第5話―11―
私は携帯の説明をするのに、ガラケーと、スマホ、という二つのタイプがある事までは話さなかった。その為、春は里羽ちゃんの発言を受け、「ガラケ? スマホ?」と、きょとんと目を丸くしていた。
そして、そんな里羽ちゃんの口から、何故その二つの単語が出てきたのか。この時代には決して生まれていなかった単語。
ガラケー、スマホ。
私が高校に入った辺りから、周りのスマホ代替え率と伴って、徐々に耳にする機会が増えていったように思えるワードだ。
二〇一四年から来た私でさえ、スマホはまだしも、ガラケーという単語を使うには少し抵抗がある。二〇一五年、一六年と時が経っていけば、それも馴染んではくるのだろうけど、最先端や流行ばかり取り入れている風に見られるのが嫌いな私からすれば、それが生活の一部となるには、まだ時間が必要なのかもしれない。
スマホはスマホだけど、ガラケーは「スマホじゃないやつ」、若しくは「パカパカ」と、名称付けている。由美に「お姉ちゃん、スマホじゃない方はガラケーって言うんだよ」と指摘された事もあったが、やはりそれを使うと、「あ、ガラケーって言った」と思われるのが、いちいち癪に障るのだ。
映画、漫画、小説、ファッション。どれを取っても、新しいものや人気のもの、話題に取り上げられているものは、どんなに薦められてもそれに乗っかる気にはなれない。それよりも、誰も知らない、売れていない漫画や映画の中で、面白い随一のモノを見つけるのが大好きなのだ。
本屋さんでも、お店に入って最初に目につく「今月の話題作!」とタグ付けされた一角には目もくれず、真っ先に人気の少ない、そこだけ色褪せて酸素が薄くなったお店の奥へと足を運ぶ。そんなひねくれ者なのだ、私は。
そしてこの話を友達にすると、必ず「あ、沙美ってもしかしてB型?」とか言われるが、失礼な、私はB型だ←
……まあ、私の話はどうでもいい。
里羽ちゃんは、「あ、しまった」みたいな顔をしている。
『はい、鍵』
律子が、鞄から取り出した鍵を里羽ちゃんへ差し出すと、彼女はそれを受けとるや、逃げる様に控え室へと駆けていった。
そして、里羽ちゃんが控え室へ行くと、律子はノートに何やら書き始めた。
ノートには「Akimaruka Riu」と、里羽ちゃんの名前がローマ字で書いてあった。そして『ウイラクラミカ……』と呟いて首を傾げると、『……あ、そうか!』と何かに気付き、最後の「u」にバツを付け、その隣に「h」を書き足した。
すると今度は『……ヒラクラミカ』と再び呟いた。瞬間、『あ、私も忘れ物してた! ごめん、先に帰ってて!』と、春と八重子を、急に帰路へ着かせた。
二人を見送ると、律子はすっくと立ち上がり、控え室へと足を運んだ。
『ねえ沙美、里羽の事は知らないの?』
「へ?」
何の事を言っているのか分からなかった。里羽ちゃんの事はもちろん知っているし、彼女を私に紹介したのも律子本人である。何を今さら……。
『二〇一四年に、里羽はいなかったのかって聞いてるのよ』
「え!? いるわけないじゃん、だって里羽ちゃんはこの時代の--」
『スマホとガラケーって、さっき私が描いた二種類の携帯の事を言ってたんじゃないの? 里羽は』
「うん、そうだけど」
流石に鋭い。この二つは、そこまで詳しく教えたところで、と、律子にも教えていなかった単語だ。
律子の足はずいずいと進む。
そして、控え室までたどり着くと、律子はゆっくりとドアを開けた。
中では、里羽ちゃんがロッカーを何やら弄っていた。
『何探してるの?』
「あ、すいません、胴着を忘れてしまったので、アハハ」
里羽ちゃんはそう言うと「ありました」と続け、ロッカーから胴着(上半身に着る白いやつ)を引っ張り出した。
『ねえ里羽』
「はい?」
『誕生日いつ? いつもお世話になってるからプレゼントしたくて』
「え、そんなの大丈夫ですよ。私の方がお世話になっちゃってますし」
里羽ちゃんは照れ笑いしながら、手のひらを目の前でヒラヒラとはためかせる。
『それじゃあ私の気が済まないのよ』
「そ、そうですか? じゃあお言葉に甘えて、十二月一九日です」
『十二月一九日ね、了解。ありがと。あ、ちなみに、西暦と昭和では何年生まれなの?』
「……え」
律子がそう聞くと、里羽ちゃんは一瞬固まってしまった。が、すぐに「せ、先輩と一年違いですよ」と微笑んで見せた。
『で、いつなの?』
腕組みをする律子の威圧感は、誰にも負けない様に感じる。
「え、えーと、せ、一九七一年の、昭和四六年……です、けど」
しどろもどろに答える里羽ちゃん。何だか知らないけど、律子の執拗な質問に、里羽ちゃんが窮地に立たされている様に感じる。
『ふぅん、じゃあ、干支は?』
律子がそう聞くと、今度は完全に止まってしまった。そして律子は続けて口を開いた。
『答えられっこないわよね。年齢誤魔化してるんだから。そうでしょ? 白倉……美香さん』
--!? 白倉美香? あの、岬野さんの手紙に書いてあった、白倉病院の娘さんの? 律子が飲んでる薬を開発したって言う、あの!?
ああ、もう! 頭の中が掻き回されて、めちゃくちゃにされている気分だ。
何故里羽ちゃんが年齢を誤魔化してまで、高校生をやり直しているのか。……というか、高校って卒業した後で、もう一回入学する事なんて出来るの? 分からないけど、薬を開発する程の人間なんだから、少なからず大学は出てるはず……だよね? ……わ、分かんないけど。
更には名前まで変えてるらしいけど、本当に、里羽ちゃんは白倉美香さんなのだろうか?
冷たく吐く律子のその言葉に、里羽ちゃんは観念したかの様に、微笑みながらため息をついた。
「……はぁ、負けました、アハハ。はい、白倉美香です。胴着なんて置いとけばよかったなあ」
『で、あなた一体いくつなの? 少なくとも私より年上だと思うんだけど』
「はい、二三です。女子高生の格好も、まだまだいけるみたいですよ」
里羽ちゃんは、スカートの裾をヒラリと返しながらイタズラに笑った。その笑顔に、私たちに嘘をついていた事に対しての悪びれた様子は一切無い。が、私自身も、素性を隠されていた事に関しては、全く悪い気はしなかった。
『そうね、まだ女子高生で通用するみたいね。春は年上に見えていたようだけど、私は普通に、一つ下だと思っていたわよ』
律子も、何故か機嫌良さげにそう言うと、里羽ちゃんはこう答えた。
「アハハ、田中先輩、高校生にしては少し子供っぽいですもんね」
『フフ、そうね。……で、里羽、あなた一体いつの時代から来たの?』
「二〇二四年の、十二月二四日です。崩野研究所のタイムマシンでここへ来ました。……あ、勝手に喋っちゃって大丈夫だったかな。ごめんなさい、あまり質問はしないで下さい。万一バレても、未来に影響があるといけないからと、口止めされているんでした」
崩野研究所? 確か、うちの近くで建設中の、工場染みたどでかい施設の事だ。財布を拾ってくれた谷凛音さんは、「水面野研究所」と言っていたが……。
そしてまさか、里羽ちゃんが私と同じ未来から来た人間だったなんて、思いもよらなかった。タイムマシンという無機質めいた簡単な表現が、その存在を安っぽくしている。そのせいか、里羽ちゃんに対して疑心感が一瞬生まれたが、スマホとガラケーの発言は揺るがず、私の潜在意思は、この時空の旅人をすんなりと受け入れた。
『タイムマシンとはこれまた……話がぶっ飛んできたわね。……まあ、私としても聞いてマズい事もあるだろうから、無理には聞かないけど。誰に口止めされてるのかくらいは言える?』
律子がそう言うと、里羽ちゃんは口を開き答えようとしたが、言いあぐねいた。そして目を細め、律子を暫く見つめると、改めて口を開いた。
「……岬野さんです」
すると律子は何がそんなに可笑しいのか、突然笑い始めた。
『アハハハ! なるほど、そう言う事ね。あなたが私に病院を紹介してくれた事、諸々、全部繋がったわ。そしてそっちで答えるなんてね。もう少し詳しく聞かせてよ。岬野さんと知り合いなら、私の今の境遇も知っているでしょうし』
珍しくお腹を抱えて笑う律子に対して、穏やかに笑みを見せる里羽ちゃん。忘れかけていた人物、岬野花。どうやら里羽ちゃんの司令塔らしいが、一体、どんな人物なのだろう。そして未来から来ている里羽ちゃんと、密な関係にあるらしい岬野さんもまた、未来の人で間違いないのだろう。
岬野さんの年齢は分からないので何とも言えないが、この時代で律子が出会った岬野さんは、“どっちの”岬野さんなのだろう……。
ある程度年を重ねた、未来で里羽ちゃんへ指示を出している岬野さんが若い頃(つまり一九八七年現在の岬野さん)に出会ったのか、れとも、律子へ“予言の書”を渡す為に、未来から来た、既にある程度年を重ねた岬野さんと出会ったのか……。何だか、律子は殆ど分かっているようだけど……。私と言えば、かったりである。
そんな事を考えていると、里羽ちゃんは「うーん、」と唸りながら口を開いた。
「ここで見つかるなんて……素性がバレるなんて聞いていなかったので、何とも答えられません。本当は全部お話したいのですが、この場で、一体何を話していたのか聞いていないので……」
『そこは岬野さんらしいわね。いいわよ、無理には聞かないから』
「ええと、詳しくは話せませんが、一つだけ。仲米先輩の、この時代からの今後については、岬野さんも知らない様子でした」
『……そっか』
「でも、どうして分かったんですか? 私が白倉美香だと。さっきのスマホとガラケーが、まずかったんでしょうか……」
『まあ、それもあるけど、沙美が私の中に入ってきてからの里羽の言動が、私の目にいちいち止まる所があったから、それで元々、怪しいとは思っていたのよ。もちろん分かるわよね? 沙美の事』
--!?
突然私の名前を出した事に驚いた。里羽ちゃんには隠しておかなくても良いと言うことなのか? それとも、もう誰彼見境なく教えてまわるつもりなのか? どちらにしても、「沙美が私の中に入ってきて」という事を言われて、何を言っているのか直ぐに理解出来る人間なんていないだろう。
と、そう思ったが、里羽ちゃんはアッサリと答えた。
「ええ、那覇軒先輩ですね」
……何だか、頭が爆発しそうです。
律子は『うん、そうそう』と笑顔で答えると、更に続けた。
『で、私の中に誰かいるのか? と聞いてきた事もそうだし、ネバカを知らなかった事と傘を準備しておいてくれた事、それに、春が部活に来てない時、里羽だけ何だか見透かしてるみたいに楽しそうにしていた事、全部引っ掛かってたのよ。大体、あんなに部員が春の事を心配していたのに、一年で下っ端のあなたが「青春ですねえ」なんて呆けた事言える?』
「……あの時の弓は痛かったです」
『自業自得よ。でも、あなたが白倉美香だって事は、本当にさっき気付いたんだけどね。あんたのスマホとガラケー発言で、全部が一気に繋がって、もしかして未来の人間なんじゃないかって、そう思ったのよ。その瞬間、春が前に言ってた事が過ってさ。里羽が、名前に「S」が使えなかったって、そう言ってたって。で、あなたの名前をアルファベットで並べてみたの。「Akimaruka Riu」ってね。
そして普通に読んでも勿論そのままだから、逆から読んでみる。
最初は、「ウイラクラミカ」になって、何がなんだか解らなかったけど、あなたの傘のタグに書かれた「Rih」って文字を思い出して、「u」を「h」に変えてみたの。そしたら「ヒラクラミカ」になったわ。もうここまで来たらそっくりよね。どこかの病院の娘さんの名前に。そして最後に、春が言ってた「S」をくっつけたら「シラクラミカ」になったって、そんな感じよ』
……何なんだこの名探偵は。じっちゃんの名にかけて真実はいつも一つなのは分かったが、私の頭の中は、未だに謎だらけである。律っちゃんの名にかけて! と私も頭を働かせたい気持ちは常にあるが、真実はいつもいまひとつで終わっている。
「なるほど、まさか名前がバレちゃうなんて……流石に聞いていただけの事はありますね、仲米先輩」
『岬野さんに聞いてたの? 私の事』
「はい、いつも仲米先輩の事ばかり話してました。本当に尊敬していたみたいですよ。また会いたいと、そう言ってました」
『そっか、うん、そっかそっか』
律子は何だか、嬉しそうでもあり寂しそうでもある様な、何とも言い様のない返事をした。が、直ぐに何かに気付く様に顔を上げた。
『ん? じゃあ自分で来れば良かったじゃない。どうして岬野さんは来なかったの?』
「お子さんが産まれたばかりだったので……。私に、くれぐれもと、念を押されてらっしゃいました」
『子供!? へえ、お母さんか』
「はい! 女の子で、右目の下に泣きボクロがあって、とっても可愛い子なんですよ!」
里羽ちゃんは楽しそうに、自分の右目を指差して見せた。
私はこの岬野さんの子供の話なんかより、さっきの「本当に尊敬していたみたいですよ」という、里羽ちゃんの言葉に引っ掛かっていた。岬野さんは律子の事、律子の人となりを、ある程度理解していた人なのか? まあ、「また会いたい」という事は、そう言う事なんだろう。しかしながら、この「また会いたい」という言葉にも引っ掛かる。里羽ちゃんを送り出した岬野さんは、律子に一度会っているという事なのだろうが、それは手紙を渡しに来た岬野さんなのだろうか? でも里羽ちゃんは律子が岬野さんと会う前に来ていたみたいだけど、「岬野さんにはもう会いましたか?」と聞いていた様だ。と言うことは、里羽ちゃんと岬野さんは、お互いまったく別の時間から来たと言うことになる。
例えば、二人が二〇二四年の十二月二四日という、同じ日に来ているとすれば、二〇二四年でお互い会話も出来ているはずである。それは勿論「どうでしたか、仲米先輩には会えましたか? それはいつ頃の何日ですか?」なんて会話だ。同じ日じゃなくても、ある程度日数が近ければこれは確認出来る事だ。
だが、里羽ちゃんが「岬野さんには--」と律子に聞いていると言うことは、これが出来ていなかったと言うことになる。
……はず。
ああもういいや、考えても分かんないし、どうせ答えも出ない。
とにかく私は、この二つの言葉に何とも言い様の知れない違和感を覚えた。だがこの女名探偵は、その里羽ちゃんの言葉には何の疑問も持っていない。……何故だろう。
それに、里羽ちゃんが私の事を知っていた理由も分からないし、「岬野さんです」と彼女が答えた後の律子の反応も気になるし。
……。
……一人で考えていても、分からない事がもっと分からなくなってしまう。が、そんな私を置いてけぼりにして、二人の会話は、どんどん進んでいく。
『岬野さんの子供、見てみたかったなあ……。ところでさ、秋前流夏里羽って、自分で考えた名前なの?』
「いえいえ、岬野さんが考えてくれたんです。私がこっちに来る時に」
『へえ、随分と頭が切れるのね、岬野さんは』
里羽ちゃんの名前のトリックを解いた人が何を言うか……。それは遠回しに自分の頭も良いと、そう評しているのですよ律子さん。と思ったと同時に、律子は『私と同じで』と、遠回しどころか直球の台詞を付け足した。
「アハハ、どうでしょう、岬野さんが切れ者かどうかは疑問ですが、とにかく何事にも熱心なんです。どんなに小さな事でも一生懸命取り組みます。私は好きです、ああいう人」
『それは分かる気がするわ。それともう一つ聞かせて。あなたと岬野さんって、どういう関係なの? 答えられる範囲でいいから』
「そうですねえ、私自身、どこまで話して良いのか本当に分かりませんが、まあ、その質問は仲米先輩に直接は関係ないので大丈夫かと思います。岬野さんは、私の先輩なんです。大学もそうでしたけど、今の職場でも」
『え、それじゃあ、病院の、って事?』
「はい、そうですよ。病院と言っても、主に私と一緒に薬の開発を中心に研究しています。化血研の様な部署です」
『まさか……そんな仕事に就いてるなんてね。……嬉しいな』
律子は、静かに呟いた。そしてこう続けた。
『そういうのって私よく分からないんだけど、凄く勉強しないと、難しいんじゃないの? 就職なんて』
「就職よりも大学ですね、大変なのは。でも、仲米先輩の為に、本当に頑張ったようですよ。高校二年の終わり頃から猛勉強したって、そう言ってました。それで、仲米先輩の病気を治す薬を開発したんです。結果が出た時には、岬野さん、泣いて喜んでました」
里羽ちゃんがそう言うと、『私の為なんかに、そんなに……』と、律子は涙を注いだ。そして、私を『……沙美』と呼んだが、私の返事も待たずに、『あ、何でもない』と納めてしまった。
そして時計の針が八時を指そうとする頃、道場に鍵をして、里羽ちゃんと別れた。
結局岬野さんについては、私としては謎が解けないままで終わってしまったが、“その時”は、律子も教えてくれる事だろう。
帰り道、律子はとにかくご機嫌だった。こんなに機嫌の良い律子は久しぶりの様に感じる。
「まさか里羽ちゃんが白倉美香さんだったなんてなあ。後輩だと思ってたのに、年上だと分かると、何だか萎縮しちゃうよね。六つも年上なんだよ」
『そう? 私は、里羽が白倉美香だと分かっても、今までの里羽として扱うつもりよ』
「律子は精神年齢が高すぎるんだよ」
『そんな事ないわよ』
「頭だって良いし」
『そんな事あるわよ』
第5話-12-へ




