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ハルかカナタ  作者: 一響
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第8話―2―

 とうとう来てしまった、一二月二四日。お父さんが告白する日だ。上手く告白出来るのだろうか。とてつもなく心配ではあるが、ここまで来たら、もう私は見守る事しか出来ない。

 もしお母さんが告白を断ったりしたら、私はその瞬間に消滅してしまうのだろうか。その辺が心配ではある。

 律子も同じ事を考えていたようで、『突然いなくなったりしないでよ』と、彼女は髪をとかしながら冷たく言い放った。

 きっと大丈夫! 自分にそう言い聞かせる。


 教室へ入り席に着く。周りはクリスマスイヴという事もあり、彼氏にどんなプレゼントを買ったのかだのどこへデートへ行くのかだのと、女子達を中心に盛り上がっている。

 そして残念な事に、それは長谷川さんも例外ではなかった。

 彼女へ聞き耳を立てると、「私は今日じゃくて、明日渡す予定なんだー」とテンションアゲアゲでその場に溶け込んでいる。

 表情を伺うと、満面の笑みを浮かべている。あの表情が、明日はその姿を表さないお父さんを延々と待って、涙を流すものに変わってしまうのだなと思うと、心が痛んでしまう。

『沙美、同情は必要ないわ。彼女はきっと、別の人と結婚して幸せな家庭を築いているはずよ。それなら、那覇軒先輩にはふってもらった方が、彼女の幸せにも繋がるのよ』

 たしかに律子の言う通りだ。未来の幸せの為に、今は不幸を買ってもらおう。人間万事……何とかが馬、て事にしておこう!


 朝のホームルームが終わると、その流れで体育館へ行く事となった。終業式だ。明日からは連休となるが、この連休で全てが終わる。んー、“終わる”っていうのは縁起が悪いな。“決まる”と言い変えておこう。

 お父さんが告白するのは放課後。お母さんには事前に話をつけており、午後にはお父さんと会うようにしてもらっている。

 体育館へ入ると、一層冷えているのか、律子は身を縮めて『ありえないわ』と小さく漏らした。制服の下にニットのブレザーも羽織ってはいるが、その薄さ故、効果は知れている。

 校長先生の話が始まる。内容なんて誰が校長になっても、大体同じ。

 連休に怠けすぎず規則正しい生活を送れ。家事を手伝え。バイトは禁止。など、これはしろ、あれはするな、のオンパレードにみんな飽き飽きしている。律子もまた校長を見てはいるものの、その視線は時計との反復運動を繰り返している。


 終業式が終わると、教室にてホームルーム、その後掃除をして終わりとなる。

 そして、その掃除の途中で長谷川さんが喋りかけてきた。

「仲米さん、明日のプレゼント買ったから、これだけは渡すね」

 すると律子は不機嫌な様子で返した。

『……分かってるわ、そういう約束だったから止めはしないけど、あなた、沙美を殺す気?』

「そ、そんなつもりはないわよ! 私はただーー」

『ーーはいはい、もういいわ。でもこれだけは肝に銘じておいて。あなたが那覇軒先輩とくっつくと、沙美は間違いなく生まれてこない。あなたは人殺しの十字架を背負って生きていく事になるのよ』

 律子はキリッと睨む。すると長谷川さんは反論した。

「でも……逆も言えるわ。私が那覇軒先輩とくっついていたであろう未来が、今仲米さんによって変えられてしまうとするなら、仲米さんこそ人殺しよ。私と那覇軒先輩の間に生まれる子供は生まれない事になってしまうんだから」

『……もう、勝手にしなさい』

「勝手にさせてもらうわ。それに、実はこの前見ちゃったのよ、あなたと那覇軒先輩が一緒にいるところ。本当はあなたが那覇軒先輩と付き合いたいんでしょ……。学園祭の時はいい人だって思ってたのに!」

 長谷川さんはそう言うと、目を真っ赤にさせて去っていった。

『あちゃー、見られてたか。これが心配だったから一緒に行くの嫌だったのよ』

 こうなっては長谷川さんが可哀想に思えてくる。逆だったら嫌だもんなあ。自分の彼氏を悪女に盗られる。サイテーだ。

 それと彼女の言っていた事も一理ある。私が生まれてくる未来は絶対不変なのだろうか。長谷川さんがお父さんとくっつく未来が本来のもので、どこかが間違えて私が生まれる未来へと変わってしまった。なんて事もーー

『馬鹿な事考えてないで、年明けの事故の避け方でも考えてくれる?』

「っ!?」

 驚いた。律子もとうとう私の心が読めるようになったのか?

「こ、心の中読まないでよ!」

『読んでなんていないけど、何だか黙ってたから、長谷川さんがあなたのお父さんとくっついた未来でも想像してるのかな、なんて思っただけよ』

「……ズバリです律子様。それにしてもありがとね。私を庇ってくれて。嬉しかった」

『ん? 当然でしょ。あなたが生まれなきゃ、私は来年の事故で死んじゃうんだから。私は自分が死にたくないから、あなたを未来へ送り返すのよ』

「……さいですか」

『あなたには、未来へ帰ってからやってもらわなくちゃならない事が山ほどあるから、宜しくね』

 律子がそう言うと、片目の視界が一瞬だけ遮られた。ウィンクをしたらしい。

 ……何だか、未来へ帰りたくなくなってきた。



 放課後、お母さんと約束をした場所へと来た。体育館の裏という、ありがちな場所ではあるが、ここが人通りも少なく告白には持って来いなのである。

 しばらくすると、お母さんが来た。「遅くなってごめんね」と、しおらしく謝る姿に未来の姿が重なるが、到底同一人物とは思えない。

『それじゃあ、もうすぐ那覇軒先輩も来ると思うから、私はこれで』

「え、行っちゃうの?」

 お母さんはとても不安そうな顔をしている。

『当たり前じゃない、私がいたら那覇軒先輩も告白しづらいでしょ』

「ああ、そうかも」

 お母さんの不安に満ちた表情なんて、金輪際見る事はないだろう。目に焼き付けておこう。

 律子はその場を離れるフリをし、体育館用のトイレの陰へと身を潜めた。

「律子って、盗み見るの好きよね」

『うるさいわね』

 そしてそれから約五分、律子の『遅い……』が三回出たところでようやくお父さんが登場した。

 向かい合って佇む二人。

 遠くて何を喋っているのかは分からないが、お父さんは頭をポリポリ掻きなが口を動かし始めた。お母さんは両手をモジモジさせながら、そんなお父さんをチラチラ見ている。何だか良い雰囲気だ。

 そしてお父さんは、その手に持っていた小さな紙袋を手渡した。先日買ったプレゼントだ。お母さんはそれを受け取ると、早速開け始めた。

 中から取り出したネックレスに喜んでいる様で、それを胸元で握り締め、何度も頭を下げた。そしてそれを首から下げて見せると、二人は満面の笑を浮かべた。

 しばらくして、再び切り出す様に、何かを喋り出すお父さん。お母さんが笑顔から真顔になりお父さんを見つめる。これは始まったか? 告白がっ!

『んもう、何を喋っているのかしら、盗聴機が欲しいわね』

 それは犯罪です律子さん。

 お父さんはひとしきり喋り終えると、頭を下げ、握手を求める様に右手を差した。

 この告白のスタイル、ドラマなんかでは見た事があるが、いざ目の当たりにすると結構カッコ悪いものなのだなと感じてしまう。

 未来ではこんな告白をしている人なんていないのだろうけど、それじゃあ、どんなやり方が主流なのかと問われると答える事は出来ない。だって告白した事はあるけど、された事はないもん。

 それにしても、お母さんはお父さんの手を取り倦ねいている。もしここで手を取らなかったら、私は消えてしまうのかな。とてつもなく不安になる。

「律子、怖いよ」

『大丈夫よ、きっと手を取るから』

 その声色から、彼女も不安に感じている事がすぐに分かった。


 ……。

 

 …………。


 その場を静寂が支配する。場所は離れているが、律子が少しでも動けばバレてしまいそうな程に静かである。

 そして、お父さんは堪らず顔を上げた。するとお母さんは、待ってましたと言わんばかりに満面の笑みでその手を取ると、キャピキャピと飛び跳ねた。

『……はぁはぁ、何なのよあんたの母親。息止めてたから死ぬかと思ったわ』

「すいません、うちの両親が迷惑かけます」

 お父さんを待たせた意図は分からないが、二人は幸せそうに手を繋いでその場を後にし、私達も帰路へ着いた。



 律子は部屋へ入り電気をつけると、その身をベッドへ投げた。ボムっと跳ね返る身体。

『ああ疲れたー!』

「お疲れ様」

『とりあえず、これで難関は突破したわね。明日の長谷川さんの告白は、残念ながら成らないのよね?』

「うん、明日はお母さんの家に行く事になってるから、長谷川さんはお父さんとは会えないよ」

 私がそう言うと、うんうん、と満足気に頷いた。


 あとは年明けの事故だ。この事について律子と緊急会議を開き、春と夏海とは一緒に過ごした方が良いだろうという事になった。早速約束を取り付ける為、一階の電話へと向かう。

 律子が受話器を手に取ろうとした瞬間、電話がけたたましく鳴った。

『はい、もしもし仲米です』

「もしもし、長谷川ですけど。仲米さん?」

 ……何故この女から電話があるのだ。律子もそう思ったようで、受話器を耳から離すと、『何なのよ一体!』と小声で叫んだ。

 そして軽く咳払いをして仕切り直す。

『うん、そうだけど、どうしたの?』

「えと、明日那覇軒先輩と会う約束したから、その報告。仲米さん、中に未来の人がいるっていうの、嘘だって分かってるから。全部演技で、私を別れさせようとしてたんでしょ」

『違う違う! あれは本当にーー』

「うるさい! 嘘つきの仲米さんにだけは渡さない!」

『ちょっと待ってよ! 私嘘なんかーー』

 律子がそこまで言うと、電話は切れてしまった。長谷川さんはやはり、泣き声になっていた。よく泣く子だ。

 律子は受話器を静かに置いた。そしてその手を離さないまま、小さくため息をついた。

『……嘘つき、かあ』

 律子は相当ショックを受けているらしい。こんなに落ち込んでいる律子は初めてかもしれない。

 見る見る目の前の光景が滲んできた。

「……律子?」

『ああ、ごめんね。流石に……誤解されて嘘つき呼ばわりされると、堪えるわね。江梨子さんも、誤解されてこんな気持ちだったのよね、きっと』

「春には、明日電話しよ?」

 私がそう言うと、律子は無言のまま頷いて、二階へと戻った。



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