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ハルかカナタ  作者: 一響
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第7話―3―

 私はすぐに菊川さんと長谷川さんの間に入った。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ」

 あくまで律子を演じて。

「どうもこうも無いわよ。私に文化祭の準備を手伝えって言うのよ、このグズ!」

 何て事を言うんだこの人は。クラス全員ちゃんと手伝っているではないか。と、改めて教室を見てみると、全体の半分くらいの人数しかそこには居なかった。

「と、当番の日は……文化祭の準備……してもらわないと……。長谷川さんは、まだ……その、一度も……参加してくれていないから」

 菊川さんの声は、後半ほとんど聞き取れないくらいに小さな声になってしまった。しかしなるほど、文化祭の準備は、クラスの半分ずつで分けているらしい事は分かった。

『こいつ、性格最悪なのよ。親を盾に良いように学校生活送ってるの。そのせいで嫌われて、友達だって一人もいないんだから。先生達も、長谷川さんにはきつく言えないらしいし。一度私が言ったら先生に止められる始末よ』

 何だか絵に描いた様な悪役だ。どうして親が権威のある人間だと、こうも子供にまで影響してしまうのだろうか。見た目も、肩甲骨まで伸びた髪にパーマなんてかけており、この時代の周りの子達と比べると、かなり派手で遊んでそうだなと、そんな印象を受ける。

 とにかく、菊川さんに手を貸して立たせる。

「大丈夫?」

「う、うん……ありがとう」

 すると、またしても律子の声が聞こえた。

『それにしても、菊川さんが人を注意するなんて珍しいわね。今までそんな事なかったんだけど』

 それを聞いて、何だか菊川さんの味方をせずにはいられなくなった。まあ、元々長谷川さんの味方をする気なんて無かったのだけど。

「長谷川さん、勉強は文化祭の準備の後からでも出来るでしょ?」

 私がそう言うと、長谷川さんはまたしても声を荒げ始めた。

「は、はぁ!? あんた私の成績が下がったらどうしてくれんのよ! 責任でも取れるの!? 私は今すぐ帰って勉強しないといけないの! 私はあなた達と違って忙しいのよ!」

 凄い迫力だ。私がその迫力に圧倒されるや、一気にストレスを感じたのだろうか、一瞬頭痛が走り、律子と入れ替わった。すると律子は間髪入れず冷静に、長谷川さんにこう返した。

『あんた夜寝てないんだ? 忙しいから今すぐ帰って勉強しなきゃって、寝る暇も無いくらい時間きつきつだから言ってるんでしょ? それに、成績下がったら責任取ってあげても良いけど、私たちの劇が失敗したらあんた、それこそクラス全員分の責任取れるんでしょうね』

 飽くまで冷静なその声は、とても低く、怒鳴り散らしている長谷川さんとは比べ物にならないくらいに迫力があった。

 すると長谷川さんは、「な、何なのよあんたは!」とキレてしまい、瞬間、


--パチン!


 という、高く乾いた音が教室に響いた。律子が叩かれてしまった。静まり返る教室。誰もが言葉を失っている。が、更に次の瞬間、


--バチン!


 こもったような鈍い音とともに、長谷川さんの体は吹き飛んでしまった。何が起きたのか一瞬分からなかったが、律子のビンタが彼女を張り倒したらしい。本当にヤバいくらいに力強いビンタだった。ビンタと言うよりも、「掌底(しょうてい)」と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。

 長谷川さんは、相当ダメージを受けたらしく、「痛ったー」と言いながら、頬ではなく首をおさえながら立ち上がった。そしてそのまま、何も言わずにヨタヨタと教室を出ていってしまった。

 すると周りにいたクラスメイトたちは「スゲー!」だの「見たかあの長谷川の顔!」だのと、一斉に声を上げた。そして一人の男子生徒が、特に興奮して律子へ駆け寄ってきた。

「おい仲米、お前はいつかやってくれると思ってたが、とうとうやったな! 最高に気分良かったぜ!」

 すると律子は少し微笑んで『ありがと』と答えると、今度はため息を一つつき、こう続けた。

『でも多分、今度はあいつの親が出てくるわね』



 その次の日の朝、案の定律子は職員室へ呼ばれた。そしてそこには、長谷川さんと、そのお母さんだろうか、肉付きの豊満なご婦人が立っていた。高そうな白いスーツはピチピチで、今にもボタンが弾け飛びそうだ。

 長谷川さんは、顔と頭、それから首にかけて包帯を巻いている。そこに冷却パックでも入れているのだろうか、頬のところだけ膨らんでいる。

 長谷川さんは、「こ、こいつよママ! 私の事殴ったのよ!」とヒステリックになっている。が、律子がそちらを睨むと、長谷川さんは“ママ”の陰に隠れた。長谷川ママは律子へ向き直り、そして目を細めた。

「まったく、人を殴るなんて信じられない子ね。親御さんはどういう教育をされているのかしら」

『親は関係ありません、私はただ、殴られたから殴り返しただけです』

「うちの子は人様を殴るような子ではありません! もし仮に、うちの子が殴ったとしても、それを殴ってお返ししようなんて野蛮すぎます! 話し合いで解決しようと思わないのあなたは!」

『ごもっともです。口より先に手が出た美穂さんへ、今のお母様のお言葉、そっくりそのままお返しします』

 そこまで律子が言うと、脇にいた教育指導の先生が止めに入った。見た感じ定年前と言ったところだ。とても落ち着いている。

「まあまあまあ、お母さんも仲米さんも落ち着いて。いやあお母さん、友達ってのは色々あるもんですよ。ケンカして怪我させるのはいかがなものかとも思いますが、私個人としては、そのくらいないと、良い友達関係は築けないかと--」

「うちの子が怪我して、それが良かったですって!? 先生が先生なら、生徒がこんな野蛮に育つのも頷けますわね! 先生、もしこの怪我が原因で、うちの子の勉強に差し支え、更には将来稼ぐべくお給金が減ってしまったら、どう責任を取って下さいますの?」

 長谷川ママがそう言うと、律子は間髪入れずに入った。

『責任責任って、親子揃ってうるさいわね。長谷川さん、あなた一体いくら稼ぐつもりなのよ』

「娘には少なくとも、年収一億くらいの女性にはなってもらうつもりです!」

 律子は長谷川さんへ直接問い掛けたが、その答えが長谷川ママから返ってくる事は目に見えていた。年収一億とは、これまた夢みたいな話である。

 しかし、長谷川さんのお父さんはいくつか会社を経営しているらしい。一人っ子の長谷川さんが会社を継ぐとなると、それも容易(たやす)いのかもしれない。

 さらに長谷川ママは続ける。

「仲米さんとか言ったかしら。少し生意気なあなたに教えておいてあげるけど、世の中はお金で動いているのよ。お金を稼がなければ夢も叶えられないし、幸せだって買えないの。あなたに一億稼ぐ事ができて?」

『私の夢は、一億なんてはした金で買う事はできません。それに、お金で買える幸せなんかに(ひた)る程、私は落ちぶれていません。あなたの様な親御さんに育てられて、本当の幸せを知らない美穂さんが可哀想です』

 律子がチラッと長谷川さんの方を見ると、一瞬だけ目が合った。が、すぐに目をそらされてしまった。

「な、何なのこの子は! 私が落ちぶれているって言うの! 失礼な事をずけずけと! 分かりました仲米さん、あなたにこれを差し上げますから、もう二度とうちの子とは関わりを持たないでちょうだい!」

 長谷川ママはそう言うと、高そうな手持ちバッグから、更に高そうな大きな財布を取りだし、そこから一万円を抜き机に叩きつけた。そして、長谷川さんの手を引いた。

「さ、美穂ちゃん、行きましょう! 友達なんて必要ありません、勉学の邪魔です!」

 すると律子は、その一万円を片手でクシャっと握り潰すと、長谷川ママに投げつけた。

『こんなお金で、美穂さんの人生を台無しにするつもりですか! 友達が必要ないなんて、本当に言っているんですか!』

「うるさいわね! ほら、美穂ちゃん、行くわよ!」

 手を引かれる長谷川さんは、頬をおさえながら職員室の出口へ向かっていく。

『長谷川さん、本当にそれでいいの!? 友達いらないの!?』

 律子が呼び掛けると、長谷川さんはその足を一瞬だけ止めたが、顔を(うつむ)け、また歩き出してしまった。

 静まり返った職員室に残された律子は、その後先生に注意されてしまった。PTA会長さんだから、との事ではあったが、その理不尽な理由には、意外に律子は反抗する事はなかった。

 教室へ戻る途中、律子は静かに口を開いた。

『長谷川さんってさ、喋り掛けると性格は最悪なんだけど、静かな時はいつも寂しそうな顔してるのよね。休み時間もずっと窓の外眺めてるだけだし、お弁当だっていつも一人だし。入学してから一年半、よく誰とも仲良くしないでやってこれたわよ。私だったら耐えられないわ。

 それと、あの子が学校で笑ってるところなんて見た事なかったんだけど、今年の夏休み前に一度だけ、笑ってるところ見たんだ。休みの日の公園で、数人の子供と一緒に砂場で遊んでたの。多分親戚の子とかだとは思うんだけど、その時はすごく笑ってたわ。良いお姉さんって感じで。

 その時思ったのよ、長谷川さんは友達が欲しいけど、今まで友達がいなかったから、接し方が分からないだけなんじゃないかって』

 やっぱり律子はいつだって周りを見ている。そこに救うべき人間がいれば、ちゃんと救いの手を差し伸べてあげる、女神様みたいな人間だ。

『まあ、ビンタされた時は本気で殺してやろうかと思ったけど』

 ……神様、今の私のやつ、撤回して下さい。




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