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ハルかカナタ  作者: 一響
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第7話―2―

『遅かったわね、今日はもう二十日よ。タイムリミットぎりぎりよ』

「ごめんね」

『ところで、カナタに与えられた十分間で戻って来れたの?』

 律子にそう聞かれたので、「多分、石を受け取るのが間に合わなかったっぽくて」と、事のあらましを簡単に伝えた。

『……そんな事があったんだ。二週間も大変だったわね。春がそろそろ戻って来るから、詳しくはまた後で聞くわ 。とにもかくにも、戻ってきてくれて嬉しいわ、改めて、お帰りなさい』

「うん、ただいま」

『それにしても、封筒から指が離れた瞬間に沙美が戻ってきたから、やっぱり、あの手紙は書かなきゃダメだったみたいね』

「うん、律子からの手紙通りにしたら戻ってこれた。本当に助かったよ。由美も律子の事、絶賛してたよ」

 私がそう言うと、律子は『何よそれ』と微笑んだ。

 そして、バスの事故の件も話しておいた。私がこちらへ戻る際に跳ねられた時の事だ。しかし律子の回答は、『多分実際の沙美には影響ないと思う』との事だった。それは由美と同じ考えで、未来へ一旦戻った時の私の体は実際の私の体ではなく、意識を入れておくだけの入れ物みたいな物なんじゃないか、だとか言っていた。その時の私の体が実際に存在している“本体”とするならば、一つ多くこの世に存在してしまうから、とか何とか難しい事を言っていた。

 それからもう一つ、どうしても思い出せない事があった。跳ねられる瞬間に見た、もう一人の私を助けようと駆けていた女性の顔が、どうしても出てこないのだ。思い出そうとしても、顔の部分だけがどうしてもボヤけてしまう。

「……えーと、誰だったかなあ」

『もういいわよ、春と夏海、それからアルバムの“二人”の事だけで充分よ』

 そうこう話していると、春が麦茶を二つ持ってやって来た。両手が塞がっている為、襖を足で開けて。

「お待たせ律子ー、部屋行こっか」

『あ、春、沙美が帰って来たわよ』

 律子がそう言うと、春は「なんだってー!」と発狂し、麦茶をそこに置いて律子に向き直った。

「沙美、帰って来たの!? おーい、そこにいるのかー」

 バシバシと律子の頭を叩く春。その五発目の攻撃が律子に当たる瞬間、律子は春の腕を掴んだ。

『何すんのよ』

「あ、ごめんちゃい」

 そこから暫く春を交えてお喋りをした。主に、私のいなかった約一ヶ月半で何が起きたのか、どんな事が学校であったのかを教えてもらった。

 誰と誰がケンカしたとか、先生が転んで怪我をしたとか、そんなところ。特に大きな事はなかったらしいが、そのうちの一つとして、弓道の試合が終わった事を知らされた。

 この試合は、私も注目していたもので、ちょっとしたやる気は見せて練習に勤しんではいた。試合に出ることが出来なかったのは、少し安心した反面、練習を頑張っていた事もありちょっぴり残念でもあった。その胸中を律子へ伝えると、『試合ならまたあるわよ』と返された。ちなみに、結果は、チームでは予選敗退だったものの、個人では律子が三位に入ったらしい。

 それから、文化祭が十月三一日に開催されるという事も知らされた。



 家に帰ると、律子はすぐに部屋へと上った。

 そして制服のまま机に座り、一冊のノートを広げる。

『さてと、まとめるわよ、沙美』

「マトメル?」

『イントネーションおかしいわよ。まとめるのよ、これまでに得た情報を』

 そう言うと律子は、旅館でも書いた様に、これまでの人物の名前を箇条に書き出した。

 そこには「春」「夏海」「私」「沙美」という四人が並べられた。

『さて、まず夏海についてだけど、彼女は消息不明なだけで、亡くなった訳ではないのね?』

「うん、そう言ってたよ」

 それを聞くや、律子は夏海の名前の横に小さく「生」という文字を付け足した。

 ……まったく関係はないけど、夏海の横に並んだその「生」の隣に、何だか無性に「ビール」という文字を足したくなった。夏だ、海だ、ビールだ! ……ビールのキャッチコピーが出来た。

『で、春はバスに跳ねられて、ドブ川に流された……私も一緒に』

「え? あ、うん。そうそう」

 律子は鉛筆をポイっと転がすと、握りこぶしを口元へ持っていき、『跳ねられたのに無事だった? ……嘘よ。それともそれと一緒に手術を?』とか分からない事をブツブツと呟いていた。そこで思い出した事があった。

「あ、そう言えば、そのバスには人を跳ねた跡は残っていなかったらしいよ」

『え、それ本当!?』

 途端に律子の声が高くなる。

「う、うん、お母さんがそう言ってたけど」

『やっぱり、私の予想は当たっていたわよ沙美。フフフ、私が誰一人として、死なせはしないわ』

 律子はそう言いながら、私の名前「沙美」という文字を幾重にも丸で囲んだ。そしてその後『ま、死なせはしないのは、私じゃあないんだけど--』と言い、丸で囲まれた私の名前から「春」「私」という所へ矢印を引き、最後に『ね!』と言って、鉛筆をバシッとそこへ叩きつける様に置いた。

 何だか訳が分からないが、とにかくどうにかなるらしい。私が「へえ」と上の空で相槌を打つと、律子様からお誉めの言葉を頂いた。

『沙美、よくやったわ。あなたを一度未来へ帰して、やはり正解だった。夏海が外れるとなると、かなり楽になるわね』

「そう言って貰えて良かった。こちとらバスに轢かれてますから」

『ごめんね、もう大丈夫だから』

 あの衝撃は、本当にヤバかった。あんなの二度とごめんだ。あの瞬間、私は全てを諦めてしまったけど、あの私はもう死んだ。あの時バスに跳ねられて死んだのだ。だから、私の中に“物事を諦める私”はもういない。

 それにしても、こうしてまた律子とお喋り出来るなんて、本当に思っていなかった。今は戻って来られた事よりも、律子に会えた事そのものの方が、とにかく嬉しい。後はこの名探偵りっちゃんに全てを委ねるとしよう。



----------


十月二一日


 少しばかり肌寒い。今体にかけてある薄い毛布だけでは、非常に心細い。と言うか、既に体温は下がってしまっている。アウトだ。

 まだ十月だと言うのに、この気温は一体何なのだろう。まったくチキショウこの上ない。

 朝日は差してきてはいるようだが、外はまだ若干暗い。時計を見ると、六時半を回ったばかりだ。着替えてリビングへ行くにしてもまだ早い。

 仕方なく押入れから羽毛布団を引っ張り出す。少し乾いた臭いが鼻をつくが、そんな事はこの際どうでもいい。羽毛布団を被り、その上から毛布を掛ける。が、この羽毛布団がひやりと冷たい。すぐに暖まるのだろうが、最初の羽毛たちとのコミュニケーションが上手いこと取れない。

 毛布を上から掛けたのは、前に由美が「羽毛布団の上から毛布かけた方が、後から暖かくなるよ」だとか言っていたからだ。実践するのは初めてである。

 そして次第に暖かくなってはきたが、体の震えが止まらず、何だかんだで七時過ぎまで眠りに就く事が出来なかった。

 体を起こして支度をしようとすると、ある事に気付いた。喉と、鼻の奥が痛むのだ。

 ……律子様、残念なお知らせがあります。どうやらおたくの体、風邪を召されたようです。

 私のせいではない。昨日の晩、十二時を回っても寝ようとしなかった律子のせいだ。先に寝てていいわよ、なんて言ってはいたが、気温が低くなると分かっていただろうに、こんなに薄っぺらい毛布だけで一晩を過ごした彼女のせいだ。それとも、今朝から突然冷え込み出したのか? それならば前言は撤回しよう。

 制服へ着替えていると、律子の声がした。

『おはよー、あれ、もう着替えてるの?』

「うん、ちょっとね」

 私がそう返事をすると、律子に『鼻声じゃない、風邪ひいたんじゃない?』とすぐに指摘された。

「喉と鼻が痛い、今日何だか寒いんだよ。昨日の朝とか寒くなかったの?」

『ああ、昨日もまずまず寒かったわね』

 ……律子は何故、あの薄手の毛布だけで勝負をしようとしたのだろう。勝ち目の無い、明らかに目に見えた勝負を。

 学校が終わったら病院にでも行こう。

「ねえ律子、保険証どこ? 学校終わったら病院行くから」

『あ、保険証なら、本棚の上に乗ってる缶ケースの中よ』

 言われた通りにそのケースの蓋を開けると、ある封筒が目に入った。私が未来で、最初に律子から受け取った封筒だ。同じデザインなだけで、中身は違うのかもと思ったが、律子は『ちゃんと書いたわよ、沙美の言っていた日付に合わせて』と、聞いてもいない事を答えた。そしてこう続けた。

『初めて沙美に怒られた理由とかが分かって、書いてて超楽しかったよ』

「あ、超って言ったー、アハハ」

 私がそう言うと、律子も声を出して笑った。

『それと、手紙とは別で封筒も入れておいたんだけど、そっちは読んでないわよね?』

 それを聞いて、「あ、あの事か」と、どうしても封を切りたかった封筒の存在を思い出した。

「はい、どうしても開けたかったけど、開けてません」

『まあ、聞かなくても分かってたけど、一応聞いてみた』

「あれの中身は何書いたの?」

『詳細は秘密だけど、内容は、あなたが未来へ戻った後でやらなきゃいけない事を全て書いておいたわ。里羽の事や岬野さんの事、それから春や秋人君についてもね』

 何だか、ゲームの攻略本みたいだな。単純にそう思った。きっと、律子が気付いても私は気づかない事が多かったので、私が二つ目の封筒を開けていない事は分かっていたのだろう。

 私が未来へ戻った後でやらなきゃいけない事……気になる。気になって夜も眠れないかもしれない……。




『ちょっと、寝ないでよ!』

「--!?」

 学校へ着き現在二限目を受けてはいるが、今朝早く目が覚めたせいか、とてつもなく眠たい。「封筒の中身が気になって夜は眠れないかもしれない、だから代わりに今寝ておこう作戦」は、律子監視官のもと、敢えなく失敗に終わった。

 この超絶に垂れてくる(こうべ)を、誰かに、いや、もう棒でいい、棒様にでも支えておいてもらいたいものだ。

 しかし、失敗に終わったはずなのに、私の睡魔は果敢に律子へ挑もうとしている。私としても、この勇猛果敢な勇者を応援したいところではあるが、この眠れる勇者ですらやはり、物知り大魔王律子様には到底及ばないらしい。まぶたが閉じようとすると、律子が大声で私を起こすのだ。瞬間的には眠気が覚めるが、またすぐに眠くなる。それの繰り返し。

 第一先生が悪い。何なんだこのヨボヨボのおじいちゃん先生は。動きや喋りがゆっくりなせいで、見ているだけで眠くなってしまう。

 この先生、「ゼロ」という発音が「ジェロ」となってしまい、授業の流れで「ジェロにもなります」という言葉が多い為、みんなからは「ジェロニモ」とあだ名を付けられている。律子ですらそう呼んでいる始末だ、救いようがない。


 放課後になり、部活へ行こうとしたら律子に止められた。

『あ、沙美、文化祭の準備があるから居残りしなきゃ』

「ほお、文化祭の準備ですか」

 私がそう返すと、律子が答える前に、春と八重子が寄ってきた。

「沙美ー、文化祭の準備しよー!」

 周りの皆を見ても、机を各々動かし始めている。そしてすぐに教室の中央にスペースが生まれた。文化祭に何をするのかすら聞かされていない私は、春に連れられるがまま、言われるがままに窓際へ座った。

 他のみんなは、いつの間にそんな物を持って来たのだろうか、段ボールや折り紙で、片手で掴める程の大きさの木を模した物や街灯を模した物、等々、何に使うのか見当もつかない小道具たちを手入れしたり、中には新しく作り出したりもしている。

 周りをキョロキョロと眺めていると、春と八重子も、それらを作りだすのであろう、ハサミ、ガムテープ、折り紙、段ボール等をたくさん持ってきた。そしてそれらをドサッと落とす様に置くと、春は口を開いた。

「さて、今度の文化祭でうちのクラスは、人形劇をやることになりました」

 何てこった。高校の文化祭で人形劇とは、世も末である。その春の発言を聞いて、体育館で人形劇をやっている自分達を想像してしまった。良くて数十人の観客を、だだっ広い体育館のステージ前に集合させ、近付かないと見えない程の人形劇を披露すると言うのか? 一体提案したのは誰なんだろう、けちょんけちょんのぎったんぎったんにしてやりたいところだ。

「律子のアイディアなんだよ! ナイスアイディアだよね!」

 うん、私もちょうどそう思っていました。春が満面の笑みを浮かべている。

「ねえ律子、人形劇ってどこでやるの?」

『教室でやるわよ』

 助かった。流石に体育館でやる訳ないか。

 私は春に指示された通り、小さい電柱を模した紙細工を作る。すると突然、教室内に誰かの怒鳴り声が響いた。

「うるさいわね! 私は帰って勉強しなきゃいけないのよ!」

 そちらを見ると、教室の出入口の所で菊川さんが倒れていた。それを見下す様に怒りを(あらわ)にしている女性がいる。確か、長谷川美穂さんとかって名前だったと思う。親がPTAの会長さんだという事だけ覚えている。

 一体何があったのだろう。





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