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ハルかカナタ  作者: 一響
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最終話―4―

 絶対に有り得ない。だって律子はバスに轢かれて……。

 確かに、あの後の出来事を目で見て確認した訳では無い。しかし、あの距離では何が起きても回避は出来ない。出来る筈がない。

 無理、絶対に無理。

 そんな思いが駆け巡る。だが、どこかしら気持ちの片隅で、律子ならやってくれているかもしれない、という期待が湧き上がって来る。それが他の誰でもない、あの律子だからだ。

 しかし、玄関を開けていざ律子がそこに立っていたら、何て声をかけよう。馴れた関係ではあるが、対面するのは初めてである。期待なのか緊張なのかは分からないが、心臓がバクバクと鳴り、胸が張り裂けそうになる。

 律子、きっと夏海さんと同じくらいおばさんになっているに違いない。

 胸を叩いて落ち着かせながら土間へ降り、玄関の前へ立つ。すると玄関の向こう側で、「ザッザッ」と後ずさる様な音が聞こえた。私の気配を感じたのだろう。

 私はゆっくりと戸を引いた。

 そこに立っていたのは、

「こんにちは」

「……あ、どうも」

 律子ではなかった。

 高鳴っていた胸の鼓動はすぐに落ち着き始めた。そしてその時吹いた少し強めの風によって、私の心はすっかり落ち着いてしまった。

 しかし目の前に立っている人もまた、律子に関する情報を聞くに相応しい人ではある。

「仲米、江梨子と申しますが、こちらに沙美さんと言う方は……」

「わ、私です」

 江梨子さんは髪を茶色に染めていた。白髪混じりなところを見ると、それを隠す為に染めている事が伺える。目尻の皺も増えてはいるが、まだ若い。

「あの、どうぞ、私の家ではないですけど、おばあちゃん家なので」

 私はそう促したが、江梨子さんは首を横に振った。

「ごめんなさい、不躾で申し訳ないんだけど、沙美さんにお届け物があって、それを届けに来ただけなの」

 江梨子さんはそう言うと、私に小さな箱を手渡した。箱を開けると、指輪とネックレスが入っていた。

 あの時の指輪と、律子が過去で買っていたアルストロメリアのネックレスだ。花言葉……調べなきゃ。

「ありがとうございます」

 江梨子さんの首元にもネックレスが光っている。これも、あの時律子がプレゼントしていたネックレスの様だ。

 律子の事を聞きたい。一月三日、あの後どうなってしまったのか。

「あ、あの、聞きたい事がたくさんあるんです!」

 私がそう言うと、江梨子さんは「フフフ」と笑った。私が何かと尋ねると、江梨子さんはこう続けた。

「何がどうなって私の娘があなたへ贈り物をしたかったのかは全く分からない。でもその時、絶対に色々質問されると思うけど、一切答えないで欲しいって言われてたのよ。それがその通りだったから可笑しくって」

「……そう、ですか。あの、私が仲米さんを訪ねるようになっていたと思うのですが」

 私がそう言うと、江梨子さんは不思議そうに返した。

「あら、そうだったかしら。何せ二七年前にお願いされた事だから詳しくは覚えてないけど、とにかく、これで私の任務はお終いよ。何も言えないし私からの質問も娘から止められてるけど、娘本人ではなく私が代理で来ている事、察してちょうだい」

 ……やっぱり駄目だったのか。どうしても自分の目、耳で実際確認するまでは信じる事は出来ないが、律子が亡くなってしまっている確率が、これでまた高くなってしまった。

「律子さんは、とても素晴らしい子でした。これは、私の独り言です、聞き流して下さい。律子さ……律子は、私の大切な一番の大親友で、彼女は私の中でいつまでも生き続けます。江梨子さんの中でも、いつまでも笑顔でいるはずです。そして天国の律子の中にもまた、江梨子さんの優しさが生き続けます」

 私はそう言うと、江梨子さんへニコッと笑って見せた。するも江梨子さんも微笑み返してくれた。

「不思議ね、何だかあなたとは、初めて会った感じがしないわ。あなたとお喋りしていると、りっちゃんと喋ってる感じがする。ありがとう」

 そう言って私の頭へ優しく手を添えると、ヨシヨシと撫でてくれ、そのまま帰ってしまった。もっと居てくれても良かったのだが。

 さてと、虎の巻の続きでも読みますか。

 私はすぐにテラスへ戻り、そこに置いておいた虎の巻を……。

 ……。

あれ、無い。先程そこにポイッとしておいた手紙たちが無くなっている……。ぼんやりと立ちつくす私を、柔らかい風が撫でる。

 はっ……もしかして、先程の風にさらわれたのか? 有り得る、十分に有り得る……。

 しかしどうしよう、あの虎の巻がなければ律子を助けられない。

 その場を血眼になって探すもやはり見つからず、私は肩を落とし、ため息をつきつつ部屋へ戻った。

 ああ、一体これからどうすればいいのだろう。私の知識や閃きでは、全く活路が見出せそうにない。

 誰でもいい、誰か私の進むべき道を照らして下さい。神様仏様律子様、本当に誰でもいい。もうこの際悪魔でも……いや悪魔は駄目か。

 夕焼けを眺めつつ、今後どの様にすればいいかを自分なりに考えてみる。しかし全く浮かばない。と言うより、本当にそのようにしていいものなのかが分からず、全ての案たちが却下を食らっている。

 誰か助けて下さい。

 フラフラと力の入らない体に何とか鞭を打ちながら、春の部屋へと戻る。そしてそのままぐでんと横になった。

 もう、お手上げだ。いや、もう手を上げる力すら残っていない。律子にも春にも申し訳が立たない。

 今現在、過去の出来事は全て決まっているはずである。そんな状況下で、この私が頑張る事によって一体何がどう変わると言うのだろう。あなたならどう考えるの? どう行動を起こすの? 教えて、律子。 

 と、その時襖が開いた。夏海さんだ。

「……どうしたの」

 畳に項垂(うなだ)れる私を見て、夏海さんは目を丸くしている。

 私は体をゆっくりと起こすと、夏海さんへ向き直った。

「いえ、ちょっと何もかもがやるせなくなっちゃって」

「そんな事言わないでよ、せっかく私が救ってあげた命なんだから」

「そうでしたね……ごめんなさい」

 そして夏海さんは手に持っていた手提げの小さな紙袋を私へ差し出した。

「ん、これは?」

「プレゼントよ。プレゼントって言うか、かなり遅くなっちゃったけど、高校の入学祝い、かな」

 夏海さんは照れたように「一応ね、叔母だし」と付け足した。するとその表情が、瞬間的に春のそれと重なった。そうなると、何だか春と律子と私がこの部屋にいる錯覚に陥る。

 律子ならこんな時何て言うかな。“あの”夏海にプレゼントを貰う律子。

 ……。

 多分、肩までの髪をサラッと片手でなびかせて、こんな事言うのかな。

「可愛いプレゼントじゃないの、ありがとう」

 ……。

 ……あ。

 私のセリフに、夏海さんは呆気に取られている。

「ご、ごめんなさい……つい」

「ああ、いやいや、いいのよ。急にキャラが変わったから驚いちゃって」

 夏海さんはそう言うと、不意に辺りを見渡し始めた。

「どうしたんですか?」

「ううん、懐かしいなあって思ってさ」

 テラスから入り込む風が彼女の髪を撫でる。夏海さんの表情は優しく、それはもうすっかり春のそれと同じものとなっていた。

 春もこんな感じの女性になってたんだろうな。こんな感じの、お医者さんに。

 とその時、玄関の呼び鈴が鳴った。

「律子ー! 砥用(ともち)さんよー!」

 お母さんがこれでもかと言うほどに叫んでいる。そんなに叫ばなくても聞こえると言うのに。それを聞いた夏海さんは、「お姉ちゃんも苦労したんだね」と、人類の進化に驚いていた。

 私は目を瞑り「……うん」と無言で深く頷き、「今行くー!」と返事をして春の部屋を出た。

 玄関へ着くと、砥用さんが立っていた。

「ごめんね、突然お邪魔しちゃって」

「うん、大丈夫だけど、よくここが分かったね」

「まあね、さっきこの裏の道歩いてたら、那覇軒さんがベランダにいるの見えたからさ」

 砥用さんはニコニコと上機嫌である。私はあの事を尋ねてみた。

「どうだった? 課題は上手くいったの?」

「うん、多分、ね。未来に帰ってこられたから、そういう事だと思う。で、はい、これ」

 砥用さんは右手を差し出した。そこへ目をやると、あの時美鈴に借りた石があった。

「あ、ありがと。すっかり存在を忘れてたよ、アハハ」

 石を受け取り、しっかりと握る。今この石を返して貰ったところで、美鈴へ返す事は出来ない。と言っても、私が持っていてもつまらないだろう。もっとこの石を必要としている人がいるように感じる。

 どうしても今日をやり直したい人、昨日をやり直したい人、一昨日を、先週を、先月を、去年を……。

 ……。

 ……この石を使って、もう一度やり直すか? 律子と出会う瞬間から、もう一度やり直したい。また律子と何気ない毎日を過ごしたい。

「どうしたの、大丈夫?」

 はっと我に返り砥用さんを見ると、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「あああ、大丈夫大丈夫! アハハ! ごめんね」

 咄嗟に一歩退いてしまった。

「それじゃあ私はこれで。今度ゆっくりお茶でもしようよ。色々積もる話もあるし」

 砥用さんはイタズラに笑いながらそう言うと、颯爽と走って去って行った。

 この時代でもトレーニングか? ボクシングはこちらでも続けるつもりなのか?

 そんな事を考えつつ春の部屋へと戻る。そこへ戻る理由は特には無いのだが、まだあの時代を感じていたいのだ。と言うより、律子を感じていたいのかもしれない。

 部屋には、もう夏海さんは居なかった。テラスへ再び出ると、夕焼けがかった街並みが目に飛び込む。

 すっかりこの風景も変わってしまっているようだ。緑の割合はもちろん、建物の高さや車の量がまるで違う。


「はぁ、何だかなあ」


 大きなため息がネガティブなセリフも連れて来た。

「……」

 やってみるか? ポケットから先程の石を取り出しそれを見つめる。

 これをどう使えばいいかなんて分からないけど、思い切り握り締めて強く願えば跳べそうな気がする。

 石を両手で握り締め、それを額へ押し付ける。そして強く願う。


 ーーもう一度、律子と出会った八月に跳ばして下さい!ーー


 ……。

 …………。


 何も起きない。目を開けても、目の前の風景は未来のままだ。

 結構期待はしていたが、反面安心もした。本当に過去へもう一度行けたとして、実際あの時からやり直せるのかは疑問だし、最初に過去へ行っていた私とはまた別で、“もう一人の私”として過去へ跳ぶ事になってしまえばそれこそタイムパラドックスが起きるかもしれない。そうでなくてもパラドックスよりも怖い、「下手な事はしてくれるな!」と律子の説教が始まっていたのかもしれない。

 戻るにしても、もっと、条件をある程度指定した状況で戻らなければいけない。

 ううむ……。

 あ、そうだ、カナタだ。カナタにお願いしよう。

「カナタお願い、出てきて! どうしてもお願いしたい事があるの!」

 ダメ元ではあったが、すぐに目の前の空間が歪み始め、カナタがその姿を現した。

「何だ、今更お願いする事なんて無いだろう」

「け、結構簡単に出てきてくれるのね……」

「……」

 何も返事をせずに私をただただ見つめるその目は、相変わらず冷たい目をしている。この子が春や夏海さんの弟だなんて想像もつかない。……お母さんの弟、と言えば納得ではあるが。

 そんな事より、今はこれだ。

「カナタ、私をもう一度あの時に……昭和六二年の八月三日に戻しなさい! 今度は春を必ず助けるから!」



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