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ハルかカナタ  作者: 一響
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第5話―14―

『……ほら、聞かない方が良かった』

 らしいですけど、里羽さん……。私がその律子の言葉を里羽ちゃんへ伝えると、少し驚いた表情を見せた。

「え、そうですか? でもまあ、遅かれ早かれ、仲米先輩が完治する事は、ご存知になるはずでしたので大丈夫ですよ」

『……全っ然ご存知たくなかったわよ』

 律子の声がいつにも増して低い。喜怒哀楽のどれかと言われれば、「怒」が当てはまる。だがそのすぐ後に『まあ、悪くはない情報で良かったけど』と静かに付け足した。

 里羽ちゃんの言った「未来の私が成功させるんです」というのは、一体どういう意味なのだろう。律子はこの言葉を受け、また何かヒントを得たのだろうか。

 「未来の私が--」と言う事は、里羽ちゃんが三十歳だとか四十歳になった時代の、六十歳、若しくは七十歳くらいの律子の手術をするという可能性が一番高いように思える。でも、この場合だと、律子は薬も手術も無しに、あと五十年ほど生きると言うことになる。

 いくら今現在、薬で衰退させることが出来ていると言っても、すぐにまた悪化してしまう事は明らかだ。そうでないにしても、たった十七年で末期にまで成長していたのだ。それを五十余年も持たせるなんて、とても叶いっこない。

『沙美、里羽に聞いて欲しい事があるんだけど』

「何?」

『一体、いくつの頃の私を手術するのかを聞いて欲しいの』

 律子もやはり気になっていたようだ。岬野さんは「足りる」と言っていたらしいが、あの薬だけでは完治が出来ないにも関わらず、約二ヶ月の量しか渡していないのだ。何故この量しか渡していないのかが気になる。

 私は、律子の言った事を、そのまま里羽ちゃんへ伝えた。

「え、言っちゃっていいんですか? これは、個人的には伏せておいた方がいいかな、とは思っていたんですが」

 里羽ちゃんは目を丸くして、頭をポリポリと人差し指でかきながら答えた。

『いいわよ。私の想像だと、十七歳だと思うんだけど』

 --!?

 律子が何を言っているのか分からなかった。いや、違う。何を言わんとしているかを理解出来なかった、が正解か。どうせきっと、律子の頭の中では、私の思考では到底及ばないところまで計算されているのだろう。それを踏まえての、この発言だ。里羽ちゃんの答えが気になる。

 私が伝えると、里羽ちゃんは「フフフ」と、どこか楽しそうに微笑み、こう返した。

「正解です」

『……やっぱりね』

 律子はその後、『もうこれ以上は知りたくない』と、里羽ちゃんの話を一方的に制した。


----------


 部活の帰り、私は律子に尋ねてみた。

「ねえ律子、どうして分かったの? 十七歳の律子が手術を受けるって」

『これは沙美、あなたも関わってくる事だから言えないの、ごめんね』

「何だか、律子ばっかり分かっててズルいなあ」

『何言ってんのよ、私だって自分の関わってくるような事は知りたくないのよ。もし未来が決まっているものだとしたら、知らなければ、その時々で思った様に行動すれば良いけど、予め未来を知っていると、“その通りにしなくちゃ”、って余計な事までしてしまいそうでならないのよ。

 “在るべき未来へ繋ぐ為には”なんて、どんなに考えても分からない事を考えなくちゃいけないのよ。もう頭がパンクしそうよ』

 心外だ。私はてっきり、一つ一つの情報を、漏れなく隈無(くまな)く、緻密に組み立てて答えを導き出していると思っていたが、律子は、そこに“絶対の自信”を持っているわけではなかったようだ。

 何だか、完璧すぎて距離のあった律子が、少し近く感じた。


----------


九月五日、午前零時


「誕生日おめでとー!」

『な、何よ急に、驚くじゃないの』

 律子は体をびくつかせ、読んでいた小説をポトリと落としてしまった。

「いや、誕生日でしょ? 今日」

『今日ってか……あ、うん、いま“今日”になったのか』

「花も恥じらう十七歳の幕開けですねお姉さん」

 私が茶化す様にそう言うと、律子は机の下に落とした本を拾い上げながら、こう返した。

『日付が変わると同時に祝ってもらったのなんて初めてよ』

 それを聞いて、「ん、そうなのか」とも思ったが、未来では携帯があるから、日付が変わると同時にメッセージを送る事が出来ていたんだなと、ふと過った。

『それにしても、ちゃんと覚えててくれたんだ、ありがとう』

「もちろん! あ、でもプレゼントは買ってあげられないけど……」

『プレゼントか、全く考えてなかったなあ。と言うより、課題の事で頭がいっぱいで、沙美に言われるまで誕生日なんて忘れてたし』

 律子は珍しく、『エヘヘ』と照れた様に笑った。そして、こう続けた。

『沙美、誕生日プレゼント買ってよ。私に服を選んで欲しいの』

「うん! いいよ! 可愛いの選んであげる!」

 私がそう言うと、律子は妙な事を言い出した。

『……冬服。……冬服を選んで欲しいの。上下セットで、沙美のセンスでさ』

「え、今冬服なんて売ってあるのかなあ?」

『分からないけど、どうしても欲しいのよ、冬服が』

「じゃあ、まだ時間あるから秋口まで待てば--」

『それじゃあ誕生日プレゼントじゃなくなっちゃうじゃない、私は誕生日プレゼントが欲しいのよ』

 何と厳しいお方だろう。その無理難題を為すことが出来れば、竹から生まれた美しい姫と結婚でもさせてくれるのだろうか……。それとも、思いきりの夏服を買って「律子さま、これも冬に着れば冬服となります」とでも切り返せばいいのか……。

 私は公達(きんだち)でもなければ一休でもないのだ。普通の女子高生に無茶は要求しないでもらいたい。

 と言っても、やはりは律子に頼まれてしまっては、私の脳内の“律子大好き中枢”が、「律子を満足させろ」という信号を受けまくっている。お店に電話しまくってでも、駆けずり回ってでも見つけるしかない。しかも、ただの冬服ではなく、私の気に入る冬服を、だ。明日(と言うか“今日”)は忙しくなりそうだ。


----------


 今朝は律子の髪で少し遊んでみた。律子が絶対にしないであろう髪型にしたのだ。私の未来のセンスに任せて服を選ぶのだから、髪型がこの時代のものでは、合うものも合わなくなってしまう。

 と言っても簡単な事しか出来ないので、それはものの五分程度で終わった。

 前髪両端の長い部分は、少しだけ纏めて細い三編みを作り、それを後ろへ持っていき、トップに近い部分一掴みだけと一緒に束ねた。これで出来上がり。うん、凄く似合っている。

 自分的には簡単な事で、もう少しおしゃれで可愛いものを作りたかったのだが、律子は『うわー! おしゃれだね!』と喜んでいた。

 学校へ行く支度を済ませて家を出る。夏休みは終わり九月に入ってはいるが、まだまだ気温の自己主張は収まるところを知らない。こんな、夏休みとまったく変わらいような日に、私は冬服を探さなくてはいけない。日本をひっくり返しても、今日この日、冬服を探す人間なんて私以外にはいない事だろう。


 教室へ着くと、誰よりも早く菊川さんが寄ってきた。あの始業式の日から、毎日この調子だ。

「お……おはよう」

「あ、菊川さん、おはよう!」

「か、髪型、何だか凄いね」

「可愛いでしょ!」

 私がそう言うと、菊川さんは自分の前髪をちょこんと摘まみ、それを見ながら「私も、出来るかな」と呟いた。少し寄り目になっているのが可愛い。

「放課後やってあげようか?」

「えええ! だ、だだだ、大丈夫です!」

 菊川さんは絵に描いた様にあたふたして、そのまま自分の席へと戻ってしまった。思わず敬語になっていたところを見ると、本当に焦っていたようだ。

『最近菊川さん、何だか親し気ね。一年の頃から今まで、係りの仕事以外で自分から喋り掛ける事なんてなかったんだけど』

 律子はどこか嬉しそうである。

 もしかしたら菊川さんは、律子と仲良くなりたいのかもしれない。今度、春や八重子と一緒に、菊川さんも誘ってみようかな。


 長く響くチャイムが一日の終わりを告げる。一日と言っても現在の時刻は十二時四五分、土曜日は四限目で終わりらしい。チャイムが気だるく聞こえるのは、きっと私の心が疲れきっているせいだろう。

 いつもなら、放課後は春と八重子と部活へ向かうのだが、今日は律子の誕生日プレゼントの事もあり、二人に事情を話してパスをした。

 学校から出る私のローファーが、力強くアスファルトを踏みしめる。

 いざ冬服!



 とかカッコつけても、やはりはこの暑い時期に冬服を見つける事は容易ではなく、近場のお店では見つける事が出来なかった。残す希望は、街まで出る事。自転車で約二十分ほどで着くので、早速赴くが、功を奏するかは、いささか疑問である。

 熊本の街は、一本の長いアーケードを、途中で大きな県道が切っている形になっている。結果的には二本のアーケードとなっているが、そう説明するのが分かり易いだろう。北側のアーケードを上通(かみとお)り、南側を下通(しもとお)り、と呼んでいる。

 下通りは学生などの若者向け、上通りは少し大人(三十歳~)なアイテムが多い様なイメージがある。もっぱら人が多いのは下通りの方で、街で遊ぶとなると、おのずとこちら側となる。

 街へ着くと、自転車を駐輪場へ停める。相変わらずの人の量だ。この時代へ来て、初めて街へ出てきたが、明らかに未来よりも人間が多い。恐らく、未来には随所に散らばっている大型ショッピングモールが、この時代にはまだ無いからだろう。皆がここへ集まるのも頷ける。

 まずは下通りの入り口に腰を据えた、大きなデパートへ入る。律子の、『この百貨店ならみつかりそうね』というセリフが、律子が過去の人間だったと、改めて気付かされる。

 エレベーター横のフロアガイドを見ると、二階、三階、四階が婦人服となっており、そのうちの二階が、若者向けのテナントが集まっているフロアとなっているようだ。フロアガイドの「婦人服 (ヤングファッション)」という表記が、何だか時代を感じさせる。

 店内のポスターは、誰だか分からないアイドルのものばかりだ。律子に聞けばこれらが誰だか分かるのだろうが、生憎、一切興味がない。私が今一番興味のあるものは、律子の冬服のみ。

 二階フロアに着くと、何だか一瞬だけクラっときた。時代のせいかもしれないが、店員さんが着ている服のコーディネートが、こう言ってはアレだが、天才的にダサいのだ。配色から着こなし、全てにおいてアウトである。律子はこれを見て何とも思わないのだろうか。この着こなしが正解なのであれば、私は律子が満足出来る様なコーディネートは出来ないかもしれない。

 フロアを軽く見て回ったが、やはり店員さんの半分ほどが妙な出で立ちをしていた。

 まあ、そこは良いとして、今現在並んでいる中では、流石に秋服すら並んでいなかった。あとは直接聞いて回るしかない。今並んでいる服の雰囲気で、私好みのお店から訪ねてみる。

「あの、すいません」

「はい、いらっしゃいませ!」

 私が声を掛けると、見たところ二十代半ばのその女性は、満面の笑みを見せてくれた。このフロアで、一番おしゃれなコーディネートをしていた女性だ。

「えーと、冬服とかって、ありませんよね?」

「冬服はちょっと……」

 店員さんはそう言うと、困った表情を見せた。表情を客に合わせてコロコロと変えられるのも、接客の武器なのかなと、こんな時に人の内面を読み取ろうとする自分に吐き気を覚えた。

 すると、店員さんの困った顔が一変、何かを思い出すように「あ、そう言えば! 少々お待ち下さい」と言って店の奥へと駆けていった。

 しばらくすると、店の奥から葛籠(つづら)の様な大きな段ボール箱が、二人の従業員により運ばれてきた。それも二箱。この時期に冬服を探している怪しい客に、よくもここまでしてくれたものだ。

 「せーの」で二箱目が降ろされると 、「どうぞ」と、それを開けて中を見せてくれた。

 中にはどっさりと冬服が入っている。尋ねると、今季、十月から並べる予定の秋冬物らしい。

 この中から、私のセンスで選ばなくてはならない。全て出してもらうのも忍びなかったが、そこは「律子の為だ」と、店員に頼んでみた。すると快く頷いてくれ、二人がかりで、夏服の並んでいる上に冬服を並べ始めた。何とも心苦しい。「すいません」「いえいえ、大丈夫ですよ」のやり取りを三回繰り返したところで、箱の中身が全て並べられた。

 他に客はいないので、ゆっくりと吟味出来そうだが、あまり時間をかけても申し訳ない。そしてここまでしてもらって何も買わない訳にもいかない。何だか店員の笑顔が、物凄いプレッシャーとなってのし掛かってくる。

 早速並べられた冬服たちを眺める。主にセーターが多い。そして、どれも同じ様なデザインだ。違うのは色くらい。

 そんな中、目を惹いた物があった。胸元が大きく開いたグレーのパーカーだ。インナーには、少し暗めの赤基調のチェックシャツが似合いそうだなと、そんな風に思った。他にも眺めてみたが、やはりそれが一番可愛い。

 併せてインナーのシャツを探す。赤基調のチェックを探したが、真っ赤なチェックしか無かったので、他の物を探した。



「ありがとうございました!」

 店員さんの元気な挨拶を背にその場を後にする。

 テナントの外まで見送ってくれるのかと思ったが、レジで袋を渡され、そのまま見送られた。

 結局、良さげなインナーは見つからなかったので、アウターとしてデニムのジャケットを選んだ。黒地のジャケットあたりが欲しかったのだが、この時はデニムが流通していたようだ。

 私がこれを手に取った際「デニムのジャケットかあ」と呟いたのだが、その時律子が『Gジャンも良いかもね』と返したのが、何だか可笑しかった。

 それから夏服の方で並べてあった黒のショートパンツと、お金が意外と余ったので、少しヒールの高いショートブーツも買った。

『ねえねえ、帰ったら全部合わせてみてよ!』

「もちろん!」

 アーケードへ出て、駐輪場へ向かう。土曜の夕方ともあり、人が先程よりも増えているように感じる。



「ただいまー!」

 急いで靴を脱ぎ部屋へ上がろうとしたその時、お父さんに呼び止められた。

「おう、おかえり。ほら、これ、江梨子から。誕生日プレゼントだと」

 お父さんはそう言うと、私にカセットテープを投げて渡した。カセットテープのケースには、「お誕生日おめでとう。りっちゃんへ。」と、青のマジックで書いてあった。それを眺めていると、お父さんはこう続けた。

「お前、江梨子に何かされたのか? あいつ、お前を傷つけたからもう一緒にいられないって、そう言ってたぞ」

『……』

 何だか、急に体が熱くなった。

 江梨子さんは恐らく、浮気によって律子を傷つけた事を言っているのだろう。ここは、私が返事をする場面ではない、律子の言葉を待つとしよう。

 と、思ったが、律子は一向に口を開こうとしない。すると、またしてもお父さんが口を開いた。

「ついさっきな、それ渡しに来たんだ。お前に直接謝りたいからって暫く待ってたんだが、電車の時間があるらしくて、ちょっと前に出てったぞ。故郷に帰るんだってさ。父さん、ふられちまったらしい、ハハ。まあ、お前を傷つけるような女じゃあ、こっちからゴメンだがな。

 とりあえずそれ聴いてみろ。そのテープ、聴いてはいないが、悪くはない出来だと思うぞ。何せ、本気で頑張ってたからなあ。じゃあ俺は眠いから寝るわ」

 お父さんはそれだけ言うと、「あ、江梨子のやつ、六時十五分の電車だとか言ってたなあ」と、独り言の様に呟き、自分の部屋へと入って行った。六時十五分……現在の時刻が六時なので、十五分後か。

 江梨子さんは、何を頑張っていたと言うのだろう。お父さんはこのテープは聴いていないと言ってたが、内容は知っている様子だった。

 このテープ、一体……。

 部屋へ上がり、早速テープを再生させてみた。




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