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ハルかカナタ  作者: 一響
36/71

第5話―9―

 上手く入れ替われた事もあって、律子は慎重にかき氷を口へ運ぶ。私も「律子、気を付けて食べてね」と念を押す。もう山本光介の相手をするのはごめんだ。まあ、また入れ替わってしまったその時は、死に物狂いでかき氷を食べるだけだが。

 それにしても、ほんの一瞬と言えどもさっきの頭痛は本当に危なかった。頭痛薬のコマーシャルとかでよく、「頭が割れそうな程に痛い」とか言ってるけど、あんなの絶対嘘だ。さっきの頭痛こそ、頭が割れそうな程に……いや、それ以上だ。「頭が割れたかと思った」ほどに痛かった。

 律子がかき氷を食べ終えると、山本光介はそのカップをひょいっと取り上げ、自分のカップと重ねるとゴミ箱へ捨てた。

「さ、花火の見えるとこまで行くか。俺、いいとこ知ってるから」

 グイグイ引っ張っていく男子なんて、私のクラスメイトも含め未来でこそなかなかに見ないが、いざこうしてエスコートを受けると、悪くはないものだなと感じる。と言うより、良い! かき氷一つ買うにしても、私がすすめられた場合、「かき氷食べる?」「うーん、どうしようかな」「どうする?」の、このやり取りが発生してしまう。食べるなら食べるけど、別に食べないなら食べないでもいいし、と思っている時によくある光景だ。

 一方今回の様にサッと買う事を決めてくれれば、それに乗っかるだけだ。食べたくない時には最悪のエスコートとなるが、食べたい時食べたくない時の間の合い方も、相性と言えよう。

 それにしても楽だ。人混みに難儀していたのが、今ではただ目の前に広がる光景を見ているだけでいいのだ。何もしなくても勝手に人混みをスルスル歩いてくれるシステム。律子システムとでも名付けようか。……勿論律子には内緒だが。

 山本光介もいちいちこちらを気にしてくれている。私は「もう手繋げば?」と痺れを切らしてしまった。が、律子は凄く動揺した様子で、『な、何言ってんのよ!』と小声で返した。

 人混みをかき分けつつ歩く事約五分、山本光介の足が止まった。「いいとこ知ってるから」というセリフから、誰も知らない穴場へ連れて行ってくれるのかと勝手に思っていたが、着いた場所はこれまでと変わらず、人混みの中だった。と言ってもやはり、打ち上げ場所の真正面というこの場所は、どうあっても「いいとこ」で間違いないのかもしれない。

 そして暫く待っていると、会場のアナウンスが流れ始めた。「誠にお待たせ致しました」で切り出したそのアナウンスは、会場のみんなでカウントダウンをし、それを合図に打ち上げを始めたいとの内容だった。

『カウントダウンで始めるなんて、何だか粋ね』

「ああ、珍しいよな」

『……うん』

 山本光介の返答に、いちいちはにかむ律子が何だか可愛い。借りてきた猫とはこの事だなと、真っ先に頭に過る。

 そうこうしていると、カウントダウンが始まった。

 十から数え始めたカウントダウンは、一瞬にしてその場にいる全員のテンションを最高潮に高めた。律子もそれに合わせ、とても楽しそうに数をかぞえている。山本光介も律子を見て微笑み、一緒になって声を出している。中には知り合いかどうかも分からない若者同士が、数十人で肩を組んで一緒になっている。

 何だか、この場所だけ魔法がかけられたみたいに、みんなの気持ちが一つになっているのを感じた。

 --ああ、良いなあ、こういうの。

 そう思ったと同時に、周りのカウントダウンの声が、一層大きくなった。


 --さん!


 --にい!


 --いち!


 --ゼロー!


 瞬間、今までの場の空気とは一変、ピュー、という花火の上がる音だけが響き、観客は暗闇と静寂に包まれた。

 そして更に次の瞬間、


 --ドーン!


 すぐ頭上に花火が広がり、轟音に胸を叩かれた。すると観客達は歓声と拍手で、その場の何かを喜びあった。その「何か」の正体は具体的には説明できないけど、この場所にいて、実際にカウントダウンをした者にしか理解出来ないモノ。そうとしか言い様がない。とにかく、私にも鳥肌が立って背筋にゾクゾクするものが走った。そして本当に心から感動した。ただそれだけ。

 仲間って、良いな。

 さて、現在の時刻が七時半で、終了予定時刻は九時となっている。打ち上げ数は一万発。律子はいつどのタイミングで告白するのか、とても楽しみだ。


 と、花火の打ち上げもそろそろ折り返しに差し掛かろうとしているが、律子はなかなか行動を起こそうとしない。途中、山本光介はたこ焼きを買って来たり飲み物を買って来たりと、本当に気のきく一面を見せつけた。何度か手が触れる事もあったが、結局手を繋ぐには至らなかった。

 花火に夢中になる律子は、それらが上がる度に『すごーい!』と、いつもの律子からは考えられない程にはしゃいでいた。海に行った時同様、律子は花火が好きなのかもしれない。

 そして、その時は突然に来た。私の心配なんて必要もなく、あちらからのアプローチが。


 --ドーン!


『うわあ! 今の大きかったね!』

 山本光介を満面の笑みで見る律子。私も、「いつも以上にテンション高いなあ」と、ヤレヤレと思った瞬間、山本光介から例の言葉が飛び出した。

「俺、お前の事が好きなんだ。俺と付き合ってくれ」

『--!』

 花火の轟音が響く中、山本光介の低い声が律子の鼓動を早めた。

 律子は両手を胸元で握りしめ、今までとは一変、目を閉じて俯いた。数秒そのまま固まると、ゆっくりと口を開いた。

『ありがとう光介。私嬉しい』

 私もその言葉を聞くや、心の中でガッツポーズを決めた。私自身、春と直接友達になれた事もあって複雑ではあったが、やはり律子に幸せになって欲しい。どうあっても、私には律子が一番の親友--

『でも、私なんかより、もっとあんたの事を想ってる子がいるから、そっちに行ってやって欲しいんだ』

 えええ!? 何を言っているのですか律子様! 折角の大チャンスを棒に振る気ですか。

 山本光介も「え、でも」と戸惑っている。

『お願いだから! もうあの子ボロボロなの! 私と待ち合わせした街灯、あそこにいるはずだから!』

 律子はそう言って、これまで仲良く花火を観ていた山本光介の背中を、急にグイグイと押し始めた。山本光介は「お、おいちょっと待てって」と尚も戸惑いながらも、律子に押されるままに、人混みの外へ出された。

 山本光介は律子を見つめ、律子もまた、何も言わず彼を見つめている。そして律子は、真剣な眼差しで彼を見つめたまま、少し力強く言葉を発した。

『私も光介の事大好き! 本当に、心から、大好きだと思ってる! でも、自分の事ばかりじゃ駄目なのよ。先の事とか周りの事、何も考えなくていいって言ったって、やっぱり自分一人で生きてるんじゃないから。親友の事も考えられないやつに、幸せになる資格なんてないから!』

 律子が言い終わると、山本光介は眉間に皺を寄せ、凄く悔しそうな表情を浮かべて俯いた。が、何かを吹っ切る様に顔を上げると、律子を真っ直ぐに見つめ、うん、と頷き、走って行ってしまった。

 もしかしたら、律子は最初からこうするつもりだったのかもしれない。じゃなきゃ春の事もあんなに煽ったりしないだろうし。

 残された律子は、見えなくなるまで山本光介の背中を目で追った。そして、ボソリと呟いた。

『これで良かったのよ。……あの子、うまくやれるかしら』

「心配なら……」

『……見に行っちゃう?』

 花火の轟音が胸に響く中、律子は街灯へと向かった。

 この時間は誰もが花火を見ているので、屋台の並ぶ通行道は割りと空いている。

 そして街灯が見える場所に辿り着いた。遠目に見ると、急いだ甲斐もあってか、まだ春と山本光介はそこでお喋りをしていた。

 律子は何も言わず、じっと二人を見つめている。が、二人までの距離がそこそこ遠い為、何を話してるかはおろか、表情すらよく見えない。

『ちょっと近付くわよ』

 そう言うと、律子は少し回り込み、街灯のすぐ側の茂みに身を(ひそ)めた。ここからなら、バッチリ二人の表情まで伺える。

「随分近くまで来ましたね」

『会話が聞こえないと意味ないじゃない』

「……」

 これって盗み聞きって言うんですよ。指摘したいのは山々だったが、あっさり斬り捨てられる事は目に見えていたので、黙っておくことにした。

 二人の会話は、ところどころ花火の音にかき消されそうになるが、辛うじて聞き取れている。春の「--それで、本当に良いのかな」から聞き取れ始めたその内容は、律子の事を案じているところの、どうやら途中らしかった。

 春の言葉は続く。

「山本君は、どういうつもりでここに来たの?」

「自分でもよく分からない。仲米にお前の事言われて来たけど、とにかく必死だった。お前に会わなきゃって、そう思って来た」

「律子の事、好きなんでしょ?」

「ああ、好きだ」

「……」

 春は俯き、押し黙ってしまった。

『これは、マズいと言うべきか、チャンスと言うべきか……。どっちも下手くそなんだから、まったく』

 相変わらず、花火の轟音と観客の歓声が、遠くに聞こえる。

 すると春は、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、何かを見据える様な、毅然としたものだった。

「まったく失礼な男だなあ! いま目の前に、山本君の事を世界で一番想ってる女の子が、こうして立ってやってるんだぞ!」

 山本光介の、眉間に皺の寄った堅い表情がピクリと動く。律子もその春の言葉を聞いて、『……負けるわ』と、小さくこぼした。だが律子のそれは、どこか嬉しそうにも聞こえた。

 そして山本光介は、首筋をポリポリと掻きながら口を開いた。

「俺は仲米の事が好きだ。その気持ちに嘘はつけない。でも、世界で一番俺の事を想ってくれている女の告白を断ったら、俺は、一生後悔する気がする。仕方なくでも、仲米に言われたからでもなく、俺は俺自身この選択をする。俺はお前を--」

 山本光介がそこまで言ったちょうどその時、大会のフィナーレを飾る、超特大の花火が夜空一面に咲き、これまで以上の轟音が辺りに響いた。一瞬にして周辺が明るくなる。山本光介をじっと見つめる春の頬に、涙が伝うのが見えた。

「え、何? 律子、あいつが何て言ったか聞こえた?」

 私が問うと、律子は静かに返した。

『ううん、聞こえなかった』

 そして春が恥じらう様に右手を差し出す。

『……でも』

 すると、山本光介はその手を優しく取った。

『うん、聞こえなくて良かったみたい。今の光介の言葉は、春だけの、宝物だもん』

「……うん、そうだね」

 私と律子に山本光介の言葉は聞こえなかったが、もちろん春には聞こえていたようだ。せっかくの、春が独り占めすべく山本光介のその言葉は、神様の粋な計らいによって、彼女だけのものとなった。

 そこまで見届けると、律子はその場からこそこそと退却した。

 花火の打ち上げも終わり、屋台の連なる道も、再び人で溢れ返っていた。

『ねえ沙美、ごめんね、課題。駄目だったみたい』

「あ、あー! 忘れてた! ちょっとどうしてくれんのよ!」

『あーあ、男取られちゃったなあ。これでいよいよ、我々の命も危うくなってきましたねえ、沙美さん、フフフ』

「何で楽しそうなのよ!」

『さーて、何ででしょうねえ。さ、帰って宿題しよーっと』

「コラ、教えろー!」




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