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紫月・その2

 陣幕用らしい大きな布で覆ったキューブを解除、暴れないことを確認して二妖怪(二人)の番兵が縛り上げていく。リーダー格の胴丸さんは馬の脚に滅多打ちにされたせいでボロボロで、完全に気を失っている。本当に気力だけで守っていたのだろう。


 混乱の中、比較的軽傷だった番兵から話だけでも聞けたのは行幸だった。やはりあの月が出てから周囲に異常が表れたらしい。

 ある者は倒れて気を失い、ある者は痙攣して受け答えもできない状態になり、そして『一本の馬の脚のようなもの』は大暴れをした。コレはコレで『馬の脚』というれっきとした妖怪らしい。本来は木の上にぶら下がっていて、近くを通るものを蹴る妖怪なんだとか。意味が分からない。


 では、胴丸さん含め彼女たちは何故平気なのか。その共通項については二妖怪(二人)の正体からおよそ推測ができた。


 付喪神。この種類に分けられる妖怪は正気のままのようだ。具体的な正体こそ明かしてくれなかったが、どちらも武具関連の付喪神だという。松が平気な理由も説明がついた。では失神と痙攣、暴走の違いはなんなのだろう。生憎、それを考察するには時間が無い。


 番兵たちから城内にも騒ぎの気配があるとの話を聞いては、ここで話し込んでいる余裕はない。この子たちには胴丸さんの介抱と場の守りを任せて城の中に入ることにする。


 もしも、彼女たちが裏切り者であったならと犬の姉妹を思い出して一抹の不安を覚える。そうであればこの判断は最悪の選択になるだろう。まあ、その時はその時だ。分かったところでどうしようもない。証拠もないのに殺したりできないし、安全に捕縛する技術もないのだから。


 城内は松が入れるほど縦横とも広い。階段も旧日本建築とは似ても似つかないほど広く緩やかで馬に乗ったまま上がれるほどだ。土足どころか馬で押し入る事に罪悪感を刺激されるが、松を預けられるほど信用できる相手がいないので構っていられない。それに松は騒ぎの元に行きたいと言った屏風覗きの望みを聞いてくれたのか、その巨体で迷いなく進んでいく。その姿はむしろ愉快そうであった。


 土足で城内という権力の象徴を踏みつけて進む。仮に松が世を恨む反抗の徒であるなら、それは痛快に感じても無理はないのかもしれない。


 松は大広間を目指して幾つもの襖を頭で強引に突破して進む。ここは帰参の挨拶をしたあの広間か。地の果てまで続く広々とした畳の大地と、目で見える限り世界の端まで届く襖の壁はまるで3Dモデリングのよう。どこまでも無機質でわずかな違いさえ無いように思える。


 襖を潜って、蹴倒して、押し退けて。青い畳に付く蹄の跡から土が無くなる頃、松の目指す目的地、騒ぎの発信地、屏風覗きにも騒ぎが聞き取れる距離までこれた。


 目的地周辺だぞ。350度見れる馬の目でそんな風に見つめてくる松に礼を言って降りる。


 最後の襖を開くと同時に火炎、稲妻、(つぶて)。見えただけでそれだけの飛来物が目に飛び込み、掻き消えた。


 奥には見知らぬ者たちと、見知った者たち、そして見知った()


 傷だらけの体で最後の襖を守る付喪神、ろくろちゃんが囲まれていた。

 奥に三妖怪(三人)、『直径1メートルはあるオッサンの頭』こいつは知っている。『裸の等身大のマネキン』、知らない。『死装束の顔色の悪い男』、知らない。見た限りはどいつも敵だ。


「なんじゃこいつッ!? 攻めが通らん!!」「術が消えよったぞ!?」「いいから攻め、避けよッ」


 最後に襖を開けたあたりから周囲をチョロチョロしていた『ナニか』。視認はうまくできないが、たぶん何度も攻撃していたのだろう。キューブを周囲に設置。2匹捕らえた。1匹は足を引っかけたが逃げられた、こいつだけちょっとカンがいいようだ。


 視界の邪魔になるので正面には仕掛けなかった。今更こちらに臨戦態勢を向けても、もう遅い。


「動くな(わっぱ)。この」


 『死装束の顔色の悪い男』のしたいことをさせてやるほど平和ボケはしていない。ろくろちゃんを巻き込まないよう男の体を人体切断マジックのように50センチのキューブ四つで切断する。内部があっという間に黒ずんだ血で染まるが、もう気になるような光景ではない。


 その間に『裸の等身大のマネキン』が眼前に迫っていた。その姿が一瞬で屏風覗きとそっくりになる。ああ、そういうタイプか。構わずにまずは『直径1メートルはあるオッサンの頭』を


「殺すな!!」


 キューブで囲う。危なかった、いや手遅れかもしれない。『死装束の顔色の悪い男』も下手をしたら殺してはいけなかったかもしれない。ろくろちゃんの姿を見て頭に血が上っていた。


 『裸の等身大のマネキン』は、あの子からの預かり物とそっくりの短刀でしつこく己の体を傷つけていた。予想ハズレ、能力コピー系かと思ったら呪い系か。こちらがまるで痛がらないのを見て取ると明らかに狼狽えて後ずさった。その顔でチキンな事されると正解なのに腹が立つな。


 その後ずさりもほんの一歩でおしまい。脳天を後ろから振り下ろされた傘では叩き潰されて『偽屏風覗き』はグシャリと畳に突っ伏した。


「ボケがぁッ!! 糞糞糞ッ、糞がぁ!!」


 それでも気が済まなかったのだろう、血塗れの傘を何度も『偽屏風覗き』に叩きつけている。外見は屏風覗きのままなのでとても複雑な気分だ。次第に滅茶苦茶に破壊されていく人体を見て、自分は殴打されるとこんな感じに壊れるんだなと奇妙な感想を抱いてしまう。


 やっと気が済んだのか、あるいは体力の限界に達したのか暴れ方が収まったところで安否を確認するため声をかける。問題はまだまだあるのだ、特に閉じ込めた『直径1メートルはあるオッサンの頭』の扱いは早急に聞く必要がある。


「ほっとき、このアホは空気なんぞ無くても十年二十年は死なんわ」


 はーはー肩で息をしながら最後とばかりに『頭だった箇所』を蹴りつける。元マネキンとは思えない水っぽい音を立てて千切れたソレは、血とそれ以外を零しながら畳を転がっていった。掃除する妖怪()、すごく大変だろうな。


「しょうけらっ、しょうけらが一匹おらん!?」


 先ほどの3匹のうち1匹がいない。切断された右足のつま先と思われる薄い体毛の獣の足だけが残っていた。姿は見えないが畳に残る血痕を見る限り、もうかなりの距離を稼がれている。残りの2匹はキューブ内でまだ元気に暴れている。こいつらも空気が無くても平気なクチか。


「外か!?」


 ろくろちゃんがパンという破裂音がするほど強く手を合わせると、それまで広がっていた広大な畳空間が伸びたゴムが縮むようにニュンと旅館の宴会場程度の広さになった。やはり幻術か何かで広く見せていたのか。敷居ひとつ向こうに暇そうな松の顔があった。腹が減ったのか畳を削ぐように食べている。ゴメンな松っちゃん、後で飼葉貰ってくるから。


 かなり焦っているのか、ろくろちゃんが乱暴に横の障子を開け放つとまだ黒いままの空が見えた。頭を抱えて地団駄を踏みだした彼女にどう声をかけたものか。何を言ってもヒステリックに怒られそうだ。


 それにしてもこの空と紫の月はどんな方法で消せばいいのだろう。これも術か何かだとして、ここまで大規模な術を行使するのは大変だろうに。はたして術者ひとり倒せば解決するものなのだろうか。


 怒りか焦りか、いよいよ畳に転げ回りだしたろくろちゃんに怒られるのを覚悟で聞くと絶叫気味にキレられた。恐い。


「しょうけらの、その三匹のどれかでも逃げられたらマズいんや!! ああもう、うちのアホぉーッ!!」


 術についてはどうでもいいようだ。時間制限でもあるのだろうか。そして術なんかより大事な事として、何かしら理由があって『しょうけら』という妖怪が3体揃わないといけないらしい。それなら捕まえに行くしかないだろう。


 あんなちんまくてすばしっこい猿みたいなもん、よう捕まえれるかい!! そう言って傷だらけの体にかまわずのたうち回るたび畳に血がこびり付く。興奮状態で痛みを感じていないのだろうか。あるいは付喪神に痛みはないのか。さすがに今興味を持つのは不謹慎すぎるか。


 ひとつ、とても分の悪い賭けになるが案がある。


 例えば、俯瞰(ふかん)で見下ろしたら見つけられないだろうか。そう、いつかのように。もちろん屏風覗きの視力では不可能だが彼女は目が良いようだし、相手も上空なら地面よりは警戒していないだろう。


 提案しておいてなんだが正直、見つからない可能性のほうが高い。あの時は遮るものの無い野原と草原くらいだった。しかしここは幾らでも姿を隠せる町中、ちょっとした建物の影になったり、屋根のある場所に隠れていたりしたらそれだけでアウトだ。それに怪我をしていることを考えると、早々に隠れて治療していると考えるほうが自然だろう。つまり確率はとても低い。


 だが、他にやれることを思いつかない。


「アホ言いや」


 相手にされなかった。言いたいことはごもっとも、だが『目』と『手』が多ければどうだろう。


 付喪神。付喪神ならこの状況でも問題なく動ける。たとえ弱くても白ノ国に住んでいる付喪神なら声をかければ協力してくれる者もいるはずだ。この国が彼らにとって良い国ならなおの事。


 妖怪は人より義理も人情もある。怪物の中の怪物と言えるあの式神にも、そう自負させる存在であるならば。人間より、人でなしを頼るよりずっと可能性はあるに違いない。何より、


 君の大好きな白玉御前の建国したこの国を、白玉御前その妖怪()を信じてみないかろくろちゃん。


「やる」


 一瞬だけ呆けたような顔をしたろくろちゃんは、一転して目を座らせて屏風覗きの手をものすごい力で引っ掴みズンズン外に向かっていく。見た目に見合わぬ馬鹿力、痛い痛い痛い。


 サイコロを振って結果が決まるゲームばかりではない。最初から壷師の思惑で出目が決まる丁半博打のようなゲームもある。そもそも当たりくじの無い宝くじだってある。この賭けが正当かなんて、誰も保証はしてくれない。


「にいやん、思いっっっっ切りホメてやッ!!」


 それでもサイコロを振らなきゃ結果が出ない、くじを買わなゃ当たらないことさえ分からない。


 しかし、これがうまくいかなかった。いくらヨイシヨしても今日はアガってくれない。精神状態に余裕がないせいか、ろくろちゃんの気配が『この非常時に何言ってんだ』感が半端ない。ならば別ベクトルでどうだろう。


 ろくろちゃん頑張った、超頑張った、御前もきっと喜んでくれる、君が御前大好き筆頭だ。


「うぇへへへへっ」


 よし、ちょっとキモいくらいアガった。口から彼女の長くて真っ赤な舌がペロンペロン振られまくっている。きつねやでの事といい、やはりこの子は御前が大好きなのだろう。笑い方もよく似ている。


(たま)ぁーっ、うち頑張んでぇっ!!」


 彼女の血のついた手に掴まれていたはずの腕は、いつの間にか屏風覗きのほうが傷だらけの傘を掴んでいる形になっている。言い出しっぺではありますが、これってろくろちゃんだけでよいのでは? ちょっと待って、せめて腐乱犬氏だけ降ろさせて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 馬系の妖怪った多い気がする。 笑うだけの馬の首のみのやつとか、逆に首がない馬は殺す気満々の危険な奴だとか。
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