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ハルかカナタ  作者: 一響
51/71

第7話―5―

 人形劇の始まる十分前から、わらわらと教室に人が集まり始めた。現在午前十時二十分。劇は約三十分もある大作だ。

 シナリオは律子が書いた物で、主人公のライオンが仲間を引き連れて魔女をやっつけに行く、という内容になっている。が、しかし、魔女がこれまた可愛くて、退治するには何とも心が痛む様なつぶらな目をしている。しかも長谷川さんは何を思ったのか、この魔女の人形は笑っているのだ。笑っていると言っても、悪役にありがちな、何かを企んでいる様ないやらしい笑いではない。可愛らしく微笑んでいるのだ。この設定書に載っている「動物たちを食らいつくしてきた魔女」という設定には、少し無理があるように感じる。

 だが配役に助けられた。この魔女を演じるのは、律子直々に任命した長谷川さんだった。これまで気の強い女を演じてきたのだ、人形劇でそれを再現する事くらい簡単な事だろう。現に練習ではなかなかの“はまり役”だった。

 そして主人公のライオンを演じるのは律子。律子自身は劇に出たくなかったらしいが、男子の「魔女の長谷川を退治できるのは仲米だけだ!」という鶴の一声で、教室中に響く笑いの中決まってしまった。

 あ、そう言えば、長谷川さんに対するみんなの誤解は解け、あんなにツンツンしていた彼女が急にみんなに対して優しくし始めたものだから、男子からの株が急上昇している。女子からも人気が出てきたようで、休み時間なんかは転入生の様に長谷川さんを囲んで、みんなでお喋りをしている。しかも今の今まで暇さえあれば勉強をしていた人間だ、頭の出来は分からないが、成績で言えばクラスでダントツのトップだ。勉強ができて顔もそこそこで今までツンツンしてたのに急に優しくなっておまけにパーマ。人気が出ない訳が無い。

 例えるならカレーに豚カツだ、絶対美味しいに決まっている。酢豚にパイナップルとは訳が違うのだ、酢豚にパイナップルとは。

 大体酢豚にパイナップルを入れた馬鹿野郎はどこのどいつなんだろう。豚肉が柔らかくなるから、とか言ってパイナップルを入れた豚野郎は、私が頭にパイナップルを入れて脳みそを柔らかくしてやる。あれは丁度いい酸味を出す為に使われているのだ。パイナップルは六十度以上に加熱すると、お肉を柔らかくする成分が殺されてしまうから……と、そんな事はどうでもいい。とにかく長谷川さんは人気です。

 話を戻して、うさぎ役は春で、あとのゾウ、カバ、クマ、は他の女の子となった。そしてナレーターは菊川さんだ。驚いた事に、菊川さんはナレーターを自分から志願した。そして春は、八重子にも何かさせたかったらしく、「じゃあゾウは? じゃあクマは?」としつこく聞いていた。八重子は裏方のほうが良かったらしい。

 一応、私も練習には何度か参加していたので、失敗しない程度には出来るが、私が演じると、どうも迫力に劣る。

「それじゃあ、本番第一回目、始めるよ」

 八重子が教壇へ駆け寄る。そして教室の端にいる子へ合図を出すと、教室のカーテンが全て広げられ、教室は完全に暗くなった。その隙に、どのくらいの人が集まっているのか確認したら、準備しておいた三十脚の椅子は満席で、立ち見も数人いる程に集まっていた。

 そして後方から、ステージ用のライトで舞台を照らす。舞台と言っても、長テーブルを二つ組み合わせ、それにテーブルクロスをかけただけの簡易的な舞台だ。

 そして物語は始まる。

『あーあ、動物園も退屈だなあ、ボクは一体何のために生まれてきたんだろう?』

 律子のいつもより高い声が、教室に響く。

 この律子の台詞から始まり、ライオンが動物園にいる動物たちと脱走し、そして図書館へ迷い込み、そこにあるファンタジー小説の中に迷い込んでしまう、という流れになっている。最終的に魔女を倒して元の世界に戻って来るのだが、道中動物たちは、それぞれ元の世界で大切にすべきもの、自分が何の為に生まれてきたかを発見していくという物語だ。

 主要キャラたちは専ら女子が演じているが、残りの、村人のような脇役たちには男子も入っている。

 時計の針が十時五十分を指す頃、物語はクライマックスを迎えた。動物たちが魔女と戦うシーンだ。動物園で飼育されてきた動物たちが、こてこての大悪党として育ってきた魔女を退治できるかは(いささ)か疑問に思ったが、口に出すのも無粋な気がしたので黙っておいた。口に出しでもしたら、私が退治されそうだから……。

『これで、最後だあ!』

 律子の可愛い(とど)めの一声が教室に響き、つぶらな瞳のライオンの顔が、劇中微笑みを絶やさなかった魔女にくっついた。噛み付いているらしいが、台詞や音響が無かったらきっと、ライオンと魔女がじゃれ合っているだけの様に見えるのだろう。

「ぎゃああああああ! やられたー!」

 長谷川さんの魔女、……魔女川の断末魔を合図に、茶色を基調とした荒野から、緑の大草原へと背景が変わる。

 それにしても、あんなにツンツンしていた嫌われ者が、今では舞台下で他の演者と、隙あらば人形同士を遊ばせて笑っている。何だか微笑ましい。

 そしてここで、予想外の展開が起きた。本来であれば、このまま魔女川はフェードアウトして、村人たちのお礼、それからリアルの世界へ戻った動物たちは、何事も無かったかの様に動物園へ帰る、という流れになっている。が、長谷川さんが魔女川を舞台下へ下げると、次の律子の台詞「やったー! これでこの世界が平和になるぞ!」というものが律子の口からは発せらなかった。

 律子は台詞は言わず、ある一体の人形を舞台下の袖から取り出した。そこに隠れていた人形は、女の子を模した可愛い人形だった。これは、律子がリビングで作っていた物だ。誰かに似せたのか、その人形はゆるくパーマがかけてある。

 律子はその人形を、長谷川さんに差し出し微笑んだ。そして、人形を少しだけ上げる仕草をし、同時に顎でくいっくいっとして見せる。

『私の台詞についてきて』

 長谷川さんは目を丸くしているが、律子の言葉に頷き、その人形を受け取って舞台へ上げた。他の演者も、律子が何をしようとしているのか分かっていない様子だが、律子はお構いなしに物語を進める。

『おい、みんな見てみろ! 魔女が、女の子の姿になったぞ!』

 その律子の台詞を受け、春を始め、あとのゾウ、カバ、クマの人形を持っている女の子たちは、慌てて人形を舞台へ上げた。そして各々、「ほ、本当だ、女の子になったぞ!」などと、アドリブの台詞を挟む。

『君は、何て名前なの?』

 律子はそう言うと、続けて長谷川さんへ口パクで、“みほ、みほ”とやって見せる。

「私は、ミホよ。救ってくれて……ありがとう」

 何ともアドリブな為、「これでいい?」と律子へ表情だけで問いながらの言い回しとなってしまう。

『ミホ……か、素敵な名前だね。君はもしかして、友達がいなかったんじゃないか? だからこんなに悪い事をしてしまっていたんじゃないのかい?』

 律子がそう言って長谷川さんの事を見ると、彼女はハッとした顔をして、女の子に台詞を言わせた。

「……うん、そうなの。……ずっと、友達いなくて、ずっとずっと、寂しかったの」

 舞台下の皆も、律子が何を言わんとしているかに気付いた様だ。みんな、うんうんと頷いて優しく微笑んでいる。

『じゃあ、これからは僕たちが友達だ! ミホ、宜しくね!』

 長谷川さんの顔を見ながら、律子は彼女へ直接その言葉を投げる。すると長谷川さんは、目に涙を浮かべて返事をした。

「ありがとう。……これから、宜しくね」

 そして女の子の人形を、ライオンへくっつけた。舞台下では、長谷川さんは泣きながら、律子のライオンを持つ手を握りしめている。

 そして改めて律子の台詞、

『きっとミホは、誰かに魔女を演じるように命令されていただけなんだ。友達のいなかったミホの、寂しい心に付け込んで』

 春が台詞を回す。

「じゃ、じゃあもしかして、その女の子を利用していた、もっと悪いやつを退治しなくちゃいけないのかな?」

『それはきっと大丈夫、ミホは、自分で決着をつけられるから。それに、いつだって僕たち仲間がいるから、困った時は助け合えばいい。いつだって、友達は傍にいるんだから』

「うん、私はもう大丈夫! みんながついているから!」

 長谷川さんが言うと、他の演者たちも泣いてしまっていた。

 そして物語は元のシナリオへ戻り、そのまま幕を閉じた。

 エンドロールではアップテンポの曲が流れると共に役者紹介があるのだが、菊川さんの配慮か、その役者紹介が終わると、先程のアドリブシーンの事も「実はミホという女の子が出てきてからは--」と、長谷川さんの諸事情と共に紹介された。

 長谷川さんが頭を下げると、皆改めて、涙を流す彼女へ優しく拍手を送った。そしてその仕掛人である律子も、長谷川さんと犬猿の仲だった事、思いきり頬を張った事、等々を紹介された。律子が、照れた様に長谷川さんに両手を合わせて謝る仕草を取ると、教室中はどっと沸いた。

 そして音楽が終わるタイミングを見計らい、劇に参加した裏方も全員含め横一列に手を繋いだ。そして改めて挨拶をし、盛大な拍手に包まれて第一回目を終えた。



 教室が静かになると、先程の盛り上がりもあり、何だか余計に寂しく感じる。ついさっきまで、ここは感動の渦に巻き込まれていたのだ。それが嘘の様だ。

 しかし、それは嘘でもなければ夢でもない。現に長谷川さんは、満面の笑みを浮かべながら、他の女の子とわちゃわちゃやっている。最近では、もうすでに皆と仲良くなっていた彼女ではあったが、劇を通して、また一段と絆が強くなったはずだ。本当に、彼女の人生は変わった。

『友達って、本当にいいわよね』

「うん、私もそう思う」

『友達は偉大よ。その人の人生を、簡単に変えちゃうんだから』

「……簡単に、変えちゃう……か。……うん、そうだね!」

 私はこの時、夏休みの宿題の一つ「進路について」に書く事を決めた。これは前々から「そうなればいいな」と考えていた事ではあったが、自分では絶対に無理な事が分かっていたので、口にも出さなければ、最近では思う事すら()めていた事だ。


 私は、製薬系の仕事に就きたい。

 薬を開発したいのだ。律子の病気を治す薬を。





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