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ハルかカナタ  作者: 一響
37/71

第5話―10―

 花火大会も幕を閉じ、会場から(たちま)ちに流れ出る人々。あっという間に歩道を、浴衣を着た男女で埋め尽くす。道幅の狭い小さな歩行者用信号機は、もはや役目は果たしておらず、横断歩道は歩行者天国と化していた。お祭りの後の、よく見かける光景だ。

 律子システムが作動している今、人混みは全く気にならないが、律子は『ああ、もう!』と、すれ違う人と、肩がすれる度に苛立ちを露にしていた。他人に対しては厳しいらしい。

 そしてバスと電車を乗り継ぎ家の近くまで辿り着くと、周りに人がいなくなった事もあり、律子はようやく口を開いた。

『沙美、私が春と光介をくっつけたかったのには、親友だからってのもあるけど、他にも理由があるんだ』

 律子は溜め息混じりに肩を落とした。

「理由って?」

『私だって光介と付き合いたかったわよ。もし、私と春が同じ条件だったとしたら、私、あの時光介の告白、OKしてた』

 律子が山本光介の事を本気で想っていた事は知っている。でなきゃあの人混みの中、あんな大声で「私も大好き!」なんて言わないだろうし。

 それはいいが、「同じ条件だったら」というのが、何の事を言っているのか皆目検討がつかない。春と律子は、同じ年齢で山本光介とは同じクラスで、部活も同じだし行動もほぼいつも一緒だし……私から見れば二人は同じ条件である。

「え? どういう事? 二人は、同じ条件だと思うんだけど」

『私も同じだと思ってた。沙美の顔を見るまではね』

 旅館で描いた、私の自画像の事を言っているらしい。律子の言葉は続く。

『私が言ってる条件っていうのは、命の条件の事。沙美は、自分の叔母であるにも関わらず、春の存在を知らなかった。と言うことはやっぱり事故で……という可能性が高いのよ。そして私も事故に遭う可能性はあるけど、未来で生きている可能性が高いの』

「うーん、律子は私と他人で、未来で顔を合わせる機会が無かったから、ただ私と会っていなかっただけかも……って事?」

『まあ、それもあるけど、一番は、あなたの存在よ』

「は?」

『沙美の顔を見て、あんたの正体に気付いたのよ』

 律子は口角を上げる。

「私の、正体?」

『そう、今は未来に差し支えるといけないから言えないけどね。それで、沙美の正体に気付いて、私の助かる可能性がぐんと上がったのよ。だから、その可能性の低い春には、少しでも笑顔でいて欲しい……って、そう思って。でも、内心複雑なんだ』

 律子はそこまで言うと、また黙って歩き始めた。

 そして家に着くと、玄関を開ける前に『うーん……』と少しあぐねいて、静かに口を開いた。

『……それからもう一つ気付いちゃった事があるの』

「何?」

『実はね、もう既に、死ぬ事が確定した人がいるのよ……』

「え!? ……誰なの?」

『ごめん、それはまだ言えないけど、この人は、どうあっても決まってるみたい……』

 律子は深く溜め息をついてそう言うと、玄関を静かに開けた。



----------



 高くなった陽が窓から差し込み、目の前に広げられたノートを照らす。その照り返しに“ノート焼け”してしまいそうだ。

「ねえ、いつまでやるの? 宿題」

『終わるまでよ』

「……嘘でしょ。散歩とかしようよー」

『終わったらね』

 この時代へ来てからの日数を、今日でちょうど二十を数える。

 やった事もない弓道に始まり、春の正体にお母さんとの鉢合わせ、律子との衝突に江梨子さんとのバトル。そして昨日の、山本光介と春の一件。細かく言うとまだまだ沢山の出来事があったけど、目まぐるしい程の二十日間に、取りあえずは一旦の休憩を所望したいところではあった。が、今朝の六時半から怒濤の、スーパー宿題ラストスパートタイムが始まり、お昼を回ろうとしている今現在も、律子のペンは止まる気配を全く見せない。

 ちなみに昨晩、律子は部屋に戻り寝仕度を整えるや、机に着いて宿題を広げたが、柄にもなく溜め息ばかりついていた。何とも言いこそはしなかったが、春の笑顔が何だかんだとは言いつつも、やはり山本光介の事が気になっていたのだろう。律子に幸せになって欲しかった私も、その律子の姿を見るのは辛かった。

 そして結局、三十分ほど鉛筆をコンコンとひたすら机に打ち付けるだけ打ち付けると、『……もう寝よ、おやすみ』と静かにこぼして一日を終わらせた。

 カナタの課題達成の見込みがなくなった事を、何故か楽しそうにしていた理由も聞いてみたが、『そうね、これも、あなたの正体がヒントよ』と、これまた楽しそうにはぶらかされてしまった。……私って、一体何者なんだろう。まさか、体半分を改造されているウーマンヒーローとか? いや、どうせならカッコいいのがいいな。未来宇宙ステーションから派遣された特殊工作員とか。

 ……。

 ……下らない。

 この、何かを秘密にする様。以前は、隠し事をされている様で気に食わなかったけど、律子に何か考えがあってそうしているんだなと、最近では執拗に訊かないようにしている。私が未来へ帰る為に知っておいた方がいい事は教え、知るべきで無い事は(とど)めているのだろう。

 昨日の、もう死ぬ人が確定されている、という事に関しても、『今はまだ言えない』とキッパリと言われたので、それ以上は問い詰めなかった。律子も、私の変化に気付いたのか、『最近諦めが良いわね』と、クスクスと微笑んでいた。

 ところで、終わるまでやるらしい宿題の残りは、机の隅に積まれている。山ほど、と言うわけではないが、ざっと、あと三時間はかかるであろう量だ。

 喋りかけると、『ちょっと黙ってて』だし、黙って目の前に広がる数式を眺めていても全然つまらないし、私はもうやるせなくなっていた。気分転換に散歩でもしたいのは山々だったが、集中している律子は、気分転換なんて必要ないのかもしれない。今なら、散歩に行くだけでテンションの跳ね上がる、犬の気持ちがよく分かる。

 ……部活に行きたい。

 カリカリカリと、只ひたすらに聞こえる乾いた音が、徐々に眠気を誘い出す。

 約六時間もこの音をリピート再生させているのだ。よくもここまでもったものだなと、自分を褒めてあげたいくらいだ。と、いう訳で律子には内緒で一眠り就くとしよう。おやすみ。



『沙美、沙美ー』

「……んあ? はい」

『終わったわよ』

「おお、お疲れさまでした。今何時?」

『そろそろ四時よ』

「結構かかったね」

『うん、途中二時間だけ寝たから。お昼も食べたし。で、部活どうする? 沙美、外に出たがってたけど、行く?』

 確かに部活には行きたいと思っていたが、律子が外に出ているから、結局、私が足を地に着けて歩けるわけではないのかと、ふと過る。そうなると心に残るのは虚無感だけ。「外に出たところでなあ」、何てつまらない思考が働く。と、そんな時、私のテンションを、犬の“それ”にする一言が続いた。

『春にあの後の事も聞きたいし』

「行く!」

 部活へ向かう道中、弓を引きたいという欲が出てきた。と言うより、体を動かしたいと、潜在的に感じているのかもしれない。

 またかき氷を食べれば、入れ替われるなあ。そんな事を延々と考えていた。

 道場へ着くと、春が“いの一番”に近寄ってきた。

「沙美ー! 昨日山本君から聞いたんだけど、私のとこに行くように、律子に言われたって言ってたけど、本当なの?」

『本当よ』

「うわあ、律子だった! いつ入れ替わってるんだあ? でさ、私告白しちゃったんだけど、本当に良かったの?」

 春は凄く困った表情をしている。きっと、昨日帰ってからずっと悩んでいたのだろう。

『何言ってるのよ。私が告白しろって、そう言ったでしょ。私は、春に幸せになって欲しいのよ』

「りつこぉ」

 春は泣き出してしまった。他の部員もいるが、皆、「またか」みたいな表情で、優しく笑っている。

『泣くな泣くな。それで、どうだったの?』

「うん、OKの返事貰いました」

『やったじゃない!』

「ありがと」

 エヘヘ、と照れた様にモジモジしている春が可愛い。

『それで、キッスとかしたの?』

 律子のその「キス」ではなく、「キッス」という表現に、何だか彼女が可愛いらしく思えて「フフフ」と微笑が漏れてしまった。

「キキキ、キッス!? す、するわけないじゃん! は、ははは、恥ずかしいなあ!」

 顔を紅潮させて躍起になる春。

『じゃあ、ただ帰っただけ?』

「……うん、手は繋いだけど」

 もともと色白の肌色が更に赤らむ。

 手を繋いだのは、春から手を差し出した事は知っている。この「キッス」という、柔らかい表現に顔を真っ赤にしてしまう春からすれば、その行為が如何に勇気を出したものかが伺える。

 そうこうしていると、八重子が道場にやってきた。

 靴を脱ぎながら、ニコニコとこちらを見ている。

「ヤッホーお二人さん、何話してるの?」

『春が光介と付き合う事になったのよ』

 それを聞くや、八重子は律子に「えぇ?」というような、驚いた表情をして見せたが、律子はそれに、うん、と微笑み返した。きっと律子に、「それで良かったのか?」という確認をしたかったのだろう。その律子の反応を見て「やったじゃん!」と、春のお尻を叩いた。

 その後、春は律子の事を本当に気にかけていた様で、ありがとう、と、ごめんね、を何度も繰り返した。

 陽もすっかり傾き辺りが暗がり始める頃、私たちも含め全部員が道場を出た。

 各々、自転車に乗り込み、後輩たちは「失礼します」と、あっという間に帰ってしまった。残されたのは、私と春と八重子の三人。八重子に、私の存在の事を話そうと、部活終わりに残るように春が話しておいたようだ。律子の指示を待たず、春自身が行動を起こす辺り、私の事を早く話したかったのかもしれない。

 部員全員いなくなり、春は周りをキョロキョロと確認すると、「ちょっと、そこのベンチに座ろうか」と促し、改めて切り出した。

「八重子、今日残ってもらったのは他でもありません」

「どうしたの?」

「実は、律子の中に、もう一人女の子がいるのです。と、それを教えたくて残ってもらいました」

「は? ……何だって?」

 八重子は頭をポリポリとかきながら、難しそうな顔をしている。勿論ではあるが、何を言っているのか理解できないのだろう。本気で言っているのか、それとも冗談で言っているのか、その判断を誤らないよう、脳内で超高速処理をしているような、そんな感じ。

 そして彼女の中で出された処理結果はこうだった。

「春、今度は何拾って食べたの?」

「拾い食いなんてしてないよ!」

 春は口を尖らせた。それを見た律子は声を出して笑った。

「律子ー、何とか言ってやってよー」

『はいはい。実は今月の三日に--』

 律子が話しだすと、八重子は真剣な面持ちで相槌を打ち始めた。あの日、春にも話したように、順を追って丁寧に話しを進める。

 そして、律子が『--と、いうわけです』でその話しを終わらせると、早速質問があった。

「その、那覇軒さんって子は、今どうなってるの?」

『私たちの会話をずっと聞いてるわよ』

「私はお喋りしたことあるもんね!」

 得意気になる春。

「こんにちは、八重子ちゃん、那覇軒沙美です」

『--だそうよ。“八重子”でいいわよね』

 私が挨拶すると、八重子は何かを勘違いしたらしい。首を傾げてこんな事を言った。

「……律子が喋ってるようにしか思えない」

 すると律子が『えーと……』と、もう少し詳しく、事の顛末、あらましを伝えた。

「うん、なるほど。分かった、けど、律子、それって……」

 八重子はどこか心配そうな表情を浮かべている。が、律子はそれを見るや、

『ん? ああ、違う違う、私も最初はそうかなと思ったんだけど、沙美は本物よ』とどこか楽しそうに答えた。恐らく、私の存在が、律子の幻聴、若しくは多重人格、どちらにしても、律子の脳内の“それ”が及ぼしているものではないかと心配したのだろう。

 その『沙美は本物よ』という律子の言葉を聞いて、ようやく八重子は私の事を信じてくれたようだ。春も「沙美と律子は全然違うからすぐ判るよ!」と後押しをしてくれた。が、実際に私自身としてお喋りをするまで、真には信じてもらえないような、そんな風に見えた。

 その後春の好奇心を中心に、未来の事についての質問が私に浴びせられた。

 特に、写真も撮れてテレビも観れる携帯についての食いつきは、春も八重子も異様なものがあった。ちなみにこの時律子は、私が以前教えた時に描いた携帯の絵を、ガラケーのタイプとスマホのタイプの二種類を、ノートを出して描いて見せた。

 そしてその質問会のお陰か、八重子の見る目が少し変わった様にも感じた。

『どう八重子、少しは信じてくれた?』

「別に信じてないわけじゃなかったんだけど、あんまりぶしつけな内容だったから。でも律子がそんな冗談言うような子じゃないのは知ってるし」

 八重子がそう言うと、律子は『よろしい』と、わざとお姉さんぽく言ってみせた。

 と、その時、自転車の音が近付いて来ている事に気づいた。遠目に女の子が乗っている事だけ確認出来るが、誰かはまったく分からない。すると春が「あ、リウちんだ」とぼそりと呟いた。

 ……目が良すぎる。

 里羽ちゃんはなかなかのスピードで私たちの前に自転車を止めた。

「ああ良かった、まだいらしたんですね先輩」

 肩で息をしている所を見ると、急いで戻って来たらしい事が伺える。一体何をそんなに急いで戻ってきたのか、律子が尋ねる。

「ちょっと、忘れ物しちゃって、ごめんなさい」だそうだ。

 律子が控え室の鍵を鞄から出そうとしたその時、バサッと、律子の足に置いておいた先程のノートが、開いたまま落ちた。

「ありゃりゃ、汚れちゃいますよ」

 里羽ちゃんはノートを拾いあげ、律子に渡そうと差し出した。丁度開いていたページの携帯の絵に気づき、微笑みながら一言添えて。

「あれ、何でこんな絵描いてるんですか? スマホとガラケーですね」




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