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ハルかカナタ  作者: 一響
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第5話―7―

 暫くそのままお喋りを続けていると、春から「ところでさ」と、改めて切り出した。

『ん、何?』

「ここに連れて来たの私で二人目って言ってたけど、一人目は誰を連れて来たの?」

「--!」

 春とは何度も直接お喋りをした事はあったが、不意に「私」の存在が春の中にも浮上した気がして、私の体は一気に熱を帯びた。

『え、ええ! 私そんな事言った?』

「な、何だよ急に大きな声出して、びっくりするなあ。言ってたよ、間違いなく。……まさか、山本君じゃあないよね?」

 春は人指し指を律子の胸に押し当てて尋問する。

『ち、違うわよ! もっと大切な人よ!』

「--!!」

 更に体温が上がる。

 ……私は“もっと大切な人”らしい。

「えー! 山本君より大切な人って誰なのさー! 教えなよー!」

『う、うるさいわね、誰でもいいでしょ』

「親友の私に隠し事するつもり?」

『か、顔が近いわよ。分かった分かった、じゃあ名前だけ教えてあげるから』

 律子がそう言うと、春は近づけていた顔を離し、「よろしい」と腕を組んで見せた。

『那覇軒沙美って子よ』

「……那覇軒? 那覇軒って、一つ上の那覇軒先輩の妹さんか何か?」

『え?』

 私も一瞬「那覇軒先輩?」と思ったが、春が言っているのは恐らくお父さんの事だろう。

『那覇軒なんて先輩にいたっけ?』

「いるじゃん、ボクシング部の人。てか、その沙美って子とどうやって知り合ったの? 私はその子の事見たことも無いのに、律子はいつの間に知り合ったの? もしかして私と喧嘩してたこの一週間で? しかも山本君より大切な人だなんて、私よりもその子との方が仲良いの? ねえ、ねえってば!」

『う、うるさいわね!』

 律子はその後もはぶらかせてはいたが、しつこく続く春の難詰(なんきつ)に負け、『話すけど、きっと信じられないと思うわよ』と、とうとう口を割り始めた。

『少し前に春と八重子と三人で、自転車で手放しが出来るかどうかってやってたでしょ?』

 ……私が知っているのは自転車から転んだ所からだったが、まさかそんな事をしていて転んだのか? 律子様と言えども、やる事は要所要所で子供っぽいところがある。

「私は止めたのに律子が言うこと聞かなかったやつだ」

 春は楽しそうに律子を見つめている。

『そうそう、あの時よ。で、自転車から手を離した所から記憶が無くて、気付いたらスーパーのトイレの鏡の前に立ってたのよ』

「……どういう事?」

『スーパーまで、ある人物が私の体を勝手に動かして移動していたのよ』

「……」

 春は何も言わず、訝しげな表情を浮かべながら頭をボリボリと掻きむしった。が、律子は真剣な面持ちで尚も続ける。

『誰が私の体を動かしていたのかと言うと、さっきの、那覇軒沙美って子が私の中に入り込んで動かしていたのよ』

「……律子、いつからそんな冗談言うようになったの?」

『冗談なんかじゃないわよ! 本当よ!』

「じゃあ、律子の中にその人がいるの? 本当に?」

 春のその質問に、律子は無言で頷いた。春も律子のその真剣な表情を受け、「ふぅん、じゃあ信じるけど、証拠は有るの?」と、更に楽しそうに律子の顔を覗き込んだ。

『証拠なんて無いわよ。たまに沙美と体の主導権が入れ替わるから、その時沙美とお喋りしてみればいいでしょ。私とはまるで口調が違うから』

「入れ替わったら教えてね。今は沙美ちゃんはどうなってるの?」

『さあ、多分私たちの会話、ずっと聞いてると思うけど。沙美、起きてる?』

 不意に呼ばれ、私の心臓は破裂しそうな程に脈を打ち出した。……様な気持ちになった。

「……はい、起きてます。春チャン、コンニチハ」

 私のその堅い言葉を聞いて、律子は何やら楽しそうに私の言葉をそのまま伝えた。すると春ちゃんは、「春で良いよ、宜しくね」と、何を疑うでもなく私を(律子を、なのか?)信じてくれた。と、調度その時、「ツキン」と、軽い頭痛が走った。

 心の準備をしていなかったこの状況で入れ替わるなんて、神様も人が悪い。

「……あ、あの、こんにちは、今律子と入れ替わりました。……沙美です……アハハ」

 何とか微笑もうと試みたが、顔が引きつって上手く笑うことが出来ない。幾度となく春とはお喋りをしてきたが、それは飽くまで律子として接してきたのだ。私自信、「沙美」として接するのはこれが初めて、緊張するのは当たり前である。

 そんな私の心内を知ってか知らずか、春は私の突然の登場にとても自然に接してくれた。

「沙美ちゃん、初めまして。アハハ! 笑顔が引きつってるよ。本当に律子じゃないんだね。不思議だなー!」

 春はとても楽しそうに言いながら、私の(と言うべきか律子のと言うべきか)体をペタペタと触った。

「あの、私の事も“沙美”でいいよ」

 私がそう言うと春は、「うん! 沙美、改めて宜しくね」と満面の笑みを見せた。

 その後、私が未来の人間で、事故に遭いそうになってこの時代へ飛ばされた事を春に伝えた。その際カナタの事も話そうと思ったのだが、切り出した瞬間、律子に『ストップ! カナタの事は話しちゃだめよ』と止められてしまった。

 それから、どうやったら未来へ帰られるのかと、私が冬美の娘だという事も、春の今後の行動で未来に影響があるといけないと言うところから口外はしなかった。

 それにしても、春は律子と打って変わって、微塵も私への不信感は抱かずにすんなりと未来の話を信じてくれた。それどころか、「えええ! 未来からだなんて凄いよぅ!」と、異常な食い付きを見せた。

 そのまま暫く春とお喋りをし、キリの良いところでその場を後にした。



『どうだった? 生の春は?』

「うん、私自身として喋られるのは嬉しかったかな。そして何より可愛いなって思った」

『でしょー! 何だか放っておけないのよね、妹みたいで』

「殴っておいてよく言うわよ」

『ひっぱたいただけでーす』

 貯水塔からの帰り、春を家まで送る間は三人でお喋りをしながら帰路についた。序盤は律子が喋ると私が混乱してしまうのではないかと黙っていたが、春の家が近付くにつれて口を開く回数も増えた。

 そしてそんな私と律子の口調の違いを目の当たりにし、春は改めて私の存在を認識してくれたようでもあった。後はこの事を八重子にも話すべきか否かで話が持ち上がったが、春がうっかり喋ってしまうのも時間の問題だろうという事になり、この件は投票多数で八重子にも話す方向で可決された。




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