第4話―7―
「ハアハア、ねえちょっと、どこ行くのよ」
「もうすぐ着くから黙ってろ」
私はこのイケメンに先導されつつ、学校裏の山道をひたすらに歩いていた。律子の肺が片方しかない為、案の定すぐに息は切れ始めたが、まさかまさかで山本光介が、「大丈夫か?」なんて気を遣ってくれた。
あの後春は「ヒューヒュー、行ってきなさいよ、コノヤロー!」と、私を肘でつつきながらからかい、八重子とニヤニヤしながら一足先に学校へと向かった。私と山本光介は、ゆっくり自転車を押しながら、「夏休み、何してたの」だとか、「部活どう?」だとか、そんなどうでもいい会話をした。
私は山本光介にまったく興味が無かったので、「ふーん」とか「へえ」とか適当に返事をしていたら、律子に怒られてしまった。心の中で「何だよもう」と口を尖らせていたら、山本光介に、「今日の仲米、何だかいつもと違うな」と、何が可笑しかったのか笑われてしまった。
正直、この殺し屋イケメンキザ野郎が笑うなんて思ってもいなかったので、この笑い馴れていない不器用な笑顔を見て少しだけホッとした。何にホッとしたのかは分からない。きっと、律子と上手くやってくれそうだと、そう思ったのかもしれない。
自転車は学校に停め、そこから歩いて学校をぐるりと裏側まで回り、この小高い山を登り始めた。あの貯水塔を目指した時と同じ様な、道なき道を、草木を掻き分けながら。
「ハアハア、流石に、キツイかも」
山本光介が草木を避けてはくれているが、いかんせん勾配が急な為、とっくの昔に息が切れている私からすれば、こんなに地獄な事はない。
『ちょっと、大丈夫?』
律子はこの辛さが分かっているせいか、妙に心配してくれた。
「おい、本当に大丈夫か?」
山本光介も心配はしてくれているものの、先程の笑顔は何処へやら、今やすっかり氷の様に冷たい表情に戻っている。まったくもって、そのセリフを吐くに、これ以上にない不似合いな表情をしている。山へキャンプへ行くというのに、ゴスロリのフリフリの服装で参加する様な、そんな感じ。
……例えは悪いが、とにかくそんなところ。
そして律子の、『もう着くわよ』の言葉で先を見てみると、木々の合間から光が見えた。
「あー、やっば、マジで死ぬかと思ったわ」
『ちょっ、変な言葉遣いしないでよ! 嫌われるじゃないの!』
「--!」
思わず素の言葉が飛び出してしまった。山本光介を見ると、最後の枝を支えて待ってくれていた。口元だけを笑わせながらに。
「お前って、意外なところが沢山あって、何て言うか……良いよな。うん、やっぱ、良いよ、お前は」
一度は律子へアタックをするも玉砕している山本光介。この言葉を聞くに、尚も律子の事を好きでいるのだろう。
それはそうか。一度好きになった人を……いや、なってしまった人を、どうして簡単に忘れる事が出来ようか。
でも私は知っている。この二人は、両想いだという事を。
私は、その山本光介が支えてくれていた枝をくぐると同時に、わざと聞こえるようにボソッと呟いてみせた。
「おい山本光介、もう一度、今度は“私に”告白してみろ」
『……』
絶対に怒られると思ったが、律子は何も言わなかった。
今私は、律子の代理だ。律子の気持ちも知っている。人間という生き物はどうしても、照れ隠しやら何やらで、その本心を隠してしまう事がある。今回の律子にしてもそうだ。病気の事で山本光介の告白を蹴っている。だが私ならば、律子の、その素直な気持ちで答える事が出来る。
律子、これからする私の返事は、私の返事じゃない。私たちは一心同体なんだから、あんたの口を借りて、私があんたの気持ちを言葉にして出すだけ。
だから律子、これはあなたの返事よ。
枝をくぐると、律子が連れて行ってくれた所よりは少し低いが、やはりは街を見渡せる様な場所に立った。
目を覚ました時に見えていた遠くの雨雲が、既に頭上を覆っており、今にも雨が降り出しそうだ。
私が髪をなびかせて街を眺めていると、すぐに山本光介も隣に並んだ。そして、少しだけ間をおいて口を開いた。
「お前、好きなやつとかいるの?」
「--っ!」
山本光介のその言葉に、胸がグッと締め付けられた。この金甌無欠な「律子さま」が、たった一人のキザ男に胸を締め付けられるなんて、意外にもその防壁はペラペラの紙切れの様なものなのかもしれない。
もともと外見からするに、高飛車の様なイメージを持たれてきたのだろう。(……私の勝手な推測だけど。)そのせいで人から、特に男性からは殆ど声を掛けられなかったはず。(……これも勝手な推測だけど。)同性の私でさえも、グループが違えば声は掛け辛い程なのだ。
それ故、いざ喋りかけたり、山本光介の様に告白をすると、それに馴れていない律子の防壁はいとも簡単に崩れ落ちてしまう。そんなところか? まあ当たっていないにしても、近からずとも遠からずと言ったところだろう。何を隠そう、この胸のドキドキがそれを物語っている。
『な、何なのよ、こいつ』
そして案の定、律子は動揺している。律子はその後、『別に、いないわよ』とソボソボと答えたので、そのまま山本光介へ伝えた。すると山本光介は、大きく深呼吸をした。
これは、来る。再アタックだ。告白された事のない私は、何だかドキドキして今にも心臓が飛び出しそうだった。いや、これは律子の感情か? もうよく分からない。ただ一つ言える事は、「ああ、雨降りそうだなあ。傘持って来なかったや」という、どうでもいい事がこんな時ばかり頭の中を駆け巡っているという事。
そして山本光介は再度息を吸い込み、口を開いた。
「俺さ--」
ああ、本当に来る。私告白されちゃう!
「--田中に告白された」
「……え?」
『……』
律子が何を言うよりも早く、私の言葉が飛び出した。山本光介は、じっと街の方を見つめたまま、こちらを見ようとはしない。表情は「無」と言う表現が相応しい。
告白されるとばかり思っていたので、私は「はい、付き合って下さい」の返事を準備していた。が、あまりの突然の発言に、頭の中が真っ白になってしまった。
瞬間的に、山本光介から告白された事は、春には言っていたのか? という疑問が生まれたが、今はその確認をしている場合ではない。早く、何か言わないと。
が、律子の声はしない。
もう、私が受け答えしよう。
「そっか。で、何て答えたの?」
私が聞くと、山本光介は尚も顔をこちらには向けず、こう答えた。
「答えてない。あんまり急だったから、ちょっと待ってくれって、そう言った」
春はどんな気持ちで私と山本光介を送り出したのだろう。彼女の気持ちを考えると、これまた胸が苦しくなる。自分が好きな男子が、自分の親友を名指しで誘い、二人して消えて行く。……辛いよなあ、どう考えても。
それを春は笑顔で、ましてや私へ、山本光介に指名されて良かったね、と言わんばかりの様子で送り出した。私が春の立場だったら……止めちゃうかもなあ、二人を。……本当に強い子だ、春は。
そんな事を考えていると、律子の声がした。
『春となら……お似合いかもね』
「--!?」
え、えー! ちょっと何言い出してんのこの子は!
思わず声が出そうになってしまった。
それを言葉として出していいのか分からなかったので、取り敢えず黙っておいたが、すぐに律子が、『早く言いなさいよ』と急かしてきた。
尚も胸は苦しい。いや、今までよりも苦しく感じる。その感情は、決して「嬉しい」というモノではない。明らかに「悲しい」という感情。間違いなく、律子のそれだろう。
本当にいいのか? とも思ったが、律子の生きる道なのだ、律子の言うようにしよう。
私は、律子の真似をして、わざと冷たく先程の言葉を吐く。
「春となら……お似合いかもね」
すると山本光介は、大きくため息をついて空を仰いで、そして黙ってしまった。
私は、彼の顔を見ることが出来なかった。
彼は、空を仰いだまま小さなため息を何度もついた。何分かなんて分からないけど、結構長い時間沈黙が続いた。重苦しい時間。何を言っていいかも分からないし、体をどう動かせばいいのかも分からない。ここで何と言えば正解で、そして間違いかなんて分からない。
律子も何も言ってくれない。いや、何か言いたいけど、きっと言えないんだ。私も同じだから分かる。頭の中では沢山の言葉の引き出しから、今この場に相応しいものを探してはいるのだけど、何一つとして見つからない。
もう何でもいいから喋りたい。この場の空気を一度払拭してしまいたい。が、妥当な言葉が見つからないままで無理に口に出して、それが律子を傷つけてしまう結果になるのも怖い。私はただひたすら、山本光介の言葉を待つ事にした。
そして、遂に彼の口が開かれた。
「雨……だな。付き合わせて悪かったな……帰るか」
え、えー! それだけー!? ここまで私を連れて来ておいてそれでおしまいなわけ!? もっと、「俺はお前が良いんだ」とか、「好きな人がいないなら、何故この前俺の告白を蹴ったんだ?」とか色々あるでしょうに。どこまで不器用なんだこの男は。この不器用さできっと、これからの人生損する事も多いのだろう。
それにしても、胸を締め付ける「悲しい」という感情はどんどんと強くなっている。律子の感情が私の中に、もの凄い勢いで流れてくるのを感じる。
そして律子はぼそりと呟いた。
『沙美……ごめんね。課題一個、クリア出来そうにないみたい』
本当にそれでいいのか? ただ単に、春の願いを叶えてあげたいからだとか、そんな事で身を引くと言うのであればそれは私が許さない。課題がどうとかではない。むしろ、律子が泣くような結果になるのであれば、課題なんてどうでもいい。それは私の“死”を意味するところでもあるが、自分の命が助かる事よりなにより、私は律子の余生が華やかになる事を願う。
だがもしかしたら、それは律子自身にも言える事なのかもしれない。
私が春の成就よりも律子のそれを願っている様に、律子もまた、自分よりも春の幸せを願っているのかもしれない。
でも……そんなのは嫌だ。自分よがりなのは分かっているけど、やっぱり、今まで病魔と闘い続けてきた、この不器用で不幸過ぎる子に山本光介をくっつけてあげたい。
私がそんな事を考えていると、山本光介は私をチラリと見る事もなく振り返ると、「じゃあ、先に戻る」と素っ気なく歩きだした。「ああ、もう時間がない」そう思った瞬間、思わず叫んでしまった。
「何でよ! 何でもう一度告白してくれなかっ--」
『沙美!』
律子は私の言葉を途中で制すと、『これで……いいのよ』と、震える声で静かに続けた。
この男に告白をされてデレデレに溶けていた律子を思い出し、ふつふつと悔しさが込み上げてきた。
悔しい、悔しい、悔しい! こんなに悔しい気持ちになったのは生まれて初めてだ。本当に、悔しい!
山本光介は私のその言葉を聞いて、一瞬は立ち止まったが、深く息を吐き、またそのまま歩いて行ってしまった。
その誰に向ければいいのか分からない悔しさに、私は涙を浮かべた。悔しさの余り、思い切り歯を食いしばっていたせいで頭が痛くなってしまった。
そしてその浮かんできた涙はすぐに溢れだし、頬を伝いボロボロとこぼれ始めた。
「律子……私、悔しいよ」
『……沙美、ありがとう。ごめんね』
律子は泣きながらにそう言うと、後は鼻をすする音だけが聞こえ、それ以降口を開く事はなかった。
ポツポツと降り出していた雨は、私がボロボロと泣き出すと同時に強くなり、あっという間に私と律子を涙まみれにした。
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