表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルかカナタ  作者: 一響
44/71

第6話―2―

 そこでスヤスヤと寝息を立てている私は、こう言っては何だが、何とも間抜けな顔をしている。自分の寝顔なんて初めて見たが、記念として写メにでも収めておきたいところだ。……いやいや、そんな事を考えている場合ではない。焦らず、だがしかし急いで任務を遂行させなくてはいけない。

 今こうして私が無駄な事を考えていただけで、律子は何日分の時間を過ごしたのかが気になる。いや、厳密に言うと、その時間は“今”としては過去の事だから、もうとっくに過ぎている事になるのか。……何だかややこしい。

 私を起こさないように、ゆっくりとドアへと向かう。そして、ノブを回そうとした時、ある事を思い出した。バッテリーの残量が八〇%だったにも関わらず、電源が落ちていた携帯の事を。

 あの時、携帯の電源が落ちていた事により、待ち合わせ時間に遅れ、バスに乗れず、結果的には電車との事故に巻き込まれなくて済んだのだ。携帯の電源が、ちゃんと落ちているか念の為確認すると、電源は入ったままだった。

 危なー! 心の中で叫ぶ。危うく私と美鈴が事故に遭うところだった。抜け目なく電源を落とす。と同時に、「あ、この電源、私が落としてたんだ」と、今更ながらに気が付いた。

 そしてふと、寝ている自分へ改めて目がいった。これから降りかかる苦行の事もあり、この間抜けな寝顔の子に何だかエールを送らざるを得ない気持ちになった。

「おい那覇軒沙美、もうすぐあんたに、今までで一番最高な友達が出来るぞ。……頑張れ」

 静かにそう言うと、私は部屋を出た。

 部屋を出て真っ先に向かうはキッチン。お母さんがまだ炊事をしているはずである。

 リビングへ入ると、あまりにも久しぶり過ぎて魂がふわぁーっと抜けてしまいそうになった。ソファーには由美がおり、キッチンには目的のお母さんもいる。ゆっくり懐かしい面々と話もしたいが、何せ私には十分しかないのだ。美鈴に石も借りなければいけない。そこを考えると、時間はギリギリである。

「お母さんお母さんお母さん!」

「何ようるさいわね、あんた寝たんじゃなかったの? ……それにそんなパジャマ持ってた?」

「え? うわあ!」

 そう言われて初めて気付いた。私が着ていたそれは、律子の寝巻きだったのだ。何かしら都合のいい様に服装も変えてくれればいいのに。とカナタを少しばかり恨む。

「そんな事より、ちょっと教えて欲しい事があるの。お母さんって、妹いたでしょ? 桜子と夏海って」

「あんたよく知ってるわね。誰かに聞いたの?」

「まあね。で、その二人って、今どうしてるの?」

 私がそう尋ねると、お母さんは少し難しそうな顔をして天井を仰いだ。顎に人指し指をくっつけて、可愛い子ぶってるところが何だかムカつく。だが次の瞬間、その可愛い子ぶっている態度からは、あまりにも不釣り合いな答えが返ってきた。それも、アッサリと。

「桜子は交通事故で死んだよ」

「……」

 全身に寒気が走った。未来であるこの時間軸のお母さんがそう言っているという事は、結局“だめだった”ということなのだろうか。やはり、未来は決められており、その通りにしか事は運ばないのだろうか。

 しかし、絶望感に支配された私の心は、次のお母さんの一言により、微かな光が差すのを感じた。

「と言うか、消えた、かな」

「消えた? 亡くなったわけじゃないの?」

「うん、バスに跳ねられたと思ったら、そこから行方不明になっちゃったのよ。すぐそばにドブ川があって、前日に降った大雨で流れが速くなってたから、跳ねられてそこへ落ちて流されたんだろうって、警察の人は言ってたけど、バスには人を跳ねた痕跡なんて無かったのよ……」

 跳ねられたけど、その痕跡が無かった……。一体どういう事だろう。帰ったら律子へ伝えてみよう。あの名探偵なら何か気付くかもしれない。

「それじゃあ夏海は? 今まで一度も名前聞いた事ないけど、今どうしてるの?」

「それこそ行方不明よ。夏海は、“自分がやるべき事を探しに行く”とかかっこつけちゃって、大学卒業したら家出てっちゃった。それからずーっと音信不通よ。気楽なもんね」

 どこか羨む様に聞こえたのは、気のせいだろうか。

「そうなんだ……自由人なんだね。それからもう一つ、お母さんの卒業アルバムの“二人の事は忘れない”ってやつの“二人”って、誰と誰の事なの?」

 それを聞いたところで壁掛け時計を見てみると、十一時三五分を指していた。これはマズい。美鈴のアパートは、走って五分ほど離れた場所にあるのだ。すでに残り時間が五分のこの状況で、悠長に質問している暇はない。お母さんを「ねえ早く教えて!」と急かす。

「何なのよあんたは。その“二人”ってのは、桜子と、仲米律子って子よ。二人とも、同じ交通事故で行方不明になっちゃったのよ」

「それいつ!? 昭和六三年の一月三日?」

「え、そうだけど、あんたよく知ってたわね」

 私はそれだけ聞くと、「ありがと!」とだけ吐き捨ててリビングを出た。そして下駄箱の上に置いてある自転車の鍵を取り、急いで外へ出る。

 計った事なんてないけど、自転車ならば、恐らく二分もあれば美鈴のアパートへ着くはず。私が過去へ跳ばされた後に、この自転車がどうなるかなんて知ったこっちゃない。こっちは時空の狭間に飲まれるか否かの瀬戸際に立たされているのだ、この時代の私には申し訳ないが、自転車は美鈴の家に放置させてもらう事にしよう。

 ……ん、待てよ、七月三一日は確か、私は何の事もなく、家から自転車で美鈴との待ち合わせ場所へ向かったはず。それならば、今私が美鈴のアパートに放置しようとしているこの自転車はどうなるのだろうか? 誰か親切な人間が、うちまで運んでくれるのか? それともカナタが、あの指パッチンで戻してくれるのか? ……ああ、もうそんな事どうでもいい! タイムパラドックスが起きる前に、私が時空の狭間に飲まれては元も子もない。きっと、成る様に成るのだ。うん、そう言い聞かせておこう。

 美鈴のアパートに着いた。時計は無いが、恐らく二分程度しか経っていないはずである。

 急いで美鈴の部屋の玄関へ向かい、そしてチャイムを連打する。が、壊れているらしく、中からは一切チャイムの音が聞こえてこない。

「美鈴! 美鈴!」

 そう怒鳴りながら、握り拳で思いきりドアを叩いてみる。すると、すぐに美鈴が出てきた。

「何よまったくこんな時間に、近所迷惑じゃないの。携帯鳴らしてくれればよかったのに」

 ああ、久しぶりの美鈴だ。そうそう、こんな顔、こんな声をしていた。と、まだ会えなくなって一ヶ月程しか経っていないが、断片的に欠けていた記憶が再構築されていく。

「今携帯壊れてんのよ! それより今超急いでるの! 美鈴さ、石持ってるでしょ? お願いだから何も言わずに貸して!」

 奥の時計を見ると、四十分のすぐ直前まできていた。本当にヤバい! 石を借りたら完了ではなく、私が消える事を考えると、それを見られずに済む場所まで行かなければいけないのだ。そこを考慮すると尚更に危ない。私は思わず「早く!」と美鈴へ怒鳴ってしまった。

 すると美鈴は急いで石を取りに部屋へ戻り、直ぐに玄関へ戻って来た。

「本当に何なのよ、はい、石、絶対に返してよ」

「ありがと! 詳しいことは話せないの、ごめんね!」

 美鈴との再会は、何とも忙しく終わってしまった。本当は、カフェとかでゆっくりお喋りでもしたかった。……寝巻きで何ですけども。

 石を借りた瞬間、私はダッシュで美鈴から離れ、すぐ側の曲がり角を目指した。体が消える瞬間を見られてはマズい、間に合うだろうか。いや、絶対に間に合わせなければいけない。

 が、そんなダッシュをしている中、一つ気がかりな事があった。

 私が石を手に取る瞬間、美鈴の部屋に掛けられていた時計の針が、「カチッ」と動き、四十分を指したのだ。石を手に取る瞬間。本当に、瞬間だった。……様に感じた。もしかしたら、四十分になったほんの直後に、私の手に石が落ちたのかもしれない。もしそうであれば、私は時空の狭間に……いや、それならばもう飲まれているはずである。きっと大丈夫、間に合っているはず。今はただ、もうすぐそこの角を曲がるだけ。そうすれば美鈴からは見えなくなる。

 何だか手足が痺れてきた。もしかしたら、四十分が近いのかもしれない。恐らく、あとほんの数秒。何となくだけど、そう感じる。

 そして私は、その曲がり角へと飛び込んだ。

「お願い、間にあってー!」

 私のそれは、(はた)から見ると、どこかへダイビングしている様に見えたかもしれない。


----------


 次の瞬間、地面に落ちる衝撃が、モロにお腹に響いた。

「ぐっはぁ!」

 思わず声が出る。

 果たして間に合ったのだろうか。その結果を知るのが怖くて、目を開けられない。時空の狭間に飲まれている感じはしないので、恐らく間に合ったのだろうが、ここで更に気になったのは、先程強い衝撃を受け、思わず出た声である。この声、律子の物ではなく、私自身の声だったのだ。

 ゆっくりと片目だけを開けてみる。と、そこは先程の曲がり角のままだった。すぐに立ち上がり、手に持っている石を見つめる。石に特に変わったところは無い。欠けてもいなければひびも無い。見たところ、正常そのものだ。しかし周りの景色は未来のままである。……一体どうなっているのだろう。

 すると、背後から美鈴の声がした。

「どうしたのよ、驚くじゃない」

 本当に心配してくれていたのだろう、美鈴は普段見せない様な顔をしている。

「ああ、ご、ごめんね、ちょっと、この石暫く貸してて、本当にごめん」

 美鈴には悪いが、これだけ言って、その場を後にした。もちろん自転車に乗って。


 自転車をゆっくりと漕ぐ道すがら、色々な事が脳内を駆け巡る。と言っても、私は結局何をどう考えたところで難しい事なんて分からないので、本当に文字通り、駆け巡っているだけ。只々、分からない事が分からないまま駆け巡っている。ただそれだけ。

 きっと時計の針も、日付が変わる近くまできているのだろう。以前美鈴と待ち合わせをした、午前零時閉店のうどん屋さんが、既に明かりを暗くしている。

 家へ着いて自転車を停める。何の事はない、結局、私が自分で自転車を戻していたらしい。

 外からは、リビングの明かりがついているのが確認出来る。

 私はこの日、一度寝てからは次の日までは起きなかった。と言うことは、“私自身”がこの時代へ来て、今までの約三十分の間、この時代の私は家族の誰とも会っていないはず。ならば、今普通に帰っても、誰も不審には思わないだろう。堂々と玄関を開ける。

「ただいまー」

 お母さんも寝てしまったらしい。リビングでは由美が小説を読んでいた。

「早く寝なよ」

 私はぼそりと由美に言うと、すぐに二階へと上がった。そして、ゆっくりと部屋へ入る。

 さて、これからここで寝ようと思うのだが、明日の十一時四十分に、この時代の私は目を覚ますはずなので、それ以前にここを出れば問題無い。はずである。念の為、誰にも見つからないように、ベッドと壁の隙間に入り込む。ホコリがないかきになったが、お母さんが掃除してくれたのか綺麗になっていた。お母様様です。

 ああ床が冷たくて気持ちがいい。おやすみなさい。


----------


「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 誰だ私の眠りを妨げるやつは。

「--!?」

 驚いた事に、由美がベッドへ乗り上げ、隙間に入り込んだ私を揺さぶっていた。咄嗟に体を起こして、この時代の“私”がそこにいるのかを確認すると、間違いなく、そこにはまだ私が寝ていた。置き時計の針は、八時ちょうどを指している。

 慌てて由美を見ると、由美は相変わらずの、何にも興味が無さそうな表情のまま、人差し指を口につけ「シー」と小声で囁いた。そして小声のまま、こう続けた。

「お姉ちゃん、誰なの?」





第6話-3-へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ