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後片付け

 朝。とばり殿の警備している場所を知っているとの事で、朝食後ろくろちゃんの案内で離れを出た。飯の内容は今回に限って思い出したくないので脳から削除する。


 無力な人間は整腸剤の導入を急がないと幽世で暮らしていけない、とだけ記憶しておこう。


 道中に傘状態のろくろちゃんから雑談がてら、いくつかの近況を聞けた。特に興味を引いたのは黄ノ国と藍ノ国が、今回の赤ノ国の攻撃を不当として白側についたという話だ。


 屏風覗きのイメージで黄ノ国は白寄りと思っていたのと同じくらい、藍の国はどちらかというと赤寄りに見ていたので少し意外である。


 なお、藍の赤寄りイメージに明確な理由は無い。四つの国のパワーバランス的に赤側につく国がないと白一強になりそうだな、という失礼な考えから。


 三国ならぬ四国志。世界情勢はどんな形が一番安定するのだろうね。


 ちなみに国力を表すと白>藍>黄>赤で、10分割で土地の比率を表すと赤4、白3、黄2、藍1である。土地で藍と黄が逆転するのは藍の支配域が主に海洋で、地面が少ないからだそうな。


 つまり赤ノ国は土地こそあるが、いまや国そのものが疲弊し切っていて他国に力負けしている状態らしい。


 かつては痩せた土地といえば現在の白ノ国がある土地だったが、現在では白玉御前の知識と財力による強力な後押しで水と土壌の改善を済ませ、むしろ肥沃な土地へと変わってすっかり立場が逆転しているという。


「昔っから赤の連中は作るとか育てるっちゅう考えが薄いんや。ある(もん)奪えばええってな」


 過去には今回よりさらに露骨に、軍隊による平押しという形で豊かになった土地を奪い取ろうと赤ノ国が度々ちょっかいをかけてきたことがあるらしい。


 しかし、これには立花様を中心とした武闘派と当時の民衆たちが激昂して、それこそ村人程度の弱兵たちが勢いというか怒りに任せて戦い続け、完全に蹴散らしてしまったそうな。


 いわゆる集団戦闘でしばしば起きるという、戦意の高さが引き寄せる勝利というやつだろう。


 想像だが、当時の赤軍は『ちょっと小突いてやれば言うことを聞くだろう』くらいに思っていたんじゃないだろうか。昔のヤンキー的なカツアゲ感覚で。


 だがしかし。気が弱そうだと思って小突いた下級生が、その瞬間に釘バット片手に火事場の馬鹿力で殴り返してくるバーサーカーに変貌したという感じで大混乱。戸惑っている間に強烈な一発が入って総崩れ、そのまま流れが変わらず蹴散らされたんじゃないかな。


 生身の戦争はゲームのパラメーターで決着のつくシステムとは訳が違う。地力は上のはずなのに精神的な理由から碌に力を出せずに負けてしまう、そんなスポーツ選手のような例はいくらでもある。


 勝てる前提でやってきたレジャー感覚の連中に、覚悟完了の人津波。どちらの勢いが強いかは明白だ。


 ひとりひとりの強い弱いはこの場合、さして関係ない。一人残らず玉砕上等で突っ込んでくる村人とか、たとえ一端(いっぱし)の軍隊でも突然では対処できまい。


 弱いヤツは真っ先に逃げるか戸惑っているうちに殺され、半端に強いヤツは変に踏み留まった結果討ち取られ、本当に強いヤツは『ワリに合わない』とサッと引いたとか。そんな感じだろう。


 そして民衆の怪気炎は(いくさ)だけではなく政治的調略戦でも発揮され、しばらくの間『どんな理由があっても、赤の連中が近づいてきたらブッ殺す』というくらい、取りつく島がない状態になってしまったらしい。


 集団としての和平や講和の拒絶はもちろん、赤の工作員たちが行った村人へのご機嫌取りや裏切りの勧誘、白の権力者たちの悪い噂を流すような行為にもまったく取り合わなかったという。


 この辺はさすが当事者の体験談、ろくろちゃんの話は力場感や感情が乗っていて情景が見えるようだった。

 ただ、もはや余所者嫌いの最大級となった村人たちは見つけた端から生贄にしちまえくらいの勢いで、赤と思われた者を勝手にリンチしたり殺したりしたため諫めるのが大変だったとも言っていた。


「白は他の国、特に赤から不毛だったこの土地に追ん出された連中が多くてなぁ。汗水たらしてやっと住みやすくしたのに、その追い出した奴らが奪いにくるとなったら、そら暴れるわな」


 まあ当然だ。他人から成果だけ持っていこうとする事態がまかり通るのは『奪い取るだけの武力を持つ権力者』と『幻想の権威を上手に振りかざす権力者』だけ。どちらもうまくいかなかったら手痛い抵抗を受けるに決まっている。


 そこにあの立花様まで加われば、それはもう伸ばした手を片っ端からブッた切られただろう事は想像に難くない。


 さすがに時間が経つにつれて国交というか、『弱者の追放地』という認識から『白ノ国』という他と対等の勢力として認められ、国の貿易や個人規模の交流程度は徐々に持つようになっていき、現在に至ると。


 つまり今回は赤連中の久々のおイタというわけだ。される側はたまったものではないが。

 陣地の矢萩軍の戦意が妙に高かったのも過去のそういった経緯があったからか。村人全員が歴戦の古参兵のように『赤の連中め久々に来やがったぞ』、くらい思っていそう。


「御前もいい加減我慢の限界や。そこにちょうど黄も藍もこっちについたわけやし?」


 ぼちぼち滅ぼしてもええやろ、傘のまま耳元で呟くろくろちゃんのその言葉は口調こそ軽いが、一から国を興した当事者たちにしか生まれない強烈な憎悪が籠っている気がした。




 城に入った辺りで思い出したようにろくろちゃんから一仕事を要求された。城内で使ったキューブの解除である。屏風覗きもすっかり忘れていた。短刀の事で完全に頭が一杯だったもので。


 例の広間は開け放たれた襖の向こうに広大な面積を取り戻していて、まるで地平線の彼方まで畳が続いているように見える。ろくろちゃんによって術が解かれた後に、また誰かが掛け直したのだろう。


 松によって荒らされた場所も見分けがつかない、蹄の跡や口でムシャった痕も消えている。証拠隠滅の手間が省けた。というのはさすがに冗談だが、これに関しては畳を交換しただけかもしれない。後で請求されないよね?


「お加減は如何ですかな、屏風殿」


 テクテクと通り過ぎた時には誰もいなかったはずの襖の影に、振り返ると記帳門の狗こと、腐乱犬氏がチンチンの姿勢で立っていた。


 緑頭巾を被る今回の犬種はマルチーズである。オッサンの声でマルチーズはどうよ。


 ガチの怨霊である彼は犬の死体に憑りついて現世に留まっているのだが、いかんせん張りの無い普通のオッサン声で可愛い犬の姿が台無しである。そもそも死体に可愛さを求めるのが間違っているかもだけど。


「おっと、順列付けはもう済んでおりますので。二度も叩き殺すのはご勘弁を」


 そう言っておどけるように前足を振る姿はおやつを強請(ねだ)るワンコそのもの。声は油っこいオッサンだけど。


 そういえば油で思ったのだが、油すましって白ノ国におられるのだろうか。意外と妖怪の有名所に会わないので実在するか疑わしくなってきた。いやまあ、妖怪に実在うんぬんを考えるほうがおかしいのだけど。だいぶ幽世に毒されてきたなぁ。


「そら残念。まあにいやんも見ての通りやし、さすがによしとこ」


 そう言って、いつの間にか傘を握っている屏風覗きの腕を勝手に持ち上げかけたろくろちゃんから、以前に屏風覗きの体を操って彼を殴った理由が明かされた。


 それはまんま犬の社会形態における順列付けの儀式である。どうも腐乱犬氏は理性だけでは抑えられない犬の本能に引っ張られる傾向があり、どうしても他者とガッチリ上下を決めないと耐えられない性質(たち)であるらしい。


 そこで新顔である屏風覗きとの格付けにおいて、さる『御方』の強い意向によって屏風覗きが『上』にくるように調節するため、問答無用でノックアウトする必要があったのだとか。いや、全然分かんないです。


「用はこちらの本能が納得すればよいだけですので、お気になさらず」


 さる『御方』というのは白玉御前の事なのだろうけど、なぜ屏風覗きの方を『上』にする判断をされたのやら。


 組織内部のパワーバランスの調整とかだろうか? この辺は内情をもっと詳しく知らないと理解できない事だろう。


 まあ見かけ上の立場は高くなっても組織内の影響力は伴わない、いわゆるお飾りの偉さだろうから気を揉むこともないか。屏風覗きには部下の一人さえいないのだ。最近、お手伝いさんは雇ったが。


 ちなみに組織妖怪(組織人)としての上下の差はまだ小さいので、敬称には『殿』をつけております、と細かい事を言われた。上下の言葉遣いとか、そのうち屏風覗きも指摘されて怒られることになりそう。というか怒られるで済まない事になったらどうしよう。




 腐乱犬(フランケン)氏を加えて、さらに現場で術者2名と兵士の恰好をした4名が待っていた。


 兵士のほうは面識が無い。術者の方は死体処理でご一緒した、四つの目を描いた布で顔の前を覆ったおっかない雰囲気の二人だ。

 布はヒラヒラしているだけなので、横側なら布の隙間から素顔が見えるはずなのに、側面は影というには暗すぎる真っ暗の闇で輪郭さえ見えない。


 そしてキューブの中には生存している『直径1メートルはあるオッサンの頭』と『しょうけら二匹』。やはり窒息しないらしい。


 白く半透明なキューブの内部ですっかり怯えているしょうけら達の前には、生き物の体液的な赤と黄色の染みで汚れたズタ袋が置かれている。ちょうど『しょうけらほどのサイズの生き物が一匹入る』くらいの大きさ。


 うん、やはり『内容物』が収まっているようだ。中身の状態はビビリな偽妖怪(人間)の精神衛生上、絶対目にしたくない。


 キューブで四分割した『死装束の顔色の悪い男』は完全に死亡している、と術者たちは判断している。ろくろちゃんも異存はないようなので、さすがに死んだふりではないだろう。

 彼の下は畳が取り除かれ、城下の騒ぎでも見たビニールシートが張られている。キューブを解除したときに出るであろう大量の血を受け止めるためだろう。


「なー、このまま百年くらい放っとかん? このアホも顔向けできんって顔しとるし。顔だけに」


 0点。確かに『直径1メートルはあるオッサンの頭』の濃い顔が切腹しそうな表情してるけど。あのギリギリの場面で殺さないよう言ったのはろくろちゃんでしょうに。


 なお『しょうけら』と『裸の等身大のマネキン』、『死装束の顔色の悪い男』は白の妖怪()じゃなかった。フライングキルしてなくて一安心である。


 周りから強く諫められ。ろくろちゃんもウンザリした顔で解放に同意したのでキューブを解除する。

 しばらく食い縛る様に目を瞑っていた巨大な顔面は一言、


「面目ない」


 と死にそうな声で搾り出した。声ちっさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] しょうけら、 情報を吐き出させるという名分で、特に、念入りに、憎悪上乗せで絞りに絞られたんやろな……。 予備の2匹いるからやり過ぎても良い、御前に直接危害を加えようとした、ということで精神的…
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