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ハルかカナタ  作者: 一響
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第6話―3―


 由美は、ベッドで寝ている私を起こさないように気をつけているのか、そっちの顔色を伺いながら私へ小声で喋りかける。

「どうして、お姉ちゃんが二人もいるの?」

 どうして? どうしてはこっちの台詞である。どうして由美は、私が二人もいるのにそんなにも冷静でいられるの? どうしてそんな異質な状況下で、わざわざベッドの下で寝ている私を起こそうと思ったの?

 並べればキリがない。

 由美は、揺さぶっていた私の腕を離すと、「こっちこっち」と、手招きをしてベッドからゆっくりと下りた。

 部屋から出ると、由美は自分の部屋へ私を連れていき、そしてベッドに腰を落ち着け口を開いた。

「宇宙人だ」

「誰がじゃ!」

 そんな私の反応を見て、由美は「ハッ」とした様に目を大きくしたが、すぐにいつもの半開きの目に戻った。

「本物のお姉ちゃんだ。じゃあベッドに寝ている方が宇宙--」

「あっちも本物よ! と言うか、どっちかっていうと私が偽物に近いかも」

 それを聞いて、由美はゆっくりと私を指差した。

「宇宙じ--」

「だから違うって! ……んもう、話すと長くなるのよ」

 とか言って、本心は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。私の口からは、ベラベラとバスに跳ねられそうになった事から過去へ跳ばされて律子の中で生活していた事、それに岬野さんの事や里羽ちゃんの事なんかも、事の顛末が、事細かく出て来た。

 その話は小一時間掛かり、途中、由美は紅茶を準備してくれた。

 黙ーって私の話を聞いてくれていた由美は、一口紅茶をすすると、ようやく口を開いた。

「じゃあ、昨日お母さんに、“桜子だの夏海”だのって聞いていたお姉ちゃんは、今目の前にいるヘンテコなプリントTシャツを着ている方で、今寝ている方はこの時代のお姉ちゃんなの?」

「……ヘンテコで悪かったわね。まあ、そう言うこと」

「後で確かめてみよ」

「何を確かめるのよ」

「今寝ている方が本物かどうかを。宇宙人の手によって、既にお姉ちゃんと宇宙人が入れ替わってしまっているかもしれない」

 ……何を言っているんだこいつは。呆れて物も言えず、私は「どうぞご勝手に」と吐き、自分の部屋から外着を物色してきた。そしてまた由美の部屋へ戻る。

 由美は座ったまま、戻った私をジーっと見ていたので、「いつ過去へ戻れるか分からないから、暫く同居させてもらうわよ」とだけ言っておいた。すると由美は私から目を離すと、また紅茶をすすり、ぼそりと呟いた。

「今寝ているお姉ちゃんが事の顛末を知らなければ、今目の前にいるお姉ちゃんが、本当に過去から来ているお姉ちゃんだって信じてあげる」

 もしそうでなければ、私がこの時代の私を洗脳しているのだと、そう言いたいのか? 私はれっきとした人間だ。と言うか、むしろ過去へ帰れなくなってしまった被害者だ。一瞬だけでも、この頭のそこそこ切れる由美に協力して貰えるかも、なんて過った自分が情けない。暫く距離を置いていたせいで忘れていたが、この静かなる半目の狂犬は、すぐ飼い主に噛みつくダメ犬だった。

 ……もしかして、この紅茶にも何か混ぜてあるのではなかろうか。

 私がジーっと紅茶を見つめていると、由美は「どうしたの?」と聞いてきた。

「いや、この紅茶に何か混ぜてあったりして、とか思って」

「フフフ、よく分かったね、お姉ちゃん」

 --!? ゆ、由美が笑った! 何だか不気味だ。一体、何を混ぜたと言うのだろう。そう言われると、何だか頭がクラクラしてきた様に感じる。

 そしてふと、こんな考えが過った。もしかして、この由美こそが偽物なのではなかろうか。私が過去へ帰れなくなってしまったのは、きっと時空の狭間に飲まれ、地球そっくりの地球に迷いこんでしまったからで、この由美そっくりの女は、私を手にかけようとしているのだ。そうでなければ、由美が私なんかに紅茶を淹れてくれるなんてどう説明したってこんな親切--

「疲れがとれるハーブ混ぜてみた」

「へ?」

「何だか、お姉ちゃんの顔が疲れてたから、ハーブ混ぜてみた」

 あ、やっぱり? 道理で頭がスッキリすると思った。

 由美は続ける。

「お姉ちゃん、着替えてどこに行くの? どこか、当てでもあるの?」

「まあ、当てって言うか、お婆ちゃんちに行こうと思ってる。とりあえず何をすればいいのか分からないから、律子がテラスに彫ったやつを見に行ってみる。何を彫ったのかずっと気になってたから」

「ふーん」

 興味が無いならいちいち聞くな。そう言いたかったが、この部屋の主に暫く厄介になるのだ、出そうになった言葉をグッと飲み込む。

 家を出る頃には、時計の針は十時を回っていた。由美に借りた自転車を走らせ、お婆ちゃんの家を目指す。

 出来れば、お爺ちゃんにもお婆ちゃんにも会いたくはない。あの時お婆ちゃんちに行った際は、お婆ちゃんは私と最近会った様な素振りは見せなかった。きっと、今から向かう私とは会っていなかったのだろう。

 お婆ちゃんちへ着き、慎重に戸を開ける。鍵は掛かっていないが、お婆ちゃんは近所へ出掛ける時は鍵を掛けない。だから、鍵は掛かっていないが留守にしている可能性もある。

 こうやってこっそり侵入していると、以前順平がやっていた、何とかかんとかソリッドとかいうゲームを思い出す。誰にも見つからないように忍び込み、そしてボスを撃破する。私はお婆ちゃんを撃破する訳ではないが、話が(こじ)れると面倒なのでこうやって息を潜めている。

 目指すは春の部屋。この時代ではあまり入った事がない部屋だ。春がいなくなり、今はその部屋がどうなっているのかは分からないが、恐らく物置として使っている事だろう。

 それにしても誰の気配も感じない。きっと、お爺ちゃんもお婆ちゃんもどこかへ出掛けているのだろう。二人が帰る前に事を済ませてしまわなければいけない。

 春の部屋に着いた。と、襖を開けて驚いた。部屋が当時のまま保存されていたのだ。何だか、あのお泊まり会が懐かしい。あの時、トランプをした時に自分が座っていた位置に座ってみる。そして、こっちに春がいてこっちに八重子がいて、と脳内で再現させる。

 また戻れば春にも八重子にも会えるが、春がこの時代にはいないと分かっていると、何だか寂しくなってしまう。深くため息をつき、例のテラスへ立った。

 あの時の場所、手すりを覗き込んでみる。

「あ、あった!」

 思わず声が出てしまった。そこには「いつもありがとうサミ」と不器用に彫られていた。そしてもう一つ、これも律子が彫ってくれたのだろう、その隣に「テガミを見つけた仏間へ!」という物もあった。

 指示の通りに早速仏間へと向かう。仏間の経机の下だ。あった! 可愛い封筒が二つ落ちている。一つは二週間後に私が読む物で、もう一つは、まだ私が見たことのない物。姿勢を低くしてそれを抜き取り、すぐに封を切った。

 その筆跡は、やはり律子のそれだった。

 内容はこうである。


------


 沙美へ


 沙美がこの手紙を読んでいるという事は、こちらへ戻れなくなっているという事だと、そう考えます。

 もし、こっちに戻ってきた沙美が、無事カナタに与えられた十分間だけで帰って来れたと言うのであれば、この手紙は経机から抜いておきます。

 今これを書いているのが十月一九日の夜で、明日私が沙美に宛てる手紙の内容に、沙美を起こしちゃう、という一文があったところを考えると、今日の夜中か、若しくは明日の夜までには帰って来るのでしょうが、もしかしたら、私がこの手紙を書かない限り、あなたは戻って来られないのでは? と心配になり筆を取っています。

 と言っても、私も、あなたがそっちで何をすればこっちへ戻れるかなんて検討もつきません。が、一つ賭けてみるとすれば、八月一四日の、あなたの事故でしょう。

 沙美の話によれば、その瞬間周りの時間が止まっていたそうですが、別の時間軸からそっちへ行っている沙美の時間は止まらないかもしれません。何の根拠も無いけど。

 それで、魂をこっちに跳ばされた時の沙美の周りは、もしかしたら、こっちの時代と空間が繋がっているのでは? 何て考えていました。

 一か八かだけど、もしこっちに戻って来れない状況に陥っているのであれば、一四日、事故現場へ行ってみて下さい。


 それと、まさか春の家に彫った文字がこういった形で沙美に読まれるなんて思っていなかったけど、この手紙が役に立つのであれば、彫っておいて本当に良かったです。


 律子より


------


 さすが律子様だ。これは非常に心強い。私はその手紙を握りしめ、お婆ちゃんの家を後にした。


 何だかお腹が空いてきた。自転車を漕ぐ足にも力が入らない。誰かに後ろから押して欲しいものだ。

 腕時計を確認すると、十一時五十分を指している。何か食べて帰ろうと考えた時、真っ先にうどんが浮かんだ。この季節限定の冷やしぶっかけうどんは、神様に差し出しても失礼にあたらない物だと思う。そのくらいに美味しい。この暑い時期に熱いうどんを食べている人の気が知れない。

 そんな事を考えていると、丁度うどん屋から、私と美鈴が出ていくところが見えた。可哀想に、美鈴に絞られた私は、すっかりへこんでいる。

 まあ、石を借りた私が犯人なんですけども。



 お腹も膨らんで、一路家を目指す。坂の勾配がきつい為、自転車は押してゆっくりと登る。すると、向かい側から砥用(ともち)さんが駆け寄って来た。

「見つけた! 那覇軒さん、石持ってるでしょ!? お願い、貸して! 急いでるの!」

 な、何だ何だ? 前にもあった光景だけど、今の私は石を持っている。砥用さんは凄く焦っているらしく、「早く、時間が無いのよ!」と私を責め立てる。

「ちょ、ちょっと待って」

 ポケットに入れた石を砥用さんへ差し出すと、砥用さんは「本当にごめんね、ありがとう! 必ず返すから!」と言ってどこかへ行ってしまった。……何をそんなに急いでいるのだろう? もしかしたら、砥用さんも、私と同じ境遇に立たされていたりして。既に私が妙な体験をしまくっているのだ、周りで同じ様な事が起きていても何ら不思議ではない。

 そしてふと過った。もしかして、あの石を別の空間に持って行くのは砥用さんで、そのせいで美鈴は姿を消してしまうのではないかと。美鈴が姿を消すのは、今日の夜である。「石を別の空間に持っていかれた場合、暫く身を留めた後、元の場所へ戻される。」たしか、カナタはそんな事を言っていたような気がする。砥用さんは、一体何をしているのだろう。


 家へ着き、玄関を開ける。リビングへ入ると、クーラーの効いた中、由美が小説を読んでいた。「何読んでんのよ」と、無理矢理表紙を見ると、「宇宙からの侵略」というタイトルが目に飛び込んできた。瞬間的に、三角頭に触手の付いた、イカみたいな宇宙人が頭に過った。そして、由美がやたらと私に「宇宙人だ」と言っていた事にも結び付いた。

「あんたね、こんなの読んでるから私の事が宇宙人に見えるのよ」

 私がそう言っても由美は無反応で、ジーっとこちらを見ている。こういう時の由美は、何かを言いたいわけではない、私の次の言葉を待っているのだ。

「で、寝坊した私はどうだった? 何も知らなかったでしょ、桜子の事も夏海の事も」

「うん、だから、お姉ちゃんの話信じてあげる」

 まさか、本気で私を宇宙人だと疑っていたのか? この疑い深い性格も、いずれ履歴書に書いておくといい。長所の欄に入れるか短所の欄に入れるかは任せるが。

 ところで、この半目の地球人に、先程入手した律子の手紙を見せてみた。

「何だか……年季入ってるね」

「そりゃあ、二七年前に書いた物だからね。それよりこの内容、どう思う?」

 由美は珍しく興味有り気にその手紙に見入っている。これなら、何かしら気付いて私に助言してくれるかもしれない。……いや、もしかしたら、私が宇宙人じゃないかどうかを、未だに見定めているだけかもしれない。まあどちらにしても、それに関して考えてくれるのであれば、何も文句は言いまい。

「この人、頭良いね」

「そうでしょ! めちゃくちゃ頭良いんだから!」

 律子を褒められて、何だかテンションが上がってしまった。

 由美は続ける。

「それじゃあ、八月一四日、ここに行くしかないね。私も出来る限り協力する、お姉ちゃんがいなくなったら困るし」

 何だか照れる。こんなにも臭い台詞ですら、あっさりと無表情で言い放つ由美。彼女は照れてはいないのだろうか。と、「ありがとう」と由美へお礼を言うと、彼女の頬が少し紅らんだ。



「お姉ちゃーん、晩御飯だよ」

 由美は自分のハンバーグをタッパーに入れて持って来てくれた。食べかけだけど我慢するか、と思っていたが「食べ始める前に半分にしたから」と、聞いてもいない事をぼそりと呟いた。

 なるほど、あの時のハンバーグはこのハンバーグだったのか。あの時食べなくて……本当に良かった。

「ありがとう。十六年も一緒に居るのに、何だか、こういうの初めてだね」

「え?」

「由美がご飯持って来てそれをこっそり食べる、みたいな」

「二度目だよ。七年前、私が小学三年生の時も、同じ様な事したよ。お姉ちゃんと順平が凄く怒られた時だよ。今回は魚肉ソーセージとかよりも豪勢だけど」

 ちょっと鎌をかけてみたが、由美も覚えていたらしい。

「それよりさ、やっぱりお姉ちゃん、何にも知らなかった。桜子さんと夏海さんと、それから仲米さんの事も」

 まさかとは思うが、今の今まで疑っていたのか? 昼間にその疑惑は晴れたと思っていたが、この女、本っ当に疑い深い。多分、敵に回してはいけないタイプだ。

「だから言ってるじゃない、私は宇宙人なんかじゃないって。そんな事より由美、もっと私を大切にしなさいよ。もしかしたら、二週間後の事故で死ぬかもしれないんだから」

 私がそう言うと、由美はベッドに、ポフッと座り、静かに呟いた。

「大丈夫、お姉ちゃんは助かるよ。間違いなく」

「え、何でそう言い切れるのさ」

「……お姉ちゃん、本当に助からないと思ってるの? 昔やったのに、気付いてないの?」

「昔やった? 何の話よ」

「……気付いてないなら、そのままがいいんじゃない? 余計な事は知りたくないんでしょ?」

 私の話だけで何かに気付いたらしい、流石に頭が切れるやつだ。




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