表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルかカナタ  作者: 一響
54/71

第7話―8―

 受話器から聞こえたそれは、確かに名乗った。

 「田畑」と。

 砥用さんにソックリだった、あの子の名前だ。しかもその子が、私自身を、「那覇軒沙美」を指名してきた。この有り得ない物語の展開を知らざるば、まさかこの家に、未来にしか存在していない人間、那覇軒沙美がいるだなんて想像も出来ない事だろうに。それを全く那覇軒家とは関係のない、この仲米律子の家に、見事に電話をかけてきたのだ。

 普通、那覇軒の人間を捜しているのであれば、お父さんの家に電話をかけるはずである。ここにかけてくる以上、毛の先程なりとも、私の置かれている状況を理解していると見てもいいだろう。

「那覇軒は、那覇軒沙美は……私ですけど」

 私がそう言うと、相手の声が少し低くなった。その声のトーンから、怪訝な面持ちをしている様子が伺える。

「声が、全然違うんですけど……」

 そんな事を言われても、私は律子の中にいるから……ん? この家に電話をかけてきた割には、私が律子の中にいる事は知らないらしい。しかし、はっきりと言った、「声が違う」と。

 これはやはり田畑さんが、“私の知っているあの人だ”という事を物語っている。

「あなた、砥用さんでしょ? 砥用、美里さん」

「……う、うん。あなたに名前を呼ばれて、那覇軒さんがあなたのそばにいるんじゃないかと、そう思ったのよ。この電話番号は部員にあなたの事聞いて、それから職員室で聞いたの」

 私の存在は知っているくせに、私が律子の中にいる事は知らないらしい。それに自分の名前を呼ばれただけで、私、那覇軒沙美にまで行き着いた理由も知りたい。

 と、不意に律子の声がした。

『この田畑さん……砥用さんは、何故この時代に来ているのかしら?』

 確かにそれも気になる。早速質問をぶつけてみたが、「あまり詳しくは話したくない」との事で渋られてしまった。が、ある人物の名前を私が出した事をきっかけに、砥用さんもベラベラと喋り始めた。その人物とは、カナタだ。人物と言うか、「自称天使」ではあるが。

「私は、今この体の持ち主、仲米律子の中に入ってるの。お互いに意識があって、体の主導権も交互に入れ替わるんだけどね。何だか胡散臭いカナタって天使に騙されて、この時代に飛ばされたの」

「カナタ!? 水色の髪の天使!?」

「え、ああ、うん、そうだけど、砥用さんも知ってるの?」

「うん、私は……お父さんの事故をきっかけに、カナタにこの時代へ飛ばされたの。彼が私をこの時代へ飛ばした理由は分からないけど、帰る為の条件だけ聞かされてるから、とにかく毎日お父さんと会話して、何かしらヒントを得ようと頑張ってるとこ」

 帰る為の条件……。そう言われ、未来で砥用さんに、石を貸してくれとせがまれた事を思い出した。

「ねえ、そう言えばさ、私に石貸してくれって言ってきたのは、あれはこの時代へ時空移動しようとしてたの?」

「え、石? 何の石?」

 私の問いに、砥用さんは意外な反応を見せた。石という単語を聞いて、すぐに分かると思っていたが……。すると律子が口を開いた。

『沙美、それって何の事?』

 そう言えば律子には、未来へ帰った時の事を、要所要所しか教えていなかったから、砥用さんから石をせがまれた事は話していなかった。

 その事を律子に簡潔に教えると、律子は、『それは多分、未来の砥用さんなんじゃないかな? もう少し先の、この砥用さんが巻き込まれている時代活劇の、まさに佳境を迎えている場面だったんじゃないかな』と教えてくれた。そんな事ならば、私なんかが考えても分かるはずもないので、砥用さんについての謎を探ろうとしている思考たちの働きを一切止めた。

「ねえ、那覇軒さん、もしよかったら、明日もボクシング部に来てくれないかな?」

「え!」

 私としては、未来から来ている砥用さんと関わる事は、未来に影響を及ぼす“へま”をしてしまいそうで避けたかったが、咄嗟に、お父さんがお母さんに渡すプレゼントの事も過った。

 お父さんは藁をも掴む思いなのかもしれない。私だって、お母さんへのプレゼントで失敗してもらっては一大事だ。成功させなければ、私はもちろん、由美も順平も生まれてこられなくなってしまう。

『フフフ、いいじゃない、楽しそうで』

 律子は何だか別の意味で楽しみを持っていそうだが、彼女がそう言うのであれば、ここは安心してこの泥船の切符を買おう。……泥船と言うのは、恥ずかしながら私自身が起こすかもしれない“へま”ではあるが。

「私も弓道部があるから、それが終わってからでいいなら、見に行ってみようかな。……参加はごめんだけど」

「うん、お願い。私、ここへ来て誰も相談できる人がいなかったから、すごく心強い。ありがとね!」

 まさか、中学まで私立で通してきた砥用さんに、ここまで頼りにされるとは。もしかして私ってば、なかなかにしてなかなかな存在だったりする!? グフフフ。

『何ニヤニヤしてんのよ、気持ちの悪い』

「ーーっ!?」

 目の前の鏡に写し出された律子の顔は、だらしなくほころんでいた。

 その後私の物語の内容も少しばかり話し、受話器を置いた。

 まさか砥用さんまでもこの時代へ来ていたなんて、想像だにしなかった。しかも、それはカナタによるタイムトラベルだと言う。カナタは一体……何者なのだろう。自分の事を天使とか言っちゃうような怪しいやつではあるが、カナタに逆らうと、私の魂も危険にさらされてしまう。余計な詮索はやめておこう。



 次の日、弓道部を早目に切り上げ、砥用さんとの約束通り、ボクシング部の見学へと向かった。無機質な廊下はやはり苦手だ。……昨日より何だかカビ臭く感じる。窓から外へ目をやると、空は晴れていて清々しいのに、ここの廊下はまるで別世界だ。私だけ別の世界に飛ばされてしまったかの様な、そんな感じ。

 ……あ、飛ばされてるんだった。

 廊下の角を曲がると、ボクシング部の練習している音が一気に近付く。

 窓から中を覗くと、すぐに砥用さんが気付いてくれた。

 私を中へ案内すると、さらに奥の部屋へと導かれた。

 途中の、部員たちの冷ややかな(私が勝手にそう感じただけかもしれない。)視線が、胸に痛く突き刺さる。部員でもない人間が、この特殊な部屋を横切るのは、やはり特異な光景なのだろう。

 物好きな女、変わり者、変人……何とでも思ってくれ、私は今、やるべき事があってここへ来ているのだ。そういう意味で言えば、上を目指してここへ来ている部員たちと、さして変わりはない。むしろ、命がかかっている私の方が、部員たちを白い目で見てもいいのではないだろうか。

 ……まあ、それは自分を過保護にまとめすぎではあるが、そう言い聞かせていないと、この冷や汗たちの収まる気配がないのだ。

 ええい、こちらを見るでない! 扇子でもひらり(ひるがえ)しこう言い放って、この武士(もののふ)どもを膝まづかせたいところである。

 とは思うばかりに、私は律子の体を小さく畳む様にリング脇を通過した。

 部屋へ入ると、そこには先生がよく使っている机と、大きな本棚、それから山盛りになった灰皿の乗った低いテーブルとソファが目に飛び込んできた。お世辞にも広いとは言えないその部屋は、言うまでもなくタバコ臭く、さらに湿気がこもっており、何だか練習部屋より暑く感じた。

 「う、タバコ臭い!」砥用さんは、私がそう言うが早いか、部屋の窓を開けてしまった。

 そして、「よし、それじゃあ時間も無いから、手短に話そっか」と、ソファへドサッと腰を落とした。

 舞い上がるホコリが気にはならないのだろうか、砥用さんは目を爛々(らんらん)とさせてこちらを見つめている。ソファと向かい側にあるパイプ椅子に座ると、「ギシッ」と、錆びた骨が鳴った。

「早速だけど那覇軒さん、あなたが未来に戻れる条件を教えてくれる?」

「……ん、うん。私はカナタから課題を言い渡されているの」

「課題?」

「うん、“誰か一人を幸せにして、誰か一人の命を救う”って課題。それを達成させられれば、未来へ戻してもらえるんだと思う」

「にゃるほど」

 砥用さんはそう言うと、顎に拳を当てながら、前のめりにしていた体を、背もたれにボフッと戻した。西日に照らされたホコリがキラキラと舞う。そしてこう続けた。

「で、課題は達成出来そうなの?」

「うん、“誰かを幸せにする”ってのは達成出来て、あともう一つの方も、誰の命を助ければいいかは分かったから、あとは“その日”に助けられるかだけかな」

「その日?」

「うん、来年の頭のーー」

 私がそう言うと、砥用さんはまた体をグイッと起こして「もしかして」と言いながら私を軽く指さすと、「一月三日?」と言い当てた。

 瞬間、ゾクッと背筋に冷たい何かが走る。

「な、何で分かったの?」

「私のタイムリミットなのよ、一月三日は。カナタはこう言っていたわ。“一月三日に俺の大切な人が死ぬ、その日までに、お前の大切な人を、心から救う事が出来れば未来へ戻してやる。”って」

 砥用さんが言い終わるや否や、律子は『大切な人が死ぬ……か』と、小さく呟いた。

「そ、そうなんだ。ん? ちょっと待って、私は人を助けなければいけなくて、それが一月三日。そしてカナタの大切な人が死ぬってのも一月三日……これってつまり」

「ん、どう言う事?」

 砥用さんは目を丸くしてこちらを見ている。今しがた気付いた事を彼女へ伝えたいが、砥用さんはまだ“知らない方がいい”のではないかと思い、私は急用を思い出したフリをしてその場を後にした。




 外へ出ると、ひやりと冷たい空気に息が凍る。これまでいた病原菌の培養ルームとは打って変わって、清い空気に体が浄化されていくのを感じる。

 そして砥用さんに後をつけられているのではないかと、足早に帰路に着く。

「ねえ律子教えて、カナタって、もしかしてカナタって!」

『沙美、私が前に、死ぬ事が確定した人がいるって話したの覚えてる?』

「う、うん、花火大会の帰りでしょ? 覚えてる。そしてカナタの正体は……」

『流石に気付いたみたいね。でもカナタが亡くなるのは、一月三日よりもっと後だと思う』

 春とかき氷を食べに行ったあの日、律子が教えてくれた。春の弟である秋人君が、現在入院中だと。

 そしてカナタが言う「一月三日に大切な人が死ぬ」と言う点と、「春を一月三日に助けなければいけない」という事が改めて合致する。

「……カナタが……秋人君なのよね?」

 私がそう聞くと、律子は静かに『魂の流転は非情よ』と返した。そして続ける。

『沙美がカナタの名前教えてくれた時、何だか聞いた事あると思っていたのよ。トキア・カナタ、田中秋人……冥界も単純な(ことわり)で成り立っているらしいわね。

 それなら、カナタが姿を現す時に決まって私を眠らせていた点も納得がいくわ。見られるとまずい……私がその事に気付いて、タイムパラドックスを引き起こさないか心配してくれていたのかしら』

「フフフ、そうかもね」

 さて、砥用さんの期限も一月三日だと知らされ、お互い時間が迫っている事は明らかではあるが、私は両親の事もある。

 お父さんの告白まで、あと十二日。こちらからアプローチしてやるとするか。


 ーーチリリリリリン


 家へ着くや、電話のベルが歓迎してくれた。

「はいはいはい」

 急いで靴を脱ぐ。別に急ぐ必要もないのに、電話のベルが心を急かす。

 そして受話器を取ると、長谷川さんの声が聞こえた。

「あ、もしもし、長谷川ですけど、律子さんはーー」

「あ、長谷川さん、私だけど」

「ああ、良かった! 仲米さんに相談があってさ」

「相談?」

「うん、その……えーと、好きな人ができちゃって」

「お、おおお! それはめでたい!」

 まさかまさかの長谷川さんに好きな人が出来てしまうだなんて。この世の中、何が起きるか分かったもんじゃない。さては人形劇の一件で、長谷川株の上昇で誰かめぼしい人を見つけたのか? 何とも笑いが止まらない。

 そして相手を聞いてみる。

「フフフフ、で、誰なの? 相手は」

「う、うん……那覇軒、先輩」

「……」

 誰か私を笑わせてくれ。



第7話ー9ーへ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ