第6話―4―
由美の部屋に住み着き、早二週間が経った。今日は待ちに待った事故当日となる。
この二週間で、本物(と言うと語弊があるけど)の自分と鉢合わせしそうになったり、お風呂に入っていたら由美と思われ声を掛けられたりと、色々と危ないシーンはあったが、何とか無事にこの日を迎える事が出来た。
由美から鍵も預かり、あとは皆がお婆ちゃんちへ出掛けるのを待つのみとなった。そして時間になれば私もショッピングモールへ出掛け、そこで由美に鍵を返し、私のバス事故に便乗して過去へ戻る。完璧だ。
しかし、この案が的外れだった場合、もう次の策は練っていない。これが駄目ならば、私はずっとこの時代に取り残されるという事になる。
この時代の私は事故に遭う瞬間に過去へ跳ばされるから、私はこのままここに留まって、事故に遭いそうになる私と入れ替われば良いのでは? という私の案は、由美先生に即却下されてしまった。「過去に跳ばされるのは意識だけでしょ、この時代のお姉ちゃんの体が二つになっちゃうよ」らしい。
じゃあ今のこの私の体は、一体いつの私の体なのかと尋ねたが、これまた興味の無さそうに、カナタが準備してくれた殻みたいなものではないか、と片付けられてしまった。
それにしても夏休みだと言うのに由美のやつは、結局ずーっと本ばかり読んでいた。こちらへ来て二日目、由美の案でカップ麺を大漁に買いに行ったが、それ以外は一切家を出なかった。
「じゃあお姉ちゃん、行ってくるね。ショッピングモール二階のトイレに、十二時半だからね」
「了解、また後でね」
部屋の外が騒がしい、お母さんが準備をしているのだろう。
由美が部屋から出てすぐ、お母さんの怒鳴り声が聞こえた。
「こら! あんたまだそんな格好で! 早く着替えなさい!」
……どうやら私が怒られているようだ。同情します。
家のドタバタが静かになった。と同時に、外の車が走り出す音も聞こえた。ようやくみんな出掛けたらしい。後は十二時前にここを出れば、丁度いい時間にショッピングモールへ着くだろう。
暫く時間があるな……暇だしインターネットでもするか。パソコンを立ち上げる。二週間振りの起動音が懐かしい。実は二日目の夜、私はこのパソコンを立ち上げ、「仲米律子 熊本 交通事故」で検索をかけてみたのだ。しかし、そのワードでの一覧がずらっと並んだ画面を前に、由美から「やめておいた方がいいんじゃない?」と止められてしまった。私としても、何かヒントになるものが見つかれば、なんて思っていたけど、どこかしら恐怖もあったので、由美に止められてすぐにその画面を消した。
今日調べるのはこれにしておこう。「白倉病院 白倉美香」だ。里羽ちゃんの事についてならば、特に差し支えは無いだろう。
少しワクワクもしていたが、里羽ちゃんの事は一切出てこず、白倉病院についてしか出てこなかった。
あの時、二〇二四年から来ていて二三歳とかって言ってたから、この年の里羽ちゃんは十三歳と言うことになる。特に目ぼしい物が無くて当たり前か、つまらない。
パソコンの電源を落として着替える。ピンクのシャツにデニムのジーンズ、上下ともに由美の物を拝借し、そこにあったキャスケット帽も借りる。何となくだけど、何事にも巻き込まれていない人の服に身を包んでいれば、助かりそうな、そんな気がした。只のゲン担ぎではあるが。
由美の言っていたヘンテコプリントのシャツは置いておくとしよう。こちらに再び戻った時の置き土産だ。と、そう考えた時に、自分が今着ている服は、一体どうなってしまうのかが気になった。私が過去へ戻った時に服だけそこに残ってしまうのか、それとも服ごと過去へ……いや、私は律子の中に入っちゃうから、服ごと跳ぶなんてあり得ないのか。うーん、サッパリ分からん。
とにかく、やってみれば答えは出るはず。念の為、事故現場に私の服(と言うか由美の服)だけが落ちていた場合、回収するよう由美にお願いしておこう。
約束の時間が近付き、ショッピングモール二階のトイレへ着いた。後は由美が来るのを待つだけ。
何だか、ドキドキしてきた。本当に上手くいくだろうか? 私は過去へ戻って、春と夏海の事、それからアルバムの“二人”についてを、律子に教えなければいけない。そうでなければ春を助ける確率は下がり、課題失敗に繋がってしまうかもしれないのだ。
「お待たせ」
「うわあ! 急に現れないでよ、びっくりするなあ」
「……お姉ちゃんって、驚く時いちいち大袈裟だよね」
……何だか最近、同じ様な事を誰かに言われた気がする。
まあそれは置いておくとして、早速預かっていた鍵を由美に返す。
「ありがとね、二週間も部屋借りちゃって悪かったわね。なかなか、楽しかったよ」
「うん、私も、まあまあ楽しかったかも」
由美は鍵を受け取りながら言うと、更にこう続けた。
「それ……私の服」
「うん、借りたよ。もし私が消えた後で、服だけがそこに残っていたら、これ回収しておいてね」
「……うん、分かった。それよりさ、お姉ちゃん、これから行く過去で、もし、桜子さんを助けられなかったら、この後の事故で死んじゃうんだよね」
「うん、そうだね。それがカナタとの約束だから」
私がそう言うと、由美は抱きついてきた。
「ちょっ、ちょっとどうしたのよ!」
私はどうしていいのか分からず、両腕がワタワタと宙で暴れている。が、小さく震えるその体を、何だか抱き締めずにはいられなかった。
由美の体って、こんなに小さかったのか。見た感じ同じ背格好をしていたので、自分より一回り小さな体の由美は、何だか違和感を感じる。いつもの図々しい態度からは考えられない程に華奢な造りだ。普段外にも出掛けなければ部活もしていないので、身体もまだ未完成なのかもしれない。
「由美、もし私がこの後死んじゃっても悲しまないで、由美が悲しむと、私は泣きながら天国に行かなきゃいけなくなっちゃう。それに、由美が言ってくれたんじゃない、私は間違いなく助かるって」
私がそう言うと、由美は私の胸に顔を埋めたまま小さく頷いた。そして私を抱き締める力が、少しだけ強くなった様な気がした。
由美は何かに気付き、私が助かる事を確信していた様子ではあったが、万が一が起きる可能性もありうる。しかも、もしそうなってしまった場合、取り返しのつかない結果へと結び付いてしまうのだ。ほぼ百パーセント助かるという確証があっても、事が大きすぎて少しばかり不安が残るのも分かる。現に、由美にだけではなく律子にもその確証を貰ってはいるが、私自身、とても怖いのだ。
でも、ここでその素振りを見せてはいけない。律子は予言されていた事故にだけではなく、余命にすら立ち向かっていたのだ。私も律子を見習って、少しくらいはカッコつけなきゃだ。
「よし! そろそろ行かなきゃ! 私なら大丈夫だから、心配しないで。律子だっているんだから!」
そう言って由美の体を引き離すと、由美の目からは涙が溢れていた。普段何も考えていないような子が、こうやって涙を浮かべていると、何だかつられて泣いてしまいそうだ。少しだけ涙が滲み出る。溢れないように堪えたが、きっと、目が赤くなっていた事くらいは気付かれてしまったかもしれない。
「うん、信じてるから。お姉ちゃん……その、いつも……」
由美は私の両腕を握り締めたまま、その後に何かを続けようとしたが、私の顔を見るやニコッと微笑んで、「何でもない!」と続けた。
そして、二人で拳を軽くぶつけ合い、由美と別れた。
由美があの後、何を言おうとしていたのかは知っている。それを言ってしまうと、最後の別れみたくなるから止めたのか、それとも他に理由があったのかは分からない。
ただ、私も同じ言葉を彼女に言いたいと思っていたが、ずっと前から言いそびれてきた。こういうのは本人に直接言わなきゃ伝わらないのだろうし、もう遅いのかもしれないけど、でも、言わずにはいられなかった。だって、私はこの言葉、由美にはあの時にもう貰っているから。
「由美、こちらこそ、いつもありがとう」
せめて、彼女の背中にくらい届けばいい。
……事故現場へ着いた。心が恐怖に支配されそうになるが、由美の言葉を何度も何度も再生させ、自分を奮い立たせる。それに、律子も私の帰りを待っているのだ、怖じ気づいている場合ではない。足が震えているが、こんなもの、中二の時の告白に比べると大したものではない。ただ自分に向かって走ればいいのだ。簡単だ。
暑い中待つこと約五分、その時はついに来た。私がショッピングモールから走って出てきたのだ。そして反対側からバスも来ている。
今だ! 行くぞ、私! タイミングを見計らって自分に駆け寄る。そこである事に気付いた。この、バスに轢かれそうになっている光景を空から見ていた時の、自分を助けようと駆け寄って来ているピンクのシャツを着た女性は、自分だったんだなと。
そう思うが早いか、バスの急ブレーキのスキール音が辺りに響いた。もう一人の私はバスに轢かれそうになり、頭を覆っている。
--!?
瞬間、周りの景色がモノクロに変わり、全ての動きが止まった。バスの動きも、轢かれそうになっている私の動きも、全てが止まっている。律子の手紙通りだ。
しかし困った事に、時間が止まっているのは私自身も例外ではなかった。意識だけこそ止められてはいないが、体が動かない。このまま時が動き始めてしまっては、私が過去へ戻る前にこの時代の私が轢かれてしまう。
「--!」
すると、轢かれそうになっている私のすぐ側に、紫色の丸い穴が現れた。直感的に「過去に繋がっている物だ」と感じた。すると、轢かれそうになっている私の首すじから、煙の様なものが現れ、そこへ吸い込まれていくのが見えた。私もあの穴へ入らなければ! しかし体が動かない!
「お願い、動いてよ!」
途端、体を縛り付けていた何かが外れ、私はそこに転んでしまった。依然として辺りはモノクロのままで、動きも止まったままである。私は咄嗟に立ち上がり、その紫の穴に駆けた。
私の煙は徐々に弱くなり、それに伴って穴も小さくなっている。間に合うか?
入らなくてもいい、触るだけでいいのだ。ほんの少し触れさえすれば過去へ戻れるような、そんな気がする。
絶対に触れてみせる!
一つ一つ確実に、それでいて力いっぱいに素早く地面を蹴る。少しでも速く、コンマ一秒でも稼げるように。穴は既に手のひら程の大きさになっている。もう少しで消えてしまいそうだが、もうちょっとで手が届く。
そして、もう手が届く距離まで来て、消ゴム程の大きさになった穴を握った。が、手にその感触は感じられなかった。
触れられたか!?
否。瞬間、辺りは元の色を取り戻し、時は動き出してしまった。
目の前に迫るバス、そこで初めて、私の反対側からも女性が走って来ていたという事に気付いた。きっと、轢かれそうになっている私を助けようとしているのだろう。
こうやって死を直前にすると、時間の流れが遅くなると聞いた事があるが、本当に起きるんだなと、そう感じた。この土壇場で、そんな事どうでもいいはずなのに、その駆け寄って来ている女性と、バスの運転手の顔がハッキリと確認出来たのだ。女性の顔は私の知っている顔だった。
この女性の事も律子に伝えなきゃ、と思った次の瞬間、私の体はバスと接触し、凄まじい衝撃が走った。そして私の体はおもちゃみたいに跳ね飛ばされてしまい、目の前は真っ白になり、意識がすぅっと遠ざかるのを感じた。
--ごめんね由美、お姉ちゃん……ダメだったみたい。
ねえ律子、もう一度だけ……会いたかったよ。--
第6話-完-




