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ハルかカナタ  作者: 一響
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第7話―12―

 私が長谷川さんの娘か……お母さんがこのくらい美人だったら、私も美人に生まれてこられたのだろうか? いや、もしそうだとしたら、生まれてこられなかった、が正解か。

 一瞬、「長谷川さんをお父さんとくっつけてしまおうか」、そう過ぎってしまった自分が怖い。恐るべし魔女川……いつの間にか術中にハマっていたようだ。

 目を思い切り瞑って、頭をブンブンと左右に振る。そして長谷川さんへ引導を渡す言葉を選ぶ。

 とにかく、お父さんと別れてくれればそれでいい。

「長谷川さん、残念ながら、私はあなたの娘じゃないの」

「え、それじゃあ、私は那覇軒先輩とは一緒に……」

「……うん、なれないのよ」

 私が告げると、長谷川さんは肩で小さくため息をついた。口は緩やかな“への字”、眉は“八の字”を書いている。

 そして口を開く。

「いつまで、付き合っていられるのかな?」

「実は、もう今すぐにでも別れて欲しいの

。そうでなきゃ、私の存在が消えてしまうかもしれないの」

「……」

 私がそう言うと、長谷川さんはくるりと私に背を向けた。そして空を仰ぐ。

「空が……真っ赤だなあ」

 長谷川さんは少し声を震わせてそう言うと、更にこう続けた。

「誰が那覇軒先輩と結婚出来るのかまでは聞かないでおくけど、やっぱり、辛いや……。私に協力出来る事があれば言ってね。那覇軒先輩へは、私から話しておくから。……沙美……さん、未来へ帰れるといいわね」

 長谷川さんはこちらを見ずに片手だけをスッと上げ、もう一つため息をつくと、大きな一歩を踏み出して歩き出した。

 取り残された私はと言うと、その場を動けないでいた。

『……何とも切ないわね。彼女が理解者で助かったわ』

「……うん」

 一人の純粋な……、恋愛をようやく知り得た女の子の恋は、私なんかの未来の為に(つい)えた。

 陽の低くなったこの季節、すっかり傾いた太陽が、冷えた私のおでこをジリジリと焼く。



『さ、これで乗り越えるべき壁を一つ乗り越えたわね。次はあなたのお父さんに、ネックレスを買わせなきゃ』

 部屋へ戻り制服を脱ぎながらに律子はそう言うと、更にこう続けた。

『ところで、お金持ってるのかしら……あなたのお父さん』

「……さあ」

 告白まであと九日、もうバイトをやるなんてそんな時間も無い。もし今お金を持っていないのであれば、私が、と言うか律子が、お父さんにお金を貸す他手段が無くなってしまう。

 しかし律子が貸すだろうか。

 ……。

 答えは見えきっている。が、念の為聞いてみよう。

「ねえ律ーー」

『貸さないわよ』

 ほらね。

 律子は冷たくあしらうと、机の上に置いてある豚さんの貯金箱を手に取り耳元へ持ってきた。そうして、ガチャガチャと振る。

 そんなガチャガチャの音に混じって、カサカサの乾いた音も聞こえる。紙幣だ。お札の種類こそ当てる事は出来ないが、一枚や二枚ではなさそうな事は確かだ。しかしそう考えると、恐らく千円札なのだろう。

 そんなガチャガチャの音も、割と重そうな硬貨であろう事も伺えた。総額おおよそ、四、五千円と言ったところか? これはきっと、律子に払わせる事になりそうだ。

「貯金箱なんて振って、本当は立て替えてくれる気あるんじゃないの?」

 私はニヤニヤしながら探りを入れた。すると律子は、『まあ、最終手段よ』と貯金箱をそっと元に戻した。




十二月十六日


 迫るXデーまであと八日。今日はお父さんへ例のプレゼントの話をしなければいけない。

 しかしその前に、長谷川さんから話はあったのかの確認をしなければならない。直接お父さんに聞く方向でいいだろう。

「ねえ律子、もし、もしもだよ? お父さんと長谷川さんが別れていなかったら、どうしよう……」

 私が尋ねると、律子はため息をついて一言ーー

『終わりよ』

 そう呟いた。

 ……終わり、ですか。まあ、まだ八日もあるのだから、「終わり」って事もないだろうけど、そのくらいの気持ちで挑んでいかないといけないと言う事だろう。

 少し憂鬱な気持ちを押し殺して支度を済ませる。



「おはよん!」

 校舎に入るや誰かに背中をバシッと叩かれた。振り向くと、春が満面の笑みをこちらへ撒き散らしている。……眩しいからやめろ。そう言いたくなった。

「痛いなあ、もう。おはよう……と」

「よう」

 振り向いた瞬間は気付かなかったが、山本光介が、カバンをダルそうに肩に持ち、春の隣に突っ立っていた。片側の口角だけを持ち上げて、ニヘラ、と笑うその顔が何とも憎たらしい。

 何度か二人でご飯を食べに行った話は聞いていたが、その後の詳しい進展については何も聞いていない。まあ、二人で仲良く登校している様を見る限り、“それなり”らしい。

 私はどうしていいのか分からず、律子の指示を仰ごうとも思ったが、そんな悠長な事はしていられない。ここは一つ気の利いた事でも……

「あ、あははは! な、仲がよろしい様で、何より! あは、あはははは!」

 ……ああ、逃げたい……今すぐに。どうしても花火大会での一幕が脳裏をかすめる。

『何であんたが動揺してんのよ……』

 ごめんなさい律子さん。良かれと思って、この場を華麗に流そうと思っての一言だったのです。

「あはは! どうしたの沙……」

 春はそこまで言うと、「あっ」と気付いた様な表情をし、山本光介の方を、目だけでちらりと見た。そして何も感づかれていない事を悟ると、こちらへ舌をチョコっと出してウィンクをして見せた。そして軽く咳払いをすると続ける様に、「どうしたのさ、律子。何だか今日変だよ?」と言い直した。

「あ、ああ、こいつがいた事に驚いただけよ……」

 私は両肘を抱くように軽く腕組みをして答えて見せる。

 あくまでクールに、あくまでスマートに、そしてあくまでリツコリティ溢れる感性で。何としてもこの場を凌ぐのよ、私!

「変なやつだな」

 山本光介は私を見てニヤニヤと笑っている。いや、私をではなく、律子を見ているのか。この“今日は何だか様子のおかしい律子”を。

『ちょっと、私のイメージ崩さないでくれる?』

 ごめんなさい……。



 教室へ着くと、何やら女子たちが片隅で騒いでいる。あの席は……魔女川さんの席だ。昨日の事を、早速みんなに言いふらしているのか? 「那覇軒先輩と別れました」と。ミーハーな女子たちだ、そんな事と知れば、何故そんな事になったのかを追求し、魔女川さんが口を滑らせれば私自身の名前、“那覇軒沙美”が出てくる事も有りうる。そんな漫画や小説みたいな話を鵜呑みにするバカはいないかもしれないが、何せ話をしている相手が魔女川だ、変に魔法をかけさえすれば、女子たちは忽ちに彼女の信者となり下がってしまうだろう。

 今彼女たちが騒ぎ立てている内容によっては、私の命に関わる、という事だ。

 恐る恐る彼女の席へ近づき、魔女川さんの顔を伺う。と、彼女はニコニコと楽しそうにお喋りをしている。

「は、長谷川さん……おはよう」

 女子たちの肩と肩の合間を縫って挨拶をしてみる。すると長谷川さんは「あ、待ってました!」と言う、更に明るい表情をさせ、

「おはよう仲米さん!」

 と挨拶を返してきた。そしてこう続ける。

「ねえ、那覇軒先輩にクリスマスプレゼントを渡そうと思うんだけど、何が良いと思う?」

「え? 那覇軒先輩とは……もう」

 私がそここまで言ったところで、長谷川さんは私の言葉を遮り、「今日の放課後一緒に選んで!」と満面の笑みで親指を立ててきた。魔女川の信者たちは、「え、私も行きたーい」と口々に揃えたが、長谷川さんは誰と行く事も約束はしなかった。



『彼女、一体どういうつもりなのかしら』

「さあ、私が分かるわけないでしょ」

 昼休みの屋上。冷たい風もそこそこに吹いてはいるが、陽射しもあって丁度いい温度に感じる。

「那覇軒……さん?」

 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。この声は……やっぱり。振り返るとそこには、つま先から頭のてっぺんまでスラっと整った体型の魔女がいた。長谷川さんだ。

「は、長谷川さん。あの、お父さんにプレゼント渡すって、どういうつもりなの?」

「うーん、私思ったんだけど、あなたが今存在しているのであれば、私がこの時代で何をどう足掻こうと、きっと私は那覇軒先輩とは結ばれない。それなら、先輩が卒業する前に、私の選んだプレゼントを渡したいのよ。先輩に一ミリでもいいから、私の思い出を刻みたいのよ」

 ……ぐぬぬ。言いたい事は分からないでもないが、しかし事はそんなに簡単に収まりそうにないのだ。私の存在が無くならないよう、律子が一生懸命に頭を働かせてくれている反面、この様に“運命”という名の紳士に導かれるままに生きる人間もいる。……私も人の事を言える立場ではないが。

 何だかあんなに打ち解けたハズの彼女が、今では本当に魔女の様に見えて仕方がない。

「あの、長谷川さん、昨日、“私に協力出来る事があれば言ってね。”って言ってくれたよね? 今長谷川さんにそんな風に動かれると本当に困るのよ。長谷川さんがもしお父さんとくっつかれたら、私の存在が消えてしまうかもしれないのよ」

「うん、知ってる。それ昨日聞いたもん」

 長谷川さんは何が楽しいのか、満面の笑みで、両手をお尻の方へ回して体をクネクネさせて答える。

『……ただの、バカね』

 長谷川さんは続ける。

「協力もするけど、プレゼントだけは譲れない。これだけはどうしても渡さなきゃいけないの。私の思い出を、先輩に一ミリでもいいからーー」

「ああ、はいはい、それはさっき聞いたから。……どうしても、引けないの?」

 私がそう聞くと、彼女は笑顔から一変、真っ直ぐに私の瞳を見つめ、コクっと頷いた。

「分かったわ。それじゃあ、クリスマスイヴにお父さんがお母さんにプレゼントを渡すの。あなたはその翌日、クリスマスの日にプレゼントを渡す約束をしてくれる? もしお父さんが、長谷川さんとの約束の場所に現れなかったら、キッパリ諦めてくれる?」

「いや、私はもう諦めてるつもりなんだけど……。最後に一ミリだけーー」

「はいはいはい、それはもう何回も聞いたから。重なってもう三ミリになったわよ。とにかく、そう言う事だから。宜しく。放課後のプレゼント選びも、一緒には行けないから」

 私はそう言うと、彼女の顔をチラッと見てその場を後にした。

 ……何とも悲しそうな表情をしていた。何だかズルい。諦めきれていない事くらい私にだって分かる。

 長谷川さんには幸せになって欲しいけど、タイムパラドックスの危険性があるのよ。ごめんなさい、長谷川さん。

『ねえ沙美、大丈夫? あんな事約束して』

「うん、大丈夫。だってお父さん、クリスマスの日にはおばあちゃんちに行ってるハズだから、もし過去にも私が同じ約束をしていたのであれば、お父さんは長谷川さんの所へは行っていない事になる」

『フフフ、なるほど。沙美にしては上出来ね』

 珍しく律子にお褒めの言葉を頂いた。


 ……。


 お母さん、確かにクリスマスイヴの次の日に、お父さんをおばあちゃんちに招いたって言ってたよね?

 ……何だろうな……何か引っかかる。




第7話 ー完ー

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