10話 全員のレベルが飛躍的に向上した件(女僧侶視点)
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「本日の報酬は7シルバーと30カッパーになります」
ギルド受付のお姉さんは、そう言って女剣士に報酬を渡してくれた。
本日は、合計で3つのコボルドの群れを壊滅させ、この報酬だ。なかなか悪くない。
少し危なっかしい部分もあったが、だからこそ緊張感も保てて向上に繋がる気もする。
うちらのレベル的にはちょうど良いし、コボルド狩りは悪くないんじゃない?
女僧侶がそんなことを思っていると、女剣士も同意見のようでこう言い出した。
「報酬も悪くないし、しばらくコボルド狩りに専念しないかな? コボルドは今、たくさん出没しているようだし、ちょうど良いと思う。慣れてきたら、色々な技を試したりしながら、武器持ちのオークでも倒せるように強くなろうよ」
女僧侶も遊び人も、これに同意した。
要するに、コボルド退治をしばらくこなしながら、実戦形式の修行編、という訳か。
女僧侶はちょっと気合が入ってきた。オーク退治という分かりやすい目標があるのもやる気が出る。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も……、女剣士たちは、コボルド狩りに精を出した。
ーー
40日後
「はっ、ほっ」
女剣士は、自分と距離を置いて警戒している3匹の下級コボルドにナイフを次々投げていく。
「ギャッ、グウ」
3投中、2投が命中。女剣士はナイフが刺さってひるんだコボルド2匹に、せやっ、と斬りかかり、それぞれ一太刀で絶命させる。があうっ、と向かってくる最後の1匹になった下級コボルドに、せえいっ、と会心の袈裟斬りを放つち一撃で仕留める。
最近、女剣士は自分に投擲のセンスがあったことに気づき、投げナイフを購入し、早速使いこなしている。
「グルルル」「せやっ」一番最初に向かってきた中級コボルドAに、またもやナイフを的中させる。「ギャッ」と中級コボルドがひるんだ隙に、「せえいっ」と袈裟斬りで仕留める。
ナイフはなかなか決定打にはならないが、中距離でも攻撃できるのは魅力だ。このように、ナイフでひるんだ相手に得意の袈裟斬り、というのが最近の女剣士の必殺パターンだ。袈裟斬りのキレも最近増してきている気がする。
「グルルル」残り2匹の中級コボルドが、女剣士と退治している隙に、女僧侶は中級コボルドBに、えいっ、と足払いをかける。がっ、とバランスを崩したコボルドBが足が伸びてきた方向を見ると、そこにはもう女僧侶の姿はなかった。
最近、女僧侶の中にあった格闘センスが、目覚めようとしていた。
足払いは通常、相手の片方の足にのみ仕掛ける。それで転ばなくっても、バランスを崩して重心がもう片方の足にかかった時、タイミングを見計らって投げ技を放てるのだ。そうすると相手は全くふんばれない為、力を使わず相手を投げ飛ばすことができる。
しかしこの時、女僧侶は中級コボルドの両方の足を払っていた。さらに大技を狙っていたからだ。後ろから前に両方の足を刈られ、中級コボルドBは、大きく重心を後ろにそらしてしまう。転ばないようにするより先に、攻撃してきた相手を探そうとしてしまったのが中級コボルドBの敗因だろう。
すかさず中級コボルドBの背後に回り込んで組みつく女僧侶。今なら決められる、と思った女僧侶は、ニヤついていた。
女僧侶は、相手の死角を見つけ、隙をついた攻撃をするのが得意だった。そして、相手の重心が今どこにかかっているのか、どこに力を入れれば投げられるのか。そういったことを把握するのも得意になっていた。女僧侶が自分で思う、格闘術の一番センスのある部分は、打撃技ではなく、投げ技だった。
「あああああああっ」
女僧侶は大きな声を上げながら、渾身の投げ技を放つ。
必殺、バックドロップ改
中級コボルドBの脳天が地面に突き刺さる。
既存の技を女僧侶が改良し、自分と相手の全体重がかかったダメージが、敵の頭部にいくようにした必殺技だ。
頭が半分潰れていて、もう起き上がれそうにない中級コボルドBを見て、女僧侶はなんとも言えない表情を浮かべている。
「か……」
快……感……。
女僧侶は、喜びに体を震わせている。
た、たまらない。狙い通り、技が綺麗に決まった時のこの心地よさに加え、決まった後、相手の頭が地面に突き刺さるのを見下ろす感覚、そしてうちの体の力と全体重を余すことなく集約し、解き放ったあとに残る、うちの体を走る脈動……。ドキドキする、たまらない。
女僧侶は、新たな境地に目覚めそうになっていた。
「グルルルル」
女剣士は、すでに中級コボルドCを倒し、上級コボルドと戦っていた。この上級コボルドは逃げないようだ。
「ふぅ……」
女僧侶は、倒れているコボルドたちを見て、ため息をついた。倒されたコボルドたちのほとんどに鼻メガネがかかっているのだ。今気付いたわけではない。倒れる前、さっき戦っている最中ですら、コボルドたちはずっと鼻メガネをしていたのだから。犬のような顔なのに、人間用の鼻メガネをよくまあ綺麗につけられるものだ。
女僧侶が遊び人の方を見ると、ドヤ顔で鼻メガネを両手に構えている。
遊び人の一番の得意武器は鼻メガネのようだ。
……武器……武器? まあいいか。
遊び人は、戦闘中のモンスターですら、素早く近づき、次々とモンスターたちに鼻メガネをつけてみせた。
「グルルルル」「せいっ」今、女剣士と戦っている上級コボルドにも、もちろん鼻メガネがかかっている。
「があうっ」上級コボルドは、鼻メガネが邪魔のようで、頭を振り払い鼻メガネを振り落とそうとする。
その瞬間、遊び人の目がキラッと輝いた。
……出る、あの必殺技が。
遊び人が、素早く上級コボルドとすれ違い、そして離れていく。
「があう」振り落とした鼻メガネが地面に付いた瞬間には、もう新しい鼻メガネが上級コボルドに装着されていた。
「があ?」上級コボルドは、不思議そうな声を上げ、またもや頭を激しく振り、鼻メガネを振り落とす。
再びかしゃん、と鼻メガネが地面に落ちた時には、またもや新しい鼻メガネが上級コボルドに装着されている。
これが、最近の遊び人の決め技である。
モンスターがどんなに鼻メガネを振り払おうとも、延々と鼻メガネを付け続ける。
ーー永遠の鼻メガネ(フォーエバーファニー)
遊び人は、はっきり言って能力が高い。
遊び人としての資質だけではなく、身体能力や器用さ、反射速度もかなり高い。
そして何より、あの軽装でモンスターに平気で肉薄する勇気は称賛に値する。
ただ、なぜだろう。尊敬する気持ちも、羨ましさも感じない。
鼻メガネなんて、所詮は一発芸のようなものだ。それを毎日のようにみせられても、もう慣れてしまって面白くもなんともない。きっと女剣士もそう思っているだろう、当たり前か。
「くっ……ふふっ」
ただ、技を決めている遊び人は、必死で笑いを堪えるような様子で、なんとも幸せそうだ。その点は羨ましく感じなくもない。
「せえいっ」そうこうしている間に、女剣士が上級コボルドを切り払った。
これで本日は、5つのコボルドの群れを壊滅させたことになる。
「ふぅ……コボルドたちは、大分楽に倒せるようになったよね」
女剣士は、首輪を集めながら皆に声かけをする。
「そうですね、最近成長を感じられて嬉しいです」
遊び人が意気揚々と返事をする。
「……」
女僧侶は、遊び人の返事が気になり、つい返事をしそびれてしまう。
「うちら、強くなったしさ。そろそろまた、挑戦してみようか」
女剣士がそういうと、遊び人と女僧侶は無言でうなずいた。
ーー
翌日。
「いた、オークだ。1匹。まだこっちには気が付いていない。槍を持っているね」
女剣士は小さい声でそう言うと、皆を見渡した。
遊び人と女僧侶は無言でうなずいた。
「わたしたちは、強くなった。落ち着いていけば、武器を持ったオークでも倒せる。自信持っていこう」
女剣士は、そう言ってナイフを構えた。
女僧侶は、自分がやや緊張しているのが分かった。少し前は、武器持ちのオークは手強いからと逃げてきたのだ。本当に倒せるのだろうか。
「私が先行する。ついてきて、うおおおぉ」
女剣士は、オークに近づくと、投げナイフを放った。
「グアウ」ナイフはオークの胸のあたりの防具の隙間に刺さった。このオークは防具もそこそこちゃんと身につけているようだが、うまく当てたものだ。さすが女剣士だ。
気付かれた、もう覚悟を決めるしかない。
「グアアアアアウ」
オークは女剣士でなく、遊び人に向かって、攻撃を始めた。
その原因は、現在オークに装着されている鼻メガネにあるような気がするが、定かではない。
「グアウ」オークが遊び人に向けて、槍を一突き。なんて力強く素早い突きだ。遊び人は「くっ」と紙一重でかわす。「かしゃん」と音がしたが、気のせいか。「グアウ、グアウ」オークの槍が、次々遊び人を襲う。二突き、三突き。それぞれを紙一重でかわしていく遊び人。素早い槍なのに、よくかわせるものだ。「かしゃん、かしゃん」
「……ん?」
女僧侶は、またもや違和感に気付いた。オークの槍の先に何か付いている。
あれは……、まさか、鼻メガネ?
いや、間違いない、オークの槍の刃の根本に鼻メガネがうまいこと引っ掛けられている。
しかも3つ。これは、オークが遊び人に突きをした回数と同じだ。
まさか……。
「グアウ」オークの突き。遊び人は、オークの槍を再びかわしている。オークが槍をもどす際、遊び人は「くっ」と険しい表情で、オークの槍にかしゃん、と鼻メガネをつけている。
顔に鼻メガネを装着しているオークの槍に、合計4つの鼻メガネがついている状態になる。
「グウゥ」オークは何やらイラついた様子で、遊び人から一度距離を置く。
……あの、すんません遊び人さん。普通にすごくないっすか?