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ハルかカナタ  作者: 一響
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最終話―3―

 ーー律子、ごめんね。私があの時瞬間的に走っていれば、春は走り出す必要もなく、誰も死なずに済んだのかもしれない。


 ーー春だけじゃなく、夏海の事も注意してなくちゃいけなかったね。


 ーー律子、本当にお別れなの? もう二度と会えないの? もっと一緒に、色んな所に行きたかった。もっとたくさんお喋りしたかった。


 ーー私たちの物語は、ここで終わりなの?




 ゆっくりとまぶたを開ける。周りは明るすぎて真っ白で何も見えない。無の空間と表現するとしっくりくる。風圧も何も感じはしないが、猛スピードで進んでいる事だけはハッキリと分かる。

 頬を伝う涙は、そのスピードによって飛ばされる事もなく、ただ頬を伝う。不思議な感覚だ。

 一体どれだけの時間この空間を進んでいたのだろうか。いくらカナタを呼んでも反応はなく、何の音もしない、その空間をただただ進む。周りの色こそ真逆ではあるが、そこはまるで、宇宙の様な空間だと、そう感じた。


 やがて遠くに小さな丸い点が見え始め、それは徐々に近付いてきた。一見して丸い窓枠の様になっており、そこからは外の風景が見える。これは……バスだ。バスのフロント部分だ。この光景、見覚えがある。私が轢かれる直前に見ていた物だ。恐らくここが、この空間の出口、“未来”と言うことになるのだろう。

 いよいよ、戻ってきたか。

 戻って来たはいいが、この窓枠に吸い込まれてしまえば、私はバスに轢かれて死んでしまうのだろう。

 結局春を助けられなかったから、私も……という事なのだろう。

 どうせ轢かれてしまうのなら、やっぱりあの時勇気を振り絞って走るべきだった。

 律子が頑張ってくれたけど、全部台無しにしちゃった。

 本当にごめんね、律子。


 そして私は窓枠に吸い込まれた。と、瞬間的に周りの明るかった空間は一転し、ショッピングモールの敷地内へと切り替わった。

 表現が難しいが、私の視線は、バスに轢かれそうになっている私の瞳に吸い込まれ、すぐにその視界はバスに覆われた。

「ーーぐっ!」

 咄嗟に、頭を覆いかがみ込む様な姿勢を取ってしまう。

 迫るバスからはけたたましくブレーキのスキール音がこだました。

 だめだ、死んじゃう!

 そう思った瞬間、私の肩を誰かが突き飛ばした。

「きゃあ!!」

 私は、私を突き飛ばした人と共にそこへ倒れ込んだ。すぐにバスの方を見ると、バスはそこに停車していた。

「はぁはぁはぁ」

 恐怖から顎や腰、それに脚があからさまに震えているのが分かった。

 そして私を突き飛ばした人は、

「痛てててて」

 足をおさえながら項垂(うなだ)れている。長くはないが、髪で顔が見えない。女性だと言う事だけは分かる。

「あ、あの……」

 私は震えながらその人の肩に手を添えると、女性は顔を上げて、ゆっくりと微笑んだ。

「那覇軒さんね。これで約束は果たしたわよ」

「ーーっ!」

 顔を見た瞬間鳥肌が立った。一度未来へ戻った時に、私の反対側から走ってきていた女性の顔を思い出した。この人だ。過去へ戻った時に、その記憶に何故だかモヤがかかってしまい誰だったかを思い出せず、結局律子へ伝えられなかった人。私の知っているその人はーー

「な、夏海……さん」

「あら、私を知ってるの?」

 夏海はお母さんと同い年ほどのおばさんになっていた。しかしすぐに夏海だと分かった。若々しく、見た目も殆ど変わっていなかったのだ。

 と、そこにバスの運転手が近寄ってきた。

「あの、大丈夫でしたか!」

「ああ、飛び出してすいませんでした」

 腰が抜けて立てなかったので、私はへたりこんだまま運転手に頭を下げ、バスの乗客へも頭を下げた。生き死にが掛かった後ではあるが、乗客からの視線により恥ずかしさも出てくる。

 何か身体の不調を感じたら連絡をよこすようにと、連絡先だけを教えてくれ、運転手は去っていった。

「夏海さん、どうして……」

「どうしてこの日のこの場所が分かってたかって?」

 夏海さんはイタズラに笑いながら、ポケットから一枚の古い封筒をピラピラとはためかせた。

「それは?」

「二七年前に、仲米さんって友達から貰った手紙よ。これに、今日この日に那覇軒沙美って子がバスに轢かれるから助けて欲しいって、そう書かれてあったの。何の事だかさっぱり分からなかったけど、ふざけた冗談は言わない子だったから信じてみたけど、この瞬間の事故を予言していたのね。

 でも不思議なのが、場所までは指定してなくて、私がここだと思った場所で事故が起きるはず、って書いてあったの」

「……全ては、成るべくして成っていく」

 私が呟くと、夏海さんは「え?」と聞き返した。

「律子の、受け売りです」

 私がそう言うと、夏海さんは目を丸くしてしまった。

「ところで、夏海さんはその手紙をいつ……うーん、何月に受け取ったんですか?」

「え、えと、十月だったかなあ、郵便で受け取ったけど。どうしてそんな事を?」

「あ、いえ、すいません。何でもありません」

 恐らく、私への虎の巻を書いた日に書いたのだろう。

 そこまで話し込んだところで、お母さんたちが駆け寄って来た。

「ちょっとあんた何やってんのよ! 危ないわね!」

 お母さんは私に怒鳴ると、すぐに夏海さんへと向き直った。

「うちの子がどうもすいませんでした。本当にありがとうござい……ああ! 夏!?」

 思わぬところで感動の再開が始まってしまった。と、思いきや、

「あんた今までどこ行ってたのよ!」

 お母さんは更に怒鳴り散らした。

 周りから見てこの光景、どう映るのだろうか。何も無い車道で二人が倒れ込み、そこに駆け寄った女性が二人を怒鳴りつける……何が起きたのか、ドラマの最終回をいきなり見るよりも、顛末を解釈する事は難しいだろう。

 夏海さんは苦笑いしながら弁明しようとしているが、お母さんは聞く耳を持たない。

 そして由美は……私を見下ろしながら微笑んだ。

「お帰りなさい。長旅、お疲れ様」

 その目からはボロボロと涙が溢れ出していた。私も「ただいま、由美」と、ニコッと微笑んで見せた。

「お姉ちゃんが着てた私の服、消えちゃったみたい、アハハ」

 そう言って私に優しく抱きついてきて、そしてまた泣き出した。

「お姉ちゃぁーん」

 順平も安心しきった表情で、私の肩を叩いてきた。

「何もなくて良かったよ。この女の人に感謝だな」

 バカも空気くらいは読めるらしい。


 そして私達はおばあちゃん家へと戻った。もちろん夏海さんも一緒に。

 車中ではおばあちゃんが夏海さんに、今まで何をやっていたのかだの家族はあるのかだの、これまであった事等を延々と聞いていた。

 帰り着いて、夏海さんの久しぶりの里帰りともありおじいちゃんもおばあちゃんも、もちろんお母さんもお祭り騒ぎで晩御飯の支度に取り掛かった。何だかんだ言いながら、お母さんが一番嬉しそうだった。

 お父さんと私、それから由美と順平だけが居間に取り残され、テレビを観る者、本を読む者、携帯をいじる者、それぞれがしたい事をして時間を潰している。

 と、私はお父さんへこっそりと聞いてみた。

「お父さん、どうして長谷川さんじゃなくて、お母さんを選んだの?」

 私が聞いた瞬間、テレビを観ていたお父さんの体が跳ね上がった。

「ど、どどど、どうして沙美が知ってんだ、長谷川の事!」

 お父さんは悲鳴にならない悲鳴を上げる。それを聞いて、由美は本をパタッと閉じてこちらを注視した。興味があるらしい。私が過去で何を見てきたのか、いずれ全て教えてあげるとしよう。

 私は「さあ、どうしてでしょー?」とイタズラに微笑んで見せる。

「どうせ母さんに聞いたんだろ、まったく。長谷川は頭も良くて美人な人だったんだけど、どうしても母さんに惹かれて仕方がなかったんだ。まあ、そこに至るまで一悶着あったんだけどな」

 一悶着ですか、ええ、知ってますとも。

 お父さんはやはりお母さんの事を愛してくれていたらしい。それを聞けただけで十分だ。

 私は「それはそれは熱々な事で、ヒヒヒ」とからかって居間を後にした。


 そして春の部屋へと入る。つい数時間(と言うのか?)前まではここで春と夏海がトランプをしていた。それを考えると、今にも春が襖を開けて「おい律子、沙美ー!」と元気に入って来そうでならない。

 律子も春も……本当に死んじゃったの? そこの襖開けて入って来てもいいんだぞ。

 ……。

 …………。

 なんて、そんな事有り得ないか。

 律子と月を見上げたテラスへと出る。夏とは思えない涼しい風が肌を撫でた。ふとそこから見える道を見下ろす。

「あれ」

 思わず声が出てしまった。そこには砥用さんがいた。

 風になびく短い髪をかきあげながら空を見上げている。彼女は一体何を見ているのだろう。そう考えつつ彼女の視線を追い空を見上げる。そこには月がうっすらと出ていた。

 あの月に何があるのだろう。そう思い視線を砥用さんへ戻す。が、彼女は既に姿を消していた。先程の穏やかな表情を見るに、目的は果たせたのかもしれない。

 私は一つ深呼吸して、「そう言えば」と思って手すりを下から覗き込んだ。

 あった、律子の掘ってくれた文字。


 ーーいつもありがとうサミーー


 ーーテガミを見つけた仏間へ!ーー


 その二つの文字を撫でる。

 ああ、律子が触ってた手すり。

 彼女を直接感じる事は出来ないが、せめて律子の存在が、そこにはあったんだなと実感したい。

 律子が、ここにいたんだなあ。

 そう思いながら、抜ける様な陽気に誘われてテラスへ仰向けに寝転がった。と、お尻に違和感を感じた。

 その違和感へと手を伸ばすと、紙の感触があった。

「あ、手紙、忘れてた」

 帰る道すがらのお母さんの説教や、泣きじゃくって情緒不安定となってしまった由美に翻弄されて虎の巻の存在を忘れていた。

 早速虎の巻を開く。一行目には、「沙美、お疲れ様でした。この手紙を無事に読めていると言う事は、あなたが未来へ帰れて、更には事故も回避出来たという事ですね。」と書かれてあった。

 そして二行目に差し掛かり、その文面を読んで鳥肌が立った。「ふふ、まさかね、そんなの無理よ」と、わざと声を出して自分を落ち着かせる。

 だって、律子は事故で……。

 ーーヂリリリリリリリ!!

 とその時、おばあちゃん家の昔ながらの玄関の呼び鈴が、けたたましく鳴った。

「ーー!?」

 嘘だ、そんな筈は無い。


 でもーー


 そんな事書かれたら期待しちゃうじゃない! 


 私は手紙を放り投げ玄関へと急いだ。




 ーー単刀直入に書きます。もし、私が生きていたなら、沙美、あなたに会いに行きます。事故の日、夕方前頃、春の家で待っていて下さい。ーー




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