10.5話 遊び人にひっそりと憧れる冒険者がいる件(女剣士視点)
今回は、オークとの再戦に向かう前夜のお話です。
ーー
「ふぅ……明日はいよいよオークと再戦か……」
女剣士は自室で一息つくと、くるりと部屋を見渡し、誰もいないことを確認する。
「ぶはっ、ダメだ、もう我慢の限界。なによフォーエバーファニーって」
女剣士は、いつもの凛々しい表情が嘘のように、ゲラゲラと笑い始めた。
「遊び人、面白すぎ、お腹が、お腹がもう……」
女剣士は今までの冒険での遊び人の様子を思い出し、笑い転げていた。
「ふぅ……ふぅ……」
しばらく笑った女剣士は、一度冷静に深呼吸をする。
ダメだ、そろそろ我慢の限界だ。冒険中、腹筋が持たなくなったらどうしよう。
遊び人のやることなすこと、全てツボに入って仕方ない。
なぜ女僧侶は平気なのだろうか。
まあ、冒険中に笑い転げるわけにはいかないからな。きっとわたしのように必死で我慢しているのだろう。あの鼻メガネは何度見ても面白いからな。
「ふぅ……難儀なものだな」
女剣士は一息つくと、自分の過去について思い出していた。
わたしは、剣術道場の娘として生まれた。
日々ずっと剣術の鍛錬ばかりしてきた、というわけではない。
門下生はそこそこいたので、父には剣術はやってもやらなくてもいい、と言われていた。
しかしわたしは周りに流されるように門下生たちと剣術の鍛錬に打ち込んでいた。父から特別鍛えられた、というわけでも、血の滲む鍛錬をずっとしていた、というわけでもない。あくまでいち門下生として鍛錬していた。
そしてその中で、思い知った。
感じたのだ。自分より、遥かに才能を持った剣士の存在を。
わたしは、剣術の才能がないわけではない。ただ、才能があるわけでもない。
素質で言えば、門下生30人ほど中で、12番13番とかそこらだろう。
必死で鍛錬すれば、そこそこのレベルにはなれるだろう。
一時期、強くなりたくって、猛練習を積んだことがある。
ただ、違うのだ。本当に天性のものを持った人は。わたしが女だから、とかそういう問題ではない。
門下生には女性も結構いたが、その中でも一番にはなれなかった。なれる気がしなかった。
オークの相手で苦戦しているくらいだ。魔王に立ち向かう勇者とは比べるべくもない。
勇者のお供の剣士に、うちの道場で一番強かった男があっさりやられた、という話を聞いたことがある。わたしが一生足元にも及ばないと思ったあの男が、あっさりとだ。
剣術で誰よりも強くなる、という剣士ならば誰もが抱くような夢を、わたしは早々に諦めたのだ。
そして、別の目標を立てた。
「より自由に、楽しく生きよう」と。
父はずっと言ってくれていた。
「お前は楽しく自由に生きて、幸せになってくれればいい」と。
昔は、わたしには才がないと言われているようで悔しかったものだ。
わたしが剣に打ち込もうとしたのは、そんな父に自分を認めさせるためだったのかもしれない。
わたしは、父の言葉を素直に受け取ることにした。
父にもらった剣術で、楽しく自由に暮らすのだ。冒険者として。
そう決意はしたのだが、その生き方をするためにはとても大きな障害があった。
女剣士は、ふと部屋を見渡す。
綺麗に整頓された荷物。完璧にベッドメイクされている布団。
床にはホコリ一つない。
そう、この几帳面な性格だ。
夜はちゃんと歯磨きをし、なるべく早く寝る。
寝る前には、明日戦いそうなモンスターのことを考え、予習。
一応リーダーなのだから、いろいろな状況を想定しておかないと。
道もちゃんと覚えないといけないし。
朝は、なるべく早く起きて、部屋の掃除。もちろん毎日。
それが終わるとストレッチと準備運動。朝食は野菜を中心に。
これらのルーティーンが崩れると、気持ちが悪いのだ。
ちょっと、わたしの思い描いた冒険者生活とは違う。
こんなにキチッとした生活は、本当に自由というのだろうか。
一度、夜通し飲み明かしてみようかと思い、1人で酒場に行ったことがある。
慣れない酒場で強めの酒を勧められ、少し飲んだだけで、睡魔が襲ってきた。
眠たくなり、すぐに宿舎に帰って寝たっけ。酒場での滞在時間は、ほんの一瞬だったっけな。
こないだ、パーティーで飲みに行った時も、夜が更けてきたら真っ先にテーブルに突っ伏して寝てしまった。
帰ってから、まるで少女のような自分に歯噛みしたっけな。夜になると、自動的に眠くなってしまう体のようだ。酒場への憧れだけは人一倍あるのだが……。
……こんなわたしとでも、また一緒に酒場に行ってくれるだろうか。
女僧侶と2人パーティだった時はさ。
わたしがしっかりと仕事するから、女僧侶は信頼してくれている。そのことは感じたし、素直に嬉しかった……でも、さ。
なんか、距離があるんだよなあ。女僧侶とはお互い気を遣い合う感じ、とでもいうのだろうか。仲良くなろうと世間話でもしようと思っても、あまり話が続かないし。
冗談の一つも気軽に言えないこの性格が、つくづく嫌になっていたのだ。
そんな時だった。遊び人、という職業の人が冒険者デビューすると聞いたのは。
わたしは真っ先にその子を勧誘し、パーティに入れていた。
遊び人、なんて職業、わたしの憧れそのものじゃないか。
パーティーを組んでみると、もう面白くて仕方がない。
戦いの最中に、ダイス? 歌? 意味が分からない。そう思いながらある感情が芽生えていた。
遊び人が突飛なことをする度、心が踊るのだ。ワクワクするのだ。
敵を前にしたら、わたしは前衛にならねばならない。
リーダーなのだから、敵を受け止めつつ、全体のことも見ていなければならない。
状況に応じて適宜判断を下さなくてはならない。
部屋は常に綺麗にしなければならない。と同様で、この「ねばならない」にわたしは人生を支配されていた。「自由に楽しく」を目指しているにも関わらず、窮屈な生き方しか出来ない自分が本当に嫌だった。
そして、いつも理にかなわない行動ばかりとる遊び人の行動が、輝いて見えたのだ。
「わたしもいつか、ああなりたい」そう思ったことが何度あっただろうか。
そして、そう思う度、虚しさが押し寄せてくる。
きっと性分的に、わたしはああはなれないんだろうな、と思う。
本当はわたしも、頭からお花を生やしてパッパラパー、とかやりたい。
わたしがそんなことやったら周りはどういう顔をするだろうか。
冷ややかにわたしを見る女僧侶の顔を想像するだけで、もう心が痛くなる。
わたしには、とても無理だ。
もし、遊び人だったら。周りが冷ややかでも、そこから腹踊りでもしてみせるんだろうなあ。
そんなことを思うと、遊び人に対する尊敬の念がどんどん強くなる。
わたしにとって遊び人は、なりたいと思いつつ、決して届かない存在。
女剣士は最近、遊び人がふざけているのを見ているだけで幸せな気持ちになれることに気が付いた。
それは少年が、勇者の活躍を将来の自分に見立てて空想するように。
遊び人が遊び人らしくするのを見て、憧れているだけなのかもしれない。
「遊び人……明日はどんなことをしてくれるだろうか」
想像するだけで、笑いそうになってしまう。幸せな気持ちが止まらない。
この気持ちは、きっと誰にも言うことはないだろう。
明日も、わたしはいつものわたし通りに。
そう思いつつ、女剣士は眠りについた。