12話 遊び人が悟りを開いてしまった気がした件(女剣士目線)
「さあ、次の敵を倒しましょうか。行きますよ。」
遊び人は、礼儀正しい振る舞いで、そう言った。
なぜか、魔法使いのようなローブを着て、杖を持っている。
「ねえ、遊び人、その格好は……」
「よし、いきますよ、探索魔法!」
女僧侶が言葉を言い終えるより先に、遊び人が何か呪文を唱え始める。女僧侶は頼もしそうにそれを見ている。
「いました。10時の方角です。おそらくオーク……でしょうか。5匹います」
遊び人がそう言って特定の方向を指で示す。
「さすがだね、行こう」
女僧侶が遊び人の方をぽんっと叩くと、2人はそちらの方向へどんどん歩いていく。
「え……え?」
女剣士だけが、状況をよく飲み込めてなかった。
女剣士が慌てて2人について行くと、先行した2人は大きな木の影に隠れていた。
「ね、ねえ、これは一体……」
女剣士が呟くが、女僧侶に「しいっ」と口の前に人差し指を当て、たしなめられる。
よく見ると、目の前にオークの集団がいる。こちらにはまだ気付いていない。
「いきます、上級風魔法!」
遊び人がその呪文放つと、目の前のオークたちに向かって竜巻が襲いかかる。
「ぶっぶるるっ」「ぐ……ぶるるるる」
オークたちは、それぞれ奇声をあげながら、大空高く舞い上がっていく。
「ふぅ……こんなもんでしょうか」
遊び人が呪文をかけ終わると、上空からどさどさとオークたちが降ってくる。
「は……え?」
女剣士は、その光景をただただ眺めていた。
オークたちはもう動かない。
「さっすが、また一人で決めちゃったね」
女僧侶は嬉しそうに遊び人を労っている。
「いえ……これも皆さんのおかげですから」
遊び人はあくまで謙虚に振る舞っている。
遊び人と女僧侶が、オークを討伐した証としての耳をちぎっている間も、女剣士は呆然としていた。
「よし、じゃあ次、いきましょうか」
作業が終わり、遊び人が再度呪文を唱えようとした時、慌てるように女剣士が言った。
「ちょ……ちょっと待って。ねえ、遊び人、その……鼻メガネとかは、どうしたのかなぁ……なんて」
その言葉を聞くと、女僧侶が「ふふっ」と軽く笑っている。思い出し笑いでもしているようだ。
「ああ、懐かしいね。そういう時期もあったよね。戦闘中に遊び出したりしてさぁ」
女僧侶がそう言うと、遊び人も続けて言った。
「お恥ずかしい……です。そんなことをしていたこともありましたね」
「女剣士が、オークに不意打ちをくらって気絶してからだよね。変わったのは」
女僧侶は懐かしそうにそう言った。
「そう……ですね。あの時、遊んでばかりではダメだと思ったんです。わたしも変わらないとなあ、って。前衛として命をかけている女剣士さんを危険に晒してまで遊んでいる自分ってどうなのかって、あの時思って……」
遊び人も懐かしそうにそう語る。
「すっごい頑張ってたよね、あの後は。猛勉強に猛特訓の毎日を送ってさ。それで世界に数人しかいないって言われている賢者として認めてもらえるようになるなんて、本当にすごいよね」
女僧侶が言った。
「え……は?」
女剣士は思考が追いつかなかった。
え……遊び人の職業は、もう遊び人じゃ……ない?
「これも、お二人のおかげです。戦闘中、遊ぶことを止められたり怒られたりしていたら、絶対そうしようって思えなかったと思います。そういうわたしを許してくれていたからこそ、そんな二人のためにも頑張らないとって思って、ここまで頑張れたのかと……」
遊び人がそう言うと、女僧侶は「えへへ」とやや照れている。
「回復魔法も覚えられちゃったから、うちの出番も減ったよね。まあ、そのぶん格闘術に専念できて、悪くはないけどもさ。これで、パーティーとしてのレベルが相当上がったよね」
女僧侶はやや嬉しそうにしている。
「う……嘘だ」
女剣士は絶望感に苛まれていた。
わたしの憧れた遊び人が……もういない……だって?
あの鼻メガネ芸も……命をかけた高度なおふざけも……もう見れない?
嘘……嘘だ……。
女剣士は、遊び人が高度な魔法を使えるようになったことの喜びより、遊び人の遊び人たる姿を見れないという悲しみで頭がいっぱいになっていた。
「女剣士、何か変だよ。さっき頭打ったので、ちょっとまだ混乱しちゃったかな。記憶が混同して、昔のことでも思い出してる?」
女僧侶はそう言って、女剣士を心配している。
「嘘だ……嘘だあああああ」
女剣士は叫び出した。
女剣士は思っていた。
パーティーとして成長して、徐々に強い敵を倒せるようになっていく成長感。より稼げるようになっていく感覚。報酬に一喜一憂する日々。そういったものも……楽しかったけども。
そんなことよりも、遊び人のいつもの様子を見ることは、そんなものを遥かに超越した喜びだった。
パーティーとして成長するために頑張るとか、そんなのはわたしにとって、もはやただの『手段』でしかなかった。みんなで一緒にいるための『手段』。
女僧侶と、そしていつもの遊び人と一緒に冒険する空間が、何より好きだったのだ。
魔法が使える? より強いモンスターが倒せる?
そんなもの、どうでもいい。
あの……わたしの憧れた遊び人を……返してくれ。
鼻メガネ……私の大好きだった鼻メガネは……。
「あああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”」
女剣士は叫び続けた。そこがモンスターの生息する森林だということも、いつもの冷静なキャラを保つことも忘れて。目に涙が溜まって、目からこぼれ落ちないようにすることで精一杯だった。
ーー
「だ、大丈夫ですか、女剣士さん」
遊び人は、びっくりして言った。
女剣士は、地面に仰向けに寝ている自分に気づいた。
目を覚ますと、女僧侶と遊び人が自分の顔を覗き込んでいる。
「いきなり奇声をあげたりして、……だ、大丈夫?」
女僧侶は本当に心配そうな様子を見せている。
「あれ……私……」
女剣士は混乱していた。目には涙が溜まっている。
ふと辺りを見渡すと、オークが1匹倒れている。
「オークは、うちが投げ倒したから大丈夫。あのオークは武器持ってなかったからさ。1対1でも、武器持ってなかったらいけるのかも。あ、女剣士、頭打ってたけど大丈夫? 一応、回復魔法かけたから平気だとは思うけど……」
女僧侶は言った。
1対1……。
遊び人を数に入れてなかったことは気になったが、それよりも……。
かつん、と女剣士の指に何か当たった。
目に溜まった涙を指で拭こうとしたら、指と目の間に何かが突っかかったのだ。
「こ、これは……鼻……メガネ?」
女剣士は自分にかけられたそれを顔から外して手に取った。
「ああ、いやそれは……うちは外してって言ったんだけど……。気絶してなかなか起きないからって、遊び人が……」
女僧侶は遊び人に冷たい視線を向ける。
「鼻……メガネ……」
女剣士は、ただ鼻メガネを見ていた。
気絶してた?
……夢を見ていたのか。私は。
私がいなくってもオークに勝てるようになったのは嬉しい。すごい成長だ。
しかし、それより……。
「鼻メガネ……鼻……メガネ」
目の前に鼻メガネがある、ということが、あの悪夢が現実ではないということの象徴であるかのように感じ、女剣士の心はとてつもない安堵感に埋め尽くされた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”、鼻メガネえええええええ!」
女剣士は、今まで仲間に見せたこともないような大声をあげ、涙を流し始めた。
「ちょ……女剣士……、どうしたの、まだ、混乱してる?」
女僧侶は見たことない女剣士の姿にあわてて心配している。
「ご、ごめんなさい、女剣士さん。私も調子に乗って、鼻メガネなんかつけてしまって……」
遊び人も、女剣士の姿に慌てて謝り出す。
「違うの、遊び人。鼻メガネが、嬉しくって……あ”あ”あ”あ”うううう」
女剣士は、仲間の視線も気にせずに叫び始めた。
いつも周囲の目を気にして気を遣っている女剣士が、仲間に自分をここまでさらけ出したのはこれが初めてかもしれない。
遊び人は、少しだけ戸惑った後、落ち着いた様子を見せ始めた。
「そう……ですか。鼻メガネは、あなたの味方です。安心して下さい」
なぜか全てを悟ったように、優しい笑顔を見せて女剣士に微笑みかける遊び人。
その顔には、鼻メガネが上下逆さにかけられている。
「ぶ、ぶはっ。あっははあははは」
女剣士は、それを見て涙と鼻水を流しながら声を上げて爆笑する。
いつもは必死に笑いを抑えているが、今回は抑えられなかった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった女剣士を、そっと遊び人は抱きしめる。
「ぶはははっ、うわあああ、遊び人んん」
女剣士は、笑い泣きしながら、遊び人の胸に顔を預ける。
「女剣士さん……いいんです、いいんですよ。今だけは……鼻メガネの優しさに包まれてください」
遊び人はそう言うと、女剣士を一旦自分の元から引き離す。
女剣士の顔を上に向けた時には、遊び人渾身の顔芸が待っていた。
そこには、上手に鼻メガネを5個も付けられた遊び人の顔があったのだ。
「ぶっふふふ」
女剣士はたまらず笑い出す。
そして、下の方を見ると、遊び人のお腹の服がめくれているのに気づいた。よく見ると、お腹に顔が書いてあり、そのお腹の顔にも大きめの鼻メガネが付けられていのだ。そして、その状態で腹踊りをしている。ごく短い間に準備をし、全ての鼻メガネを落とさないように踊っている姿には、職人技を感じる。
「ぶっはははあは、あっはははははは、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”、鼻メガネえええ、遊び人んん、好きいいいいい」
女剣士は、これまで誰にも見せたことのないような笑い声と泣き声をあげながら、まだ踊っている最中の遊び人に抱きついた。
「鼻メガネも、私も、女剣士さんのことが好きですよ。大好きです」
遊び人は優しい声でそう言うと、女剣士を再び優しく抱きしめた。
「うううぅうぅぅ、遊び人んん」
それを受けて、泣き出す女剣士。
笑いと、喜びと、優しさと、涙にあふれるこの場で、ピクリとも笑わず、一滴たりとも涙を見せいない仲間が、この状況を眺めていた。
「……なに、これ」
女僧侶は困惑した様子で、ただただ茫然と立ち尽くしていた。
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