にも連れて行ったくらいだし、相応に覚えがいいはずだ。真面目で強くて優しい、こいつなら爆発しなくていいと思わせるイケメンである。ちょっと不愛想なのが玉に傷。しかし、それもご愛敬というもの。ちょっとは欠点があったほうが完璧超人よりずっと親しみが持てるよね。
何故かあーはいはいと、ぞんざいにあしらわれてしまった。共通の知人の事だしもっと語っても罰は当たらないだろうに。いやまあ、ろくろちゃんはとばり殿とほとんど話もしていないからしかたないか。
「そろそろ止口札出しときや。言われて出すより早いでな」
新幹線の切符みたいな扱いか。仮に幽世にも電子のやり取りが広まって切符もいらない、となるのはまだまだ先の話だろう。
妖怪だから絶対に古臭いままというのは偏見だ。本当に昔のままで固定しているなら、人間の文明の移り変わりなど無関係に鎌倉とか、平安とか、もっと前で卑弥呼様がご存命のあたりから変わらない文明レベルで存在していてもおかしくはない。
というか下手したら人がウホウホ言ってる時代から進歩していないだろう。あの頃だって人に神や怪物と認識された『ナニか』はいただろうし。極端な話、昔は熊や猪だって爪や牙の無い弱い人間から見れば神様だったのだから。
やはり時代と共に妖怪にも暮らしや、『存在そのもの』さえ変化があると見るべきではないだろうか。新しく出てきた者もいれば、生活や文化の変わった者もいるかもしれない。
だけどまあ、それでよかったんじゃないかな。すべてに置いてけぼりで消えるよりはずっと。
何より、酒もろうそくもちょんまげも出てこない。時代劇的な文化の『香り』をさせない妖怪たちなんて、妖怪談として残念どころの話ではない。
平たく言うと、ひたすら強いとか恐いだけではキャラクターとして面白くないだろう。誰も伝えないよ、そんな薄っぺらい物語。どうせ聞くなら恐くて不思議でお間抜けで、どこか嘘くさいくらいのお話がいい。そのほうがずっと楽しいだろう。だって、
人の現実以上に救いのない、恐ろしい話は無いじゃない。
「して、どのようなご用向きでありましょうか?」
門番の兵にそう聞かれてフリーズしてしまう。考えてみたら『知り合いに会いに来た』なんてこの非常時に何言ってるのって話だ。しかもあっちは絶賛お仕事中である。バイト中の知り合いをからかいに来た学生かっ。
「おどれら程度に話せるかい。通せや」
屏風覗きの左腕を操って傘の先端を突き付けたろくろちゃんは、ドスの効いた言葉以上の威圧感で門番たちを問答無用と退ける。
腕につられてプラプラと揺れる、指に掛けた止口札に一度視線を落とした門番たちは、恭しく一礼すると道を空けてくれた。なんか無理言った形でごめん。
貸しとくで? いずれ形あるもんで返してや。腕を動かし傘を肩に担ぐ形にしたろくろちゃんは、屏風覗きの耳元にそう囁いた。知り合いに武闘派が多くて頼もしいけどおっかない。
傘の好みそうな贈り物、どんな品物があるだろう。傘カバー? ダメだ止めよう、絶対キレられる。たぶん女の子に全身タイツ送るようなものだ。
院の中は御多分に漏れず外観よりずっと広い。見た目は地元のマイナーなお寺程度の建物なのに、中は郊外のショッピングモールのような面積だ。『要石』は中心に鎮座しているらしいが、今のところそれらしい物は見当たらない。一見すると警備の兵も見当たらないようだが、これも術の影響だろうか。きつねやの結界の同じものとすれば、何かあったら向こうから飛び出してくるのだろうな。
天井を伝う幾つもの白い縄は、たぶんろくろちゃんの話に出てきた御前自ら締めた注連縄と思われる。だとするとあれを目印にすれば『要石』まで辿り着けるかもしれない。まあ、あくまで用があるのはとばり殿であって『要石』ではないから見れなくても別にかまわない。
白い尻尾をフリフリさせながら白い注連縄を持って走り回る、そんな健気なニャンコを見たくないかといえば嘘になるが。それも過去の話だ、今は御前の偉大な功績がひっそり残っているだけだろう。
それに、しゃもじとおひつを持ったモコモコが走り回る姿を見ればだいたい想像できるしね。
「あっちにたくさん気配があるな、たぶんそこやろ」
傘で刺す方向には見え難い配置で開放されたままの扉がある部屋が見える。如何にも関係者用といった雰囲気だ。
いかん、妙に緊張してきた。そもそも安否を確認できればよかっただけなのに何で来てしまったのだろう。借り物を返すにしても相手の都合を考えて返すべきだろうに。
つまるところ屏風覗きという青二才は不安で、寂しくて、恐かったのだ。仲の良い友人の顔が無性に見たくなるほどに。ホント、情けないってレベルじゃない。
しかし、ろくろちゃんに案内までしてもらってここからUターンはありえない。後で怒られてもいいと腹を決めて、忙しいであろう友人を冷やかしていこう。毒を食らわば皿までだ。
部屋に近付いていくと徐々に話し声が聞こえてきた。それも目的の相手、とばり殿の幼いながらも凛々しい美声である。顔に声に、イケメンは何でも持ってるなコノヤロウ。
扉が開きっ放しとはいえ、いきなり入るのは失礼かと思い横からそっと顔を出してみる。西洋ならノックのひとつもするところだが、東洋では扉が開いている場合どうすればよかったんだっけ。
部屋には20名ほどの妖怪が奥に向かって正座している状態。しかし、なんとなく普通に座っている感じとは違うように思えた。全員が俯いているし。
「この馬鹿者どもが!!」
怖、お店とかで従業員が叱られてるのが聞こえると、自分が叱られてるわけでもないのになんかすごく気まずいよね。今、そんな気分。




