9話 コボルド相手に存分に才能を発揮している件(女僧侶視点)
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「コボルドはこの先を歩いていけば遭遇するはず。警戒しながら進んで行こう」
女剣士は、そう言って平原を進んで行く。
今日の相手はコボルドとなった。スライムやゴブリンより強く、オークよりは弱い相手が望ましい、ということでそう決まったのだ。
コボルドは犬のような小柄のモンスターだ。単体ではそこまで強くない。しいていえば注意すべきは素早いところだろうか。基本的に群れで生活をしているので、まとめて倒せればかなり美味しい収入となる。先ほどそんな風に、また女剣士が丁寧に遊び人に教えてあげていた。
3人が平原を歩いて行くと、すぐに10体ほどのモンスターの群れが走ってこちらに向かって来るのが確認できた。
「来た、戦闘準備」
女剣士は、そう言って剣を抜く。
コボルドは非常に好戦的で、人を見かけたら積極的に向かって来るので探すのが楽だ。ただ、群れが壊滅しかかると逃げてしまうことも多いため、たくさん稼ぐには敵を逃さないようにする工夫も重要だったりするそうだ。
「ガルルルル」
3人の目の前に、コボルド達がやってきた。
小さいコボルドが6匹。中くらいのコボルドが3匹。大きいコボルドが1匹。
「わたしが先陣を切る。2人はサポートを。はああっ」
女剣士はそういうと、コボルド達に勢いよく向かって行った。
まず、小さいコボルド、下級コボルド6匹が女剣士に向かって来る。他のコボルド達は、後ろで待機しているようだ。
コボルドの集団は階級社会となっており、下級コボルド、中級コボルド、上級コボルド、が一緒に行動している。冒険者に対しては、まず下っ端である下級コボルドのみを向かわせる。下級コボルドがやられたら次は中級。その次は上級、という風な具合である。ゴブリンとは違い、一斉にかかってくるわけではないので、集団としての脅威はそこまで高くない。
「せやっ」
女剣士は、下級コボルドAに勢いよく切りかかった。その一撃で下級コボルドAは絶命したようだ。しかし、他の下級コボルドのうち4匹が同時に女剣士に噛み付いている。
「ぐる、ぐうぅ」
下級コボルドの身長は、女剣士の膝より少し上くらいだろうか。勢いよく噛み付いても、女剣士の下半身の鎧に阻まれてダメージがほとんど通ってないようだ。
「これならいける。せや、せいやっ」
女剣士は次々に周りの下級コボルド達を切り払っていく。
「ようし、うちも。ええいっ」
女僧侶もスタッフで下級コボルドFを殴打する。ちょうど頭部に当たったようで、ぎゃっ、と悲鳴をあげてコボルドFは舌を出したまま倒れる。女僧侶の一撃でも、当たりどころが良ければ下級コボルドは一撃で倒せるようだ。
気がついたら、あっという間に下級コボルド6匹を倒していた。女剣士が攻撃を受けてくれるのでありがたい。
「グルルルル」
今度は中級コボルド、の声真似をした遊び人が、なぜか真顔で普通に二足歩行で女僧侶の方に歩いて来る。無駄に声真似のクオリティが高いので、女僧侶は思わず警戒してしまいそうになる。
「せい、せえい、くっ」
気が付くと、もう女剣士は中級コボルド3匹と戦いを始めている。3体1はまずい。早く加勢に行かないと。
……ここで女僧侶は違和感に気付いた。倒れている下級コボルトの体をよく見ると、「大吉」「中吉」などと、墨のようなもので書かれている。
女僧侶が、遊び人の方をふっとみると、その目線に気づいた遊び人はやはり照れた表情をしていた。なぜか嬉しそうだ。
倒した全ての下級コボルドに文字が書かれている。いつの間に?
声真似していたときには、全て終わっていたというのだろうか。
なぜ……。なぜ、そんなに能力が高いのに……。
なぜその高い能力を……。なぜ……。
「敵を倒すために使わないんだああああぁぁぁ!」
女僧侶は、女剣士の相手に夢中になっている中級コボルドAに向かって走って行き、そう叫びながら渾身の力でスタッフで殴りかかった。
頭部への会心の一撃となったようで、中級コボルドAがそのまま倒れ込む。そこへ「ああああぁぁ!」と女僧侶が叫びながら、スタッフでドスドスっと、さらに追撃を加える。
「グルルルル」他の中級コボルドが女僧侶の方へ向かってこようとしたのを見て、女僧侶は「はっ」と冷静になり、サッと女剣士の背後に回る。これで中級コボルド達と2体2の体制になった。
「くっ……うちは何を……」
女僧侶は、今までため込んでいた気持ちを押さえ込めなくなっている自分に気付いた。職業批判はあれほどやめようと思っていたのに。
「すごいな女僧侶、今の一撃は。助かったよ。しかし、さっきは何て……」
女剣士は少し驚きながら言った。
「う、ううん、気にしないで、なんでもないの。前衛は変わらず任せるわよ」
女僧侶はそう言いながら、必死に平静を保とうとした。
「ガルルル」「せい、せいや」女剣士は、変わらず前衛に立って中級コボルドを抑えてくれている。しかし、反撃はしているものの、2体を相手にしているせいか、思い切って攻められず決め手には欠けてようだ。
「よし、ここはうちが不意打ちで……」
女僧侶は、また女剣士の相手に夢中になっているコボルドへの不意打ちの機会を伺おうとした時、またふっと気づいてしまった。
先ほど倒した中級コボルドに「小吉」と書いてある。
……いや、よく見ると。もっととんでもないことが……。
女僧侶が遊び人の方を見ると、また照れたような表情でこちらを見返してくる。あの表情は、何かをやった後の顔だ。
「ガルルル」「せやっ」まさに今現在、女剣士と戦っている最中の中級コボルド。その2匹の背中にも「小吉」と書いてあるのだ。
素早く動いているコボルドに、頑張って書いたのだろうか。遊び人の装備では、近づくだけでもかなり危険が伴うのに。倒れているコボルドの字よりはかなり乱雑に書かれてはいるが……。
素早く動くものに対して、文字を書く技術というのは聞いたことがある。しかし、こんなに危険な状況で、このクオリティで……。
くっ……。
なんで……なんで……低級コボルドが大吉ばかりで、中級コボルドがみんな小吉なの?
なぜ……。その溢れる才能をこんな形で……。
「うあああああああぁあぁあぁ!」
女僧侶は再び叫びながら、中級コボルドBに殴りかかる。不意打ちに近い形で横腹に打撃が入ったが、今度は会心の一撃とはならなかったようで、「ガルルルル」と中級コボルドBは女僧侶は反撃。女僧侶の右腕に噛みつき、離さない。
「あああああああぁあぁあ! 」女僧侶はスタッフを手放し、噛みつかれた状態のまま中級コボルドBを持ち上げ、地面に頭を叩きつける。女僧侶は一応、格闘術の覚えもあるのだ。
「ぐる……ぐぅ」頭を打って右腕から中級コボルドBの口が離れると「ああああっ! 」と女僧侶はコボルトBを押さえつけながら、素手のまま頭に殴りかかる。「ギャッ」とコボルドBは悲鳴をあげ逃げようとするが、女僧侶は力強く押さえつけ、ドスドスと殴り続ける。
コボルドBがぐったりして動かなくなった頃、女僧侶は自分の拳が壊れていることに気づいた。完全に折れているようだ。不思議と痛みはそこまで感じなかった。これがアドレナリンというものだろうか。噛みつかれたことや、コボルドの返り血もあって、女僧侶の右腕は血まみれである。
女僧侶は、護身のために格闘術を習っていただけで、小柄な自分はとてもモンスターなど素手で相手できるとは思っていなかったし、真っ向からモンスターと対峙する勇気もない。そう自分では思っていたが、意外と格闘術もいけるのかも? と新たな才能に目覚めそうになっていた。
女僧侶が女剣士の方を見ると、すでに最後の中級コボルドを倒していた。
群れが壊滅し、「ギャッ」と声を上げ、逃げようとする上級コボルドを「まてっ」と女剣士は追いかけていく。女僧侶も追いかけようとしたが、「うっ」と急激に右腕の激痛に顔を歪める。アドレナリンが切れてきたのだろうか。
「女僧侶は、回復してて、ここはわたしが」
女剣士はそう言って、上級コボルドと一緒この場を去っていく。
「ぐっ、回復魔法……使わないと」
女僧侶は精神を統一させた。魔法には精神統一が必要な為、傷ついた自分の回復、というのは重症になるほど難しいのだ。しかし、敵の攻撃を捌きながらの詠唱を得意とするほど精神統一には自信があった女僧侶は、この程度ならそこまで難はなかった。
「ふぅ」
右腕が元に戻ると、女僧侶はほっと息を撫で下ろす。回復魔法を2回ほど使い、ようやく右腕が完全に元に戻ったのだ。
いつの間にか、女剣士も戻ってきていた。上級コボルドが近くに倒れている。倒したコボルドをここまで引きずってきたのだろう。
「実はさ、逃げそうになった時点で、上級コボルドに短刀を投げたら脚に偶然当たってさ。ラッキーだったかな」
女剣士はそう言いながら、上級コボルドの足に刺さっている短刀を引き抜いた。
逃げる相手を倒すことは、向かって来る敵を倒すよりは楽だったりするのだ。コボルドは素早いため、つい逃してしまいがちだが、スピードが落ちた状態なら話は別だ。
女僧侶が倒れている上級コボルドを見ると、大きく「大当たり」と書いてあった。
くっ。なんで……なんでなの?
大吉、中吉、小吉ときたら普通次は……。
せめて統一させなさいよ……。
女僧侶は心の中にモヤモヤとしたものを抱えていたが、今度は遊び人の方を見なかった。
平常心……平常心……。
そうだ。うちは精神統一が得意なんだ。このくらい……。
「オークの相手はまだ早かったけどさ。強くなったよね、私たち。」
そう言いながら女剣士はコボルド達の首輪を外していく。
コボルドには皆首輪が付いていて、それが売れるのだ。下級コボルドのものは大した値段では売れないが、中級、上級と上がるほど、質の良い首輪を付けている為、高めの金額で売れる。最後に上級コボルドを逃すと、そこそこの損失なのだ。
「わたしも少しだけど短刀を使えるようになったしさ。女僧侶なんて、意外と前衛もいけるかもね。さっきはすごかったよ」女剣士はそう言って女僧侶を見る。
「あ、いや、あれは勢いで……でも、女剣士と一緒なら、いける……のかな」
女僧侶は少し照れながら返事をする。
「それに遊び人もさ」
女剣士は遊び人の方を見た。
「ガルルルル」
遊び人は、もう戦闘が終わったにも関わらず、コボルドの声真似で返事をする。コボルドの声真似が気に入っているようだ。
女僧侶は、ピクッと眉を動かせた。
え、え? 遊び人のことも褒めるの?
女剣士は遊び人のことをどう褒めるのだろうか。
気になって仕方がない。
「むっ、向こうにまたコボルドの群れが。こっちに向かって来る」
女剣士はすかさず声を上げた。
さすが女剣士だ。戦いが終わった後でもちゃんと周りを警戒している。
女僧侶はそう思うとともに、話が中断されたことが残念で仕方ないと思った。
「2人とも、まだいけるよね」
女剣士はそう言って剣を抜いた。
「……うん」
女僧侶は気合を入れて、スタッフを素振りした。
「はい、もちろんです」
遊び人は、右手に筆を構え、左手にロウロク構える。今度はどんな趣向だろうか。