第4話―6―
『どうしたのよ急に』
「ねえ律子聞いて、あの夏海って子、あの子もいないのよ、未来に」
『え、そうなの!? でも“交通事故で亡くなるのは春だ”って、冬ちゃんがそう言ってたんじゃないの?』
「それは、私が夏海の存在を知らなかったからそう解釈しちゃったのよ。実はお母さんは“妹を交通事故で亡くした”としか言っていないの」
『そうなの!? そしてその夏海の存在も、沙美は知らない』
「……うん」
『最悪の事態ね。先に助けるべき人間が分からなくなってしまったわ。私の1月3日の事故と併せると、やはり交通事故に遭うのは間違いなさそうだけど、春と夏海、どちらが事故に遭うのか分からないわね。まあどちらにしても、沙美が二人の名前を知らないと言う事は、つまり、二人とも……。更には秋人君も……』
律子はその先を、何か重たい物を喉に詰まらせたかの様に止めた。
仏間に戻り、鏡台の前に立つ。そして一つだけ「はぁ」と溜め息を吐き、そこにあった小さいハサミで、先程彫ったばかりの文字をガジガジと削った。
何とも、躍起になってこの文字を彫っていた自分が情けなくなってしまう。一体いつそんな吹き出しが自分から出るのだろうと皆目検討も付かなかった、漫画などでよく見掛ける「トホホ」という言葉は、今この時、正に相応しい。
『ねえねえ沙美、聞いて聞いて』
「何よ」
『“消されてたって……誰が消すのよ” “私が知るわけないでしょ!”……どう? 似てた?』
「うるさいわね」
律子は当て付けの様に、私が鏡を割った時の、私と律子の再現をして見せた。
それにしてもあの、「夏海」とか言う子、あの子の存在がイレギュラー過ぎて、私の頭の中はもう、捻れ絡まってしまった毛糸の様にぐちゃぐちゃになっていた。いや、毛糸ならまだ優しい。針金だ。針金が捻れ絡まった様な、そんなところ。
どの様に春を助けるべきか、そして律子を助ける事は出来るのか、その時未来へはどう繋がるのか、等々、考えれば考える程に訳がわからなくなっていた。更には夏海の登場により私の思考は、情報たちをぐちゃぐちゃにしてしまったミキサーを、そのまま丸ごとミキサーにかけてしまったみたいに“ぐちゃぐちゃぐちゃ”にこんがらがっていた。
もう、頭の中の精鋭部隊は全滅しかかっている。後は、衛生兵の到着を待つとしよう……。
『沙美、ずっと考えてたんだけど、やっぱりおかしいわ』
「お! 律子さん、何か閃いたのですか!?」
待ってました! と言わんばかりに、私の脳内に精鋭部隊の歓喜の声が響く。数多く倒れていた者も、その傷ついた体を何とか起こし、律子の話に耳を傾ける。
『カナタが春を助けたがってるって、おかしくない?』
「……それなら私も気付いてたわよ。矛盾でしょ?」
隊員達は、また倒れた。
『え、いやそんな事は当たり前で、カナタが、“何故春だけを助けようとしているのか”よ。夏海の事は見捨てるつもりなのかしら』
確かに律子の言う通りである。春と夏海は双子の姉妹で、全く同じ状況下にあるはずなのに、課題に夏海が含まれていないというのはおかしな話である。
『もしかして、夏海は死なないんじゃないかな? そして何かしら理由があって、田中家とは縁を切っている……と。だから沙美は夏海の事を知らないのよ。そうよ! きっとそうに違いないわ! てかもうそう言う事にしなさいよ!』
律子は急にヒステリックを起こした様に声を荒げた。が、次の瞬間、
『なーんちゃって』
と、サラッと無機質に事を収めた。
「……な、何なのよ」
『フフフ、びっくりした? まあ実際、沙美が夏海の事を知らない事と、春だけが課題の対象だという事を考えるとやはりそう解釈するのが自然だし、それに……』
律子はそこまで言うと言葉を止めた。少し間を置いても続けようとせず、私が問うのを待っている様にも感じたので、「……それに、何よ」とその先を促すと、『面倒くさくないわ』とキリッと即答した。
「ちょ、ちょっと、ここまで詰めておいてそれ? そんなんで大丈夫なの?」
私が鏡越しに強めにそう言うと、律子は『フフ』と鼻で笑い、こう返した。
『急いては事を仕損じるわよ』
「そんな事言ったって、今この状況は急がないと--」
『まあまあ、我に秘策あり、よ』
「秘策?」
『うん、夏海が亡くなるのか、それとも春が亡くなるのか、分からなければ聞けばいいのよ』
「聞くって、誰によ」
『あのさ、ちょっとは脳漿絞りなさいよ。一人いるじゃない。今回の事故に関与していて沙美にとても身近で、そして未来で健在の人が』
律子のその言葉により、私の頭の中には沢山の“はてなマーク”が飛び交った。
私は「え、うーんと……誰だろう」と暫く頭を抱えたが、結局解らず律子に答えを求めた。律子は『何でここまで言って解らないのよ、このポンコツは』といらない前置きをしてその答えを教えてくれた。
『冬ちゃんよ、あなたが未来の冬ちゃんに聞いて来るのよ』
「……はい?」
律子もとうとう頭がおかしくなったのかとも思ったが、傷ついて戦意を無くしていた隊員達の傷はいつの間にか癒え、律子の話に期待を膨らませている。私の潜在的な部分では、この突飛な律子の回答に期待を示しているらしい。
それにしても私がお母さんに事の真相を直接聞くって、何をどう考えてもその発言の意図するところは理解出来ない。
『あなた前に教えてくれたじゃない。カナタの課題で、どちらかを達成すればご褒美で何処かへ飛ばしてもらえるって。それを使って未来へ飛ばしてもらうのよ。どうやったって事故の日までに間に合わせなきゃだから、誰かを幸せにって方の課題にはなるだろうけど』
「まあ確かにそんな事は言ってたけど、あれは海外だとか私の行きたい所が対象だから--」
『じゃあ、未来に行きたいって言えばいいんじゃない? 私の行きたい所は未来です。って』
律子の言っている事は間違いではない。だがそれは、相手の足元を見ていると言うか何と言うか……。故にカナタからは却下されてしまう恐れがある。
だが、今は内輪で論争を繰り広げている場合ではない。ここは切れ者である律子先生の案に一票を投じ、その字の通り、私の未来を預けるとしよう。
「お待たせー」
居間へ戻ると、そこにはもう夏海の姿はなく、春と八重子はテーブルに着いて麦茶を飲んでいた。春は私を見るなりそれを飲み干し「遅いぞ!」と、指をさしてきたのだが、それに際して律子は『私のせいじゃないもーん』と、ぼそりと呟いた。
「ご、ごめんねー! なかなか見つからなくて……へへへ」
何を取りに戻ったのか聞かれないかとドキドキしていたが、そこは助かった。
その後部活へ行く途中で、夏海が二ヶ月間海外留学をしていた事を律子から教えられた。その際、何故夏海が未来にはいないのかを、律子が“ああでもない、こうでもない”と頭を働かせてくれたのだが、やはり最後は、『面倒くさい』と、この会話を終わらせた。
私は律子とそんな会話をしながら自転車を漕いでいたので、気が付くと春と八重子は随分と先に進んでしまっていた。
『ちょっと、しっかり漕ぎなさいよ。あ、汗はかかないでよ、入れ替わった時に気持ち悪いから』
「……へいへい」
何とも無茶な注文ではあるが、春と八重子も春と八重子である。何故私一人を置き去りにして、二人でさっさと行ってしまったのか。二人は二人で会話が盛り上がっていたのかもしれないが、私が離れていく気配は感じなかったのだろうか。
と、ふと二人を見てみると、何やら自転車を停めて誰かと喋っている。制服を着た男子だ。春らと同じく自転車を停めている。そしてその制服から、同じ学校の男子という事が伺える。
そう言えばこの時代へ来て、弓道部員以外で男子を見るのは初めてだ。
「誰だろうね、律子。知ってる?」
『ん? あ、ちょ、ちょっとストップ!』
律子はその男子を遠目に確認するや、私の漕ぐ足を止めた。そこそこ離れてはいるが、春が私を指差し、その男子もこちらを見ているのが分かる。
「どうしたのよ、知ってる人?」
『……光介よ、山本光介』
「おお、あの人が!」
私が表にいる為律子の鼓動こそ伝わっては来ないものの、胸の奥が熱くなってきているのを感じる。
何だかにやけてしまう。
どうせなら律子がどういった態度を、噂の山本光介に取るのかを見たかったが、ここは私が華麗に振る舞うとしよう。
……何だか私、ここへ来て最初は表に出るのを恐れていたけど、最近は馴れてきたせいか、律子として振る舞う事に楽しみを覚えてきた様に思える。何せ私とは正反対の人間なのだ。どうしても表に出ていると、何もかもが上手くいっている「律子さま」を演じる事に悦びを感じてしまっているのかもしれない。
これを思うと、町行く容姿端麗の人なんかは、頗る人生を謳歌しているのだろうと、何とも悲しくなってしまう。
が、兎にも角にも、今は「律子さま」を演じる事に悦びを……もとい、誰にもバレないよう、律子を演じていくことに専念しよう。
私が三人へ近付くと、春はニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「律子、山本君が用事あるんだってよ? どんな用事だろうねえ」
何とも探りを入れる様に、不敵な笑みをわざとらしく見せつけながら言う様は、まるで小学生の様だ。それを見た、春のすぐ隣にいた山本光介が割って入った。
「おい田中、冷やかすのはよせ」
山本光介は、人ひとりくらい殺して来たんじゃないかと思う様な鋭い目つきで春を制した。この人が律子に告白してきたのかと思うと、にわかには信じ難いところがある。
私の勝手な想像ではあったが、人に告白をするくらいだから、少しくらいロマンチストで明るく朗らかで、それでいて照れ笑いの似合う可愛い男子かと思っていた。が、目の前にいる山本光介は、威圧感たっぷりの一重まぶたに加え、不笑の誓いでも立てたかの様に冷たい表情をしている。
顔立ちは端正で、第一印象としては“モテそうだ”、というのが正直なところではある。イケメンで、背格好こそ俗に言う草食系ではあるが、そのオーラは肉食系である。短めの髪をオシャレに遊ばせ(と言っても整髪料は使ってなさそうだけど。)、野元祐次とはうって変わってピシッと着こなしたワイシャツが何とも魅力を感じさせる。
そんな山本光介は、やはりピクリとも笑わずに私をじっと睨んでいる。
「な、何よ」
「ちょっと話あるから、ツラ貸せよ」
「ツ、ツツ、ツラァ!?」
あまりの言葉のチョイスに、思わず素の反応をしてしまった。ドラマでしか聞いた事のないようなキザったらしい言葉に、このイケメンに妙に嫌悪感を抱いたが、何故だか胸の奥が、カッと熱くなるのを感じた。
「……ちょっと律子、何ドキドキしてんのよ」
私がうつむき、小声でそう言うと律子は『う、うるさいわね』と、照れた様に返した。
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絵師:りぅ様




