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11話 冒険や戦闘が楽しくて仕方がない件(女剣士目線)

「グルルルル」

 イラついた様子のオークを前に、女剣士は緊張していた。


「ふぅ……」剣を構えたままで、女剣士は軽く深呼吸をし、体の震えを必死に抑えようとしていた。


 ダメだ、抑えなければ……落ち着け、私。

 冷静に状況を見なければ。


 女剣士は、あらためて周りを見渡した。

 

 オークの槍の先っぽには、鼻メガネが4つ。

 オークの顔にも鼻メガネは装着されている。

 イラついているオークは、「グルルル」と遊び人を睨みつけるが、遊び人は一生懸命笑いを堪えているような顔をしながら、私や女僧侶をチラチラ見てくる。


 ダメだ。戦いの最中にあの嬉しそうな遊び人の顔は直視できない。

 きっと、顔がニヤけてしまうから。


「くっ」

 楽しそうな遊び人を横目で見て、女剣士は幸福感に震え、内から込み上げる笑いを必死に押し殺していた。落ち着かないと、多幸感から、冷静に状況が見えなくなってしまう。


 

 戦いの最中の遊び人は、なんでああも輝いて見えるのだろうか。



『本当にオークを倒せるのだろうか。わたしの判断は間違ってなかっただろうか』

『戦闘開始時の配置はこれでよかっただろうか。失敗したらみんなは恨んだりするだろうか』


 『自由で楽しく』を求めているにも関わらず、そんな小さな心配ばかりしながら、常に周りに気を配って、神経を張り詰めて冒険している女剣士にとって、遊び人はまさにヒーローだった。



 女剣士は思った。自分自身が攻撃され、命が危ういのにも関わらず、戦闘に関係ない部分でふざけて楽しんでいる遊び人。ちょっとミスをしただけで『自分がどう思われるか』心配で、何も楽しめなくなる自分とは正反対だ。人間としての器が違い過ぎる。


 「があああぅ」オークは槍を大きく振るい、先っぽについている鼻メガネを遊び人の方へ飛ばした。


 「ええええぃ!」遊び人は、飛び交う鼻メガネを1つ1つ、顔面でキャッチ。手を使わず、4つの鼻メガネを顔面に装着してみせた。


 女剣士は、またもや体の震えを抑えることで必死にならざるを得なかった。目から、鼻から、全身の穴から感激の液体がほんの少しずつ出るのを感じた。


 こんなに緊迫した命のかかった場面なのに、面白くて、おかしくって、幸せでたまらない。

 女剣士は、必死でいつもの表情を留めながら、思った。

 

 わたしはきっと、この瞬間を味わうために生まれてきたんだ。

 主よ、遊び人と出会えた奇跡に感謝します。


 女剣士の遊び人に対する感情は、今までの冒険で積もりに積もって、もはや崇拝に近かった。


 4つの鼻メガネをかけたまま、独特の踊りを見せる遊び人に「がああう」とオークは突進する。


 女剣士は、慌てなかった。なぜなら、遊び人ばかり気にしているオークにこっそりと近づく女僧侶の姿が見えたからだ。


 女僧侶は、気付かれずにオークの斜め後ろから近づき、真横から思いっきり足を伸ばして飛びついた。「はああああ!」女僧侶のカニ挟み。

 「ぐるぅ」女僧侶の渾身の投げ技は見事に決まった。転がったオークに刺さったナイフを女僧侶は抜き取り、すかさず首筋へ「えええい」と刺す。


 それが必殺の一撃となり、オークは絶命した。


「っし、やれる」

 女僧侶は小さくガッツポーズをしていた。


 確かに、前衛であるわたしがほとんど何もしなくても、武器も防具も揃っている状態のオークをあっけなく倒してしまった。この成長感はとても嬉しい。


「わたしたち、やっぱりかなり成長してる。これならオーク狩りで稼げそうだね。女僧侶、よくやったね」

 女剣士は、いつもの調子でそう言って女僧侶をねぎらった。


「うん、ありがと」

 女僧侶は嬉しそうにしている。


 本当は、遊び人にも何か声をかけたい。『生まれてきてくれてありがとうございます』とか言いたい。しかし、重い女だと思われるだろうか。やはり、いつものように淡々としたコミュニケーションがいいのだろうか。もう、一緒にいられるだけで感謝するべきだろうか。


 女剣士がそんな細かいことを考えていると、ふと新しい事実に気づいた。


 仰向けに倒れているオークの胸当てに、墨で乳首が描かれているのだ。


「な……な……」女剣士は驚いていた。

 遊び人の早技はいつものことながら、こんな細かいところにまで遊びを入れるなんて……。もしかしたら誰にも気付かれずにスルーされるかもしれないのに……。こんなに細かいところまで余さず、冒険を自由に楽しんでいる冒険者が、他にいるだろうか。 



 女僧侶は胸当ての落書きに気付き、まるで道端の野糞でも見るかのような冷たい視線を遊び人に向ける。

 それを受けた遊び人は、なぜか嬉しそうに照れた表情をしている。気付いてもらえたことが嬉しかったのだろうか。


 さすが女僧侶だ。わたしは感激の眼差しを抑えるだけで精一杯なのに、あそこまで感情を抑えることができるなんて。


 わたしも冷静にならなくては。


「オーク1匹なら、余裕で行けるね。次からは、2匹以上でも積極的に戦ってみようか」

 女剣士は皆にそう声をかけ、次の標的を探すために歩き始めた。

 女僧侶と遊び人も、それに続いた。


「ええと、オークがいそうな場所は……」

 女剣士はそんなことをつぶやきながら歩いているが、頭の中は遊び人のことでいっぱいだった。


「ぶるるるるっ」

「危ない、女剣士!」

 だから、この女僧侶のとっさの声かけがなければ、近づいてくるオークの突進にも気づかなかっただろう。


 女僧侶の声かけに反応し、かろうじて防御体制を取った女剣士だったが、オークの突進をまともに受けてしまい、近くの木に打ち付けられてしまう。


「うっ……」

 女剣士は、頭を強くぶつけ、どさっと倒れてしまう。


「……ねえ、……え、……なけんし…」

 女僧侶が何か叫んでいるが、女剣士の耳には入らなかった。


次話、すぐに投稿します

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