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袖と擦り合う傘の軒(のき)

 違和感に気が付いたのは水場で松に果物を差し入れ、やっと労ってやれたと安心したすぐ後の事。


 短刀が無い。臆病者を何度も奮い立たせてくれた一振りが、とばり殿から借り受けた短刀がどこにも無い。


 最初は治療のために脱がされた経緯で外されたとばかり思っていた。離れに置いてあると。しかし秋雨氏は短刀など知らないと言う。とかく物が無い家なので家具の隙間あたりに紛れ込むということはないはずなのに。


 スマホっぽいものと止口札の方は着物の袖に入っている。あと上記三つより遥かに価値は低いが金子もあった。

 昨夜に脱いだままの状態で部屋の衣紋掛けにぶら下げられており、特に意識せずこれを着ている。ちょっと汗臭い。昨日は大汗かいたからな。いや、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは短刀だ、短刀ははどのタイミングで無くなっていたのか。


 最後に見たのは腐乱犬氏が松から落ちたあたり。あるいは『裸の等身大のマネキン』が屏風覗きを模した時に短刀もそっくりの物を使っていた。厳密には『実物を見た』とは言えないが、これが最終目撃と言えなくもない。

 そこから気付くまで約8時間か、ただ秋雨氏の証言からすると朝の時点でもう無くなっていた可能性が高い。そうなると離れでの紛失の線は消える。つまり就寝前、離れに辿り着く以前が紛失した時刻と考えられる。



 一番ありそうなのはろくろちゃんと垂直上昇した時だろう。猛烈な勢いで回転したあの時だ。腰に差していた短刀は振り飛ばされ、袖に入っていた金子、スマホっぽいもの、止口札は残ったと予想する。問題は空中のどのタイミングで飛んだかで飛距離がだいぶ変わることだろう。

 これが正解とすると捜索範囲は城を中心として、だいたい城壁内部までくらいだろうか。何かの間違いで外の水堀にまで飛んでいたら発見は絶望的である。


 城の敷地面積を想像すると頭を抱えたくなる。いやホントどうすべぇ。


 頭だけでグルグル考えている時間も無駄だ、回れるだけ回るしかない。あの子に探しもしないで失くしましたなんて言えやしない。





 警備に呼び止められるのはこれで何度目か、昨夜の異常事態の収拾で皆が忙しいときに、城の城壁の内側をうーうー言いながら歩き回る不審者は周囲に相当奇異に映ったらしい。

 失くし物をしたと素直に事情を話すと解放してくれる場合が大半だったが、妖怪()によってはこの先は通せないと拒絶される場合もあった。その場合、非常に申し訳ないが止口札を見せて強引に突破した。


 白雪様の言った通りこの札は非常に強い権限を持っているらしく、あれだけ通過を渋った相手が即座に退いてくれる。本当は乱用してはいけないものなのだろう。しかし、これは屏風覗きにとっては重要な事なのだ。


 とばり殿に、幽世で最初の友人から信用を失うかもしれないという事態に、少なからず動揺している自分がいる。


「なーにやっとるん?」


 不意に上から声がしたかと思うと、開いた番傘がクルクル回りながらパラシュートのようにフワッと肩に降りてきた。番傘?


 一瞬だけ思考を持っていかれた。そして気付けば胸の前には竹の持ち手からすり変わって首にかかった細く白い足と、その先にぶら下げられた見覚えのあるぽっくり下駄。


 傘の付喪神、ろくろちゃんが肩車の形で乗っかっていた。かかる重量で体がだいぶ痛い。


「警備連中が困ってたで。にいやんがえらいとこウロウロしとるって」


 それは大変申し訳ないが、謝りつつ押し通すしかないと思っている。こっちも必死なのだ。一番信用を失いたくない相手から信用を損ねそうなのだから。


 頭髪を両手でワシワシされつつ彼女にも事情を説明する。途中で『買って返せばいい』という提案を受けたが、それではダメだ。少なくとも一度も探さずに金で解決なんて事はしてはいけない。あの子にだけは。最低でも自分で探して、謝って、それから弁償するのがスジだろうと思ったのだ。


 他の相手にそこまでするかと言われれば断言はできない。だが、とばり殿にはそうしたいと勝手に思っているだけだ。


「ほーん」


 肩の上にいるろくろちゃんの表情は見えない。聞き分けのない人間に呆れているのか、困っているのか。おそらく彼女は警備の兵たちに『知り合いでしょ? あいつなんとかして』とか言われて来たのだろう。だが、今回に限ってはろくろちゃんに手間をかけても申し訳なく思えない。半分くらい無理やり屏風覗きを連れてカッ飛んだこの子のせいだし。


 それでも彼女に何か言うつもりはない。別に屏風覗きがフェミニストなわけではなく、文句を言ってもしかたないと思って口にしないだけだ。ろくろちゃんだってあの時は必死だったのだろうから。


 そういえば負傷はどうしたのだろう。足を見る限り傷はないようだが。ただ、先ほどチラッと傘状態を見たときは京傘のはずのろくろちゃんが、時代劇で強面の主役が持つ番傘のような、飾り気のない武骨な姿になっていたのが気にかかる。


「さすがに傷だらけになったんでな。ちょいと張り替えたんや」


 うち元は番傘やし、そう言ってプラプラしている足をこちらの首下で組み、ヒヒヒと笑ったろくろちゃんはどこか楽しそうだ。京傘の姿は張り替えた姿だったのか。同じ傘とはいえそんなに簡単に変えられるとは付喪神スゴイな。


 元の姿になれたことが嬉しいのだろう、屏風覗きの肩の上で体を左右に揺らして、そのたびに喉の下に添えられた彼女の脹脛(ふくらはぎ)がピトリピトリと触る。こちらは『肩車している相手の首を一回転して折る技』を披露されそうで戦々恐々である。あれって途中で犠牲者が転倒しないものなんだろうか。


「うん、話は分かった。うちも手伝ったる」


 そう言って重さを感じさせずに肩から飛び降りたろくろちゃんは、妙にスッキリした顔で屏風覗きの顔を正面から見た。番傘に影響されているのか、優雅だった着物があずき色の地味な色合いに変わっていて、芋ジャーという単語が頭に浮かんだ。


本当ほんまはな、うち人間嫌いやねん」


 こんにちは、そんな何気ない挨拶のように打ち明けた言葉に冗談の空気は無い。突然に嫌いと言われた人間が、その言葉に返す態度はどんなものが相応しいのだろう。怒る? 悲しむ? 嘆く?


 冗談だと、聞き間違いだと期待する?


 屏風覗きに相応しい反応は『そうですか』だろう。この子と会ったのはごく最近の事、お互い深く踏み込んだこともない。彼女の社交的な態度に幻惑されがちだが、実のところ傷つくほどの付き合いは無いのだ。


「なんや癪やな。本当(ほんま)に何とも思ってへんのな」


 こちらの淡白な反応が不満らしい。もう少し付き合いが長ければ多少は動揺したと思います。つまりその程度でしかないというだけ。そちらが嫌いならこちらは無関心になろう。怨恨も抱かず争いにもならず、ちょうどいい落としどころだろう。


「にいやん、さては捻くれ(もん)やな?」


 人生は捻たらおもしろくない(おもんない)でー、そう言いながら手にした番傘で(つつ)いてくる。嫌いならほっといてほしい。出発点がゼロならまだしも、マイナスに振られたものまでプラスにする努力ができるほど殊勝な人間ではないだけだ。


 持てるものなんて、手の届く範囲でたくさんだよ。


「そうかー。で、うち人はやっぱり嫌いやけど、にいやんは確か妖怪って話で通すんやろ?」


 彼女はいつの間にか地面に立てた番傘の先端に乗っていた。嵩増しならぬ傘増しで身長差が縮まり、こちらと目線をまっすぐに視線を交わす形になる。なぜかその瞳に見える強い感情、これは何の色だろう。好奇心、警戒色、願望、怒り、あるいは慈しみ?


 複雑、いや、雑な感情? 面倒だから突き進む。そんな破れ被れのような気持ちが映っているように思えた。


「妖怪の屏風覗きなら、まあ嫌いやない、かな?」


 彼女はまるで未知に挑む蛮勇を誇るように、屏風覗きを見据えてニヤリと笑った。


 屏風覗きに相応しい反応は『そうですか』だろう。この子と会ったのはごく最近の事、お互い深く踏み込んだこともない。彼女の社交的な態度に幻惑されがちだが、実のところ驚くほどの付き合いは無いのだ。


「いや、そこはもうちょーっとありがたがろ? 人嫌いが付き合ってもええ言うてんねんから」


 知らんがな。どっちが捻くれ『物』だ、めんどくさい子めッ。


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― 新着の感想 ―
[一言] これが「ツンデレ」というものか……。 ろくろからすると取るに足らない短刀を大事にして筋を通そうとしたのが、ツクモガミの琴線に触れたんだろうね。 今回の入っちゃイケナイところで探し物について…
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