14話 女剣士が殻を破って成長した件(女僧侶視点)
ーー
翌日。
「ギャギャッ」「ゲギャギャ」
ゴブリン2匹がこちらに気づいたようだ。
「よ、よし、行くぞ」
女剣士は緊張した面持ちで、剣を構える。
女剣士の腰の袋の口から、袋に入りきらない鼻メガネの縁や、何かカラフルなものが若干はみ出ているが、女僧侶はずっと気付かないふりをしている。
本日、待ち合わせ場所に現れた女剣士は、普通に剣士の格好をしていた。
それを見た女僧侶はホッとした。どうやら女剣士は、完全に遊び人として転職したわけではなく、剣士をしながら遊び人を学ぶ、ということらしい。
剣術の使える魔法使い、もしくは魔法の使える剣士は、『魔法剣士』と呼ばれるらしい。高位の魔法剣士になると、剣に炎をまとって攻撃したりできるのだとか。
ならば、剣士をしながら遊び人をする人は『遊び剣士』とでも呼ぶのだろうか。高位の遊び剣士になると、敵を斬るたびに一発芸でもかますのだろうか。
もしうちが遊び人をしたら『遊び僧侶』とか呼ぶのだろうか。それは倫理的にどうなのだろうか。
女僧侶は狩場に着くまで、そんなことをもんもんと考えていた。
これだけ実力が上がったにも関わらず、なぜ今日はゴブリン狩りをするのかというと『危ないから』だそうだ。パーティーの主力たる女剣士が、慣れないことを始めるから、まずは難易度の低い冒険でチャレンジしたいのだそう。
女僧侶には、昨日は稼げなかった分今日は稼ぎたい、という気持ちがあった。しかし、いつも自分たちのことばかり考えてくれている女剣士の要望だからと思い、その要求を快諾したのだ。
「はあああぁっ」「ゲギャッ」
女剣士は、ゴブリンAの首をかき切った。一撃だった。
当然だ、普通のゴブリンなんて今の女剣士の敵じゃない。
「ゲ、ゲゲッ」
ゴブリンBは、それを見て戸惑いながら、女剣士の方に向かって構える。
「よ、よし」
女剣士は、鼻メガネを袋から出し、左手に剣、右手に鼻メガネ、という体制になり何かを狙っている様子を見せた。
「ちがいます! やめて下さい」
遊び人が、大声をあげた。
真面目な様子で声を張りあげる遊び人など、女僧侶は初めて見た。
それを見て、ビクついて女剣士の動きが止まる。
「女剣士さん、今、何をしようとしました? 私、昨日言いましたよね」
遊び人は、女剣士に大きな声で言った。もちろん、真面目な顔で。
「い、いや、今は、その……」
女剣士は、鼻メガネを持ったまま、おどおどしている。
「女剣士さん。今、私の真似をして、ゴブリンに鼻メガネをかけようとしましたよね。昨日あれだけ言ったじゃないですか、『自分の感性を大事に』って」
遊び人は言った。
「私は……やっぱり、遊び人の鼻メガネ芸が面白いと思ったから、だから……」
女剣士は、自信なさげにそう言った。
「……分かりました。女剣士さんは、縛られているんですね。私の遊び人としての有り様に縛られているんです。私の遊び方を見本にし、それをなぞることに必死で、自由な発想を失っています」
遊び人は続けた。
「う……」
女剣士は、核心をつかれたような顔をした。
「いいですか。遊び人は、もっとも自由で、もっとも楽しく、を目指すんです。女剣士さんが本当にしたいことは何ですか? 本当に面白いと思うことは何ですか? たとえ人からどう思われようと、つまらないと思われようと、『女剣士さんが何をしたいか』が大事なんです」
「もっとも自由で……楽しく……私が何をしたいか……」
女剣士は、真剣な様子で少し考え込むと、鼻メガネを袋にしまい、袋をごそごそと探り始めた。
「そうです、鼻メガネはもっと自由自在なんです。むしろあなたは、鼻メガネにすら縛られる必要がない。さあ、見せて下さい、女剣士さん。あなた自身を」
遊び人は言った。
「ゲ、ゲギャ」
ゴブリンBは、異様な雰囲気を感じ取ってか、戸惑っている。
「……行き……ます」
女剣士は覚悟を決めた様子で、何かを構え始めた。
「うおおおおおお」
女剣士はゴブリンの方に走り出し、あろうことか、ゴブリンの手前で鎧を着たまま「はいいいっ」と逆立ちをした。
「はい、パッパラパー」
女剣士は逆立ちしたまま、股を開き、股の間からカラフルな花を咲かせた。
鎧の股の部分に穴が空いている。昨日頑張って細工をしたのだろうか。
「ゲ、ゲギャッ」
女剣士を見て戸惑っているゴブリンBの背後から、女僧侶が組み付く。
「はあああああ」
女僧侶の、裏投げ、改。
ほぼ不意打ちで、ゴブリンBを背後に投げ落とし、頭から地面へ落とした。裏投げは本来背中から落とす技だが、頭から地面に落ちるよう、女僧侶が改良したのだ。
ゴブリンBの頭蓋がぐしゃっと潰れ、戦闘が終了する。
女僧侶は、技がキレイに決まった快感に浸っている間、ぱちぱちと拍手をする音が聞こえた。
それが自分に向けてのものではないことは、女僧侶は知っていた。
「よく……できましたね。見せてもらいましたよ、あなた自身を」
遊び人は、やや涙ぐみながら女剣士に向かって手を叩いている。
「私……できた。遊び人、私……できました。うわああああ」
女剣士は泣きながら、遊び人に抱きついた。
「よく……頑張りました。今の気持ちを大事にして下さいね」
遊び人はそういうと、よしよし、と女剣士の頭を撫でる。
「……」
女僧侶は、ただ呆然としていた。
遊び人の師弟関係が、こんなに熱血だとは思わなかった。。
泣きながら抱き合う二人を見る女僧侶の心を、どうしようもない疎外感が駆けめぐっていた。
次話、最終回です