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境界の上の握手

 ろくろちゃんの一方通行なカミングアウトを聞いた後は、それぞれ別行動で短刀を探すことにした。


 彼女には屋根や城に植えられている樹木など、途中に引っかかっている可能性を考えて主に上を見てもらう。ちなみに先ほど上から降ってきたのは城の上からこちらを見つけて飛び降りたからで、ろくろちゃん自身の跳躍能力は垂直跳びで約7尺(約2.1メートル)が限度らしい。それでも人間基準なら圧倒的に高い。


 人に褒められて跳ぶと城の天守閣より高く昇る『浮かれ傘』や、傘が受け止める解釈のできる物体に対して驚異的な防御と怪力を発揮できる特性。損傷しても『傘を張り替える』ことで修復される体。『張る』事象なら破れた人の鼓膜まで『張り直せる』能力など、付喪神に類する妖怪の力はルールに沿っていれば極めて柔軟で強力な力を発揮できるようだ。


 立花様や矢萩様、そしてろくろちゃんと、国の偉い人に付喪神が多いのは総合的に優秀な人材が多いからかもしれない。


 もしくは、『人の国を真似た社会』に『人の道具』から生まれた付喪神は順応しやすかったのだろう。




「わたくしは、また後程と言いましたよね屏風殿?」


 日が落ちて西の山が柿色に見える頃、黒頭巾の猫(額にマロ眉みたいな模様の子)が一人彷徨う屏風覗きに離れへ戻るよう告げにきた。そして逃げないようにか、最後まで後ろから監視するように付いてきた。振り返ると爛々と輝く猫の目が黙って見つめている姿に、可愛いはずの猫でも恐ろしい捕食者の側面があると実感してしまう。


 戻ってきた離れには白頭巾の猫の一匹(一人)、黒ソックス氏と黒頭巾の猫が三匹(三人)。先に切り上げたらしいろくろちゃん。そして土間の隅で小刻みに震える秋雨氏の姿があった。


 そして開口一番が先ほどのセリフである。


轆轤(ろくろ)様も轆轤(ろくろ)様です。一緒になって何をされていたのですか」


 一向に戻ってこない患者に業を煮やして探させたら、治療を忘れ呑気に外をウロウロしているという。そこに今度はろくろちゃんが現れ、戻るよう言伝してくれるというから任せたら、こっちも戻ってこないのだからたまらない。


 待ち惚けもいいところでしたよ、まったく。と治療中ずっとお小言を頂いてしまった。すいません。


 ろくろちゃんは黒ソックス氏と視線を合わせず、明後日の方を向いて、あの山の雲なら明日は晴れやなぁ、とかすッ(とぼ)けていた。彼女に関しては屏風覗きの私用を手伝ってくれたからなので、あまり怒らないであげてほしい。


「堪忍。うちはダメやったわ」


 結論から言うと短刀は見つからなかった。

 方法はもっと色々あったと思う。例えば、いや、無意味だ。真っ先に思い浮かんだ秋雨氏が犬の妖怪であるという話、よくあるにおいを辿ってもらう方法は早々に頭の中から除外していた。離れと酒保さんの店程度の往復ならまだしも、今の彼女があちこち出歩ける状況ではない。私用に付き合わせてはここに匿っている意味が無くなってしまう。


 分かっていた結末。それでも目の前が暗くなる気分だ。


「意地の悪い、関心しませんよ轆轤(ろくろ)様」


 急に黒ソックス氏が不機嫌な声を出して、フスッと猫らしく鼻を吹く。当のろくろちゃんは畳の上で仰向けにグターッと寝ころんでいたが、視線を外さない猫の眼力に根負けしたようで着物の胸元をモゾモゾと弄り出した。


「あ゛ーも゛ー、もーちょい勿体付けてもええやんかぁ」


 寝転んだままで天井に突き出すように取り出されたのは、間違いなく探していた物。とばり殿が守り刀代わりにと借してくれた短刀だった。ダメだったと言ったのは嘘かい。


「嘘ちゃうもーん。うちは、と言いましたー。ちゅう訳で、にいやん城の守衛連中に礼言っときや」


 なんと屏風覗きが離れに戻る少し前、警備の兵が数名ここを訪ねてきて、探し物はこれかと短刀を届けてくれたのだそうだ。探し回っている最中に会った警備の妖怪()に何度も事情を説明したことで、間抜けの失くした短刀の話が知れ渡っていたらしい。


 そして彼らは仕事の合間に失せ物探しを手伝ってくれたのだ。昨夜に続き、妖怪たちの義理人情が身に沁みる。


「昨夜、胴丸たちを助けたでのしょう? その礼だそうですよ」


 門前での事か。情けは人の為ならずとはこの事だ。思わず脱力して玄関にストンと腰が降りた。気掛かりだったことが片付いて、体もすっかり力が抜けてしまったようだ。しかし、まだ今日中にすることがある。


 やはり短刀の持ち主、とばり殿の安否を確認して返さなければ休む気になれない。妖怪々(人々)の善意でこうして失せ物も手元に戻ったのだ。さっきまで処刑台に上がるような気分で玄関に戻ったが随分と気が楽になった。


 足腰の筋肉はプルプルしているものの、まだ動く。これならまだ歩けるだろう。


「なりません」


 立とうとしたところでほのかに金木犀の香りがする開かれた扇子が三本ほど周囲を舞い、それだけで体がピタリと動かなくなってしまった。風も無いのにゆっくりとクルクル舞い続ける扇子。その内一本はガマズミ柄の美しい透かしが施されていて、見るだけで不思議と気分が落ち着いた。


「にいやんが贔屓しとる(じゃり)ならピンピンしとるで。会うなら明日にしいや。それに覚悟もせんとな?」


 無事、それならいいんだ。これで本当に安心した。あの子はどうも無茶をする性分なので今回も何かあったらと、何ができるわけでもないのに勝手に気を揉んでいたのが恥ずかしい。


 ところで覚悟という言葉に首を捻る。何を覚悟するというのだろう。その疑問が顔に出ていたのか、ひとりでに手元に戻ってきた扇子を懐に仕舞った黒ソックス氏が、呆れたと言わんばかりに溜息をついた。


「城の周りをこれだけ大騒ぎして探し回ったんです。貸した持ち主の誰かさん、顔から火が出る思いでしょうね」


 Oh、短刀を見つけたい一心で視野狭窄に陥っていた。その行為が周囲からどう見られているか、見た者から誰に伝わるか。こんな単純な事に頭が回らなかったとは。失くした事も、探し回った事も、他の妖怪()に見つけてもらったことも白状する前からバレテーラ。会って話したいのは本当だけど、明日が恐くなってきたぞっと。


「せいぜい怒られるんやなー」


 寝転んだままケラケラ笑う意地悪傘が憎らしい。しかし、いくら体を修復したからといって昨日の今日で万全の状態に戻れるのかと、ふと頭にそんな疑問が(よぎ)ってイマイチ憎めない。こうして寝転んでいるのも本当はフラフラだからじゃないだろうか。 屏風覗きの勝手な思い込みかもしれないが。





「では、治療も済みましたので。わたくし共はこれにて」


 そう言って帰って行った猫たちと入れ替わりで、ようやく土間から居間に上がった秋雨氏が心底ホッとしたという顔でズズイと屏風覗きに詰め寄ってきた。その表情からはどういう訳か決意を感じる。まるで最後のチャンスに賭ける勝負師のよう。


「白雪様より、昼餉を預かっております」


 そういえば失くし物を探し続けてお昼に戻らなかった。朝食が半端な時間だったのと、例によって量が多いので腹の虫が騒くことなく気付かなかったというのもある。これは白雪様に申し訳ない事をしてしまった。


 と、思っていたのは奥に引っ込んだ秋雨氏が再び居間に現れるまでの10秒そこらの間だけである。


 多くね? 最初は秋雨氏とろくろちゃんの分も入っていると思っていて、ふとお箸の数に違和感を感じ、茶碗の数に疑問が恐怖に変わった。


「白雪様より、夕餉も預かっております」


 多くね? 再び奥に引っ込んだ彼女が携えてきた膳、こっちは食器も3人分あったので正しく3人分だ。


 つまり、屏風覗きの分だけ昼飯と夕食がドッキングしているということでしょうか?


「必ず食させるようにと、厳命を受けておりますっ」


 まっすぐにこちらを見つめるワンコの目は、もう覚悟完了で命令を遂行する事を決意している光がある。屏風覗きに不況を買っても止む無しと考えているようだ。そりゃあ白雪様の命令なら当然だ。優先順位は天地の差があるもの。しょうがないなチクショウ。


 ろくろちゃんは何故か慈愛さえ感じる眼差しで、たんとお食べと目で語っている。その瞳の奥には『これを残したら許さん』という脅迫めいた強い意志を感じるのは何故なのか。


 こういった場合、漫画なら腹を太鼓にしてどうにか食べ切れる場面だろう。だが生憎と屏風覗きの胃袋と消化能力は現実的性能しか持ち合わせておらず、昼の分を食べた後は深夜まで眠らずに時間を置いて、夕食分を夜食的に食べるというエクストリームなフードファイトをする羽目になった。


 食卓の前で悲壮な顔で寝ずの番をする秋雨氏と、深夜まで時間潰しに付き合ってくれたろくろちゃん。そんな二妖怪(二人)に、ささやかな感謝と怒りを捧げたい。ちょっとは手伝ってくれてもいいじゃないっ。


 なお、ろくろちゃんは屏風覗き用の布団を強奪して人の姿で一泊していった。夏でも畳の上は少し肌寒かったよ。


<実績解除 FOOD FIGHTER『TRAINEE』 1000ポイント>

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― 新着の感想 ―
[一言] これなら食事を忘れることもなくなるな。 屏風の健康のためなんだろうなー(棒) (わりと地獄だよなこれ…。運動部がウエイトアップのために食わせられるの本当にキツいと言ってたし。妖怪米食わせは…
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