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ハルかカナタ  作者: 一響
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第4話―2―


「あー美味しかった! うちであんなに良いお肉出たの久しぶりだよ」


部屋へ戻る途中、お腹をバシバシ叩きながら春は何度もそう繰り返すと、律子も『本当美味しかったよね!』と、私への当て付けの様に、わざとらしくそれに乗じた。


春は部屋へ戻るや、「おっ菓子ー、おっ菓子ー」と言葉を踊らせ、ビニール袋を、ガサガサと乾いた音を部屋中に撒き散らかしながら漁り始めた。が、やはり八重子に「ちょっと、今食べると太るわよ」と、またしてもおあずけを食らった。お腹が満たされているからか、今度は聞き分けが良く、「ぷ」と、少しだけ口を尖らせると、今度はすぐに笑顔に戻して口を開いた。


「じゃあ何して遊ぼっか!」


「遊ぶの好きねえ春子ちゃんは。よちよち」


八重子がニコニコしながら春の頭を撫でてみせると、春は、「てい!」と八重子の手を払った。


----------


まだトランプをしたいと言う春と、お喋りをしたいと言う八重子。この二人の押し問答があったが、結局お喋りをしながらのトランプとなり、何だかんだで時計の針は9時を回った。


先程まで表に出ていたのが私で、今は律子がトランプをやっているのだが、律子の方が落ち着いているせいか、春は「律子、急にテンション下がっちゃったね」と、律子の頬をプニプニと突ついた。


すると律子は、肩までしか伸びていない髪を、さも長髪をなびかせる様な仕草をとって見せ、こう答えた。


『そうね、ようやく本来の私に戻ったって、そんな感じかしら』


「……」


どこぞの漫画かアニメか、それらから拝借してきた様な言い回しに、春は眉間に皺を寄せ、何とも二の句が継げない表情を浮かべている。律子はそれを見るや八重子にも目をやったが、八重子もまた、呆気に取られた表情をしている。


『……何よ二人して。寝耳に豆鉄砲食らったみたいな顔して』


一応私から代表して、「それ何か混ざっちゃってるから」と、ツッコミは入れておいたが、春と八重子は尚も言葉を失っている。


が、次第にその呆気に取られた表情は徐々に緩み、笑いながらに口を開いたのは春だった。


「アハハハ! 何それ、律子面白い事言うね。それを言うなら、寝耳に水鉄砲だよ!」


『……水鉄砲とはこれまた、本気で起こしにかかったわね』


その何とも春らしい勘違いに、私は少し微笑ましくなったが、同時に「本当にお医者さんなんかになれるのかな」と、少し心配にもなった。


そんな、ケラケラと笑う春に誘われて、私も八重子も、そしてもちろん律子も笑っていると、またしても襖の向こう側からお母さんの声がした。


「サクラ、お風呂いいよ」


何度聞いてもお上品な喋り口だ。と言うか優しいお姉さんと言うか。まあどちらにしても、どこぞの雑誌の、“将来お母さんにしたいランキング”では上位に位置付ける様な、そんなイメージの声。だが前述した理由で、私はその票をお母さんには決して投じはしないだろう。


「アハハ、はぁ、笑い疲れた。ハーイ、すぐ入るー。じゃあ律子からどうぞ」


『え、私からいいの? じゃあお言葉に甘えて』


律子はそう言うと、持っていたトランプを伏せた状態でそこへ置き、部屋を出た。瞬間、またしても「ツキン」と軽い頭痛が走り、律子と入れ替わった。


「何だか今日は頭痛酷いね」


『慣れてない環境に長い時間いるからだと思う。薬も飲まなきゃ』


廊下へ出ると、夏らしからぬ、サラっとした涼しい空気が肌を撫でる。いっそ春の部屋ではなく、この廊下にお布団を敷いて寝たいくらいだ。


律子に『お風呂の場所分かるの?』と聞かれたが、私が答える間もなく、『あ、ここおばあちゃんの家だったわね』と、自己解決した。勝手知ったる家の廊下をずいずいと進む。途中、通らなければいけない仏間に入ると、あの三面鏡が目に入った。未来では割れていた、あの三面鏡だ。


“メッセージ”が彫られていた化粧箱を見てみたが、まだ何も彫られてはいなかった。


『どうしたの?』


「ん、うん、未来ではここに何かメッセージみたいなモノが彫ってあったから、この時代ではもう彫られてたのかなと思って」


『へえ、メッセージかあ。どんな?』


「え、えーと、……どんなのだったかな?」


律子に聞かれ、出て来ないのがかえってもどかしくなり、頭を抱えて必死に思い出す。


「えーと、確か、春が誰かの事を好きだ、みたいな事が彫られてあったと思う」


『へえ、あの春が!?』


律子は何とも興味有り気な反応をしてみせたが、まだ彫られていない所を見ると、まだ“そこ”には至っていないのだろう。そもそも、あれがいつ頃彫られた物なのかすら分からない。


1月3日が春の命日だとすると、もうすぐ彫られるモノではあるのだろうが、春の色恋沙汰なんて耳にした事がない。そもそも、男の「お」の字ですら、その会話に気配を見せた事が無いのだ。今の所、そう言った話は、律子に告白をしてきた、「山本光介」とかいう人の話しか聞いていない。


だがもし、春が律子に助けられたとすると、これは1月3日以降に書かれた物となる。


例えば、大学に入ってからとか。


「……大学生になってから、かあ」


思わず、ため息混じりに声に出てしまった。


『ん、何か言った?』


「あ、ううん、何でもない」


良かった。律子には聞こえていなかったようだ。


もし、春が大学生になってから彫られる物で、それでいて律子が例の日に助からないとすれば、律子はそのメッセージを見る事が出来ないと言うことになる。親友である春の色恋沙汰を、何一つ知る事なくこの世を去ってしまうなんて、あまりに悲しすぎる。


普通女子高生と言えば、誰が好きだの何だのと、茶々を入れ、からかい合うものなのだろうが、命を落とすとすれば、彼女にはそれが叶わないという事になる。


恐らく、色々と物事をするにあたって、「それは1月3日よりも前か? まだ私が生きている日か?」という思考が働いているはずである。当の本人ではない私ですら、それを意識しているくらいなのだ。律子が意識していない訳がない。律子に気を遣うと、かえって彼女には悪い気はするが、発言には気を配っておく事にしよう。


それと、これはどちらでも構わなかったのだが、一応鏡が割れていないか確認する為に開いてみたが、まだ鏡は割れていなかった。


お風呂場に着くと、やはりは当然に見慣れた洗面所があり、そこには見た事も無い様な古い洗濯機が置かれてあった。


大きさこそは未来の物とさして変わりはしないのだが、何やらドラムが二つあり、片方は簡単な蓋のみで、もう片方は柔らかい樹脂製の様な内蓋が備わっている。私がその二つを覗き込んでいると、律子が声を掛けてきた。


『どうしたのよ』


「ん、これ、何でドラムが二つもあるのかなって思って」


『え、普通じゃないの?』


「未来のは一つしか無いよ。こんなの初めて見た」


すると律子は興味有り気に、少しテンションを高めてこう返した。


『え、え、え、一つしか無いならどうやって脱水するの?』


なるほど、どうやら二つあるのは、洗う用と脱水用で別れているらしい。


「一つのドラムで、洗う、すすぐ、脱水、全部出来ちゃうよ」


『スゴーイ! やっぱり未来って便利なのね。私もそれ使ってみたかったなあ』


「……。う、うん」


律子こそ、笑いながらにそう言いはしたものの、その『使ってみたかった』という言葉に、私は少しだけ寂しさを覚え、一瞬、どう返していいのか分からなかった。律子の脳裏にはやはり、1月3日の事が付きまとっているようだ。


服を脱いでお風呂場へ入る。浴槽の蓋を取ると、すぐに湯けむりで視界は真っ白になった。


そして、


「あ、あれ?」


『今度は何よ』


そこにあるはずのシャワーが無い。周りを見渡しても、どこにも無いのだ。


「シャワーが、無い」


『シャワー? シャワーって、学校のプールの?』


「う、うん。それはちょっと語弊が有るけど、まあ、そのシャワー」


律子が、『そんなシャワー有るわけないじゃない!』と笑いながらに言うので、それがどんな形の物でどうやって使うか、更にはそれからお湯が出る事を、身ぶり手振りで教えると、律子はまたしても、『未来っていいなー!』と、関心を寄せた。


それにしても、何だか今日の律子は、と言うか最近の律子は、私と会った時よりも少しだけ明るくなったと言うか何と言うか、その“人となり”が、頭の堅い人間から、私寄りのそれになってきた様に感じる。



浴槽のお湯を使い、顔、頭、体を洗い、お湯に浸かった。普段夏場はシャワーだけで済ませるのだが、律子が『もう上がるの? ちゃんとお湯に浸からないと風邪ひくわよ』と言うものだから仕方なく浸かったのだ。育った時代だろうか? 本当に、お母さんの様な考えの人間だ。


が、いざお湯に浸かると、「暑い」という気持ちを払拭(ふっしょく)してくれ、それよりも「気持ちがいい!」という心地に浸る事が出来た。


暫くお湯に浸かっていると、律子の声がした。


『ねえ沙美、念じてみたら? もし春が“その対象”なら、出てくるんじゃない? カナタから貰った紙が』


確かに、律子の言う通り、春がその課題の対象となっているのであれば、紙が出てくるはずである。以前律子の時には出てこなかった紙が。


だが、万が一、いざ紙が出てきたらどうしよう。これで紙が出てこなければ、律子も、課題の対象となっている可能性が有るという事にはなるが、もし出てきたら、その可能性は皆無、という事になってしまう。


『どうしたのよ。早く念じてみなさいよ』


「う、うん、でも」


『分かってるから、沙美の考えてる事。紙が出てきたらどうしよう、とか考えてるんでしょう? 私は大丈夫だから』


やっぱり、律子は先の先まで読める切れ者だなと、その時に改めて感じた。彼女からすれば、答えの分かりきった算数ドリルを解く様に、私の思惑なんて手に取る様に分かっていたのだろう。


そして、お風呂場の窓から覗く満月を背に立ち上がり、念じてみた。



--私は、田中桜子を助けたい--



そう念じた瞬間、握りしめていた両手の内側に、何やら感触が生まれた。手を広げてみると、そこには、少しだけ光を放つ、くしゃくしゃになった白い紙があった。


広げてみたが、不思議な事に皺一つ寄っていない。そしてその紙には、「田中桜子」と、はっきりと表記されていた。


『出た、わね』


その覚悟の裏に、若干、律子の声が震えている様にも感じた。


律子が察していない訳がない、その紙が出た事の、全ての意味を。




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