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ハルかカナタ  作者: 一響
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第4話―3―

何故律子ではなく、と言うか、春“だけ”が対象なのかは分からない。秋人君にしてもそうだ。今この時点で「未来にはいない人間」が確定しているのは、春と秋人君の二人。律子に関しては他人な為、その真偽については謎ではあるが、二人は親戚なのに、その名前を聞いた事が無いのだ。だが確かに、その紙には春の名前しか載っていない。


その紙に表記された「田中桜子」という文字を見ていると、今まで付き合ってきた中での、たくさんの律子の声が頭の中で駆け巡る。



--それじゃあ、どうやってこの時代に飛ばされたのかとか、教えなさいよね。宜しくね、沙美--



--それでは、沙美君! これより授業を始める!--



--何よそれ。あんた先輩なんだから堂々としてなよ--



--付き合って下さいって言われたのよ私。付き合って下さいって。この私が--



--凄いでしょ。この場所教えたの、沙美、あなたが初めてなのよ--



律子が課題に含まれていない事と、お母さんのあの言葉を(あわ)せ考えると、やはりはそれらが、律子の“死”を意味しているという事は明らか。律子のリフレインされた言葉は、私の胸を鷲掴みにし、そのまま握り潰してしまう程に強く締め付けた。


岬野さんの手紙に書かれてあった、“あなたがこの事故を、絶対に避ける事が出来ないからです。”というのは本当なのかもしれない。律子はこの事故に立ち向かう気でいる様だけど、この紙を見て、今どんな気持ちでいるのだろう。


そんな事を考えながら、その紙を眺めていると、すぐ後ろから、「パチン」と指を鳴らす音が聞こえ、同時に律子の気配がそこから消えた。振り向くと、そこにはカナタがいた。少し浮いた状態で、そして腕組みをして。


「きゃあ! な、何入ってきてんのよ!」


私が体を隠しながら、勢いよくその体をお湯に戻すと、カナタは冷静に口を開いた。


「いちいちうるさいやつだなお前は」


「冷静にしてるけど、あなた今犯罪犯してるのよ!」


「犯罪? そんな事を言われるなんて心外だな。俺はここに居なくても、結局お前の事をずっと見ているんだから同じ事なんだよ」


「……」


確かに、言われてみると返す言葉が見つからない。むしろ、“目の前にいるから体を隠している”という点では、裸を見られずに済んでいる。


「そ、それはそうと、何で律子を消したのよ」


「消してはいない。眠ってもらっているだけだ。見られると、ちょっと不都合があるからな」


「不都合? 何でよ」


「いずれ分かる。そんな事より、助けるべき人間が分かったようだな。おめでとう。しかし以前にも言ったように、まだ助けた訳ではないから、ちゃんと助けないとお前の命は助けられないぞ」


「分かってる。それに何もめでたい事なんて無いわよ。大体、特定の人物を助けなきゃいけないなんて聞いてなかった! ルールはしっかり伝えなさいよね!」


私が怒鳴るのをじっと聞いているカナタのその瞳は、ただただ澄んでいた。「何とか言いなさいよ!」と、付け足しはしたものの、その瞳を見ていると、寂しくとも悲しくとも、どちらとも言えない感情がカナタから移入してくる様でならなくなり、思わず目をそらしてしまった。


するとカナタは、私の抗議に答える事なく、改めて切り出した。


「さて、もう一つの課題についてだが--」


「え、もう一つの? --あっ!」


誰を助けるべきか、という事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。


「何だ、忘れていたのか? 誰か一人を幸せにする事だ。一人だけでいい。“お前のすぐ傍”にいる人間に、“人を愛し、そして愛される”という幸せを教えてやるのだ」


私のクレームを聞いてか否かは分からないが、今度はその詳細を教えてくれた。そしてそれだけ言うと、カナタはふっと姿を消してしまい、すぐに律子の気配を感じた。


『あ、あれ? 今、何か起きた?』


「うん、カナタが……出た」


『……幽霊みたいに言うのね』


幽霊か。まあ、足はちゃんと付いていたから何とも言えないが、天使も幽霊の一種に入るのだろうか。


「う、うん。で、見られるとまずいって事で律子を眠らせたみたい」


『何でよ?』


「し、知らないわよ!」


それからお風呂を上がり、パジャマに着替えながら、もう一つの課題、「誰かを幸せにしなければいけない事」について、カナタから得たヒントにより、「対象者が誰かと相思相愛になり、幸せになる事」、「その対象は律子で間違いないだろう」という事を伝えた。


それを聞いた律子は、『私が誰かと相思相愛って、それ本当?』と、何とも訝しげに聞いてきたが、それに際してピンと来ていた、「山本光介」の話を切り出すと、満更でもない様子でこう返してきた。


『あ、ああ、光介? う、うん。まあ、悪くはないわね』


「何よ、あんなにはしゃいでいたのに随分と上から目線なのね。“愛される”って点ではもうクリアしてるんだから、後は律子がその人を愛してあげれば良いんじゃないかな。課題だからって訳じゃないけど、付き合っちゃいなよ」


『……あ、あのね、もう言っちゃうけど、私だってあいつの事--』


そこまで言うと、律子から“熱”が伝わってくるのを感じた。


『……その、好きなのよ』


何だかその言葉を聞いた瞬間、クラッカーの音や、花火が上がる音、それに拍手喝采、等々、そういった物を連想させる音が、脳内でいくつも鳴り響いた。が、すぐに律子はこう続けた。


『でも、私は駄目なの。付き合えないの。……色々あるのよ……私にも』


そう言えばこのセリフ、出会った頃、律子の自殺を止めた時にも言っていた。当時は、「失恋でもしたのか?」と思っていたが、そうではないらしく、この期に及んでも尚、私に言いあぐねいている事があるようだ。その律子の様を目の当たりにする度に、私は何とも言い様のない胸の痛みに苦しめられる。もう、これ以上は耐えられない。


「……ねえ、律子」


『何?』


「もう……隠し事はやめて」


と、そう言った瞬間、洗面所の扉が勢いよく開いた。


「ウガー! まだかー!」


元気に登場したのは春だった。春は、「交代の時間でーす」と言いながら、持って来たパジャマをカゴへ入れると、そのまま服を脱ぎ始めた。すると律子は、『じゃあ、後でちゃんと話するから』と、私にボソッと呟いた。



部屋へ戻る途中、仏間にて、またしてもあの鏡台が目に入った。そしてその前で立ち止まり、ある事を考え、そして気付く。


「……そっか」


『ん、どうしたのよ』


「ここにあったメッセージ……私が彫ったんだって、そう思って」


ここにどんなメッセージが彫られてあったかなんて解らないし、実際彫られてあった文字も覚えてはいない。けれど、結局のところ、私がここで彫ってしまえばそれが未来に繋がるだけの事。


今だから解る。あそこに彫られたメッセージの内容。「春が誰かを好き」だ? 違う。あそこに彫られたメッセージは、律子の事。そしてもう一つの“状態が酷くて読めなかったメッセージ”、これが、春の事を書いた物だ。


『え、沙美が彫るの? 何でよ』


「伝えたい事があるのよ」


『……誰によ』


「私よ。未来の、私にね」


理解が出来ないせいか、律子は何とも不服そうな声で、『ふぅーん』と、喉を鳴らしながら答えたので、少し説明をする事にした。


「春が誰かを好きだという事が彫られてあると思ってたんだけど、それはどうも間違いだったみたい」


『どうして?』


「だって、春がここに彫るとしたら、来年の1月3日に事故に遭っちゃうから、それまでに彫らなきゃだけど、今まで春が誰かの事を好きだなんて一度も--」


私がそこまで言うと、律子は私の言葉を途中で制した。


『ちょ、ちょっと待ってよ、春も1月3日に事故に遭っちゃうの? さっきは、いつ事故に遭うか分からないって答えたじゃない』


「ん、え? あ、そっか、春の交通事故と律子の交通事故、いつの間にか一緒にしちゃってた」


『--っ! そっか、それよ!』


「え、え? どれよ?」


『解らないの!? 家に入る前にも言ったでしょ。課題があるんだから、その界隈で事が起きるのは当然だ、って。


沙美が未来の冬ちゃんから聞いた、“春の事故”と、岬野さんの手紙にあった“私の事故”、やはりこの短い期間で、しかも課題という条件の課せられた状況下で、この二つの交通事故が結び付かない訳がないのよ。


岬野さんから貰った手紙にあった“あなたは必ず外へ出て、バスに轢かれるのです。自らその身を投げて。”っていうのはきっと……私が春を助けようとして飛び出すのよ。そうでなきゃ、私が自分から飛び出すなんてあり得ないもん』


律子がそこまで言うと、改めてお母さんのあの言葉、“それから、友達も交通事故で亡くしてるから”という言葉がリフレインされ、心の奥底から寒気が来るのを感じた。


今の律子の推測が当たっているとすれば、春と律子、二人とも命を落としてしまう事になる。


律子のその声は、不安も見え隠れはしているものの、それでいて、恐怖に立ち向かおうとする意思が表れている様にも感じる。


「それなら尚更、私がここに彫りたくなったメッセージと合致するわ」


私は、律子の『どういう意味よ? ちょ、ちょっと、勝手に彫っていいの?』という言葉を無視して、そこに置いてあったハサミを手に取った。そしてメッセージが彫ってあった、その化粧箱の最も人目に付きにくそうな場所に文字を彫る。内容は二つ。



--律子ハヤマモトコウスケノ事ガ好キ--


--ハルガ桜子、死因ハジコシ--



「よし」


『……ねえ沙美、どうしてこれ彫ったのよ』


「近道よ、近道。私が予めこの二つの事を知っていたら、少しはスムーズに課題解決に向かえるはずだから」


私が胸を張って見せそう答えると、律子は呆れながらこう返した。


『いや、そうじゃなくて、気付かないの? これを彫った意味があるのかって事よ。そもそも、こんなに見えにくい場所に彫って誰が見るのよ』


「私よ、未来の私はこれを見たんだから……あ!」


そこまで言ったところで、割れていた鏡を思い出した。私がこのメッセージを見る切っ掛けとなる、あの鏡だ。同時に、忘れていたおばあちゃんの言葉も思い出す。



--ああ、あれはね、さっき言った、遊びに来たお友だちが、どうしてもこのままにしておいて下さいって、凄く真剣に言うものだからそのままにしてあるんだよ。えーと……--




  --律子ちゃんだったかな--




「……この鏡……私が割るんだ」


『な、何言い出すのよ! 鏡割るって本気なの!?』


「本気よ。本気も本気、マジよ。未来では、この鏡が割れてる事に気付いて、このメッセージ見るんだから」


『あのさ、私が言いたいのはそういう事じゃなくて--』


私は、律子の言葉を最後まで聞かず、何故かそこにあった、この鏡台には不似合いな“けん玉”を手に取った。


「いくわよ」


『ちょっとちょっと! 待ちなさいって! 私の話聞きなっ--きゃあ!』


激しく鋭い音が部屋中の空気を刺すと、目の前の鏡は大きな破片となって、まるで大きなビルでも爆破解体したかの様に崩れ落ちた。私の、けん玉を持つ手から力が抜け、右手からその凶器がするりと滑り落ちる。おばあちゃんの家とは言っても、人様の物を壊したとなると、やはりばつの悪い気持ちに苛まれる。


そしてこの音を聞き付けて、すぐに人が集まって来るだろう。薬が切れてきたせいか、頭が少し痛くなってもきている。これを思うと、何となくではあるが、律子と入れ替わりそうな予感がする。律子には悪いが、おじいちゃんとおばあちゃんへの謝罪は任せるとしよう。だが救いもある。これを見て、お母さんは爆笑したと言っていた。


一応、律子にこの二つを伝えておこう。


「ねえ律子、あんたに良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、聞きたい?」


『……ねえ沙美、あなたに悪いニュースと、凄く悪いニュースがあるんだけど、聞きたい?』


「……え」


嫌な予感しかしない。





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