2話 ゴブリン相手に鼻メガネで立ち向かおうとしている件(女僧侶視点)
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翌朝。
女僧侶は宿舎の一室で目を覚ますと、すぐに後悔の気持ちで一杯になった。
「昨日は、悪かったな」
女僧侶はそう呟いた。実は昨日、あのあとさらに遊び人を問い詰めるようなことを言ってしまったのだ。
仲間を……仲間の存在自体を疑う言葉を言ってしまったのだ。
生死を共にする仲間を、否定しそうになってしまった。もし自分がされたら、と思うと申し訳ない気持ちになる。
女僧侶は、前から『遊び人』という職業のことはなんとなく知っていた。しかし、特に興味もなかったし、深く知ろうとも思わなかった。自分がなるつもりもないし、珍しい職業だから一緒に冒険することもないだろう、と。
そもそも、あの遊び人は昨日初めてモンスターと戦ったのだ。うちが初めてモンスターと戦った時のことはよく覚えている。傷だらけになった女剣士を見てやたら慌てて、回復が遅れたりもしたし、モンスターが怖くて仕方なかった覚えもある。僧侶という職業の役割をきちんと果たせていなかった。
それに比べて、昨日の遊び人はどうだったか。初めてモンスターと戦う恐怖にも負けず、武器も持たずにサイコロ振ったり歌を歌ったり。うちにはとてもそんな度胸は持てない。
遊び人という職業のことはよく分からないけれど、自分の職業としての役割を必死に担おうとしていたんじゃないか。
もしうちに女剣士のように剣を持って前衛で戦えって言われても難しいと思う。なんだかんだ、うちは後ろに控えてサポートするのが性に合っている。前に出て戦うことはあっても、ずっと矢面に立つ勇気はない。
遊び人は遊び人なりに、一生懸命頑張っていたのに、それをただ『よく分からない』というだけで、否定しようとしてしまった。『どんな職業にも貴賤はない』そんなことを、以前師匠が言ってたっけな。
彼女はそもそも、謙虚で礼儀正しくてとてもいい子に見えた。冒険者じゃなくっても友達になりたいって思えるような。
「今日会ったら、まず謝らないとなあ」
女僧侶がそう呟くと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、どうぞ」女僧侶がそういうと、がちゃりとドアが開いた。
「お……おはようございます」
申し訳なさそうに遊び人が入ってきた。
「あ、遊び人? なんでわたしがここにいるって…… 」
「女剣士さんに聞いたの。どうしても早く女僧侶さんと話したくって」
女僧侶はどきっとした。もしかして、わたしのせいで冒険が嫌になったりしてないだろうか。
「あの……ごめんなさい」遊び人はそういうと、深く頭を下げた。
「え、え? な、なんで遊び人が頭を下げるのよ」
「昨日のことなんだけど……わたし、冒険とか初めてだから、女僧侶さんにも迷惑かけたのかなって思って」
「そ、そんな迷惑なんて……」
「わたし、女僧侶さんや女剣士さんと一緒にいる時間が、とっても心地よかったから。だから、これからも一緒に冒険したいと思っているの。だから、嫌な思いをさせたことがあるなら、教えてもらおうと思って……」
遊び人は、少し涙ぐんでいた。
女僧侶は、そんな遊び人を見て胸がいっぱいになってしまっていた。
なんていい子。こんな子にわたしはなんて酷いことを言ってしまったんだろう。なんで冷たい対応をしてしまったんだろう。
「ううん、あなたはそのままでいいの。わたしもあなたと一緒にいるの、好きだから」女僧侶は言いました。
「うち、昨日はどうかしてた。本当にごめんなさい。うちだって欠点あるし、そんなのを指摘し合っても仕方ないわよね。これからも一緒に頑張りましょう」
女僧侶はそう言うと、遊び人に握手を求めた。
「嬉しい。ありがとう……ございます」
遊び人はそう言って女僧侶の手を握って、少し涙ぐみながら笑った。
「じゃあ、また後で。今日も頑張りましょう」
少し無理した様子で笑いながら、明るく言って、部屋を去る遊び人。
その姿を見て、女僧侶は思った。いい仲間に出会ったなあ、と。
ーー
冒険者ギルド
「よし、行こうか。今日も頑張ろうね」
クエストを受注すると、女剣士は他の2人にそう言った。3人で目的地へ向かい出す。
今日のクエストは、ゴブリン退治。ここから少し距離のある廃村に住み着いたゴブリンを退治するのが目的だ。ゴブリンは弱いモンスターだと思われがちだが、油断はできない。種類によっては強いゴブリンもいるし、集団で囲まれたらはっきり言って勝てないだろう。
今回は、村に住み着くゴブリンを全部退治するのではなく、なるべく集団に見つからないように、少しずつ数を減らすのが目的だ。大人数を相手にするのは難しいので、村の付近をうろついているゴブリンを個別で倒していく予定で、倒したゴブリンの数によって、報酬がもらえる。目的地へ歩く途中、女剣士がそういう説明を遊び人にしてあげていた。
一刻ほど歩くと、「一旦休憩しよう」と剣士が声をかけた。もう少し歩けば廃村の近くなのでゴブリンと遭遇する可能性がある。だからその前に休憩をとるのだそう。
女僧侶は思った。女剣士は冒険者歴は自分と対して変わらないのに、こういうリーダーシップというか冒険のプランニングというか、人の扱いとか、そういうのは抜群に上手いよな、と。自分とは違い、冒険に慣れてない遊び人に対してもずっと優しく気遣ってあげている。そういうところは素直に尊敬できるな、と。
「あの、良かったらこれ」
遊び人は、少し恥ずかしそうに、荷物から弁当箱のようなものを取り出した。丁寧に切ってあるパンに野菜やら肉やらが挟まったもので、非常に美味しいそうだ。
「これなら、ちょっとした合間にもつまめると思って」
そう言って、遊び人は自分の水筒を女剣士と女僧侶に飲ませようともしてくれる。
「うん、美味い! 何だこれ、すっごく美味しい」
女剣士は、気づいたらもう食べていて、味を絶賛していた。
女僧侶も一口食べてみると、確かになかなか美味しい。いや、かなり美味しい。パンに食材を挟んであるだけでなく、何かしらの調味料で食材やパンに合わせた味付けをしてあり、それがまた絶妙にパンや食材と絡み合っている。普段料理をしない女僧侶でも、食べる人を丁寧に気遣った工夫がされていることは伝わってくる。
今日は遊び人が昨日は持ってなかったバッグを持っていたので、遊び道具を入れてきたのかと思ったが、まさかこんな気遣いをしてくれるとは。
「すっごく美味しい、ありがとうね」
女僧侶も素直な感想を遊び人に伝えた。
「え、えへへ。わたしは、慣れてない分、こういうところで少しでも役に立てたらって思って」
そう言う遊び人は、かなり嬉しそうだ。
「よし、これでどんなモンスターにも負ける気がしないな。少し休んだら行こうか」
女剣士はこまめにそういうことを言って、皆を鼓舞してくれる。流石だ。
少し食休みをした後、3人はゴブリンが住み着いているという廃村の方向へ向かった。
しばらく歩いた後。
「……いた」
女剣士はそう言うと、少し遠くにいるゴブリンを顎で示す。
3匹、まだこちらには気づいていない。
「3匹ならいける、わたしが合図したら行くぞ」
剣士はそう言うと、剣の柄に手をやる。
女僧侶はスタッフをぎゅっと握りしめる。
遊び人も、バッグから鼻メガネを出し、緊張した様子を見せる。
次話。3日以内に投稿します