7話 オークが予想以上に強かった件(女僧侶視点)
「くっ……」
二重跳びでつまづいた遊び人は、頭に装備しているロウソクに火をつけ始めた。
「お、とと……」
かなり手際良く燃えているロウソクを頭に装備した遊び人は、ロウソクが落ちないように気をつけながら、今度は男たちに背中を向けて、後二重跳びを始めた。
「い、いい加減に降伏して下さい、こっちだって戦いたくはないんです。」
遊び人は、後二重跳びをしながら、なぜか焦った様子でそう叫ぶ。
「……」
男たちは、渋い顔をしている。強情になって降伏しないというより、意味が分からず呆然としている状態に近い。
「う……」
女僧侶は遊び人と目が合ってしまった。自分も男たちと同じ反応をしているかもしれない、と思った。うちは引いちゃだめだ、遊び人は大事な仲間なんだから。
女僧侶が再び遊び人を見ると、遊び人はなぜか照れた表情をしている。
女僧侶は思った。
遊び人、レベル上がるの早くない? ダイスを転がしていただけの頃が懐かしいと思える。
うちと女剣士は、冒険者を初めて半年そこらで、ようやく駆け出しを脱しつつあるかもしれない、ってほどなのに。遊び人は、冒険者を初めてまだ間もないのに、成長が凄まじい。
この遊び人は、遊び人としての素質がものすごくあるのではないか。いわゆる天才? そう思うとともに、このままレベルが上がり続けたらどうなるのだろうか、という不安に駆られる。
「くっ」
遊び人は後二重跳びでつまずくと、なぜか悔しそうにしている。
「……仕方ないですね」
遊び人は、そう言いながら、頭にパンティと燃えているロウソクを装備したまま、服を脱ぎ始めた。
女剣士は、剣を構えたまま困惑した表情を浮かべている。流石の女剣士も戸惑っているようだ。
女僧侶は、そこからもう遊び人が見ていられず、うつむいてしまった。
「うちは……仲間に対して気持ち悪いとか思ったり……しない」
女僧侶はそう小さく呟いた。
どれくらい経っただろうか。ほんの少しの時間のようで、とても長い時間のようで。女僧侶は再度ふっと遊び人の方を見た。下着姿の遊び人が、頭にもロウソク付きパンティを装備している姿を客観視してしまった。なぜか背中に大きく「平和」と書いてある。どうやって書いたのだろうか。
「くっ……」
女僧侶は、再び目を逸らした。
「遊び人は大事な仲間、遊び人は大事な仲間、遊び人は大事な仲間……」
そこから先、女僧侶はずっと小声でそう呟き続けた。
ーー
「報酬の6シルバーになります、お受け取りください」
受付のお姉さんがそう言って報酬を渡してくれた。女剣士はすぐに2シルバーずつ配ってくれる。
結局あの後、犯人は特に抵抗することもなく投降し、あっさりと任務が完了したのだった。
緊急性の高いクエストだからか、必要な労力に対して報酬はかなり弾んでいる。全く危険を伴わずにそこそこの収入が得られたのだ。
「ふぅ……」
女僧侶はため息をついた。いい報酬をもらったのに気分が重い。
あまり気持ちのいい任務ではなかったこともあるが、それよりも……。
「今までのスケルトン退治とはさ、比べないようにしよう。あれは本当に幸運だっただけで、これからは気持ちを切り替えて着実にいこう」
女剣士が、女僧侶の気持ちを見透かしたように言った。
そう、女僧侶はスケルトン退治のあのギャンブル性、冒険に行く前、今日はどれだけ稼げるだろうか、というワクワク感が癖になっていた。たくさん稼げた時のことを頭に思い浮かべて精を出す日々に、なんとも言えない高揚感を感じていたのだ。
「そ、そうだよね。切り替えないと……」
女僧侶は素直に反省して切り替えようと思った。運だけで実力に見合わない報酬を貰い続ける日々なんて、続くわけがない。高い報酬を安定して得たいならば、きちんと実力を付けないと。
「ただ……さ。うちらも、実力はついてきたと思う。装備も新調したし、次はもう少しランクの高いクエストに挑戦してみてもいいかもしれない」
女剣士がそう言うと、女僧侶と遊び人は無言でうなずいた。
ーー
翌日。
「もうすぐ……だな。気を引き締めて行こう」
女剣士は緊張した面持ちでそう言った。
本日のクエストはオーク退治だ。
オークというのは、人間よりも体が大きく、筋力も人間の平均を遥かに上回っているモンスターだ。凶暴に見えて、知能もそれなりに高く、オークが集団で軍隊を編成することもあるくらいで、仲間と徒党を組んで戦うこともある。なおかつ勇敢で、命を惜しまず向かってくる、非常に手強い敵だ。今までの敵より1段階上と言っていい。
オーク退治、というのが初級者から中級者に上がるための登竜門のようになっている節があり、冒険者の間では、オークを倒して一人前の冒険者、ということを言う人もいるらしい。
今回の任務は、森に住んでいる野良オークの討伐だ。重装備をしていて、日頃訓練を重ねる軍隊を編成しているようなオークと違い、森で自由に暮らしているオーク退治はまだ難易度は低いそうだ。ただ、それでも強敵に違いはない。
目的の森近辺に着くと、3人とももかなり緊迫した様子をみせる。ここから先は、いつオークが出てきてもおかしくない。
その後、一刻ほど女剣士を先頭にして森の探索を続けたが、オークは見つからなかった。緊張感からか、全く戦闘をしてないのに、パーティー全体に疲労感が満ちていた。
「一回、森の外に出て休憩に……」
女剣士がそう言い出した途端、急に一体のオークが現れた。
「ぶるるるる」
オークは3人相手に臆することもなく正面から突進してきて、女剣士の胸あたりに頭突きをかました。女剣士は丁度気が緩んでいたこともあり、剣を構えることもできずに攻撃をくらってしまう。どかあ、という物凄い音がして、女剣士がうずくまる。
「ぐ……ううぅ……」
女剣士はうずくまったまま動けなくなってしまう。
女僧侶は改めてオークの姿を見た。
身長は、女剣士の1、5倍はあるだろうか。全身に毛が生えていて、かなりいかつい顔をしている。そして、何よりも驚くべきは、何も武器を持っていないことだった。
女剣士が装備している鎧の上から丸腰のオークが思い切り頭突きをしたのにもかかららず、女剣士のダメージはオークの頭よりも遥かに深刻だ。衝撃で骨が折れているかもしれない。
「ぐ……くそ」
気合でなんとか立ち上がろうとする女剣士に、だだだっ、と再度オークが頭突きをしようと向かっていく。
「ええい」
女僧侶は、慌てて体を動かし、スタッフでオークの頭を殴打する。それが女剣士へ向かっていくオークへ不意打ちに近い形で決まり、女僧侶としてはこれ以上ない会心の攻撃だった。
「ぶるるる」
オークは一瞬怯んだが、まるでダメージがないかのように、再度女剣士に頭突きをしようとする。
マジか。今のでその程度のダメージ?
女僧侶が困惑しているその時、いつの間にか、遊び人がオークに切迫していた。
「ええーい!」
遊び人は隙をついてオークに立ち向かい、すれ違いざまにオークに鼻メガネを装着させてみせた。
なんと鼻眼鏡は見事にオークに装着された。耳の位置や顔の形が人間とは違うのに、なんとまあ器用につけるものだ。
「ぶるるるる」
オークは少し混乱している。
鼻メガネを付けたオークが荒ぶっている姿はなんともまたシュールなものだ。
遊び人はしてやったりな顔をしている。
いや、そこまでの勇気を見せるなら、攻撃しろよ!
会心の行動炸裂ってか? アホか!
女僧侶はそう言いかけて、なんとかその言葉を飲み込んだ。命がかかっているのだ、緊迫した雰囲気は保っていたい。
女僧侶は改めて状況を見渡した。
ダメージを受けてうずくまる女剣士。
鼻メガネを付けて荒ぶっているオーク。
なぜか得意げな遊び人。
そして、困惑している自分自身。
いや、マジでさ。どうすんの、この状況。
続き、大変遅くなりました。少しずつ話追加していきます。